第110話:Carl Zeiss Jena (カールツァイス・イエナ) 旧CONTAX Sonnar 5cm f/1.5《1941年製》(LTM)

🅰

Ziss Ikonから1932年発売されたレンジファインダーカメラ「CONTAX I型」向けに用意されていた標準レンズの一つで、今回扱う個体は戦時中にCarl Zeiss Jenaで1941年に製造された初のaluminum筐体で、珍しいLTMの個体になります。


1932年戦前ドイツZeiss IKonから発売されたレンジファインダーカメラ「CONTAX I型」向けに供給された、標準レンズの中の一つが今回扱うモデルCarl Zeiss Jena製Sonnar 5cm f/1.5《1941年製》ですが、今回扱うのはその中の「LTM」バージョンです。

この旧CONTAXマウント向けの適正なマウントアダプタを、今まで所有していなかったことから取り扱いを長らく敬遠していましたが、2024年にの「amedeo adapter」を入手し、扱いをスタートしました。と言うのも、市場流通するマウントアダプタの中にはいわゆる自作品が多かったり、専業メーカー製でもフランジバックに疑問が残る製品が多く、なかなか手を出せなかった背景がありますが、現在はピタリと合わせられます。

は「CONTAX I型」発売時の取扱説明書からの抜粋で、オプション交換レンズ群を紹介しているページです。標準レンズ域モデルだけでも「Biotarあり、Tessarあり、Sonnarあり」と、本当に素晴らしく見ていて飽きない1ページです。しかもその初期の筐体外装は「Black & Nickel」と言う大変美しい仕上がりであり、どうしてこれをそのまま続けて製産しなかったのかと、本当に悔しい限りです。

当時はまだ黎明期だったアルミ合金材も、特にその旋盤機のアルミ合金材に対する精度がまだ途上だった (或いは当時の陽極アルマイト仕上げの歩留まりの悪さ) が為に、僅かな期間で真鍮材/ブラス材にバトンタッチしてしまったのが本当のところなのかも知れませんが、実のところ「🇩🇪 Black & Nickelというドイツライクなデザイン性と金属質のバランスに相当にドイツ南部の匂いを漂わせており 🇩🇪 」この上なく惹きつけられます。

・・まさにZeiss Ikonの工場があった、Stuttgart (シュトゥットガルト) の趣を妄想します。

当方は『極度のカメラ音痴』ですが(恥)、そんな当方ですらこの「CONTAX I型」は所有欲をそそられるレンジファインダーカメラの一つなのです。当時のドイツ人は、本当に人の感性に訴える処方 (処方と言うのは、工業的にも感性的にも完成度が高いことを指す表現としてここでは使っています) が、とても効果的で上手だったと言えるのではないでしょうか・・。

  ●               

Sonnar 5cm f/1.5を語る時、何はともあれモデルバリエーションから入らなければ素性の概要すら掴むことができません。しかも調べてみるとそのモデルバリエーションは、何と「38種類」に到達する勢いであり、さすがにこうなると自分独りのチカラではどうにも対応できません。ネット上で研究を続けている「Räuber」氏の根拠を参考にまとめてみました。

↑上の一覧は「Räuber」氏の研究シートから抜粋した情報を基に、Cal Zeiss Jena或いはZeiss Optonが製造した個体だけに限定したモデルバリエーションとして扱いまとめています。従って、近年発売されたCOSINA製などの亜種は、対象として含んでいません。またこの一覧の中に掲載した光学系構成図は、それぞれのモデルバリエーションの中の一つを、当方が以前扱った際オーバーホールで完全解体した時に、光学系の清掃時当方の手によりデジタルノギスを使い逐一全ての光学ガラスレンズを計測した実測値に基づくトレース図です。従ってネット上に数多く公開されている、光学系構成図とは曲率も厚みも空間配置距離も全て異なっている点、ご留意下さいませ。それは例えば当時のカタログや取扱説明書にしても、掲載されている光学系構成図は必ずしも量産品の個体に実際に実装していた光学系を表す光学系構成図ではないと言う事実です。特に宣伝効果まで見込んで作図している場合もある為、それは恣意的な工夫が含まれており、当時市場流通していた個体に一意に整合することを保証できないと言う、昔も今も続く工業面での通例としてご認識頂くのが良いと思います。

つまりオールドレンズの光学系構成図に限定した話として、今ここで語っていますが、カタログや取扱説明書に記載されていることを以て、一次資料としての根拠には該当しないことをお知らせしておきます。具体的には「設計史的真正性の否定」と言う専門界での用語として確立されている指標の一つですから、ご留意頂くと良いと思います (例:当時の取扱説明書に掲載されていた光学系構成図を一次資料の根拠に該当した論説は、適切ではなく専門界では認められていません)。従って光学系構成図の真正性を正すなら、それは設計図面か設計指図書/青写真などしか認められていませんから、前述の当方が実測した値を基準に作図したトレース図である光学系構成図すら、該当し得ないというのがリアルな現実です。従ってこの件についての批判や抗議に誹謗中傷の内容をメールで送り付けてくる行為には、応対しません

なお上の一覧表は、時系列の昇順として捉えられているものの、その中に含まれる「製造番号帯」の扱いは、モデルバリエーションで新旧が混在する結果、純粋なシリアル値として積み上がっていません。これは当時のCarl Zeiss Jenaの「製造番号事前割当制度」による結果なので、詳細を知りたい方は当方のブログ『第1話:戦前と戦後、及び分断期のCarl Zeiss Jena・・』をご覧頂くと詳しく説明しています。

また一部モデルには「R」がモデル銘に付随するタイプが製産されていますが、これはX線撮影用モデルを指しています。他、例えば絞りツマミの項目は、絞り環から突出しているツマミを指して「耳付」と表していますし、フィルター枠外壁部分の色合いを指して「silver/black」に分けていたりします。なお光学系は一貫して3群7枚ゾナー型光学系を継承しますが、東西ドイツ分断期に於いて特にZeiss Optonで採用していた光学設計も、その原型を1939年モデルに当てていることが今回の探索で判明した為、互いに近似した光学系構成図に仕上がっていますが、リアルな現実には互いに全く曲率も厚みも空間配置距離まで異なる、まるで別の発展経緯と指摘できます。

さらにその光学系構成図について、特に標準レンズ域のSonnar 5cm f/1.5に限定した時、その光学設計の基礎部分が、最終的に1939年時点から変わっていないことを、今回の探索と研究で掴んだので、それを反映した結果として量産品に間違いなく実装していた光学系構成図として結論づけしています。

…………………………………………………………………………

さてここからいよいよ、Sonnar 5cm f/1.5の光学設計に関する核心に切り込んでいく探索と研究の世界へと入っていきます・・。

・・どんな発見や、どんな真実が掴めるのでしょうか。

なおそのうえで当然ながら、その根拠には、特許出願申請書の探索とその記載事項の確認によってのみ結論を導いていますから、最長で1932年〜1960年までの28年間製産され続けたモデルではあるものの、途中改定されていた製品設計の一部は「蒸着コーティング層の仕様変更」のみであるとの結論に達しています。ところがそうは言っても発売時期である1932年の初期段階は、蒸着コーティング層がまだ開発される以前のノンコートモデルだったことに、直接的に探索と研究の着眼点を置いて説明したネット上での解説サイトがまだありません。

何故なら、ノンコートか蒸着コーティング層を被せてきたのかの違いは、必然的に光学ガラスレンズの外気露出面の最終仕上げ研磨工程には違いが発生する結果、ノンコートから単層膜蒸着の移行期には「必ず微妙な光学設計の訂正作業が発生します」だからこそ、1939年時点の量産化直前での特許出願申請書の存在意義とその探索に重きが増した次第です・・。

・・単に年代史の如く古い時代から探れば良いとも限らないのです。重要なのは「探索する手順」なのです! その手順を見誤ると、発見できるものもできなくなってしまうのです。

つまり逆に言うなら、光学一般として、蒸着コーティング層の内容が変わるタイミングでは、必ずしも光学設計の訂正作業が必須とは限らないことを、当方は既に光学の勉強から掴んでいたワケですが、それが意味するのは単に同一光学設計のままで、蒸着コーティング層の仕様だけが変わっただけという背景が、実際には数多く存在することを、当方は既に知っていると言う意味合いで語っています。

しかし実はそれが、ノンコートとの対比になると話が変わることを前述で解説したのです。そしてそれこそがこのSonnar 5cm f/1.5の盲点になっていたと捉え、そこに着目して (今回の研究対象に据えて) 深化させていった結果、明確な『根拠』を発見した為、前述のような言い回しに至っていますことを、ここで・・今まさに、告知させて頂いた次第です

・・ネット上でこのような切り込みで関係づけて『根拠』を暴露した説明がまだありません!(笑)

従って、1939年からの製産個体に初めて「レンズ銘板に刻印が付随するように変わった」点に着目すると、まさに当時のCarl Zeiss Jenaによるシングルコーティング層 (単層膜蒸着コーティング層) の発明が1935年に特許出願申請されている事実を突き止めました。ところがその特許出願申請書内の記述に記されていたのは「CaF2 (フッ化カルシウム)」でありMgF2 (フッ化マグネシウム) ではなかったのです。

一般的に外気に晒される堅牢性についてはどちらも近いレベルで耐性を有するものの、CaF2よりもMgF2のほうが、量産時の効率面で考えると安定的に蒸着できる定着性の良さがあること、さらに蒸着コーティング層で最も重要になる屈折率の問題で、CaF2 (1.43nd) vs MgF2 (1.35nd)から、多用される方向に普及したのはMgF2であったことは、後の時代の史実が語っているとおりです。これは蒸着コーティング層の目的と役目が「Anti-Reflection (反射防止)」であることからも自明であり、光学ガラスレンズの硝材が採る屈折率に対し、影響を及ぼしにくい屈折率が求められるからです (つまりそれが蒸着コーティング層の屈折率は低いほうが良いとされる道理です)。

DE685767C (1935-11-01)』ドイツ特許省宛て出願
  Carl Zeiss FA在籍時のAlexander Smakula博士による発明

戦前ドイツ特許省で一番最初に掲出された単層膜蒸着コーティング層に関する発明案件であり、画期的な内容です。

これは1904年に英国で発出されたHarold Dennis Taylor (ハロルド・デニス・テイラー) による発明案件に、光学ガラスレンズ表層面を化学処理で劣化させて反射を防ぐ手法を、既知の発明として挙げて主張しているAlexander Smakula (アレキサンダー・スマクラ) 氏の発明です。

要はテイラーの発明案件のように、光学ガラスレンズ面を着想の原点としている限り、どのような処置を経てもその醸成には安定化が狙えない (何故なら硝材そのモノが堆積物だから) との着目から、光学ガラスレンズを着想原点とせず、資料を蒸着させて光学ガラスレンズを薄膜で覆うことで反射防止にあてるという革新的な着想に基づく発明案件であり、その際使う資料 (ここで言う資料とは、蒸着する際に使用する鉱物を指す) としてCaF2を挙げている点に合わせて、具体的手法として「真空引き蒸着」による処理を介在させるという用法まで明確にした、この2つの点に於いて従来の光学概念に囚われていない画期的な発明であったと指摘できるのです!

テイラーの発明が示した光学的着想とは ― 反射を捨てるか、活用するか ―

1904年のテイラーの発明案件が示した核心は、光学ガラス表面で生じる反射を単なる損失として扱うのではなく、反射そのものを制御対象として捉えるという発想にありました。光は界面で必ず反射と透過に分かれますが、その反射光は位相を持つ波として振る舞います。位相差を適切に与えれば、反射光どうしは互いに相殺され、結果として反射成分は減少します (反射として戻る光が互いに打ち消し合い、弱まる状態を指す)。この時「エネルギー保存の原理」から、透過側に回る光量は増え、透過率は向上します。テイラーの発明は、反射を抑え込むのではなく、位相干渉を利用して反射を制御するという「波動光学に基づく着想」を明確に提示した点に意義があったのです。

スマクラの発明で具体化へ進む ― 真空蒸着と Transparenz への到達 ―

この着想を、具体的な光学的手法として展開したのが「DE685767C」に示された発明です。ここで目指したのは真空引き蒸着という手法を用い、CaF2を光学ガラス表面に蒸着することで、反射光を位相干渉条件へ導くという実装でした。「フレネルの方程式」が示す界面反射の振る舞いを前提に、表面に蒸着された層によって反射光の位相関係を制御し、反射方向では「破壊干渉」が成立する条件を与えます (反射側の光量が減る方向へ導く制御)。その結果として反射成分は減衰し、透過率が向上していく道理に繋がったのです。

この一連の結果を、当時のCalr Zeiss Jenaは「Transparenz (トランスパレンツ)」というドイツ語で表現しました。このドイツ語としての意訳は「透過性 (透過率が高い状態)」を指すコトバであり、光学に於ける状態用語の一つです (つまり思いつきで一般通用語を当てたのではなく、光学の専門用語の一つ)。すなわち反射制御の「結果」として光学系が示す高い透過状態を評価した呼称であり、それが光学で意味するのは状態用語であり、且つ評価語でもあるという解説になります。波動である以上、物理学から捉えてもこの制御は同時に「建設的干渉」の側面も内包しています (透過側で光が重なり強まる状態)。光学における透過率向上という目的に於いては、反射方向に現れる破壊干渉と、反対側の透過方向に現れる建設的干渉の両方が、同時に評価の対象となります。テイラーの着想と「DE685767C」の発明から汲み取られる概念は、光線制御に於いて、反射を捨てるのか活用するのかの二者択一の中で活用を選び、位相干渉を用いて透過率を高めるという一点に集約させ、その到達点として「Transparenz:zeissの」が位置づけられたと言う理解に到達するのです!

180°位相干渉 (π位相差) ―反射と透過を同時に制御する条件 ―

180°位相干渉とは、二つ以上の光波 (光の波:波長/振幅/周波数) が互いに半周期 (π) ズレた位相関係で重なり合う条件を指します。この位相条件が満たされると、光波の振幅は方向ごとに異なる結果を示します。反射方向に於いては、戻ってくる複数の反射光が逆位相で重なり合い打ち消し合って、振幅が相殺されます。この状態を「破壊干渉」と呼び、反射として外部に放つ光量が減少している状態を意味します (ここで言う戻ってくる光とは光源から照射した光線が、光学ガラスレンズに当たって反射した時に、光源方向に反射して戻ってくると言う意味合いです)。

光波=可視光領域
電磁波の一種であり、人間の眼で知覚できる波長帯 (凡そ380 ~ 780nm) に属するものを指す。

同時に透過方向に於いては、光波が同位相側として合成され、振幅が互いに強め合います。この状態は「建設的干渉」と呼ばれ、透過光の強度が増加している状態を意味します。重要なのは、破壊干渉と建設的干渉は排他的な現象ではなく、同一の位相条件のもとで同時に成立する」という点ですから、180°位相干渉とは、反射方向では破壊干渉が、逆の透過方向では建設的干渉が、それぞれ同時に発現している状態を指します。従って光学に於いて180°位相干渉は、反射光を相殺方向へ導くと同時に、透過光を強める方向へ導く条件そのものを意味し、透過率向上を目的とした反射制御の基礎となる概念なのであり、その延長線上に「Anti-Reflection Coating (反射防止蒸着)」が位置していると説明できるのです。

これが光学で解説した時の反射と透過光の挙動を説明する仕組みであり、且つそれは互いに同時に発現する物理的現象を指し、その中で蒸着コーティング層が担っている役目とは、光線が界面で無秩序に反射と透過へ分かれてしまうのを防ぎ、反射側では相殺を起こし、透過側では強め合いが起こるよう、光線の振る舞い/挙動そのものに「秩序を与える」点にあります。如何でしょうか、これで光学的な理解として蒸着コーティング層を捉えることが適ったでしょうか・・。

・・このように巷で当然の扱いとして語られる蒸着コーティング層についても、その本質から理解することで、オールドレンズに対する捉え方もより納得感を伴い眺めることに繋がるのです。

ネット上の解説ページで、このような蒸着コーティング層の具体的原理と挙動を説明しつつも、実にリアルな現実面で直面する「反射」と言う現象を身近に説明できる表現に、合わせて「透過率」との整合性に向けて、しっかり納得行く内容に仕上げることができないままにいる現状を鑑みた時、もう少し識者は解説努力に励むべきではないかと、強く感じている次第です。何故なら、光学知識ドシロウトな当方ですら、このように学びながらも自分のコトバで語ることによって、皆様に有意義に理解を促す方向性を示すことができているワケで、知らないが故に知りたいをもっと深く且つ大胆に明示できるのではないかという試みの一つでもあるのです。ややもすると光学専門用語ばかりの説明に始終しかねないサイトが多い中で、もっと噛み砕いて咀嚼できるよう配慮し解説に努めることこそが、知りたいを充足させる最短距離のようにも当方には思えるのですが、はたしてどうなのでしょうか・・。

・・ぜひとも、識者におかれては今一度、光学知識の解説に努力を賜りたくお願い申し上げます

破壊干渉:
複数の波が逆位相で重なり、振幅が相殺されて弱まる状態を指します。光学では反射方向で光量が減る側を評価した呼称。

建設的干渉:
複数の波が同位相で重なり、振幅が強め合って増える状態を指します。光学では透過方向で光量が増える側に現れる。

…………………………………………………………………………

特許出願申請書とは何か ― 発明を固定せず管理し続ける制度 ―

特許出願申請書とは、ある発明についてその技術内容を文章と図面で公開し、国家に対して当該発明概念に独占権を与えるべきかどうかの判断を求めるための公式文書であり、製品説明書や設計図そのものではなく、発明という考え方を法的に定義することを目的とした制度文書です (特許権を有効化したい国単位で申請する必要があります)。

