第205話:Ernst Leitz Wetzlar (エルンスト・ライツ・ヴェッツラー) Elmar 5cm f/3.5《第5世代:Red Scale》(L39)

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当方の15年間の扱いの中で累計2本目にあたる「Elmar 5cm f/3.5 (L39)」ですが、今回扱った個体はそもそも「Red Scale」に分類されるために第5世代に入るものの、非常に希少性の高い個体であることが判明しました。その根拠についても探っていきたいと思います。


何しろ『カメラ音痴』な当方なので(恥)、最近富に毎月必ずLeitz/Leica製オールドレンズのオーバーホール/修理を承る都合から、そろそろちゃんとした理解の基に語らなければイケマセン(汗)

然しそうは言ってもそもそも製品の数が多いですし、史実や背景を探って理解するには相当な時間を要します(汗) 従ってオーバーホール/修理のご依頼を賜ったタイミングで、その当該モデルに関する知見を広げていくようにしています・・。

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先日のSummicronの整備で、初めてLeitz/Leicaが「空気を写す」カラクリを知ってしまい、正直オドロキと共に、あくまでも工業製品である光学製品を人の感性に法線の如く深く結びつけてしまうオスカー・バルナック氏の戦略に、今さらながらですが100年先を見据えた先見性、いえそれ以上先まで通ずる普遍的な人の感性の奥深さに訴える「光学戦術」の深みに、自身がハマったことを痛感しています(汗)

そしてその背景を探る気持ちが湧いてきたのですが、それは次のSummicronのほうの解説で深めるとして、今回はまたまだ僅か2本しか扱っていないこの「Elmar 5cm f/3.5 (L39)」についての探りを進めたいと思います。

何はおいても、一番最初に開発された標準レンズと言えばこの「Elmar 5cm f/3.5 (L39)」であり、しかも今だにその描写については見劣りすら感じ得ない、確実な光学性能を有するモデルとの巷での認めざるを得ない評価です。

今回扱うのは英語圏で「Red Scale (レッドスケール)」日本では「レッドエルマー」と呼ばれているモデルバリエーションで、後にご紹介する世代別一覧では「第5世代」に入ります。※2

イキナシ何の写真かと思われるでしょうが、非常に希少であるが故に貼り付けざるを得なかった唯一無二の「Leitz Anastigmat 5cm f/3.5」のカット図です (Leitz社内での修理時青写真)!(驚)

するとここに「Fassung von Summar 64 verwenden」とあり「Summarの鏡胴64番 (セット) を使用する」と明確に記されています!(驚) つまりSummar 5cm f/2 (1933年~1936年) モデルの鏡胴の中で「64番」と言う社内コードの「鏡胴外装・前群格納筒・ヘリコイドオスメスのそれぞれの筒」と言う構成パーツを転用していたのが分かります(汗)

この「Leitz Anastigmat 5cm f/3.5」が、レンジファインダーカメラ最初のプロトタイプである「Ur-Leica (ウル・ライカ)」に固定鏡胴として組み込まれており、それを後に交換式鏡胴として転用し「Leica I型」発売時に登場していた「一番最初の交換式標準レンズの始祖」とも捉えられます。

その背景から探ったところ、1933年~1935年辺りの時点で、Leitzの「修理部門」に於いてこのように当時既に量産に入っていたSummar鏡胴の転用作業が実施されていた事実を幾つか掴みました。その時の青写真の一つが上図のようですから、つまりは1924時点の話ではなく後世に適合する鏡胴が現れた機会に、Leitz社内で率先的に古い光学システムの再活用が執られていた事実とでも言いましょうか・・。

は当時1931年のLeitz Camera Catalogから抜粋してきた図ですが、明確に「Leitz Anastigmat “Elmar” F/3.5 50mm」刻印がスライド筒に描かれています。

・・然しここに注意点がありますッ。

・Anastigmat 5cm f/3.5 (3群5枚):1924年初頭 ~ 1925年中盤辺り
・Elmax 5cm f/3.5 (3群5枚):1925中盤 ~ 1926年中盤辺り
・Elmar 5cm f/3.5 (3群4枚):1926年中盤以降・・