審査官が審査しているのは発明の完成度や性能の優劣ではなく特許請求の範囲に記載された発明概念が新規性・進歩性・産業上の利用可能性・記載要件を満たしているか、すなわちその考え方を一定期間独占させても社会的に不合理が生じないか、また独占範囲をどこまで許容できるかという点であり、ここで行われているのは価値判断ではなく「独占の線引き」です。

こうして付与される特許権とは、特許請求の範囲に記載された発明の内容について他者の無断実施を排除できる権利であって、独占しているのは具体的なモノではなく発明として定義された考え方そのものであるため、製品が存在しなくても、実施されていなくても、理論的構成であっても成立するという性格を持っています。従って必然的に特許出願申請書の掲出の後、実際に量産品が登場したにしても、それとの一致性は本来ありません。これが大原則です。

特許権は原則として出願日を起算日として20年で失効し、この存続期間の考え方は現在も多くの国で共通に継承されていますが、その期間中であっても年金 (維持費) が未納であれば権利は途中で失効するため、特許権は自動的に維持されるものではなく、権利者が継続的に管理意思を示し続けることで初めて存続します (一部の期間で、米国だけが50年としていた時期がある)。

さらに歴史的な特許群を調査すると、発明者個人が最初に特許公告番号を得た後、退職や異動などにより当該発明者が不在となった後に、在籍していた企業や後継主体が同一または実質的に同内容の発明を再度出願し、新たな公告番号として権利を取得している事例が多数確認できますが、これは発明が企業活動の中で継続的に利用/管理される対象である以上、発明者個人の在籍有無とは切り離して、企業側が権利の維持・再確保、あるいは権利期間の再定義を目的として、制度上許容される範囲で再出願や権利整理を行ってきた結果と整理できます。

以上を踏まえると、特許出願申請書とは一度成立した発明を永続的に固定するための文書ではなく、一定期間ごとに独占の存否と帰属、そして独占範囲を更新・再定義し続けるための制度上の運用枠組みとして運用されてきたものと理解するのが、制度趣旨に最も沿った整理です。

…………………………………………………………………………

      

↑いずれも時系列でLudwig Jakob Bertele (ルートヴィッヒ・ヤコブ・ベルテレ) による発明案件を順に並べており、且ついずれも3群7枚ゾナー型光学系に関する発明案件です。

US1975678A (1932-07-08)』米国特許庁宛て出願
DE673861C (1932-07-09)』米国特許庁宛て出願
GB497550A (1937-07-13)』英国内務省宛て出願

3つの特許が示した領域 ― 同じ課題をそれぞれ別の角度から潰す ―

上に挙げた3件の特許出願申請書は、ゾナー型が抱える「高口径 (明るさ)」と「広い画角」の両立で、どの欠陥が最後まで残るのかを、それぞれで別々の切り口で対応しています。ここで重要なのは、同じゾナー型でも、欠陥の種類ごとに対応の筋道が分かれた点です (ここで表す欠陥との表現は、意図せずして残った結果を指しておらず、光学設計内で制御しきれない要素を指して表現している為、一般的な欠陥の意識に偏らぬよう留意が必要です)。つまりこのような指摘が意味するのは、光学設計とはどの対応を活かして仕上げるのか、どの対応を諦めて仕上げるのかと言う、二者択一の中で進められている作業であることを、大前提に据えるべきことを語っています。

特に1932年に2件の特許出願申請書 () がほぼ同時期に掲出されている点は、製品発売の前後関係と必ずしも直結せず、量産品として成立した Sonnar 5cm f/1.5 を保護対象としつつ、その設計に内在していた複数の未解決要素を、別個の発明案件として切り分けて権利化した結果として理解できます。

この2件は、同一の量産モデルを起点にしながらも、後群の接合面形状や曲率条件によって、主にコマ収差を抑制する方向と、別の欠陥要素を視野に入れた方向とで、設計上の焦点が分かれていました。その中で、1936年製の量産個体から得られた実測値データと光学系構成図 (1937年製モデルの個体から当方が取り出した光学ガラスレンズを、デジタルノギスを使い逐一実測した実測値とトレースした光学系構成図を指す) を照合すると、後群3枚貼り合わせ構成における内部接合面の位置と曲率条件、ならびに光線が後群内部で最終的に大きく屈折する挙動が、1932年の2件のうち、後群最終接合面の曲率条件によって「コマ収差の抑制」を狙った特許出願申請書 () の主張と最も近い関係にあります。これは、単なる枚数や外形の一致ではなく、斜め光線が後群内部でどの面によって制御されるかという点で、量産品の光線光路がその発明思想を強く反映しているためです。つまり1932年発売量産品に最も近似する特許出願申請書はDE673861Cとの推定に到達せざるを得ないという、逆検証的な考察によって結論づけできた次第です。

・・このように具体的『根拠』を基に、発明案件と量産品との接点を具体的に評価した解説サイトは、ありません。

さらに実はこの分岐が、そのまま発展への限界を示すことに繋がっていきます。1937年に掲出された3件目の特許出願申請書では、この段階でなお残っていた「歪曲」という欠陥に焦点が移され、既存の後群3枚貼り合わせ構成が持つ完成度を前提とした上で、構成変更によって別の欠陥を補正しようとする方向が示されました。この時間差は、量産品として成立した設計を即座に置き換えるのではなく、その限界が実用上どこに現れるのかを見極めた上で、次の修正点を抽出した結果として、この特許出願申請書が位置づけられていると理解できるのです。

・・つまり量産品に残る課題の改善方向を探る発明案件とも言い換えられる。

このように史実として確認できる特許出願申請書の扱いは、単に発明案件を調べるだけの目的に限定せず、具体的な量産品個体から取り出した光学ガラスレンズを実測することで得られる、量産品との接点について折り合いをつける一つの道具として使う手法も、今の現代だからこそ今一度再考されるべき用法なのではないかと・・当方は強く考えているのです。

・・何故なら、光路長を整合させた上で整備できるスキルを持つなら、それだけで終わらせる言われはないからです。

当方は確かに、単なる独学だけに頼って整備している、決して整備者とは語ることができない立場の人間ではありますが、その一方でこのようにオールドレンズの真相を探るべく最大限に、語るための要素を活用することには、その機会を無駄にしていない点で、少なからず意義があるのではないかとの認識からこのようなブログ掲載にこだわっています。批判や抗議に誹謗中傷までされる世知辛い世の中ですが、その趣旨に沿ってこのブログの運営を仕上げていく所存ですから、どうか引退までの時間的猶予をお願い申し上げます。

US1975678A ㊧ ― 後群の接合面 (接着面) でコマを低減する ―

US1975678Aは、f/1.4級という高口径と広い画角を同時に狙うと、球面収差 (光線の通り方によってピント位置がずれる現象) とコマ収差 (点像が画面周辺で彗星状に伸びる現象) が最後まで残留する、という前提を明示したうえで光学設計を進めています。そこで採られた手段が、最後尾のレンズ群に強く湾曲した接合面 (貼り合わせ面) を与えるという設計方針です。

この「像側へ強く曲げた接合面 (フィルム側に向いた強い湾曲面)」は、後群内部での最終的な屈折挙動 (光線が最後にどの条件で折り曲げられるか) を意図的に制約し、とくにコマ収差の残留を抑制する役割を担っています。さらに、その接合面の曲率半径を焦点距離の半分未満とする条件 (焦点距離に対して極めて強い曲率を与えること) が、自身の主張請求項の中核として明示されています。つまり、ゾナー型の仕上げに於ける「決定点」を、後群の貼り合わせ面に集中的に担わせるという発想に基づいて光学設計が行われていることを示しています。

一方で、この特許の検討段階では f/1.4 級を想定した議論が展開されているにもかかわらず、実施例として特許出願申請書内に掲示されている仕様諸元値の内容は f/1.5 に設定されています。この差について本文中に直接的な説明はありませんが、後群の接合面に強い曲率条件を課した結果、周辺光線に対する収差抑制と同時に、製造時の面精度、公差管理、量産時の再現性を考慮すると、f/1.4 を維持するよりも f/1.5 に僅かに絞るほうが設計全体として安定することが示唆されます。
これは光学的な限界というより、量産設計として成立させるための実務的な判断が反映された仕様設定と受け取ることができ、最終的に市場に供された Sonnar 5cm f/1.5 の仕様とも整合します。

つまり非常に説得力のある (量産化を想定した) 光学設計の発明案件である特許出願申請書ではないかと説明できるのです。

DE673861C ㊥ の Abb.1 ― 同じ設計条件で像角45°へ踏み込む ―

DE673861CのAbb.1 (Abb.はドイツ語に於ける実施例を示す表記) は、光学系の基本構成として「収束 > 発散 > 収束 (つまり正の群 > 負の群 > 正の群)」という配置を維持したまま、相対口径1:1.5 (f/1.5級) に固定した条件で、最大像角45° (像角とは光軸を中心として像面側に形成される光束の開き角度を指し、一般的な仰角という用語と異なり、観測方向の角度ではなく光学系内部で定義される幾何学的角度/光学用語を意味します) を成立させる事を目標として記述されています。この特許出願申請書で対象とされている欠陥要素は、色収差 (光線の波長差により焦点位置がズレる現象)、球面収差、そして特に斜め光線に由来するコマ収差です。

その手段としてこの特許出願申請書では、後群に属する最終の正レンズ群に含まれる接合面を像側へ強く湾曲させ、その曲率半径を焦点距離の半分以下とする条件を明示しています。これは、斜め光線が後群内部で最終的に受ける屈折条件を、特定の面で集中的に制御することにより、像角45°条件下で顕在化する「コマ収差」を抑制することを目的とした設計です。

この特許出願申請書では、冒頭で像角45°という数値条件が明示され、その条件下で残留誤差としてコマ収差が主要な制御対象になることが記述され、最終的にその抑制手段として、後群接合面 (接着面) の曲率条件が提示されています。すなわち、この特許はf/1.5級という相対口径を維持したままに、標準レンズ域における実用上限に相当する像角45°で成立し得る補正状態を具体的に示すことを目的とした内容なのだと理解できるのです。

要するに、この特許出願申請書で示された到達点そのものが「結果的に」3群7枚ゾナー型光学系としての「限界点」として、ここで決定的になったことを示す内容と同義に位置づけられてしまったと受け取られるのです。

GB497550A ㊨ ― 完成度の高い既知型ですら歪曲が残るという現実 ―

GB497550Aは、欠陥の主体が歪曲収差 (直線が曲線として写る収差) に移ります。記述内本文では、既に1932年時点で成立していた3部材構成 (空気間隔で分離された3つの主要部材) を提示した上で、残る「歪曲」が避けられない、という認識を明確に冒頭に掲げています。ここで既知型の構成図が載る理由は、当方の読みでは単純であり、既存の性能が一定以上に到達しても、歪曲だけは「取り切れていない」という事実を、ベルテレ自身の納得感への比較対象として明示するためだと受け取られるのです (つまりベルテレ自身が納得できずにいる為の追加的な発明案件)。

そのうえでこの発明は、空気間隔を置いた第4部材 (追加のレンズ部材要素) を後方に加えるという回答に一歩進めている点で画期的なのです。ここで語っている内容の差は「後群が3枚貼り合わせのまま」なのか「追加部材で4枚構成化」に仕向けたのかという見かけ上の違いで終わりません。何故なら、必然的に光線制御 (光の曲げ方の設計) が大きく変わるからです。後方に新しい部材/要素を置けば、周辺の主光線 (画面端へ向かう中心の光線) の角度と、像側での結像位置の関係を再定義できるのです。「歪曲」はこの主光線の幾何 (画面上の位置関係) で決まる側面が強い為、コマ収差のように「最後の面を強くする」だけでは不足しており、部材/要素そのものを追加すると言う着想に到達せざるを得ません。

ここでこの特許出願申請書が示しているのは、3群7枚ゾナー型光学系の完成度が上がったとしても「歪曲収差」だけは残る・・という『限界』です。そしてその解答は「1枚追加すれば歪曲まで抑えられる」という発明に到達し、同時に「その1枚追加は、従来の枠内では成立しない」という宣言にもなっていると受け取られるのです。だからこそ7枚構成の範疇で捉えようとした時の限界点 (つまりは量産品でも同じ限界を抱えている) を示しているとの評価に至った次第です。

・・そしてそれは次なる説明へと、自然に集合していくことになります。

ゾナー型の欠点 ― 斜め光線と歪曲が最後まで残る ―

実はこの3件の特許出願申請書を並べてみると、ベルテレが発明した画期的な光学設計であった、エルノスター型 → ゾナー型へと向かった時の、一つの欠点が明確な像を結んで視えてくると理解できてしまいます・・しかもこれは、決して比喩としてのみ語っている表現ではなく、設計課題として分解した際の「明確な答え」として導き出される結論だと指摘できるのです。

コマ収差は後群接合面の強い曲率 (貼り合わせ面の曲率条件を調整することで抑制可能であること) が示されます。色収差は硝材の選択 (屈折率と分散特性の組合せ) と群の構成で追い込みできます。一方で歪曲は、ここまでの完成度が高い設計ですら残りやすく、追加部材という別の手段が必要になってしまいました。

そして像角を広げるほど、斜め光線の比率は比例的に増えてしまいます。斜め光線は、像面周辺で顕在化する収差 (画面周辺で目立ちやすくなる像の崩れ) と、面反射由来のフレア (反射光が像を汚す現象) の両方を増幅させてしまいます。ゾナー型は後群へ屈折力が集中しやすく、像側最終部に近いレンズ面での屈折が強くなり易い構成である為、この領域で斜め光線の負担が重くなります。その結果、3群7枚というゾナー型の基本構成を維持したままでは「斜め光線と歪曲に起因する問題を同時に解消することができず」この点が3群7枚のゾナー型光学系における構造的な限界として浮かび上がることになります。


そのような発明段階での背景を考慮した上で、ではここからは今回扱った1941年製の量産品個体から取り出した光学ガラスレンズの実測値とその放射線量を基にして、且つ前述特許出願申請書の中から、最もゾナー型としての最終形態に近いと推定できる発明案件「GB497550AのFig.1」から捉えられた光学設計概要も参照しつつ、このモデルの描写特性について説明していきたいと思います。

    

↑上に生成した曲線グラフは1941年製量産品個体「Sonnar 5cm f/1.5 (LTM)」を参照元としています。このモデルに実装していると推定できる硝材を特許出願申請書「GB497550AのFig.1」から特定し、量産個体に組み込まれていた光学ガラスレンズの空間配置を実測した光学系構成図から読み取り、それら事前情報を参照値に据えて、あくまでも推定値として扱う中で生成したグラフについて、以下にその描写性を探る説明を語っていきます。

但し、あくまでも検査用測定電子機械設備を駆使して得られた測定結果から生成したものではない点、ご留意下さいませ。これは個人の立場である当方にとり、数百万〜数千万円する検査機械設備を単なる個体別の計測の為だけに所有する金銭的余裕が無い実情から、現在対応できうる最も効果的な手法を使い探索していった経緯からの前提です。従って、この点を指摘する内容などのメール送信は、どうか切にご遠慮頂くようお願い申し上げます。また測定値のみに根拠を求められる方は、ここからの解説内容は不適切ですので、どうか無視して読み飛ばして頂くようお願い申し上げます
このように解説前提の根拠概要を明示しているため、誹謗中傷はおやめ下さい。

㊧ MTF特性 (空間周波数別・像高方向) ― 解像と描写分布の読み取り ―

このグラフは、像高 (画面中心から周辺までの距離) に沿って、異なる空間周波数 (被写体の細かさの違い) がどの程度のコントラストで再現されているかを示しています。低い空間周波数は大きな形や明暗の塊を表し、高い空間周波数は細線や微細構造を表します。

中央像高では低周波から高周波まで比較的高い値を保っており、中心部で形状把握が容易な像になることが読み取れます。一方、像高が増すにつれて高周波成分が先に低下し、低周波成分は比較的保たれています。これは画面周辺で細部の切れ味は穏やかになるものの、被写体の大まかな形や明暗関係がちゃんと維持されていることを表しています。結果として、中央は明瞭で、周辺に向かって描写が徐々に和らぐ画面構成との印象に繋がっています。
※ X軸:像高、Y軸:MTF (コントラスト)

青色:低空間周波数 (10lp/mm)、サジタル
 被写体の大きな形状・面構成・明暗の塊を再現する能力を示し、写真全体の骨格、立体感、存在感に対応します。
緑色:低空間周波数 (10lp/mm)、タンジェンシャル
 低空間周波数成分を円周方向で再現する能力を示し、面のまとまり方や、周辺での形の安定性に対応します。
赤色:中空間周波数 (20lp/mm)、サジタル
 被写体の輪郭・形状の判別に関わる成分を示し、写真で「何が写っているか」を分かり易くする要素です。
水色:中空間周波数 (20lp/mm)、タンジェンシャル
 中空間周波数成分を円周方向で再現する能力を示し、周辺部で線や形が乱れにくいかどうかに対応します。
紫色:高空間周波数 (40lp/mm)、サジタル
 細線・微細構造・質感など細部を再現する能力を示し、いわゆる解像感の限界側に相当します。
黄緑色:高空間周波数 (40lp/mm)、タンジェンシャル
 高空間周波数成分を円周方向で再現する能力を示し、周辺部で細部がどこまで保たれるかの限界を示します。

㊥ 軸上色収差 (縦収差) ― 波長ごとの合焦位置の違い ―

このグラフは、波長 (光の色) ごとに焦点位置が光軸方向へどのように変化するかを示しています。基準波長に対して前後どちらへどれだけ焦点がズレるかが表されています。

曲線が滑らかに連続していることから、色ごとの焦点位置の変化が急激ではなく、極端な分離が生じていないことが読み取れます。この性質により、画面中央で白い被写体の縁などに強い色の滲みが現れにくく、色の重なりが (違和感なく) 自然に見える描写になります。また前後ボケに色が付く場合でも、分離が緩やかなため、やはり違和感が出にくい状態にあります。
※X軸:波長 (nm)、Y軸:焦点位置差 (mm)

▪短波長側 (青色寄り)
青色光の合焦位置を表し、前後ボケに色付きが出やすい側を意味する。

▪中間波長 (緑色付近)
 人の視感度が最も高い基準帯域を表し、実質的なピントの基準となる位置を意味する。

▪長波長側 (赤色寄り)
赤色光の合焦位置を表し、ボケの後縁側に色が現れやすい側を意味する。

球面収差 (縦収差) ― 中心光線と周辺光線の結像差 ―

このグラフは、レンズの中心付近を通る光線から周辺部を通る光線まで、それぞれがどの位置に焦点を結ぶかを示しています。X軸は正規化瞳半径 (0が中心光線、1が周辺光線)、Y軸は焦点位置差 (mm) です。

曲線の形状から、中心光線と周辺光線で焦点位置が完全に一致しているワケではなく、周辺に向かうにつれて焦点位置が変化していることが分かります。この挙動によりピント面では芯がハッキリしつつも、前後の焦点外領域では像が急激に硬化せず、なだらかに変化します。その結果、ピントの合った部分は分かりやすく、ボケは硬くなり過ぎない描写として現れていることを示します。
※X軸:正規化瞳半径、Y軸:焦点位置差 (mm)

▪X=0 付近
 中心光線の合焦位置を表し、ピント面の芯の鋭さを決定する意味合い。

▪Xが1に近づくにつれて
 周辺光線の合焦位置の変化を表し、ボケの質や、ピント前後の像の変化に関与を示す。

サジタル (sagittal)

像面に於いて、黒白のストライプ状チャート線 (明暗が交互に並ぶ線パターン) が、画面中心から外周へ向かう放射方向に配置された場合に、それがどの程度正確に再現されるかを表す指標。

タンジェンシャル (tangential)

像面に於いて、黒白のストライプ状チャート線 (明暗が交互に並ぶ線パターン) が、画面中心を取り囲む円周に沿った接線方向に配置時、それがどの程度正確に再現されるかを表す指標。

1941年製Sonnar 5cm f/1.5 T ― その描写性の意味と現れ方 ―

◯ 解像感

MTF特性 (空間周波数別・像高方向) グラフが示すとおり、低い空間周波数から高い空間周波数まで中央像高 (写真の中央部分) で高い値を維持します。これは細部の形状が崩れにくく、被写体の輪郭が明瞭に識別できることを意味します。像高が周辺に進むにつれて高周波成分が低下するため、画面端では細線の解像は穏やかに (甘く) なりますが、形状そのものが破綻する状態にはなっていません。

◯ 階調表現

低空間周波数 (10 lp/mm) から中空間周波数 (20 lp/mm) にかけて、像高方向でコントラスト再現率が急激に低下せず、明暗の情報が段階的に保たれるため、明るい部分から暗い部分への連続的な明暗変化が滑らかに表現されます。これは階調 (明暗の段階的な変化) が潰れにくく、白から黒への移行が自然に見える描写に繋がっています。

◯ 球面収差

球面収差 (レンズ中心部と周辺部を通る光線の焦点位置差) は、球面収差 (縦収差) グラフで示されるように、瞳半径の増加に伴って焦点位置が変化します。この性質により、ピント面の芯は保たれつつ、前後の焦点外領域では像が急激に硬化せず、なだらかな変化を伴います。

◯ 色収差

軸上色収差 (縦収差) グラフが示すように、波長 (光の色) による焦点位置差は連続的で極端な分離を示しません。これは色収差 (色ごとにピント位置が異なる現象) が画面中央で目立ちにくく、白い被写体の縁に強い色の滲みが生じにくい描写であることを表しています。

◯ 非点収差

非点収差 (縦方向と横方向で像の結び方が異なる現象) は、像高が進むにつれて影響が現れます。MTFにおける方向差の広がりが限定的であるため、周辺部でも線が極端に分離せず、像の形状が保たれていることを示しています。

◯ コマ収差

コマ収差 (画面周辺で点像が彗星状に崩れる現象) は、後玉側の曲率設計により強力に制御されています。周辺光線が過度に引き伸ばされないため、夜景などの点光源でも像が一方向に大きく流れにくい描写となっていると指摘できます。

◯ 像面湾曲

像面湾曲 (ピントの合う面が平面ではなく湾曲する性質) は残りますが、前玉裏面の湾曲形状と後玉曲率により極端な変形は抑えられています。中央と周辺でピントの印象が段階的に変化し、急激なボケへの移行が起きていないことが分かります。

◯ 幾何歪曲収差

幾何歪曲収差 (直線が曲線として写る現象) は、特許出願申請書GB497550A Fig.1で重視されているとおり低く抑えられています。建築物や水平線などの直線被写体でも、実用上違和感の少ない形状再現が得られ、且つそれを維持できていると指摘できます。

◯ 周辺減光

周辺減光 (画面周辺で光量が低下する現象) は大口径設計により存在します。像高が増すにつれて明るさが緩やかに低下し、画面中心から周辺へ自然な明暗の移行が生じます。従って明確な減光を感じにくい設計が体現できていると受け取れます。

◯ ボケ質・焦点外領域周波数

球面収差とMTF高周波成分の低下により、焦点外では細かな模様が抑えられ、中程度の大きさの形が滑らかに溶け合います。これにより背景は硬く分解されず、主被写体を引き立てる形で整理された印象に仕上げられています。

◯ フレア制御

コーティング (単層膜蒸着コーティング層による反射低減) により、不要な反射光が抑えられます。逆光条件でも画面全体が白く覆われにくく (フレアのこと)、コントラストの低下が十分に抑制されていることを表しています。

総 括 ― レンジファインダー用標準レンズとしての意義とその後の転回 ―

これらの解説を総合すると、1941年製 Sonnar 5cm f/1.5  は、中央では明瞭で形状が把握しやすく、周辺に向かって徐々に描写が和らぐ特性を示していると指摘できます。このとき、今までの探索で特定できた硝材配列の「BaF10 > BaF10 > FK5 > SF10 > KF9 > SSK5 > SK5」による、色収差制御、曲率を積極的に用いた量産型の仕様、そして単層膜コーティングによる反射低減が重なり、写真全体としてはシャープさと柔らかさが同時に感じられる描写となり、被写体の存在感を自然に伝える画として、まさにベルテレが特許出願申請書内の記述で語ってきた内容の体現として仕上がっていることに結びつきました。

このレンズは、旧CONTAX I / IIa / IIIa といったレンジファインダーカメラ向け標準レンズとして設計され、短いフランジバック (マウント面からフィルム面までの距離) を前提に、後群をフィルム面に近づけた光学構成を採ることで、大口径と高い中心解像を両立させていました。この構成は、ピント精度が測距連動機構に依存するレンジファインダーカメラに於いて、開放でも十分に実用的な描写を得られるという大きな利点をもたらしていたのだと結論づけられます。

一方、戦後に一眼 (レフ) フィルムカメラが普及すると、ミラー機構の存在によりフランジバックが長くなる為、このような後群を深く差し込む設計は適用しにくくなります。その結果、周辺収差や像面湾曲の扱いが課題となり、Sonnar 5cm f/1.5 の特性は一眼 (レフ) 向け光学系との比較に於いて制約として現れるようになってしまいました。

しかし現在では、デジタル一眼 (レフ) カメラやミラーレス一眼カメラに搭載される撮像素子に於いて、受光面側に配線層を置かず光を直接受ける裏面照射構造や、斜めに入射する光を画素中心へ導くためのマイクロレンズ配置の最適化といった構造的改良が進み、かつて欠点と見なされていた周辺描写の緩やかさや収差の残り方が、むしろ立体感や空気感として評価されるようになっています。結果として、このレンズは当初の時代には「庶民にも扱いやすい高性能標準レンズ」として「戦後には構造的制約を抱える存在」として、そして現代では「とても魅力的な描写個性を備えたレンズ」として、時代ごとに異なる価値を持って受け取られる存在へと位置づけが変化していったのではないかと、当方的には受け取られています。その意味で語るなら、たしかに現在に於いて、どのようなオールドレンズのモデルも遍くデジタル一眼 (レフ) カメラ/ミラーレス一眼レフカメラで使う場合、当時のデメリットが現代でのメリット性として転換する可能性を秘めているのですが、その中にあってこのモデル、この 1941年製 Sonnar 5cm f/1.5 は、設計当初から備えていた収差の残し方と中心重視の描写設計が、現代の撮像素子環境に於いて初めて素直に像として受け止められる条件が整った良い例であり、結果として時代を越えて再評価される必然性を持った標準レンズであったと結論できるのではないでしょうか・・。

・・だからこそこのモデルの光学設計者、ベルテレに対する、今一度の改めての研究に魅力を伴うのです!

このように、確かに当時のレンジファインダーカメラを使って評価を続ける姿勢もとても大切だと考えますが、その一方で今ドキのデジタル一眼 (レフ) カメラ/ミラーレス一眼レフカメラでの表現性にも着目することで、一面性だけに囚われずに二面性をも堪能できる現在の写真撮影環境には、単一方向からだけで捉えないと言う着目角度の重要性があるのではないでしょうか。するとその時、逆に捉えるななら「当時の人達がどのように感性を働かせて撮影していたのか」との、タイムスリップを体感するにはレンジファインダーカメラでの撮影が最も適切であるものの、そこにオールドレンズそのモノに実装されている「光学設計主体」の表現性、ひいては能力発揮に再挑戦する意味合いとして捉えるなら、今ドキのデジタル一眼 (レフ) カメラ/ミラーレス一眼レフカメラでの撮影にも十分な二面性が現れることを・・今、当方は語っているのです。

つまりベルテレが真に何を狙っていたのかを探る時、それはレンジファインダーカメラで辿った時、ベルテレの感覚として認知できることを意味し、一方で今ドキのカメラで辿った時、ベルテレの狙いの極限がより明確化でき「そうだったのか! ここまで狙っていたのか!」と言う、ある意味新鮮なオドロキを改めて感じ入る機会を得られるのではないかと・・語っています。

そういう事柄が「二面性を愉しむ」であって、一つのオールドレンズモデルを、そういう方向から捉えていくのも楽しみなのではないかと・・当方は思うのですッ。

工業製品としての限界 ― 需要の名残と戦時体制という現実 ―

ここで当方が物語として語りたい核は、設計の限界が、工業製品の現実と衝突する点です。レンジファインダーカメラ (距離計連動で合焦する機構) は、高口径化 (明るくする) ほど合焦精度 (ピント合わせの許容) が厳しくなるという宿命を構造的に抱えています。さらに製品として、光学系の訂正だけでなく、組立公差 (部品誤差の許容) や距離計の精度、使用環境での安定性まで同時に背負うことになります。しかもこの時期、レンジファインダーカメラ向けには「既に市場に存在する機材の運用 (つまりオプション交換レンズ群)」を支える需要が残り、交換レンズの供給と改良は継続課題として残っています。

さらに戦時体制下では、軍需光学が最優先になり、材料・加工・検査・供給の配分が軍需へ偏ります。ベルテレは、この環境下で軍需光学製品に対する設計要求へ継続的に対応する立場に置かれ、結果として望遠系や軍用用途に関わる設計作業の比重を負う状況にありました。これは決して設計者としての関心の移行ではなく、制度と配分条件によって対応領域が限定された状態と理解できます。

ここで重要なのは、ベルテレ自身がERNEMANN WERKE AG入社以来一貫して採ってきた、非対称型 (エルノスター型からゾナー型に至る光学設計) に於ける面制御という設計概念が、光線光路の観点から限界を示し始めていた点です。後群側に屈折力を集中させ、斜め光線を最終面近傍で制御する非対称型の手法は、標準レンズ域では成立しても、歪曲や斜め光線由来の誤差を同時に抑える段階で、構造的な制約が顕在化していました。

この認識は、レンジファインダーカメラ側の機構限界と、市場が一眼 (レフ) フィルムカメラへ移行しつつあった状況と重なります。光学設計側で非対称型のまま面条件を積み上げる手法では、今後の要求に対応しきれないという判断が、設計課題として明確になっていたと位置づけられます。

その結果、従来の非対称型面制御手法を放棄するのではなく、それを出発点として一段上の設計原理へ進む必要性を自身が悟り、左右対称性を持つ光学設計 (いわゆる対称型) へ挑む覚悟が形成されたと捉えられるのです。これは突発的な転換ではなく、ERNEMANN WERKE AG時代から積み重ねてきた光線制御の経験を踏まえた、ステップアップとしての必然的な設計課題への到達点として語られるべき流れだと考えるのです。

その一方で、戦時体制下では量産設計 (部品点数、重量、コスト、調整項目、検査手順) を含めた成立条件が同時に満たされにくく、前に掲示した特許出願申請書の中ではGB497550Aが示した「後群への1枚追加」という歪曲対策は、量産品として実現し得ない状況に追い込まれました。さらに戦争の進行により民生用レンジファインダーカメラ市場は急速に縮小し、戦後には一眼 (レフ) 方式への関心と需要が明確に移行します。その結果、このの発明案件をレンジファインダーカメラ用交換レンズとして製品化する機会そのものが失われていった、という経緯に至ります。

戦後の帰結 ― 並行準備された対称型と1953年とのタイミング ―

戦後のカメラ市場の変化を受け、ここでは設計思想の限界そのものではなく、ベルテレが実際にどのような時期的な展開の中で次の設計段階へ進んだのかに焦点を当てて整理します。カメラ市場は一眼レフフィルムカメラの比重を増し、レンズ側には新しい要求が積み上がります。レンジファインダーカメラ向けには標準域の需要が残り、そのための訂正作業がベルテレにとっても続いていたことが、その特許出願申請書の掲出として確認できています。しかし同時に、斜め光線 (光軸に対して大きく傾いた光) と歪曲 (像の形が幾何的に変形する収差) への根本的対応が、ベルテレの光学設計者としての次の課題として現れます。

ベルテレにとって決定的だったのは、この時点で「ゾナー型をどう直すか」と言う狭義的な課題ではありません。ゾナー型の設計経験を通じて「斜め光線という問題」が、特定のレンズ型式の調整や改良では解決できず、自身が用いてきた光学設計の考え方である「面制御」そのものでは扱いきれない問題 (ある意味本質) であることを、これら3つの特許出願申請書の経緯から、1939年の段階で既に察知していた点です。ここでベルテレは、個別設計の成功や失敗ではなく、自分自身の光学設計概念の限界に明確に直面していたと判断できたのです。

この認識があったからこそ、ベルテレは戦時下に於いても、次に進むべき光学設計概念を内側で蓄積し続けることができたのだと当方は捉えています。対称型という形式は、その時点で目標として設定されたものではなく「次の段階へ進むためには、光学設計の考え方自体を切り替える必要がある」という決断の『証拠』として、時間をかけて構築されていった思考の一部ではないかと考えられます。

だからこそ1952年までゾナー型の光学設計訂正作業に追われつつも、翌年の1953年に提示されたトポゴン型 (対称型の広角レンズ域設計) は、その長い内的準備の末に外へ現れた一つの成果であり、ベルテレの関心や到達点そのものではないと指摘できるのです。ここで語るべき中心は、成果物ではなく、1939年の時点でベルテレが「従来の光学設計概念を継続しない」と決意し、次に用いるべき設計概念に切り替えが内部で成立していたという事実、すなわちそのような対応能力の高さこそに、光学設計者の中にあってまさに天才だった『証』なのではないでしょうか・・。

Bertele (ベルテレ) ― 光線条件から像を成立させ続けた光学設計者 ―

Ludwig Jakob Bertele (ルートヴィッヒ・ヤコブ・ベルテレ) は、1900年12月25日、ミュンヘンに生まれ、1985年11月16日、スイスのWildhaus (ワイルドハウス) でその生涯を終えました。

1916年、Rodenstock (ローデンシュトック) で光学設計者の助手として実務に入り、大学研究職ではなく、製品設計の現場から光学設計を始めています。この出発点は、後のベルテレの設計姿勢を決定づける重要な前提でした。ベルテレは最初から理論式や形式名ではなく、実際に光線が通り像が成立するかどうかを設計の基準に置いていたのです。

1919年、ドレスデンのERNEMANN WERKE AG (エルネマン工業) に移籍し、August Klughardt (アウグスト・クルークハルト) のもとで本格的な設計に取り組みます。ここでベルテレが向き合った課題は明確でした。低照度環境で撮影を成立させるために、露光時間を大幅に短縮すること。そのために必要なのは、単なる開放f値の増大ではなく、結像面に到達する光線がどのような角度と位置関係で存在しなければならないかを、設計の初期段階に把握することでした。

ベルテレは、構成形式を先に仮定することなく、結像面で成立すべき収束光線束を起点に、その光線が逆方向に通過できる条件だけを抽出していきます。その条件を満たせない光線経路は初期段階で排除され、結果として成立し得るレンズ配置と面形状の範囲が自然に限定されました。この思考から生まれたのが、エルノスター型光学系です。

・・つまりベルテレの光学設計思想の基礎は、逆算的な光線光路追跡から始まっていたと理解できたのです。

エルノスター型は、露光時間の短縮を主目的に据えながら、結像を成立させる光線条件を崩さない設計として完成しました。この設計を実装したErmanox (エルマノックス) 写真機は、屋内でのフラッシュ無し撮影を現実のものとし、報道写真や日常撮影の在り方を根本から変えます。Ermanoxが一万台規模で生産された事実は、この設計が例外的試作ではなく、社会に届く実用品として成立していたことを示しています。