調べると、このような各モデルの登場経緯が分かってきましたッ。つまり上のカタログ印刷で、公になっていた「Anastigmat “Elmar” 50mm f/3.5」との刻印/表記は顕在していないことになり、あくまでも宣伝要素の一つであったことが確実になります。

これは実は当時「Anastigmat」はモデル銘ではなく、後で解説しますが光学ガラスレンズの状態を表す表現であり、且つ「解像度が高い高級レンズ」との告知意識のほうが主体的であった狙いが各光学メーカーにはあり、その意識がこのような混在したモデル銘表記として現れていると捉えることができるのです(笑)・・カタログも深く探索することで、その背後に隠れていた「メーカーのホンネ」が透けて視えてくるのでオモシロイです!(笑)

もっと言うならAnastigmatとElmar銘が並んで併記されていた個体は、今現在まで発見されておらず、Leitzの公式資料にもそのようなパターンの記載がありませんし、上図のように3群4枚エルマー型光学系を実装している時点で、Anastigmat 5cm f/3.5は3群5枚であったことからも辻褄が合っていませんね・・(笑) 従って単純に当時のカタログを100%過信してしまうのも、そもそもこのカタログの印刷が「1931年版」との標題なので、既にElmax銘モデルが1925年に発売されている点で (~1926年まで製造)、齟齬を生むきっかけになってくると言うお話ですッ(汗)

話を戻して、実際当時の社内資料 (一次資料) も、Summarの他の構成パーツを転用して、古い時代の光学系を鏡筒に改造して組み込んでいた事実が幾つか残っているらしいです (当該一次資料は、ついに表示できず)。

はたしてこの修理記録 (青写真) の最終目的が何だったのかは分かりませんが (交換レンズとして組み上げたのか、投影拡大用として作り直したのかなど)、少なくともここには明確に「Anastigmat 5cm f/3.5」の光学系がソックリそのまま組み込まれていることは間違いありません・・!(驚)

※ライカフォーラムのwilleica氏の会話から引用 (https://www.l-camera-forum.com/profile/21024-willeica/)。

Summar 5cm f/2の鏡胴が転用されたことは今の当方には関知しない事実ですが、然し3群5枚拡張エルマー型光学系の存在が、その光学系構成図として自分の眼に捉えられて確認できた事実こそが重要なのですッ!(驚)

そして今回の探索でこの発見できた光学系構成図からトレースした結果を基に、具体的な硝材を手繰るチャンスを得られたことこそが、今の当方にとっては非常に大きな価値を持っています(涙)

それは或る情報から手繰ることができました。当時1924年時点の「Anastigmat 5cm f/3.5」の製産されたプロトタイプには、光学系第1群前玉と絞り羽根を超えた先の第2群に、同じドイツのC.P.Görz (ゴルツ) 製Sendlinger (ゼンドリンガー) 製硝材が採用された事実です(汗)

逆に言うなら1925年の中盤以降に開発されて採用されたのがSCHOTT製の新種硝材なので、この初期にあたる1924のプロトタイプにはゴルツ製が組み込まれていたことが確実になります。

従って探索 (推定) の根拠は2つに分かれ、前玉と第2群がSendlinger製硝材なら、後群側に位置する第3群の3枚貼り合わせレンズの硝材は何なのかと言う追求に進みました(汗)

そこに大きく貢献したのが上のカット図であり、3枚貼り合わせレンズの曲率がほぼ正確に描かれている点でした (図は当方によるトレースした光学系構成図)。

光学系後群に配置されている3枚貼り合わせレンズは平凹メニスカスレンズ+対称メニスカスレンズ+両凸レンズと言う組み合わせであり、さらに前玉から順に数える構成枚数の3枚目と4枚目の接着面の曲率が、同心円状態に至っていることがトレースによって判明しました(汗)

特に前玉は一見すると凸平レンズに見えがちですが、トレースしたところ両凸レンズだったことが判明しました (裏面側の曲率はほぼ平坦に近い)。もちろん第2群両凹レンズの曲率もほぼ確定で、次の第3群3枚貼り合わせレンズの接着面の曲率が確定できたことが大きな成果になりました(祝)