1926年、Zeiss Ikon AG (ツァイス・イコン) の成立後も、ベルテレはドレスデンに留まり、試作工房を与えられた環境で設計と検証を続けます。ここで彼はエルノスター型をさらに発展させゾナー型光学系へと到達します。ゾナー型は貼り合わせレンズ群を中核に据え、空気とガラス面を抑制しながら結像に必要な屈折を限られた面に集中させる設計です。

この設計もまた、構成ありきではありません。結像面に到達すべき光線条件を先に固定し、その条件を満たすために不可欠な屈折量と位置関係から、貼り合わせ界面と各面曲率の役割が決まってい区という、ここでもやはり逆算的手法を使ってこのゾナー型構成を導きいたのです。その結果f/1.5級という大口径を維持しながら、透過率とコントラストを両立させた標準レンズとしてSonnar 50mm f/1.5が成立しました。

ベルテレの設計姿勢は、標準レンズにとどまりません。広角領域ではTopogon (トポゴン) 型を設計し、歪曲収差を極限まで抑えた構成を実現します。ここでも対称性そのものが目的ではなく、歪曲がどの面で発生し、どの面で打ち消されるかという光線条件の整理が先行しています。結果として、面曲率の配置そのものが性能説明の中心となる光学系が成立しました。

第二次世界大戦後、1946年にスイスへ移住したベルテレは、Wild Heerbrugg (ヴィルト・ヘールブルック) で航空測量光学の分野に取り組みます。1950年に完成したAviogon (アヴィオゴン) 型は、航空写真測量用として歪曲と像面精度を厳密に制御したレンズです。航空測量では、写真は風景記録ではなく、距離と形状を正確に読み取る測定材料としての機能を発揮するのが大前提です。しかもここでもその要求条件から逆算された光線条件に基づき、面曲率と配置が決められていったのです。つまりベルテレはERNEMANN WERKE AGに入社以来、一貫して光線光路を辿る手法から開発概念を追求していくスタンスを最後まで執り続けた稀有の存在と言えないでしょうか・・。

1958年、ETH Zürich (チューリッヒ工科大学) は、ベルテレにDr. honoris causaを授与しました。この評価は、単一のレンズ形式に対するものではありません。低照度写真から航空測量まで、要求性能がまったく異なる分野において、結像面に到達すべき光線条件を起点に設計を組み立て続けた、その姿勢そのものが評価されています。

「面制御が得意だった」と世界で語られる ― 光学設計手法の違いとは ―

一般的な光学設計では、まず成立実績のある群構成や形式を仮置きし、その構成の中で光線を追い、問題が生じた箇所に対して面曲率や間隔を調整していく、という手順が採られてきました。必要に応じて群数を増やし、貼り合わせを追加し、役割配分を組み替えることで、要求性能に到達させる設計です。

これに対してベルテレの成果物 (Ernostar 系、Sonnar 系、Topogon 系、Aviogon 系) では、群構成や形式名を並べただけでは、なぜその性能が成立しているのかを説明し切ることができません。説明を成立させるためには、各群の内部に踏み込み、最終的には各レンズ面の曲率、貼り合わせ界面の符号と強さ、そしてそれぞれの面がどの光線を受け持っているかという、面単位の因果関係まで深入りする必要があります。

これは「群まで入り込めば説明できる」という意味ではありません。群という単位では因果関係が完結せず、面という単位まで分解しなければ、性能成立の理由が示せない、という構造を持っているという意味です。

この差は、設計初期の進め方に由来します。ベルテレは、一般的な光学設計者が行う「構成を仮置きしてから光線を合わせる」のではなく「結像面に到達すべき光線の束を起点にして、その光線がどの経路を通る以外にはあり得ないか」を光線光路として逆方向に辿ります。その逆読みの過程で、どの位置でどの屈折が必須になるのか、どの面でなければ収差が回収できないのかが初期段階で確定されています。

その結果、屈折の役割を担う面は初期段階で限定されるので、一般的な光学設計者が行う「後から群を足したり、役割を別の位置へ移し替えたりする」余地は最初から残されていません。完成した光学系は、面ごとの役割配分が崩れると直ちに別の破綻として現れる構造で成立しています。

そのため、完成した光学系は、性能差を説明する際に「この群が何をしているか」では不十分で、「この面がどの光線に対して何をしているか」を示さなければ理解できない形で残ります。後世の研究者や設計者がベルテレのレンズを解析すると、説明変数は必然的に面曲率と貼り合わせ界面の扱いへ収束します。この読み方が繰り返し成立すること自体が「ベルテレは面制御が得意だった」という世界的評価を生み出したのですッ!

ベルテレは、構成を先に決めて光線を調整した設計者ではありません。結像結果から光線光路を逆に辿り、成立に不可欠な面とその役割を初期段階で確定させ、その条件が許す範囲の中でのみ面の配置と曲率を決め続けた設計者でした。その結果が、写真用高速レンズから航空測量用広角レンズまで、用途を越えて一貫した設計思想を貫くことができたのです・・。

・・ここまでベルテレの光学設計思想を追ってきた中で、当方はある強い既視感を覚えました。

ベルテレの設計思想に親近感を覚える ― 当方の理論的整備との共通性 ―

実は当方の整備手法も、光学系の前後群の別、絞りユニット、鏡筒、ヘリコイド群、鏡胴前部と後部、マウント部のような部位別の違い、さらに制御系や駆動系に伝達系など、凡そ部位別に捉えているものの、整備の際に必ず問題になるのはそれら部位別の瑕疵内容よりも「むしろ各構成パーツの現状」だったりします。

逆に言うなら、オールドレンズの構造は千差万別のように認識されがちですが、実はほぼ部位別に確定されており、部位別の目的と役目は決まっています。その中で当初バラす前時点に起きていた瑕疵内容の原因箇所は、最終的には各構成パーツの経年劣化状況にまで遡らなければ、それらの最終的な改善手法には辿り着けません。つまり完成品としての距離環を掴んでいる指で回す操作をした時の「チカラの伝達経路」こそが重要になるのですが、その要は、実は各構成パーツそのモノなのです。

従ってどんなにグリースを塗布しようが潤滑油を注入しようが、それに関係なく、各構成パーツの状況自体が既に対応範囲を超えてしまっていた場合、内部の各部位別に「チカラの伝達」は適正化されません。つまり各構成パーツ別に追求していった結果、何処のパーツが今どのような状態にあり、その結果どのような影響が現れて具体的な瑕疵内容として症状を発現させているのかについて、当方は100%説明できてしまうのです・・このような整備手法を指して、当方では『理論的整備』と呼称しています。

今回の探索でベルテレのこのような光学設計手法「面で捉える設計思想」を知った際、実は鳥肌立ってしまったのですが、まるで今の自分の整備スタンスと同じ角度で捉えている点で、ベルテレの思考回路は非常に納得でき、且つ容易に理解できる内容なのだと、今回認識を改めた次第です。

確かに当方が行っている作業などは誰でもできる内容であるものの、ベルテレは世界が認めた唯一無二な光学設計者なのではないでしょうか・・当方はそのように感想しましたね。

なお当方が言う『理論的整備』とは、完成状態に現れた瑕疵から因果関係を逆に辿り、各構成要素ごとの役割と制約を把握した上で、手を加えるべき点と触れたくても触れられない点を論理的且つ原理的、物理的に判断する整備手法を指しています。

…………………………………………………………………………

このような超長文で、さぞかしお疲れのことと思います。もしもここまでお読み頂いた方がいらしたなら、本当にありがとう御座います! 感謝とお礼を申し上げます

・・と皆さんのお気持ちとしては、ここで終わりにするべきなのでしょうが、研究心尽きない当方にすると、戦前〜戦中〜敗戦時までの変遷だけで終わってしまうことに、一抹の不安だけしか残りません(笑) 何故なら、ベルテレは敗戦直後の1945年内にスイスに移動してしまったからです。

つまり長らく在籍し続けていた戦前から続くCarl Zeiss Jenaを、1945年時点と言うタイミングで退職してしまったのです。通り一辺倒な解説だけで決して納得しないという「天邪鬼な当方の性格」からして、詰まる処、このスイスへの逃避行 (とはネット上の何処にも決して語っていませんが) に着目しない手がないのです・・。

・・これが当方の悪い性癖であり、ベルテレを性格の側面から捉えたがるのですッ。

つまりベルテレは、戦後の混乱期との身の回りの環境よりも、おそらくは第三者機関から伝達されたであろう (もちろんこれは当方の完璧な妄想範疇ですが) 連合国によるドイツの分割統治と言う、非常に近い将来の境遇に接した時、明確に戦前Carl Zeiss Jenaの旧東ドイツへの帰属を意識して、体制の上のさらなる体制 (要はCarl Zeiss Jenaに縛られつつも、それはあくまでも国家体制の範疇にさらに包括されてしまうと言う意味合い) には、もう既に我慢ならない状況に精神的に至っていたと推察できたからです。

おそらく光学設計者根性として捉えるなら「勘弁してくれ、もうこれからは私の自由に設計する」との心根が、十分に戦時下の中で醸成され、戦後に微かな期待を託していたことは、人誰しも同じではないかと思うからです。それは敗戦時の状況からするに、とても市況や関係者周囲の話や噂話だけではあまりにも時間が少なく、第三者機関と言う存在が介在しない限り1945年内に具体的な行動に出るのは、当時としてはほぼ不可能であったのではないかという憶測からに他なりません。

その一方で、当時既に米・英・仏と言ういわゆる西側陣営の主要メンバーにとり、旧ソ連の南下政策は、現実的に戦前の段階から警戒されており、ドイツ敗戦直後ですら、後の時代に「東西冷戦」と呼ばれた構図は、必然的に1945年時点で想定されていたことを研究できています。

そのような裏事情を知るにつけ、ベルテレのような稀有な光学設計者の存在は、むしろ西側陣営諸国にとっての国家安全保障に係る重大危機に匹敵し得る要素であったハズで、敗戦時のCarl Zeiss Jenaの工場技師達を旧西ドイツ側oberkochen (オーバーコッヘン) に移送するだけに飽き足らず、ベルテレの西側陣営への移送を、強く望んだのではないかと考えたのです・・。

奇しくもそれに即座に反応したのがスイスの光学メーカーWild Heerbrugg (ヴィルト・ヒアーブーグ) であり、結果的に史実で語られているとおり、1946年には光学開発部の責任者としてベルテレを迎えていたことになっています。つまり降伏した日付から僅か8ヶ月後にはスイスに住んでいたことになり、このような転身の早さは、いくら敗戦色濃いさなかにあっても身動きがとれなかったと推察でき、何かしらの裏での動きが介在していたように、独り妄想しまくっている次第です。

確かにベルテレのような光学設計者とすれば、知識層での知人の数は相当数なのでしょうが、だからと言ってドイツ降伏と同時にあからさまに動き回れたとも考えられません。特にベルリン陥落のタイミングでCarl Zeiss Jenaの接収が既に始まっていたとすれば、なおさらにベルテレは身動きが取れずに敗戦を迎えていたと考えられます。誰が考えても一番近いスイスに逃げるのが最善策であり、ベルテレにはおそらく米国への渡航を何処かから要請されつつも、時間的猶予の関係から、最も近い隣国スイスへの移動は、距離的に近くても、身辺整理上は相応にそのタイミングと対応が求められたように思うのですが、如何でしょうか・・。

確かにオールドレンズの話なのですが、その中でこのように光学設計者の立場と境遇に思いを馳せてみるのも、せめて一晩の晩酌の題材には十分価値があるのではないかと思ったりします(笑)

せっかくなのでそのテーブルトンッと置くのであれば、そこはやはり今回扱った戦前Carl Zeiss Jena製Sonnar 5cm f/1.5 のすぐ横に並べるべきは、Zeiss Opton製Sonnar 50mm f/1.5 と言う異母兄弟しか該当せず(笑)、暫しの酔に小さな豆球のスポットライトを用意して照らしながら🇩🇪、どちらのレンズを照らし出すのかの違いによって、また今宵の酔もより一層深まると言うものなのです・・(笑)

ここからの探索は、そのZeiss Opton製Sonnar 50mm f/1.5 (1953年製) の実装光学系と特許出願申請書の照合作業に移っていくことになりますから、まだまだ解説は終わりそうにありません・・go・men・na・sai

戦後量産個体との照会 ― 2つの特許出願申請書との具体的な接点 ―

    

↑上に挙げた図は、が当方が以前扱った1953年製造の量産個体、Zeiss Opton製Sonnar 50mm f/1.5 から取り出した光学ガラスレンズをデジタルノギスを使い実測した実測値を基にトレースして作図した光学系構成図です。それに対して、Zeiss Opton向けにベルテレが提供したでろうと推定できる当時の特許出願申請書を特定し、その中の掲載図面をピックアップしています。今回扱うモデルである1941年製造個体とは直接関係も影響もありませんが、ベルテレの晩年を知る上で戦後の光学設計にも着目する必要があると考え、少しだけご紹介します。

DE835202C (1949-05-11)』ドイツ特許省宛て出願
DE908203C (1951-05-18)』ドイツ特許省宛て出願

㊨の光学系構成図との照合結果 ― 光線光路から見えた対応関係 ―

1953年製造と推定できる量産個体について、実測値から作図された光学系構成図を基準に光線光路を追うと、入射光束が前群で過度に集約されず、中群メニスカス部で主要な屈折量を引き受け、後群の接合面対で像側への最終整形が行われている点が明確に読み取れます。

この光線処理の流れは、DE908203Cに掲載された実施例のうち「Fig.3」が示す構成と強く対応しています。具体的には、 中群メニスカスの軸厚と屈折率条件、 光学系第2群要素と第3群要素の間の空気間隔が、像側収束として機能している点、 後群で像面側の曲率を強く与え、光線を短距離で整える処理方針が共通していると指摘できるのです。量産個体の実測では、中群~後群にかけての全高配分と曲率集中の位置がこのFig.3の条件とよく重なっており、光線がどの面でどの程度曲げられているかという観点でも一致度が高い構成なのです。

簡単に述べるなら、光が真ん中で大きく曲げられ、最後にまとめ直される構造になっており、その役割分担がDE908203CのFig.3とよく似ているという評価に至ったということです。

残る初期モデルとの対応 ― 1950年前後を想定した位置づけ ―

一方で、Zeiss Optonが1950年に投入したと考えられる初期量産モデル (冒頭の一覧表で言う処のあたり) については、現時点で実測個体が未取得であるため (未だ扱ったことがない)、特許実施例側からの照合のみがここでの手掛かりとなります。

DE835202Cの「Fig.2」は、同じゾナー型の系譜に属しながらも、屈折率条件がやや抑制され、中群メニスカスでの屈折量配分がDE908203Cより穏やかに設定されています。前群から中群への光線の移行が滑らかで、後群での仕上げ量も相対的に軽い構成であり、量産初期に想定されやすい条件提示として位置づけることができます。

光線光路の観点では、 中群での屈折集中が限定的である点、 空気間隔による発散・収束の切り替えが比較的単純である点、 全体の曲率配分が製造余裕を残した設計になっている点が、初期モデルを想定させる要素なのです。

簡単に述べるなら、後年のモデルほどに攻めた光線光路の曲げ方を行っておらず、作りやすさと安定性を優先した光線光路の配慮になっていると言えるのです。

年代推定と結論 ― 残された確認作業 ―

今後に残されているのは、1950年に近い時期に製産された量産個体を実際に入手・実測し、この対応関係を現物で確認する作業のみ、という段階まで整理されています。

Zeiss Opton製Sonnar 50mm f/1.5 (CRF) の量産個体から取り出した光学ガラスレンズの実測値と、それを基に作図した光学系構成図を検討すると、各レンズ面が光線光路上で担っている役割は明確に区分されています。前群では入射光束の方向付けと一次集光が行われ、中群に配置された強いメニスカス形状の貼り合わせ部で屈折量の中心が形成され、後群では貼り合わせ面対を用いて残存する収差が限定的に処理されています。空気間隔は物体側で発散、像側で収束として機能しており、絞り羽根は中群と後群の境界位置に配置されています。

この光線処理の分担は、1949年出願のDE835202C に記述された対物レンズの条件と直接的に対応します。DE835202Cでは、三つの主要レンズ構成部材を空気間隔で分離し、第一空気間隔を発散形状、第二空気間隔を収束形状として規定しています。そのうえで、物体側での屈折量集中を避け、中群メニスカス部で光線を大きく曲げ、像側の接合面対で「球面帯状像収差」及び「色収差」を処理する構成が示されています。これは戦時中のゾナー型特許に見られる、前群主導で集光を完結させる構成とは異なり、屈折の主負担を中群に移した点が明確な相違点です。量産個体の実測値に拠る光学系構成では、この中群主導の屈折配置がそのまま確認できたワケです。

一方、1952年出願のDE908203C は、DE835202Cと同一の光線処理方針を前提としながら、設計の主体が異なっています。DE908203Cでは、第二レンズ構成部材の軸方向の厚さを全焦点距離に対する比率で制限し、屈折率とアッベ数の積に数値範囲を与えることで、像角拡大と像面平坦性の両立条件を整理しています。ここでは、どの面で光線を曲げるかという役割分担自体は変更されていませんが、各面に許容される屈折力と硝材選択の自由度が数値条件として定義されています。つまりDE908203Cは新しい光学配置を提示する特許ではなく、DE835202Cで示された光線処理についてのみ、量産或いは設計実務に適用する為だけに条件整理を行った結果との位置づけにみられるのです。

このようにこの二つの特許は、1930年代初頭に確立されたゾナー型の基本構成を前提としたうえで、1949年には面制御と屈折力配分の具体化が行われ、1952年にはその内容を数値条件として整理する工程へと進んだものと説明できます。量産個体はこの流れの中で、屈折力の集中位置や面配置の考え方においてDE835202Cにより近い内容を示しつつも、DE908203Cで整理された設計条件を受け入れ得る構成として成立しています。結果1953年の製造番号推定との整合性にも、補強を示す説明として扱うことができると考えます。

2つの個体の描写差に現れるベルテレの意識 ― 継続と解放の境界 ―

1941年製造のCarl Zeiss Jena製Sonnar 5cm f/1.5 (今回扱った個体) と、以前当方が扱った個体である1953年製造のZeiss Opton製Sonnar 5cm f/1.5 の描写性を比較すると、まず前提として確認できるのは「設計の根幹思想そのものは一貫して維持されている」という点です。中心部を明確に成立させ、周辺に向かって描写が段階的に移ろうゾナー型の性格は、両者に共通して現れています。この時点で、ベルテレが戦前に到達していた「像の成立のさせ方」を、戦後に否定した形跡が見られないのです・・。

しかし同時に、1953年製造の個体描写には、1941年製には見られにくい「余裕を伴った描写の振る舞い」が現れています。それは単純な解像度の上昇や数値的改善としてではなく「像全体の振る舞いがより均質で、過度な緊張を帯びない方向に向いている点」に表れます。1941年製では、中心像の成立に対して周辺描写がやや緊張を伴いながら追従する印象を残しますが、1953年製ではその緊張が和らぎ、描写全体が一段落ち着いた調子で連続します。

実はこの差は「硝材の進歩だけでは説明しきれない」点がとても重要なのです。硝材の選択肢が広がったこと自体は、確かに10年以上の時間的経過からの工業技術の進捗として事実なのですが、それをどの方向に使うかは光学設計者の判断です。1953年製では、収差を強く押さえ込む方向ではなく、像全体の振る舞いを制御する自由度を受け入れた設計態度が感じ取られるのです。これは、戦時下の制約の中で「成立させること」が最優先だった1941年とは、設計に向き合う心理的条件が異なっていたことを示唆していると当方は感じました・・。

従って、1953年製の写りの中にベルテレの意識の変化を探ることは可能です。但しそれは、思想の転換ではなく、戦前に完成していた思想が、制約の少ない条件下でよりそのままの形で実装された状態として捉えるべきものなのです。1941年製は緊張下で成立したゾナーであり、1953年製は同一の設計思想が、環境条件の違いの下で、異なる像の振る舞いとして現れた結果だと整理できるのです。この違い・・皆様に読み取られると、きっとベルテレはニコッと微笑むのではないでしょうか(笑)

その意味で「描写性の中からベルテレの10年を読み取れるのかどうか」については「読み取れる。但しそれは変化ではなく、解放として現れる」と答えるのが最も整合的という、結論なのです。

ベルテレの歩みの帰結とは ― 課題に対して実直であり続けた人間の姿 ―

1953年時点で出願された特許出願申請書の記述に示されているのは、設計形式の変更や設計思想の転換ではありませんでした。そこに現れているのは、ベルテレ自身の判断基準が一貫して「自分が課題に対して十分に対処できていると納得できるかどうか」という一点にのみ置かれていたという事実です。1941年段階においてもその基準は変わっておらず、1953年段階で変化したのは設計手順ではなく、非対称型を唯一の前提として扱わなくても良いという自己認識が、設計の内部で明確になった点です。その認識が成立した結果として、非対称型ゾナーの設計内部に於いても、初期段階から結像面中心部と周辺域との関係を同時に見据え、結像面全体がどのような状態で成立していくのかを判断対象に含める設計が行われるようになっていました。ここで扱われている課題は、部位ごとの性能差や形式の違いではなく、結像面全域が一つの面としてどのように成立していくのかという点に、光学設計の重点が置かれていると理解できるのです。

この姿勢は、スイス移住後に自ら選んで踏み込んだ航空測量レンズの設計領域に於いて、さらに明確な形で現れます。航空測量レンズは、一般的な写真レンズの延長線上にあるものではなく、結像面全体が均質な幾何精度と平坦性を保って成立していなければ、用途そのものが成立しない領域です。ベルテレがこの領域に足を踏み入れた理由の本質は、写真レンズの延長としてでは全くなく、結像面全体を一切の妥協なく成立させるという、最も厳しい条件下でしか成立しない課題に、自身をその高みに置く必要があったからだと、当方は読み取れたのです。その課題に対して彼は、対称型に固執することも、非対称型を否定することもせず「モデルごとの最適解」だけを常に追求する姿勢を貫き通し、結像面の平坦性という一点だけを基準として設計を積み上げていきました。航空測量レンズとして開発された「Aviogon (アビオゴン)」は、その挑戦の中で生まれた成果の一つにすぎません。

この一連の流れを通して見えてくるベルテレの姿は、設計形式や用途の違いを超えて、自分の中で最も大きな課題がどこにあるのかを見極め、それに正面から向き合い続けた人間の姿です。非対称か対称か、写真用か測量用かといった区分は結果であって目的ではなく、常に自分が納得できる地点に立てているかどうかだけが判断基準でした。この点に於いて、ERNEMANN WERKE AG入社時から晩年に至るまで、外部からの影響に左右されずに自身の信念に基づき真っ直ぐに挑み続けたのではないかと、当方は感服し尊敬しているのです。さらにこの姿勢の背後には、第三者評価や社会的序列ではなく、自身の内部にのみ置かれた基準に従って判断し続ける人格的特質が一貫して存在していたと読み取ることができます。航空測量という厳格な評価環境を自ら選択した事実そのものが、その内的基準の存在を端的に示していると言えるでしょう。

比喩的に表現するなら、ベルテレは最短最適解である光軸だけをひたすらに結像に向かって歩き続けた人格の人間でした。それが当方のベルテレを敬い続ける根拠であり、当方も少しでもそのようにありたいと願い続けているのです。

・・そんなベルテレに栄光あれ!(祈)

…………………………………………………………………………

大変長らくお待たせしました。これでSonnar 5cm f/1.5の光学系とベルテレに関する説明を終了します。本当に長らく超長文にお付き合いさせてしまい、ご心痛お察し申し上げます。そして合わせてお詫びさせて頂きます・・申し訳ございませんでした。

もしもここまでお読み頂きました方がいらっしゃいましたら、今一度、心より感謝とお礼の気持を申し上げさせて頂きます・・ありがとう御座いました!(拝)

なお、皆様にもぜひともベルテレの一つの成果であったSonnar 5cm f/1.5を活かす写真撮影に、挑戦頂けたらと願うばかりです。何故なら、ベルテレの人生にとってもゾナー型が分岐点であったことは、ここまでの解説から既に周知のことと思われるからです。そしてもしもゾナー型にご興味が湧くのであれば、それは戦前〜戦中と戦後の2つのゾナー型が肩を並べて佇まう時、初めて2人で互いの活躍を語り合う機会が訪れるのではないでしょうか・・そうあってほしいです!(祈)

もちろん正直な話、どちらのゾナー型がお好みに合うのかは人それぞれですから、必ずしもいつも持ち出そうとするのはどちらのゾナー型なのかは決まらないと思います。しかしその時、いっとき思いを巡らせてほしいのです。どうしてベルテレは2つのゾナー型をまるで異なる環境下、それは戦前〜戦中のCarl Zeiss Jenaと、戦後のZeiss Optonとの中で揃えたのか、そのような立ち位置で語る時、或いは眺める時、自ずと相応にそれぞれの良さが滲みでて現れているのではないかと、当方は感じ取っているのです・・。

オールドレンズとは、そのように単一の時代や特定のモデルだけを指して語っても眺めても良いと思いますが、その一方で「光学設計者から捉えるなら」その両方を手元に置かなければ、尽くせないと思っているのです。もしかしたらそれが先ずはのベルテレに対する礼儀なのかも知れません。

そしてその後ろに、旧CONTAXが鎮座していれば、もう何も語ることはありませんね(笑) フィルムカメラで語り、デジタル一眼 (レフ) カメラ/ミラーレス一眼レフカメラでも眺められるなら、それこそもう何も言うことはベルテレにとってもないでしょう・・。

そこまで思いを込めるには、やはり相応の嗜好が働かなければ揃えられないでしょうが、少なくともオールドレンズ相手にそういう方向で「想いを馳せる」のは、例え晩酌のタイミングとしても、決して疎まれることではむしろないと当方は思うのです。単なる工業製品の一つであるオールドレンズではありますが、そこには必ず「人との感性の接点がある」と当方は捉えているワケで、皆様にはどのように映っているのでしょうか・・。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは完全解体した後に、当方の手により『磨き研磨』・・つまり『DOH』・・を施した各構成パーツを使い、オーバーホールの組立工程を進めていきます。

この個体は製造番号から戦時中のCarl Zeiss Jena製モデルの1941年製と推定されますが、今まで数多く当時の個体を扱ってきた中でも間違いなくCarl Zeiss Jena製の量産品であることを確認しました。

実はこの文章は、違和感が残る表現の一文になっています(笑) 何故なら、Calr Zeiss Jena製と語っておきながら、文末ではそれが間違いないと念押ししています。

これにはちゃんと理由があり、実はドイツ敗戦後に旧ソ連にCael Zeiss Jenaの工場に残っていた様々な機械設備や機材に資材、そして技師達までも戦後賠償の一環として接収されていった結果、1954年以降にソ連では、このモデルを模倣した光学設計と製品設計のモデルが登場し、別系統で発展していった経緯があります。

ところがそれを良いことに、現在のロシアではそれら1954年以降の「JUPITER-3シリーズ (キリル文字表記:ЮПИТЕР-3)」の鏡胴内構成パーツを取っ替え引っ替えし「ニコイチ/サンコイチ」が当たり前に横行しているからです。特にレンズ銘板まで同径なので、レンズ銘板に刻印されている製造番号が古い時代の刻印だったりすると、それと入れ替えただけで価格が跳ね上がる道理になります。

つまり価格帯が高くなるとなれば、本来なら後年の製産品であるハズの個体から、良さげな部位だけを代替転用して合体させることで、古い製造番号の個体でも「キズもクモリも無い超稀少品」として市場投入できることになり、さらに価格が釣り上がると言う算段です(泣)

実際それに騙されたと思しき個体を何度もオーバーホール/修理で扱ってきた経験値から、戦前のCarl Zeiss Jena製の製品なのか、戦後なのか、或いはソ連産のモデルなのかの判定に、何某かの根拠を設定しない限り見抜くことができませんッ。

・・そこで当方が着目したのが「アルミ合金材の品質」だったのです!

金属製パーツに被せられているメッキ加工を根拠にしても良いのですが、メッキ加工の質の違いは経年劣化進行に伴う酸化/腐食/サビの状況によっては判定がつかないこともありました。一方ではアルミ合金材の品質については経年劣化進行に伴う酸化/腐食/サビに関係なく、いつでも確認することができます。確認要素は「金属質の相違」の他「強度」や「研削面の状況」をチェックする事で確認が適います。特にアルミ合金材の成分や配合の違いによって強度は明確に変化するために、さらに冒頭の解説の探索時にも述べた通り「延性」能力が現地ソ連の国土では必須前提であった事からも、むしろ戦前や接収資材に頼った再生産品のほうが、ソ連での使用には課題が残っていた事になり、まさにその事実こそがそっくりそのまま「侵攻していったドイツ軍の装備品にモロに影響が現れた」ことが、確認できる軍事史からも明確に辿れます。

侵攻途中に最初の厳しいソ連の冬を迎えた時、ドイツ軍の装備品にどうして布が巻き付けられていたのか分からなかった為に、いろいろ調べたところ「金属凍結」による固着を防ぎたい思惑が隠されていたことを掴んだからです。そして今回の探索で、その「金属凍結」を防ぐ対策として、当時のソ連やソ連軍では、既に専用の特殊グリースを開発し、且つ精錬されるアルミ合金材にまで延性を与えた対策が一貫して採られていたことを掴むことができました。

或る意味、バルバロッサ作戦で侵攻を続けた結果、ソ連のモスクワ近郊で1941年に最初の越冬をドイツ軍は初めて体験しますが、その時に「金属凍結」により非常に広範囲の軍装に影響が現れ、実際に機能しなかったことが軍事史から確認できました。

その結果、翌年の1942年の冬には対策が講じられたものの、補給線の長さから十分な兵站制御が成されず、特に最前線での冬の戦闘には相変わらず多くの軍装が機能していなかったようです。それは予熱手順や武器や軍装の脱脂によって潤滑剤の凍結を防ぐ対策まで講じられたものの、効果がなかったことが確認できますから、まさにそれら軍事史に残る事実こそが、今回の探索でも有用になり、且つ根拠と結果が一本に繋がる道理となって説明できたのです。

確かに軍の装備品には様々な金属材が関与していますが、その中でアルミ合金材だけが金属凍結で特別なワケではありません。従って探索の対象はオールドレンズであるものの、その着目の角度として、ドイツ軍装備品での金属凍結と言う事実に注目した次第です。

…………………………………………………………………………

するとまさに今回扱ったこのモデルも「1941年製」であることが確認できた結果、アルミ合金材の精錬は戦前ドイツだったことは間違いなく、それを根拠に置けば「ニコイチ/サンコイチ」への判定にも繋がるワケです。

↑上の写真は、今回扱った「Carl Zeiss Jena製Sonnar 5cm f/1.5 《1941年製》(LTM)」を完全解体した構成パーツの中から、特に鏡胴「後部」にあたる構成パーツ群を並べて撮影した写真です。この中には『証拠』となるべきアルミ合金材の金属品質が確認できる構成パーツが隠れていると同時に、実は非常に多くの『根拠』まで隠されているのです。

ヘリコイドオス側筒 (アルミ合金材)
距離環ローレット (滑り止め/アルミ合金材)
マウント部 (アルミ合金材)
ヘリコイドメス側 (アルミ合金材)
直進キー環 (アルミ合金材)

ここではそれら『証拠』『根拠』を順を追って解説していきますが、ネット上にこのような明確な相違点を解説しているサイトが皆無であることを・・ここに宣言させて頂きます

この解説で課題に据えている着眼点は2つの側面があります。1つ目は「戦前ドイツで精錬されたアルミ合金材証拠」と2つ目は「ニコイチ/サンコイチ根拠」です!

特に2つめの『根拠』については、その一部については結果的にヘリコイドオスメスの勾配が変わる為、研削が必須になり、まさにそのような工夫と加工が施されている個体が非常に多く市場流通していることを、その実例として挙げますから、心して (覚悟を決めて) ご覧頂きたくお願い申し上げます。

…………………………………………………………………………

先ず最初に、戦前ドイツで精錬されたアルミ合金材である金属質とは、上の写真の 直進キー環のパーツの状況が該当します。とても薄い肉厚ながらも指でチカラを加えてもビクともしない堅牢性を有するアルミ合金材と言えば伝えられるでしょうか。さらにアルミ合金材の成分や配合から視認できる金属質の方向性がしっかり水平方向に確認できる点が明確に指摘できるのです。それが意味するのは、戦前ドイツのアルミ合金材の精錬技術が既に高次元に到達していたことを示しています。まさに現代日本のアルミ合金材パーツと遜色ないほどまで高い精度で精錬工程が進められていたことを如実に表す確認要素の一つであり、これを『根拠』として戦前ドイツで精錬されたアルミ合金材であるとの判定に採用している次第です。

その『証拠』とは、上の写真の直進キー環にそのまま移っています。単独で撮影すれば良かったのですが (最近頭で思いついているのに実際には失念していることが多い)、アルミ合金材の金属質は水平方向にキレイに均整状態であるのが確認できる一方で、実は垂直方向の「研削痕」が視認できるのです (上の写真でも株にその垂直方向の検索痕がちゃんと写って見えている)。

このような金属質の均整方向 (水平) と研削痕 (垂直) は、素材の見た目の金属感の流れが水平に見え、その一方で研削痕が垂直に観察される状況に、実は当時も今現在も工業的に十分道理が通っている観察結果と指摘できるのです。

従ってこれを『根拠』に据えて、且つ上の写真の 直進キー環の状況を『証拠』として掲出している次第です (つまりこれこそが当方独自の着眼点だったのです)。以下をお読み頂くと「目から鱗」になるハズです・・(笑)

…………………………………………………………………………

↑上に挙げた写真は当方が過去に扱った「ZKシリーズ」からの転載写真で、製造番号から読み取られる製造年度の照合は「1952年製」です。

すると先ず最初に一つ前で解説した戦前ドイツの精錬だったアルミ合金材の特徴が一切消えているアルミ合金材であることが確認できるでしょうか???金属質も研削痕も水平垂直で一切視認できません。つまりこれを『根拠』として「ソ連産のアルミ合金材が使われている」と結論づけできることを最初に告知しておきます。

さらに具体的な製品設計の変更として、一つ前で語っていた「配慮 (気配り)」は消えてしまい(笑)「制限壁」の形状は四角に変わりまし (つまりここにネジ込まれるヘリコイドメス側筒の、万一の接触などを一切考慮していない製品設計に変異したことを表している)。

そして最も重要な要素は、上に写真にラインで明示した「制限壁の方向性 (ブルー色ライン)」と、「直進キーガイドの方向性 (オレンジ色ライン)」が同軸である点です!

・・これ、とても重要な要素なのです!

この要素から指摘できる事柄は「戦前ドイツの製品設計を1952年時点でもまだ継承させている」ことが確認できると言っていることになります・・ご理解頂けますか???