これは後でこの光学設計の描写性を探る際に大きな貢献を与えています(涙) つまり前玉裏面側の曲率と両凹レンズの曲率の相違点から、3枚貼り合わせレンズでの収光操作にヒントを得られたからです!(拝) 従ってこのカット図が発見できなければ、今だにネット上に広く出回る別の光学系構成図を使うしか手がなかったことになりますが、そもそも専門研究者によって指摘されている、前玉と第2群の硝材「Sendlinger製」特定作業から、100%明確に至ったのは「光学系前群での入射光取り込みに於ける、屈折率とアッベ数の制御に非常に苦慮していた」背景が掴めました(涙)

そして非常に重要だったのは3枚貼り合わせレンズそのモノの希少性よりも、むしろその前に配置されている「第2群の小径と曲率とその湾曲の向き」だったワケで(汗)、それがそもそもその前にセットされている前玉両凸レンズの (特に裏面側) 曲率との関係性により「屈折率とアッベ数の範囲が限定できた」と言う今回の経緯に至っています (その描写性を知る目的の為に探っている)。

・・何故なら、1924年直前の硝材成分と配合には一定の目星がついているからですッ。

一方、この後玉の3枚貼り合わせレンズで言う中間に挟まる「対称メニスカスレンズ」とは、光学ガラスレンズの中心もコバ端も同一の厚みのままであり、一般的な凸メニスカスにも凹メニスカスにも分類されない光学ガラスレンズを指します。従って本来はメニスカスの対象には入らないのですが (メニスカスレンズの定義は中心と端との厚みの違いが前提だから)、光学設計上の利便性から「対称メニスカスレンズ」と呼称するらしいです(汗)

これらの「観察と考察」から導き出された光線光路は、当時のSCHOTT社にはまだ顕在しなかった屈折率とアッベ数を相応に有するSendlinger製硝材を配置して、特に裏面側の非常に緩やかながらも曲率を与えている点で、実質的には急角度で絞り羽根を通過させて第2群に光線を渡していることになります。

さらに同じSendlinger製硝材から削り出された両凹レンズたる第2群では、やはり急角度で屈折させつつも裏面側で偏角を戻す方向にチェンジさせる曲率を与えているのが分かります。

そして特異な3枚貼り合わせレンズへと光線は入射しますが、この時2つの面の接着面に同心円状の曲率を与えていることから、曲率だけに頼ってムリに光線をまとめようとしていないことが分かります。もちろん後群側は第2群もこの第3群も含め「収光制御」の役目であり、その中にあって「発散 (第2群) → 集光 (第3群)」の役目なのは当然ですが、そこで3枚貼り合わせレンズ化させてきた狙いに、波長別の収束だったことが窺えるのです。そこに同心円状の曲率が根拠として影響するので、第1群前玉と第2群の硝材にSendlinger製をチョイスしてきた理由は「屈折率とアッベ数」に対応する硝材が、当時のSCHOTT社には無かったことにならざるを得ませんッ。

これは後で解説しますが、この光学系を開発した、彼の有名な「Max Berek (マックス・べレク)」氏が、実は得意とする「各群の面で収光制御を完遂させていく」と言う手法が既にこの段階で十分に活用されていたことを実証しているとにもなり、当方的には『宝物』的価値を持つ青写真だった次第ですッ!(祈)

その意味で、1911年にLeitzに入社した (ヘッドハンティング) ベレク氏は、当時まだ主流だった光学顕微鏡の対物レンズの光学設計に於いて、即座に頭角を表し、設計部門の責任者に抜擢されていたことも分かっています。

ちなみにこの光学系第3群後玉の3枚貼り合わせレンズを3枚接着に決めてきた理由は、屈折率とアッベ数の関係から、決して曲率に頼らずに接着面を増やすことでその境界面での屈折と色分散性の収光作業に猶予を与える狙いがあります。

然しそのC.P.Görzも翌年には倒産してしまいますから、結果調達した硝材の組成成分などの情報はSCHOTT社が一部を買い入れた懸念すら現れます(汗) それが1930年代に入って同レベルの屈折率とアッベ数を持つ硝材が発売された背景だったのではないでしょうか・・。

その新たに開発されたSCHOTT製硝材名は、新種ガラス「SK58」と「F2」ではないかとみています。「SK」なので重クラウンガラスであり、一方はフリントガラスなのが分かりますから、まさにこの組み合わせで第1群前玉と第2群の両方で色収差補正を行いつつも、絞り羽根を挟んだ両側で球面収差補正を執っていたことが掴めます (特に第2群の絞りユニット側面で強力に波長制御していることが分かるので、この第2群のアッベ数は低かったと思います)。