ここが最大のポイントなのです。つまりこの制限壁と直進キーガイドの向きが同一と言うことは、ヘリコイドオスメスの状ネジ山の勾配が変わっていないことに「同義」であり、いちいち条ネジ山の勾配を検証する必要などないのです。

従ってそれが意味するのは「鏡筒の繰り出し量まで変化していない」ことが「確定」し、要するに戦前ドイツの製品設計を維持し続けて、単にアルミ合金材がソ連産に切り替わっただけでとの結論に到達できるのです。もちろんその際に細かい部分の戦前ドイツの工業界での通例要素は、ソ連の体系の中にあっては意味を持たずに「無視」されている真実まで・・視えてきました!(驚)

このような事柄が冒頭でさんざんソ連の体制という縛りについて、事細かく語ってきた内容に相通じていることがご理解頂けると思います。ソ連体制下での工業通念には「配慮」は必要ないのです。マチ幅が与えられて接触しないのであれば、万一を想定する必要はなく、何かの不可抗力により機能しなくなったのであれば、バラして別の部品と代替させればそれで良いのです・・(笑)

まさにこの道理に沿って、今だに現在進行系のウクライナ侵略戦争で、1970年代から残る旧型の戦車が、現在もなお使われ続けていることに「道理として通じている」のが、旧ソ連でありロシアなのではないでしょうか・・これが「体制」であり「ドクトリン」なのです!

…………………………………………………………………………

↑まさに衝撃的な1枚の写真ですが(驚)、今度はやはり当方が過去に扱った「1960年製」個体からの転載写真です。1960年の生産物なので、KZM製ではなくZOMZ製になりますね・・。

制限壁」や「直進キーガイド」の存在と役目に仕様は全く同一ですが、然し大きな変更として「制限壁の方向性 (ブルー色ライン) と直進キーガイドの方向性 (オレンジ色ライン)」がご覧のように大きく位置が変わりました!(驚)

これが意味するのは「ヘリコイドオスメスの条ネジ山の勾配が変わった鏡筒の繰り出し量が変化した」ことを明確に明示していることにしか結論づけできません・・それは物理的にです!(驚)

つまりこの「制限壁」によって制御されている内容は、この制限壁に突き当たることで「無限遠位置」と「最近接撮影距離位置」の両方を確定させている目的と役目なので、その位置が変わったことを表していることに「同義」だと・・言っているのです。

・・それが意味するのはヘリコイドオスメスの条ネジ山の勾配の変化、以外に説明が付きません。

…………………………………………………………………………

敢えて一番最初にこのような具体的、且つ明白な『根拠』『証拠』を挙げて説明しましたが、当方は以前に一番最初にこのモデル「ZKシリーズ」や「JUPITER-3シリーズ」などを扱った時に、既に「観察と考察」によって「原理原則」に則り説明づけが完了していますが、未だにこのような内容をちゃんとネット上で解説しているサイトが・・皆無です!(笑)

従ってこの鏡筒を繰り出す繰り出し量が関係する 直進キー環の仕様設計の変更に関し・・・・、

Carl Zeiss Jena製 (1941年製) Sonnar 5cm f/1.5
KMZ製 (1948年製) ZK 5cm f/1.5 П
KMZ製 (1952年製) ZORKI ZK 5cm f/1.5 П
ZOMZ製 (1960年製) JUPITER-3 50mm f/1.5 П (black)

・・の状況を調べた時・・・・、
▪戦前ドイツ精錬による構成部材、且つ戦前ドイツの製品設計を継承:
▪戦後のソ連精錬による構成部材、且つ戦前ドイツの製品設計を継承:
▪戦後のソ連精錬による構成部材、且つ戦後ソ連の新しいの製品設計:

このような変遷が確実になりました。従って上に並べた個体の生産年度は、あくまでも当方が手にした個体の生産年度に限定した話なので、実際に何年からこのような経緯を辿ったのかは不明なままですが、経緯の中身がこのように遷移していった事実だけはほぼ確定と考えられます。

・・するとここから (確定ではないにしても) 或る一つの事柄が視えてきますッ。

つまり1952年時点では、もしかすると敗戦時のCarl Zeiss Jenaから接収した部材の在庫が完璧に潰えてしまい、ソ連精錬のアルミ合金材を使いつつも戦前ドイツから継承する製品設計に頼っていたことが分かるという点です。その一方で1960年に入ると、継承し続けたドイツの製品設計ともついに決別し、全くソ連の都合だけによる製品設計へと大きく変化していった経緯が見えてきたことになっています。それはおそらくは鏡筒の繰り出し量を変更している製品設計の訂正作業から、その根拠には「光学ガラスレンズの硝材の新規開発 (による光学設計の改定作業)」が大きく関わる可能性が捨てきれないと言う・・新たな課題に直面しています。何故なら、鏡筒の繰り出し量の訂正作業なので、その本質は光学系の再設計しかあり得ません。そしてその根拠には硝材の新規採用が関わっていない限り、光学系を再設計する必要性は低いと考察する以外に納得できないのです。

・・如何でしょうかッ!

従ってもしもこれら内部構成パーツを「ニコイチ/サンコイチ」していた場合、必然的に無限遠位置も最短撮影距離位置も共に変わっている構成パーツの合体と言う話にしか到達しないため、まさにそれこそが何かの不都合や不具合が残っていると言う「現実的な瑕疵内容として顕在化したまま、市場流通を続けている」が故の、ロシアンレンズの実上と言う話になっている事・・どうか皆様もご覚悟頂きたいと思います。

・・つまり整備して必ずしも改善が期待できると限らない前提が「有る」との覚悟です!

それはそうです! そもそも適正な本来の正しい構成パーツだけで組み立てられていないのですから、どんなに整備しようとも適正な状態には戻らないのが道理なのではないでしょうか???

もっと言うなら、鏡筒の繰り出し量が変わった後の個体から光学系だけが代替転用されてしまった場合、必然的にその描写性能まで適正ではなくなる道理が・・この時点でちゃんとご理解頂けているでしょうか??? つまりはそういうことを語っているのです! 内部の構造も組立状況も自分には関係ないと言う人がとても多いですが、その結果「全く別モノの写りを見て一喜一憂している」のだとしたら、それっていったい何を基準に捉えていらっしゃるのですか???・・と問うているのですッ。それが通用するなら、だったらオールドレンズなんて、何でもいいじゃん!と言う話を今、しているのです・・(笑)

それが「何でもアリのロシアンレンズだから!」との言い草になっているのです・・確かにお伝えできたでしょうかッ。

↑話を戻して、上の写真は今回扱った個体から取り出した直後、まだ溶剤洗浄する前のヘリコイドオスメス筒と直進キー環を並べて撮影しています。ブルー色の矢印で指し示している箇所には「古い白色系グリースの成れの果て」が写っており、本来はホワイト色だったグリースがご覧のように「濃いグレー状」且つ相当劣化した (潤滑成分が喪失した) 状態に陥っているのが分かります。

↑拡大するとこんな感じです。結構ドロッとしているのと同時に、このグレー色の成分は透明な溶剤に綿棒ですくって垂らしてみると、サラサラととても微細なシルバーな粉末が沈殿していきますから、このヘリコイドオス側の条ネジ山であるアルミ合金材の摩耗粉ではないかと当方は捉えていますが、ネット上でそのようなことを語っている人は一人も居ません(笑)

それ故、今だに「白色系グリース」が神グリースの如く語られまくっている始末です。ところが、この当時に使われていたであろうグリースは「黄褐色系グリース」であり、決してシリコン系グリースではなかったはずで、辻褄が合わないのに、知らん顔しているのが昨今の整備の本当なのではないでしょうか???(笑)・・酷いものです。これは実際に昔取材させてもらった金属加工会社の社長さんからのお話の中で、まさにそのまま「酷いものだ」との御言葉でご教授頂いたので、当方がこだわりをもって「黄褐色系グリース」を使い続けている点に、偉く感心されていらしたのが今も印象として残っています。せいぜい良くても「潤滑剤」しか使わない整備者しか居ない中で、当方が「黄褐色系グリース」にこだわって取材を申し出てきたために、その依頼をお受け頂きました。今もその感謝の思いは続いています・・ありがとう御座いました!(拝)

最初の1回目だけは当方からお願いして取材させて頂きましたが、次からは高級料亭での鰻料理付きで(笑)、むしろ社長さんからその後の進捗状況確認会と称してご招待に預かり、大くのお話をお聞きできたのが、今は当方の宝になっています!(涙) それが無ければ、ここまで金属材に配慮した整備は当方にはできなかったと思います・・。

しかもその都度、数本のオールドレンズを外せる状態で持参するよう下令があり、それに従って目ぼしいモデルを持っていったところ、真剣な眼差しでご確認頂いた時のお顔が、今も目に焼き付いています。まさにその時も「まな板の鯉」状態で生きた心地がしませんでしたが、唸るように納得されたような表情で一つ一つについてご説明頂き、しかもその説明が当方から一言も説明を語っていない前に、その内容を全て言い当ててしまった点で、さすが専門職の人の眼は凄いのだと、ここでも平伏すような心持ちになってしまったのを、今でもハッキリ覚えています・・(拝)

しかも「ここまできっちり整備できるレンズの整備者は初めてだ」とのお墨付きまで頂戴でき、それがどんなに当方の心の支えになったのかは言うまでもありません!(涙) まさに神の御言葉と賜っているところです・・。

その時に「自信を持ちなさい」と背中を押して頂いたのが・・『DOH』・・の取り組みであり、金属加工の業界でも察知できなかった着眼点に酷く感心されたようで、とてもお褒め頂きました!そこで社長さんから製産ライン上での構成パーツの状況をご教授頂き、確信に育った次第です。

そのようなバックボーンがあったので、当方のこだわりの一つ「黄褐色系グリース」も『磨き研磨』も共に、今まで続けてこられた次第ですッ。それらの基準は「当時」だけであり、製産されていた当時にいったいどのように造られていたのか、組み立てられていたのか・・それしか『根拠』にはならないのです。そこに最新技術のシリコーン系グリースをあてがっても、適正なトルク制御には到達できず、必然的に経年コントロールも成し得ませんから、当方独りだけが「納得」しているに過ぎませんが、ちゃんと道理が通っているのです!(笑) 当方にはそれだけで十分なのです!
※但し、これは一部のシリコーン系グリースを指している表現なので、全てが該当するわけではありません。

実際、上の写真のような状態に陥る「白色系グリース」は決まっているので、一目瞭然です。

・・これは分かる人には分かる世界なのですッ!(笑)

↑ここからは完全解体した各構成パーツの、当方の手による『磨き研磨』が終わった状態で、組立工程に入っていきます。

上に挙げたのは「鏡筒」とその最深部に組み込まれる絞りユニットの構成パーツで「開閉環 ()」と「C型留め具 ()」であり、共にアルミ合金材です。これら全てが戦前ドイツで精錬されたアルミ合金材であることに合わせて、ドイツでの製品設計として造られていることがそのパーツ品質のチェックだけでも一目瞭然です。逆に言うならそれほどロシアンレンズのほうで用意されていた各構成パーツはドイツ製とはまるで別モノの造りであり、そもそもの製品設計からして簡素化、或いは「歩留まりの均質性」とは全く次元が異なる効率性を求められる概念の下に製品設計されていたことが掴めます。

その意味では、この当時のロシアンレンズを指して「単に粗い造り」とだけ語ってしまうと、正しく伝えられていないように考えられます。確かに粗いのですが、それはどうして粗く造られていたのかの『根拠』に繋がらなければ、全く間違った把握にしかならず、粗いが故の適正なグリースの存在までボカしてしまうことに至りますから、その辺りの認識が整備する側にできていないのが、実は現在の市場流通品の特徴なのではないかと、当方は受け取っています。

鏡筒内の最深部に用意されている小さな穴に絞り羽根の「位置決めキー」が刺さってセットされ、その上に「開閉環 ()」が被さり、さらに上から「C型留め具 ()」で抑え込まれる結果、最小絞り値側方向に向かって絞り羽根が膨れ上がる時でも一定のトルクを維持し続けるよう設計されています。但し、ロシアンレンズ側ではそもそも「この鏡筒内部に特殊グリースを塗布することが前提」なので、粗さが残っていても懸念材料にはならないのです。何故なら、潤滑しているからで、しかもその潤滑耐性能力は非常に長く、半世紀に及んでも最低限の潤滑性を維持し続けているくらいなので、ソ連時代のグリースだからと決して侮れません!(怖)

その意味では当方も反省材料と捉え、この当時のソ連製グリースに匹敵し得る特殊グリースを入手済みです (つまり氷点下40℃以下でも作動を保証できる極寒地向け適用グリース)。実際に当方宛てにオーバーホール/修理をご依頼頂いた方の中に、実際に北極圏内で整備したオールドレンズを使う方がいらっしゃり、その動作保証が確認済です。

従って何でもかんでもロシアンレンズはダメだと決めつけずに、何がどうしてダメなのかを適切に見極める過程を踏むべきであり、それを蔑ろにしているままに語られているのがリアルな現実の現在のネット上解説ではないかと・・思いますね(笑)

何処に問い合わせてもまともな答えが帰ってこなかったと言うことで、最終的に当方宛てにオーバーホール/修理のご依頼が来たことが過去にありました・・おそらく最終最後のダメ元だったと思いますがッ(笑)

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある)、その「キー」に役目が備わっており (必ず2種類の役目がある)、生産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環/リング/輪っか

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

絞り羽根開閉幅
絞り羽根が閉じていく時の開口部の大きさ/広さ/面積を指し、光学系後群側への入射光量を決定づけている

この絞り羽根を確認すると分かりますが、グリーン色の矢印で指し示している箇所に「小さな切り欠き」が見えています。実はこれら絞り羽根は「枝豆の房」のようにザワザワとブラ下がっている状態でプレッシングが完了し、その際に小さな円柱筒の金属製「キー」のプレスまで、表裏面の端に終わっていますから、プラプラ揺れている絞り羽根をニッパーを使うのか何なのか知りませんが、人の手に頼ってカットする結果、ご覧のように均質に切断されていません(笑)

ちなみにこれら絞り羽根は、ロシアンレンズの時代では (つまり1946年以降の話) 品質がまるで別モノに変わる為、ドイツ敗戦時にCarl Zeiss Jenaから接収した中には含まれていなかったと推定できています (もちろんそれは戦後すぐの極少数個体にはドイツ製の絞り羽根が組み込まれていた可能性は排除できません)。

↑衝撃的な写真ですが(汗)、上の写真は Carl Zeiss Jena製 (1941年製) Sonnar 5cm f/1.5 (LTM) の鏡筒 () と、KMZ製 (1948年製) ZK 5cm f/1.5 П (LTM) の鏡筒 () を、並べて撮影しています。

するとご覧のように最下部に赤色ラインで水平位置を特定していますが、そのまま上方向にラインを上げていくと、とで水平位置が微妙に一致していない事実が判明しますし、そもそも鏡筒の全高寸法がご覧の通り実測値で異なっていました。

7.25mm () vs 7.41mm ()
6.55mm () vs 6.43mm ()
6.98mm () vs 7.69mm ()
3.29mm () vs 2.61mm ()
6.09mm () vs 6.27mm ()

・・ですから、明確に異なるように受け取っています。特にはZK側を基準にしています。

するとこれらの結果、絞り環のネジ込み位置とそのネジ長が違うことが分かり、さらにもっと言うなら、鏡筒最下部がヘリコイドオス側筒の最深部に (つまりマウント部直下に) ネジ込まれるネジ山になる為、そのネジ長も異なることから「そもそもの光学設計上の光路長が違う」懸念すら発生する点に注意が必要だと理解できます。もちろんそれは例えば格納箇所の研削で相殺している可能性も捨てきれない為、これらの実測値だけでは結論づけできませんね・・。

・・然し間違いなく、ロシアンレンズの時代に入ると、戦前ドイツの製品設計の継承は、次第に薄れていったことだけは確実視できそうですッ。

↑ここからは各群と構成の光学ガラスレンズを撮影していきます。光学系前群赤色文字で表記し、光学系後群ブルー色文字で表しています。またグリーン色の矢印が指し示している方向は、前玉の外気に触れる露出面側方向を表しています (つまり被写体側方向)。従って後群だけは、絞り羽根を堺に向きが反転する結果、ご覧のようにグリーン色の矢印の向きも反転しています。

↑同様裏面側を上に向けて撮影しています。既に当初バラした直後に確認できていたコバ端部分の「反射防止黒色塗料」は全て溶剤で溶かして排除していますが、一部にご覧の通り「溶剤でも溶けない生産時点の塗料が残っていた」部分は、そのままにしています。

↑こちらは今度は、各群別に光学ガラスレンズを直接Sonnar vs ZKで並べて撮影していきます。

具体的な各群のサイズの違いは以下のようになります。

↑当方の手によるデジタルノギスを使った実測値 (数回の実測に於ける平均値) なので、信憑性は低いですが一応互いの比較が適います。上の写真は前玉なので、上の一覧表で言う処の「1枚目」になります。

↑同様ヒックリ返して裏面側を上に向けて撮影しています。

↑今度は第2群の3枚貼り合わせレンズでの比較です。ここでの注目ポイントは「貼り合わせ面のコバ端の厚みが互いに異なる点」です!(驚) また実際の構成4枚目のコバ端の厚みの違いも、一目瞭然ですね(汗)

↑今度は後群側に移って第3群の3枚貼り合わせレンズです。やはり3枚貼り合わせ面のコバ端の厚み自体がそもそも別モノなのが視認でき、この結果がまさに冒頭解説のとおり曲線グラフでの、グラフの相違点として明確に現れる結果「要は互いの描写性が異なる道理に到達する」結論づけにしかなり得ません。

・・何故なら、3群7枚ゾナー型光学系の描写特性を決めているのは、この第3群だからです!

かと言ってこの第3群だけが光学設計面で変更されれば良い話ではなく(笑)、必然的にそれは光学系前群側の光学設計の変更まで必須条件になりますから、結果的に光学システム全体の「再設計」が成されているとの結論にしか到達しないと・・今、語っているのです!

このような写真こそが、冒頭でさんざん解説してきた光線光路を辿ることで探索の結論づけを狙った解説の『根拠』であり『証拠』でもありますから、なまじ当方の憶測や当てずっぽうだけを論拠に仕向けて語っている話ではないのです(笑)

実際に現ブツを眺めて実測して放射線量まで計測して硝材を特定する必要性から、光学系構成図をいちいちトレースして曲率を出し、厚みと空間配置まで特定した上でAIを駆使して当時流通していた硝材候補だけを参照値に据えた上で、その中からピックアップしているのです。何故なら、曲率や厚みに空間配置が確定しない限り、具体的な設計図面の「各光学硝子レンズの原寸が不明」なのだから、このような手法を使って探るしか、当方には手立てが無いのです・・(恥)

特許出願申請書の内容や仕様諸元値はあくまでも量産品個体には該当しないというのが基本前提ですから、その上で実測値を基に硝材候補を特定した結果、初めて発明時点の開発概念との整合性が確認でき、その結果「開発概要と量産品が一致の方向性で製品化された」のかどうかが決まるワケですから、その概念を最初から混用してしまっては元も子もありませんョね(笑)

↑組立工程を続けます。鏡筒最深部に絞りユニットを組み付けたところです。

最小絞り値まで絞り羽根を閉じていますが、その直前に「シルバーに光る箇所」が2つあります。ここに光学ガラスレンズが格納されます。絞り羽根直前に3枚貼り合わせレンズの第2群が格納され、一番手前側の薄いシルバーの箇所の第1群前玉が格納されます。他の部分には「濃いめのオリーブ色の金属メッキ加工」が施されています。シルバーにアルミ合金材の地のままに仕上げられているのは、光学ガラスレンズを確実に格納する為にメッキ加工まで施していない配慮からです。

↑完成した鏡筒を立てて、前玉側方向を上に向けて撮影しています。鏡筒外側も同様「濃いめのオリーブ色の金属メッキ加工」が施されています。

↑次にこの鏡筒の周りに絞り環を被せていきます。絞り環の構成パーツは上の写真のようになります。

鏡筒
絞り環用ベース環 (黄銅材)
鏡胴「前部」ネジ込み停止環 (アルミ合金材)
絞り環 (アルミ合金材)

ここで絞り環用ベース環にだけ「黄銅材」が用いられている理由は、おそらく絞り環が耳付きで (ツマミ付きで) 指で掴んで操作する時の撓るチカラを考慮した結果、アルミ合金材の研削でネジ山数が少ない点から、掴んで回す時のチカラの応力に配慮した結果ではないかと推察していますが、不明なままです。

絞り環用ベース環 (黄銅材) を適切な場所まで、鏡筒にネジ込むとこのようになります。このネジ込みに際しては、ネジ込みの適切な停止位置が1箇所しかなく、ネジ込みすぎると、後でこの鏡筒をさらにネジ込む先のヘリコイドオス側筒との間に「隙間」を生じてしまい、砂などの侵入の懸念などが多くなります。ちなみにヘリコイドオス側筒は上の写真オレンジ色の矢印の方向から、ネジ込む為、そのネジ山が用意されている次第です。

一方ネジ込みが足りないと、この次にネジ込まれる鏡胴「前部」ネジ込み停止環 (アルミ合金材) と接触することになり、絞り環の操作性が硬くなると同時に、実は鏡筒の停止位置が狂う結果、光路長が狂い無限遠位置などが不適切に仕上がります。

《オーバーホール/修理のご依頼内容》
今回の個体は次のような瑕疵が既に生じていました。
光学系内に薄く全面に渡るクモリが生じている。
絞り環に刻印されている絞り値の位置がズレている。
距離環を回す時のトルクが少々重め。
無限遠位置がアンダーインフ状態に見える。

《当方が気づいた瑕疵内容》
絞り環操作が硬め (重め) の印象であり擦れ感が強い。
距離環を回すトルクが重く、擦れ感も強い。
光学系第2群の3枚貼り合わせレンズにバルサム切れ。
鏡胴「後部」側に異なる製造番号が手書きマーキングされている。
鏡胴「前部」の停止位置が2箇所にイモネジ用下穴が用意されている。
同様絞り環用ベース感にもイモネジ用の下穴が2箇所用意されている。

・・こんな感じです。

するとのとおり、絞り環用ベース環のネジ山 (絞り環がネジ込まれる為に用意されているネジ山) の箇所に、本来は全周で3箇所しか必要にならない「イモネジ用の下穴」が6箇所検出されている事実を確認しました。それが上の写真でグリーン色の矢印で指し示している箇所の下穴です。

よ〜く見ると視認できますが、実はこの下穴の中心位置がネジ山で1列分ズレているのが分かります。このどちらかの下穴が生産時点に用意されていたハズの下穴であり、一方は過去メンテナンス時にドリル穴開けされた下穴であるとの結論にしかなりませんッ。

・・このことが示している事実はたったの1つ!

この鏡胴「前部」が「ニコイチ品」である事実ですッ。残念ながらこの個体は別の個体から鏡胴「後部」を代替転用して合体させて仕上げられている個体であることが確実になりました。

何故なら、鏡胴「後部」側に位置するヘリコイドオス側筒の最深部にこの鏡筒がネジ込まれて固定される製品設計だからです。つまり絞り環が接触してしまうか、或いはその反対で隙間が空きすぎるのかの、どちらかの理由で結果的に前者の場合、鏡筒が深く入りすぎる為「光路長が短縮化されてしまい無限遠位置が相当なオーバーインフ状態に陥る」ことになりますし、一方後者であれば「無限遠合焦しないアンダーインフ状態」と言う話にしか到達しません。

・・これは物理面で確実な結果です。光学システム全体の位置がズレるからですッ。

つまりそれのごまかしとして、絞り環の固定位置を変更した結果、絞り環固定用の下穴が追加で、もう1セット分ドリルで穴開けして用意されていた事実に突き当たります。

さらにその『証拠』が残っていて、この絞り環用ベース環の次にネジ込まれる鏡胴「前部」ネジ込み停止環用のイモネジ締め付け固定用下穴の位置まで、2箇所分用意されている結果 (ブルー色の矢印)、まさに直前の説明の通りの結果に至っていた事実が判明します。

つまり絞り環の位置がズレた分、光学システム全体の位置がズレた結果 (光路長がズレた為) それの帳尻合わせの為に鏡胴「前部」の固定位置を強制的に微調整する目的で、鏡筒の固定位置を決める「停止環 ()」の位置をズラしたと言う経緯が白日の下に晒されたのです・・(汗)

・・このように過去メンテナンス時の「ごまかしの整備」は必ず逐一暴露されます(笑)

従ってすでに生じていた以下の瑕疵内容・・・・、

絞り環に刻印されている絞り値の位置がズレている
無限遠位置がアンダーインフ状態に見える
絞り環操作が硬め (重め) の印象であり擦れ感が強い

・・・・が起きている理由の全てが、これらの過去メンテナンス時の整備者の手による処置「ごまかしの整備」の結果と言う話になります。

…………………………………………………………………………

・・然し今回の個体で「不幸中の幸い」だった真実も1つだけ判明しましたッ!

それは「 鏡胴「後部」側に異なる製造番号が手書きマーキングされている」です!(驚)

実は鏡胴「後部」側のヘリコイドメス側の1箇所に、手書きで「2859850」とケガキを使ってマーキングされていたのです!(驚)

↑上に挙げたのは、冒頭に掲出したSonnar 5cm f/1.5のバリエーションを示す一覧表の中から、該当する箇所だけを切り取った図です。この項目の製造番号をチェックすると「2677862 ~ 2859272」の製造番号帯が「マウント規格:LTM」であることが分かります。

ところが今回の個体のヘリコイドオス側筒に手書きマーキングされていた番号は「2859850」だったので、この番号帯が更新されたことを表しています! つまり少なくとも「LTM」製造番号帯は「2677862 ~ 2859850」に更新されるべきなのですッ!(驚)

つまり今回扱った個体の鏡胴「後部」側だけが「製造番号:2859850」だった個体から代替転用された結果、今回の個体に合体して仕上がっていた受け取られたのです (何故なら、鏡胴「前部」のネジ込み用ネジ山が合致している仕様から、間違いなくLTMマウント規格品だったことの裏付けが成立しているから)。

何故そのように断言できるのかと言えば、マウント部直前に刻印されている「指標値」の仕様が、戦前Carl Zeiss Jena製Sonnar 5cm f/1.5 の仕様に合致しているからであり、戦後のソ連時代に製産されていたZK ~ JUPITER-3系列の指標値刻印とは明確に仕様が異なるからなのです。

この『根拠』を基に語っているかのように受け取られてしまいますが、実は他にも重要な『証拠』があり、鏡筒の比較をSonnar vs ZKで実施した前のほうの写真をみると一目瞭然ですが、鏡筒のネジ込み量 (ネジ山長) も違っていた結果、そもそもソ連時代のマウント部から転用して合体させることが「できない」ことを意味しています。もしも荒療治を行って、鏡筒を短く切削してしまえば今度は光学系後群格納筒が最後までネジ込めなくなり、やはり光路長が狂います。

従って単なる指標値の比較判定だけで当方が憶測で語っているのではなく、厳然たる物理的道理で筋が通っていることを・・今、語っているのです。

・・こういう細かい事柄に着目しない限り、判定はできないのです。

不幸中の幸い」と言う言い回しは大変失礼な表現なので、ここで一旦お詫びしておきます。申し訳ございません! 然し (当方にとっては) 非常に重要な要素ですから、ここは自信を以てこの真実をお受け止め頂き、どうか落胆されぬよう、心からお願い申し上げます・・(涙) この個体は非常に希少性が高い、或る意味「歴史の証明の一端を担った個体」とすら指摘できるくらい、貴重な個体であること、間違いございませんッ!

何故なら、同じ戦前ドイツ製のSonnar 5cm f/1.5 (LTM) であるにもかかわらず、内部の製品設計の一部が異なっていたことの『証拠』でもあるからです。鏡胴「前部」と「後部」との互いのネジ込み量が異なる (つまりそれはオレンジ色の矢印で指し示している箇所のネジ山長が違うから) 事実は、この製造番号帯の何処かで、製品設計の仕様が一部訂正された真実を隠していると考えられるからなのです。どうしてネジ山の開始位置を変更したのかの理由は妄想もできません。しかし間違いなく変更していることは、今回の個体のこのような瑕疵が発現している状況からして「真実」だからですッ!(驚) 但しこの事実がそのまま光学設計の違いには直結しません。むしろ製品設計面での何かの訂正作業を伴って仕様変更した可能性のほうが高いので、正規の仕様の個体を確認しない限りは判明できないことになります。

・・それが「不幸中の幸い」であって、まるで物は言いようみたいな話で申し訳ございません!

こういう細かい事柄の一つ一つに、ちゃんと意味があって製品設計されている点を、いったいどれだけの整備者が認識しながら組み立てているのでしょうか・・そういう話なのです。だからバラして時の逆手順だけで組み立てれば良いと言う安直な思考が、そもそも適切ではないことをブログで何回も指摘し続けているのです。「本来在るべき姿」とはこのよう探っていくべきなのです。

絞り環用ベース環を適切な位置でネジ込みを停止させてから、鏡胴「前部」ネジ込み停止環も、2つ下穴が用意されていたどちらが適切なのか判定して締め付け固定し、そこに赤色矢印で指し示している箇所のシリンダーネジをネジ込んで、鏡筒最深部にセットされている絞りユニットの「開閉環」と連結します。この結果、この絞り環用ベース環が回転することで、絞り羽根が開閉動作する仕組みですね。

シリンダーネジ シリンダーネジ
円柱の反対側にネジ部が備わり、ネジ部が締め付け固定される事で円柱部分が他のパーツと連携させる能力を持ち、互いにチカラの伝達が実現できる役目として使う特殊ネジ (単なる連結のみに限らず多くの場合でチカラの伝達がその役目に含まれる)。

ところがこのシリンダーネジも、おそらく純正ではないと考えます。絞り環用ベース環に切り欠き/スリット/溝が用意されているその幅に合致していない為、回転動作時に擦れ感がここで強くなっていたことを突き止めました。仕方ないのでシリンダーネジ自体の円柱部分を研磨して抵抗が生じないようにしあげて組み付けました。

一方その影響を受けて (シリンダーネジがキツかった影響を受けて) この上から被さる絞り環側のアルミ合金材のネジ山が僅かに摩耗しているのだと思います。このベース環にネジ込む際に引っかかりが多かったので、それも研磨して調整しています。

↑こんな感じで絞り環がネジ込まれて組み込みが完了します。前述のとおり、この絞り環のネジ込みが多すぎればブルー色の矢印の方向にズレてしまう結果、この鏡筒をヘリコイドオス側筒にねじ込んだ時に、刻印絞り値の直下に「隙間」が空いてしまい、そこから砂が侵入する懸念に繋がります。一方ネジ込みが足りなければグリーン色の矢印の方向に位置が下がる結果、今度は逆にヘリコイドオス側筒との接触に繋がり、やはり擦れ感が増してしまい下手すれば絞り環操作まで硬く (重く) 変わります。

非常に多くの整備の場合で、この絞り環の組み込み作業は簡単に考えて説とされていることが多く、不適切に組み立てられている個体が多いのが実情だったりします。だから全ての部位や位置に製品設計としての意味があるのだと、何回もこのブログで指摘を続けているのですが、それを理解していない人は「整備者」になるべきでは・・ありませんね(笑)

要はどうしてその位置なのか、そのカタチなのか、考察できない人は「整備者」の資質がありません! 何故なら、製品設計の根拠を発見できない人だからです(笑) そういう人に限って、バラした時の逆手順でしか組み立てることができないのですから、そんな人に「本来在るべき姿」など仕上げられるワケがないのです(笑) 当方は明確にそのように断言できますね・・。

今までの15年間で、とても多くのオーバーホール/修理ご依頼者様からお聞きしてきましたが、他の整備会社に依頼したところ「今までに扱いが無いモデルなので受けられない」と断られたとの話でした。

そのような言い回しで断っている時点で、その整備者やひいては整備会社は「整備者としての資質を有していない」人なり、集団であることが確定なのだと・・言っているのです!(笑)

逆に言うなら、取り扱いできない (取り扱いたくない) 厳然たる理由があるからこそ、ご依頼を拒否するのが当方のスタンスであり、そこに「今までに扱ったことが無い」などとの理由や釈明は、決して存在しないのです!(笑)・・これは100%明確に断言できます。

「原理原則」が理解できていれば、例え扱いがなくとも、マニュアルフォーカスのオールドレンズに限っては、全ては同じ原理で製品設計されているだけですから、扱いなどなくても、誰でもバラして組み立てできるのです・・それが道理です。然し実際にそういう返答をする整備会社の、実に多いことか、ウケますね(笑) それが当方が15年間に仕上げてきた591銘柄と言うモデル数に到達しているワケで、決して内部構造の複雑さや難しさだけが問題ではないのです。

・・要はその整備者なり、整備会社は「原理原則」を知らないのです!(笑)

↑光学系前後群を光学清掃後に組み付けました。もちろん最低限必要箇所には最も薄い膜厚にて「反射防止黒色塗料」を再着色しています。

↑光学系前群内の第2群3枚貼り合わせレンズに「全面に渡る薄いクモリが生じている」のは、残念ながら構成2枚目と3枚目の接着面のバルサム切れです。3枚貼り合わせレンズなので、当方で剥がして再接着することは可能ですが、専用治具が無ければ芯出しが適わず、当方での処置は不可能です・・申し訳ございません!

特に3枚の間に挟まれている構成3枚目のコバ端は「専用治具でガシッと掴んで固定する為に仕向けられている硝材研削」なので、おそらく製産時点でも芯出しが容易ではなかったことが推定できます。このような場合に、よくネット上での解説では、ピタリと外径サイズが適合する円筒を用意したり、3方向から抑え込む治具を自分で用意して、そこに入れ込みながら再説着すれば良いとの説明が見られますが、必ずしもそれで適正な芯出しが適うとは限りません。間に挟まれる構成3枚目だけが極僅かに微妙に位置がズレて挟まれてしまうことも物理的に起こりうるので (何故なら、互いの間にバルサム剤が介在するから)、それを防ぐ目的と役目から構成3枚目のコバ端研削が処置されているのです。

従って残念ながらゾナー型の3枚貼り合わせレンズは剥がすことができても、再接着での芯出しが当方では不可能です。

↑光学系後群もセットしました。すると上の写真での説明は、鏡胴「前部」ネジ込み停止環の固定位置が確定していますが、オレンジ色の矢印の方向からヘリコイドオス側筒にネジ込まれることで、この鏡胴「前部」が固定される製品設計ですから、の固定位置のズレによって光学システム全体の光路長まで、そのままズレる道理がご理解頂けると思います。従ってこのの締め付け固定用にイモネジを使い、且つその下穴まで用意されているのが、前述のとおり2箇所だった点で、この鏡胴「前部」の固定位置がズレていた『証拠』になり、且つそれが意味するのは「光路長が不適切だった」つまり無限遠位置が異常なオーバーインフに陥っていたか、アンダーインフ状態だったかのどちらかがおきる要因と指摘できます。

今回の個体ではさまに「 無限遠位置がアンダーインフ状態に見える」だったワケで、実際に当初バラす前時点の実写確認で、無限遠位置が合焦していないことを確認しました。

従って刻印絞り値がズレていて (瑕疵内容の) アンダーインフ状態となれば自動的に「ニコイチ」と言う話にしか到達しないのです。

つまりこのような道理が理解できていれば、そもそものこの個体の調達時に自分で確認できるワケで、そのような素養を皆様にも備えて頂きたく、このように当方のブログでオーバーホール工程の説明を細かく執り行っている次第ですから「オールドレンズの中身などに興味がない」と言う人達は、きっといつまで経ってもそういう「ごまかしの整備」が施された個体を、相変わらず手に入れてしまうのだと思います(泣)・・「因果応報」みたいなお話ですッ。

↑鏡胴「前部」が完成したので、ここからは鏡胴「後部」の組立工程に移ります。前のほうの解説時に使った掲載写真と同一です。

ヘリコイドオス側筒 (アルミ合金材)
距離環ローレット (滑り止め/アルミ合金材)
マウント部 (アルミ合金材)
ヘリコイドメス側 (アルミ合金材)
直進キー環 (アルミ合金材)

上の写真を見た時、オレンジ色の矢印が指し示している箇所に刻印されている4桁の数値があります。これは戦前ドイツ製のSonnarに関しては「パーツ番号」ですから製造番号とは直接的には一致していません (但し、製産時点のロット管理番号上は必ず把握している)。またヘリコイドメス側の刻印数値「9」と「2」の両方にイモネジ用の下穴が研削されているのは、そのどちらかだけが製産時点であり、もう一方は過去メンテナンス時の整備者の手によりドリル穴開けされていることになります。ここに 距離環ローレットがやはりイモネジで締め付け固定されるため、その下穴が用意されているからです。それが意味するのは「距離環に刻印されている∞刻印位置のズレの解消」であり、やはり「無限遠位置の微調整」をも兼ねる「ごまかしの整備」の一貫処置です。

従ってここから視えてくる事実があり、実は過去メンテナンス時の整備者は「ニコイチ」していながら「原理原則」が全く理解できていなかった整備者であり、研削して下穴を試しに1つだけ用意して組み上げてみたところ「無限遠位置のアンダーインフ状態を改善できなかった」が為に、他の2つについてはドリル穴あけせずにやめたと言う心理が暴露されました(笑)

つまり同一モデルの系統であれば、同じ製品設計で造られていると決めてかかったものの、実際に「ニコイチ」してみたら上手く組み上げられなかったと言う・・結末です(笑)

しかもそれを今度は「適正な状態に戻すように仕向けられているのが当方」と言う、ちょっとしたホラ〜紛いな立場に置かれている身の上と言うのがリアルな現実だったりしますから、ここは一つ徹底的に (意地になってでも) 適正に仕上げないと「何だ、同じなのか」との落胆しか招かず、ご依頼者様に申し訳が立ちません・・(怖)

・・やはりここでも「まな板の鯉」状態だったのですッ。

↑実際にマウント部 () にヘリコイドメス側 () をネジ込んだ状態で撮影していますが、前述でさんざん説明してきた「直進キー環」に備わる「制限壁」の壁に対して、グリーン色の矢印が指し示している位置にカツンとイモネジが突き当たって停止するので「∞刻印位置で停止する」設計です。つまりこの反対側の「制限壁」端が最短撮影距離位置という話になりますね。その両端で、距離環にネジ込まれているイモネジがカツン、カツンと突き当て停止するから刻印位置が適正なのか、刻印位置が適正だからカツンと突き当て停止するのか・・どちらなのでしょうか???

・・そういうお話をしています(笑)

だからこそ過去メンテナンス時の整備者は、上のブルー色の矢印が指し示している箇所のように下穴をドリル穴あけして用意したワケです。はたしてどちらの下穴が適正なのでしょうか。

↑適正な位置が判明すればそこに合わせて、ようやくヘリコイドオス側筒をネジ込めます。ご覧のように赤色矢印で指し示している箇所の指標値マークがピタリと合致しているのが分かります。

ブルー色の矢印で指し示している箇所のように、距離環に用意されているイモネジ用のネジ穴と、その下穴の位置が合致する必要がありますね。するとご覧のように前述の無限遠位置での制限壁との突き当て停止位置には2つの下穴がありましたが、ここでは1つだけですから、過去メンテナンス時の整備者が適切に組み立てられないことを察知して、ここにはドリル穴あけを断念したと言う流れが分かった次第です(笑)

・・このように、何から何まで白日の下に晒されますね(笑)

この事実から、つまりは2つあった無限遠位置の下穴は一方だけが適正であるその位置まで確定してしまいます (何故なら全周で4箇所しか下穴が存在しないから)。イモネジを使って締め付け固定する箇所は「3つ」だからです。

↑結果、上の写真は既に完全に組み立てが完了した仕上がり後の個体を撮影していますが、ご依頼時の瑕疵内容として示されていた「 無限遠位置がアンダーインフ状態に見える」だけが致命的だったので (無限遠位置合焦していないから)、それを改善させた結果です。

ご覧のようにグリーン色ラインで垂直状に一直線に「1.5」と「」と「」が並ぶべきところを、赤色矢印で指し示しているように「」刻印だけが到達しない手前位置でカツンと音をたてて突き当て停止してしまいます。

これは無限遠位置合焦させることを狙って処置した結果ですので「」刻印はピタリと指標の「」に一致しません・・大変申し訳ございません! お詫び申し上げます。

その代わりと言っては何ですが、アンダーインフは解消されて「本来の鋭いピント面で無限遠合焦するように戻った」と同時に、ご覧のように「 絞り環に刻印されている絞り値の位置がズレている」瑕疵もピタリの位置に改善できています。

但し、これは鏡胴「前部」を「固着剤」を使って固定しているため、フィルターを強くネジ込んだりしないようご留意下さいませ。つまり可能な限りグリーン色ラインで垂直状に一直線に「1.5」と「」と「」が並ぶよう工夫して仕上げた結果ですので、申し訳ございません!

《オーバーホール/修理完了後の残った瑕疵内容》
光学系内に薄く全面に渡るクモリが生じている → 改善不能
絞り環に刻印されている絞り値の位置がズレている改善済
距離環を回す時のトルクが少々重め改善済
無限遠位置がアンダーインフ状態に見える改善済
絞り環操作が硬め (重め) の印象であり擦れ感が強い改善済
距離環を回すトルクが重く、擦れ感も強い改善済
光学系第2群の3枚貼り合わせレンズにバルサム切れ → 改善不能
鏡胴「後部」側に異なる製造番号が手書きマーキングされている → そのまま
鏡胴「前部」の停止位置が2箇所にイモネジ用下穴が用意されている → そのまま
同様絞り環用ベース感にもイモネジ用の下穴が2箇所用意されている → そのまま

・・こんな感じですが、以下が追加になります、申し訳ございません!
∞刻印がを超えた先の位置で突き当て停止する❹の改善の結果
フィルター着脱時に無理に回したりしない、強くネジ込まない留意事項❹の改善の結果

・・このように4つの瑕疵内容が残ってしまいました。申し訳ございません!

無限遠位置 (当初バラす前の位置から変更/ピタリの状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

被写界深度から捉えた時のこのモデルの無限遠位置を計算すると「焦点距離50㎜開放F値f1.5被写体までの距離65m許容錯乱円径0.026㎜」とした時、その計算結果は「前方被写界深度33m後方被写界深度∞m被写界深度∞m」の為、70m辺りのピント面を確認しつつ、以降後方の∞の状況 (特に計算値想定被写体の35m付近) をチェックしながら微調整し仕上げています。

何故なら、相当な遠方だけで無限遠位置を確定させても、肝心な理論値としての被写界深度の前後がズレていれば、それは「光学系の格納位置のズレが残ったまま」だからです(笑)・・その意味で理論値たる被写界深度の前後値を基に実写確認の上、無限遠位置の適正化を判定しています (遠方だけではない)。

逆に言うなら、それは「適正な光路長を確保できたのか」との問いに対する答えでもあるので「理論値を基にした前後被写界深度判定無限遠の三つ巴」でちゃんと実写確認していれば (ピント面の解像度をチェックしていれば) 無限遠合焦していると申し上げても、きっと信じてもらえるのではないかとの企みも含んでいたりします(汗)

・・一言に無限遠位置と述べてもいったいどの距離で検査したのかが不明瞭ですね(笑)

ちなみに被写界深度を基準に捉えて検査するのではなく、純粋に無限遠と呼べる距離から検査するなら「焦点距離 x 2000」なので「100m」になる為、その位置 (判定無限遠位置) でも当然ながら確認済です(笑)

被写界深度
ピントを合わせた部分の前後で、ピントが合っているように見える・・・特定の範囲を指す

従ってピント面の鋭さ感だけを追っても必ずしも光路長が適正とは言い切れず、それはピーク/山の前後動に付随してフリンジ (パープルフリンジブルーフリンジなどの色ズレ) 或いは偏芯が現れていても、それで本当に適正と言えるのかとの言い換えにもなります(汗)

・・だから被写界深度を基準にしつつ、無限遠位置を微調整しながら仕上げているのです(汗)

なおこれら計算値に基づく無限遠位置の確認については、その適正をChatGPTでも確認できています。特に流行りの「人口星に頼った自作コリメーター」で、纏わり付くフリンジの類までキチッと確かめられるのか、光学系の格納位置やバルサム剤の接着量までちゃんと微調整できているのか、そういう疑念が残りますし、最低限人工星コリメーターによる検査は「10m以上」の実効距離が必要になります。

なお撮影時の対角画角としては、計算すると35㎜判フルサイズ36㎜ x 24㎜にて「対角画角56.2466°」になります。

DOHヘッダー

ここからは完璧なオーバーホール/修理が完了したオールドレンズの写真になります。

↑完璧なオーバーホール/修理が終わりました。「Transparenz:zeissの」刻印を伴う、戦前ドイツで造られた1941年製個体の『復活』です!(祈)

↑光学系内残念ながら第2群の3枚貼り合わせレンズに全面に渡る薄いクモリが残っています (構成2枚目と3枚目のバルサム切れ)。以降の悪化は進行しないと推定できますが、使うだけ使って、次の整備時にはイチかバチかで一旦剥がしての再接着に臨むしかありません。そのさいの芯出しが大きな懸念材料になります。「気泡」が相当数残っています。

気泡
光学硝子材精製時に、適正な高温度帯に一定時間到達し続け維持していたことを示す「」と捉えていたので、当時の光学メーカーは正常品として「気泡」を含む個体を出荷していました (写真に影響なし)。

但し、中望遠レンズ以上の焦点距離などのモデルの場合、大きく出現した玉ボケの内側にそれら「気泡」の影がポツポツと写り込む懸念は高くなります。

↑後群側にはバルサム切れも無く良い状態を維持しています。但し、全般的にこの個体の実装光学系は、そろそろ蒸着コーティング層の限界値に到達してきている為、複数の光学ガラスレンズでのコーティング劣化が激しくなりつつあります。バルサム切れの問題以上に、今後その劣化次第では別のクモリが増大していく傾向が現時点で確認できるので、バルサム切れは一端剥がしての再接着に期待が持てる一方、蒸着コーティング層の経年劣化は、蒸着コーティング層を剥がしてからの再蒸着になり、処置できる整備会社はだいぶ限定されます。従ってその時の選択肢は再びの「ニコイチ」ではありませんが、近似する製造年代の同型モデルバリエーション範囲内に限定して、光学系の代替転用も一つの選択に入ります。

つまりこのように本来ヤルべきことをちゃんと追求しながら処置した上で、それでも対応できない場合には「ニコイチ/サンコイチ」も「是」と認められる話になり、何でもかんでも「ニコイチ/サンコイチ」がダメという話ではありません。

↑絞り羽根も最小絞り値まで均質に閉じていきますが、ご覧のように一部に「擦れ痕」が確認できます。これは過去の一時期に絞り羽根の油染みを放置したまま使用していた時期があり、その時に最小絞り値側方向で「絞り羽根が膨れ上がる現象」が発生し、その結果一部にこのような擦れ痕が残っていたことになります。写真撮影には直接影響を来さないで問題視する必要はありません。

↑ここからは距離環のローレット (滑り止め) の状態など含め確認していく写真掲載になりますが、先ずはご覧のとおり、全周に3箇所均等配置で用意されているイモネジの締め付け箇所の中、赤色矢印で指し示している箇所に1つだけ少々大きめのイモネジがネジ込まれています。これが内部で「制限壁」にカツンと突き当て停止している「制限キー」と言う目的と役目のイモネジであり、この位置で無限遠位置と最短撮影距離位置の両端が決定しています。

従ってこのイモネジの位置がズレれば「∞」刻印いちまでズレることになり、指標にピタリと合わせられることになりますが、それはヘリコイドオスメスの摺動位置まで移動している中での話なので、必ずしも「∞」刻印位置の位置合わせだけでは済みません。そこに過去メンテナンス時の「整備者」が気づいて下穴をドリルで開ける作業を諦めた経緯がありますから (前のほうでの解説) 重要なのは「制限壁」とヘリコイドオスメスの摺動との関係性に、直進キーと直進キーガイドとの位置関係や上下動との関連性まで全てが関わってくる結果、単純な刻印合わせでは解決しない構造です。

特にこのモデルの場合、ネジ山の繰り出しと鏡筒の移動方向が反対方向なので、繰り出しているのに鏡筒が収納していく方向に動く為「原理原則」を理解している人でなければ、今回の個体を当初バラす前のように「アンダーインフのまま組み上げて諦めてしまう」ことに陥りかねません(笑)

・・単純に考えて対応できるような製品設計のモデルではないこと、ご覚悟頂く必要があります。

なおブルー色の矢印で指し示している箇所に「隙間」が現れるため (最短撮影距離位置の時に現れる) そもそもこの現象から、既にバラす前段階で「ニコイチ品」であることは、確定していました。正規品であれば、この箇所に最短撮影距離位置の時に「隙間」はできないと考えられます。

つまり同一のモデルバリエーションとして冒頭の一覧表では区切られていましたが、実際にはこのような製品設計の相違点が明確に介在していた為、信用を変更した何か理由があったハズです。それは正規品を調べない限り分かりません。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」を使い、当方独自のヌメヌメッとしたシットリ感漂う軽めのトルク感で、掴んでいる指の腹に極僅かにチカラを伝えるだけでピント面の前後微動が適うトルクに仕上げられており、軽快で安定した操作感に整えています。

↑同梱頂いた付属品全てを並べて撮影しています。

↑当方所有RICOHGXRにLMマウント規格のA12レンズユニットを装着し、ライブビューで無限遠位置の確認など行い、微調整して仕上げています。その際使っているのは付属変換リングです。無限遠位置は「∞」刻印ピタリの位置でセットしています (あくまでも当方での確認環境を明示しているに過ぎません)。

↑当レンズによる最短撮影距離1m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

各絞り値での「被写界深度の変化」をご確認頂く為に、ワザと故意にピントはミニカーの手前側のヘッドライト、本当に電球部分に合わせています。決して「前ピン」で撮っているワケではありませんし、光学系光学ガラスレンズの格納位置や、向きを間違えたりしている結果の描写でもありません (そんな事は組み立て工程の中で当然ながら判明します/簡易検査具で確認もしています)。またフード未装着なので場合によってはフレア気味だったりします。

…………………………………………………………………………

微かにフレア気味の印象に見えるのは、今回の個体の光学系第2群3枚貼り合わせレンズに残る、全面に渡る薄いクモリのバルサム切れの影響によります。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f2.8」での撮影です。

↑f値は「f4」に上がっいます。ここで「焦点移動」の話がありましたが、焦点移動の定義は以下になる為、この絞り値の段階では未だ「焦点移動」は発生していません。f/2以降で発生していたのは「焦点移動」ではなく「被写界深度の変化」です。逆に言うならこのモデルでの「焦点移動」が明確に視認できるように変わるのはf値「f/11〜f/22」のハズなので、f/11までに進行しているのはむしろ被写界深度の変化だけです。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので、光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られると、その背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

被写界深度
被写体にピントを合わせた部分の前後 (奥行き/手前方向) でギリギリ合焦しているように見える範囲 (ピントが鋭く感じる範囲) を指し、レンズの焦点距離と被写体との実距離、及び設定絞り値との関係で変化する。設定絞り値が小さい (少ない) ほど被写界深度は浅い (狭い) 範囲になり、大きくなるほど被写界深度は深く (広く) なる。

焦点移動
光学ガラスレンズの設計や硝子材に於ける収差、特に球面収差の影響によりピント面の合焦位置から絞り値の変動 (絞り値の増大) に従い位置がズレていく事を指す。

これは明確にベルテレが「球面収差と歪曲収差」について、1932年の初期段階から既に追求していた光学設計概念に含まれていた為、f値「f2.8」辺りで「焦点移動」が起きている道理に繋がっていません。

従って前のほうで記述したとおり、このモデルの被写界深度は開放f値「f/1.5」の時「前側被写界深度:32.7m ~ 後側被写界深度:65m」の為、例えばf値が「f2」に変わった時の被写界深度は「前側被写界深度:24.7m ~ 後側被写界深度:49m」同様にf値「f2.8」の時「前側被写界深度:17.6m ~ 35m」のように「ピントが合っていると見なす許容条件 (許容錯乱円) を満たす被写体距離の範囲」が移動していくことを指しますから、ピントが合っているかのように視認できるのは「焦点移動」ではなく被写界深度の変化だと思います。

↑f値は「f5.6」になりました。

↑f値「f8」です。

↑f値「f11」になりましたが、このf値の辺りから「焦点移動」が始まり、当初ピント合わせした手前側ヘッドライトの電球部分から、次第に背後のお汁の階段方向へとピント面が勝手に移動していきます。

↑f値「f16」です。既に手前側ヘッドライト自体のピントが甘く変わっています。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。完璧に「焦点移動」によりヘツドライと以前にそもそもフロント自体の解像感は喪失してしまっていますね。

今回のオーバーホール/修理ご依頼、真にありがとう御座いました! 引き続きZKモデルのほうのブログ準備に入っていきます。もう暫くお待ち下さいませ。

なお今回は当方からの比較研究との要望から、ご依頼者様にZKモデルについてもお送り頂き、並行してバラしながら/組み立てながらの比較検討を行いました関係で、本来のルール適用から外れていましたこと、お待ち頂いている皆様含め、ここにお詫び申し上げさせて頂きます。大変申し訳ございませんでした!

error: Content is protected !!