結果、これによって初めて1925年登場のAnastigmat 5cm f/3.5の光学設計が確定し、合わせてその後のElmax 5cm f/3.5も同時に確定した上で、実は1933年時点のElmar 5cm f/3.5の光学設計時に採用された硝材すら、特定できてしまったという三つ巴の探索結果に至ることができたワケで、冒頭のたった1枚の青写真が大貢献していたことになりますね・・(祝)

なお以下に示す屈折率とアッベ数の定義を読むとご理解頂けると思いますが、この中で特に「光学系内で光線が透過していく挙動を知る」際に重要な要素があります。

非常に多くの方々がこの点が掴みきれていない為に、間違った方向性に認識されることが多いように思いますね (かつての自分がまさにそうだったから)。

・・それは「屈折率と透過速度との関係性」です!

実は、これを知ることで/理解することで、蒸着コーティング層が光彩を放ち反射しているにも関わらず、入射光が透過していける仕組みを自らのコトバで語ることができるようになりますッ!(汗)

屈折率が高い数値になればなるほど偏角 (つまり屈折する角度) は急になりますが、その時の光線の透過速度は「屈折率の値が大きいほど遅くなる」点です。つまり急角度で曲がると速度は低下します。

これは屈折率が高い数値を執ると、急角度で曲がるワケですが、それは「角度はより小さい数値」になる為、物理的に「屈折率が高くなるほど、光線は法線方向に引き寄せられる」つまりより強く屈折する (曲がる) と言う道理になりますョね(笑)・・当方は頭が悪い為(恥)、初期の頃は光学系構成図を眺めていて間違った光路図を妄想していたのです (あぁ~、恥ずかしい)(恥)

法線
境界面に対して垂直90°に立てた、想像上の垂線を指す

従って光学ガラスレンズが、その曲率によってどんなに湾曲しようとも、光線が入射する際には必ず法線が関係し、透過光は屈折によって法線に近い方向に曲がっていくことになります。

図は当方が作成した模式図ですが、光線が媒体「水」に入射する時、その水面に対し90度に法線を描くと、それに対して波長別に最も近い方向にそれぞれが屈折していく様子を示しています。

従って光束は媒体を透過する際必ず「分散」していくワケですが、その波長別の角度の違いがある中で主光束は屈折して直進していきます (図の屈折光が主光線)。

ちなみに光線は真空中では1秒間で地球を7.5周回りますが、空気中でも極僅かに遅くなる程度でほぼ同じ数値の速さです。

するとこれを勘案した時、初めて光学ガラスレンズを光線が透過していく時の挙動が掴める話になり、一意の屈折率を有する光学ガラスレンズを光が透過していく時「入射する際に波長別に即座に分散を始めるが、その時に光学ガラスレンズを透過する波長別の屈折率の違いから、波長別に透過速度の変化が現れる」と言う物理現象を基に「多光束干渉」の原理が説明できるのです。

つまり短波長側の青色が「最も急角度で屈折する」物理原理の為、その他の波長帯の光線は、短波長よりも早く光学ガラスレンズを透過していってしまいます・・と言うことは、短波長にしてみれば「自分だけが取り残されてしまったまま透過する」ことになりますが、この時隣接する他の光線の光束に含まれている中波長 ~ 長波長によって短波長側は干渉を受けてしまい、結果的に最も遅く屈折してきた短波長だけが (誇張的に言えば)「互いに影響しあい整合していってしまう」為、青色だけが光学ガラスレンズを透過する際に一番先に影響を受けると言う (恣意的に表現するなら、カットされていくと言う)・・『原理』です (非常に簡単に語った場合の説明ですが)。

・・これが「多光束干渉」の簡単な説明ですッ!

これは決して短波長側の青色だけが消えて消滅してしまう話ではなく「あくまでも中波長や長波長側と互いに干渉し合って、迎合していく」現象を指しますから、光学設計者がフレア制御を執る時、この『原理』を活用していると認識すれば、とても分かり易いのではないでしょうか???

つまり光線が光学ガラスレンズを透過する時、例えどんな硝材を使おうとも「必ず短波長側だけが一番先に排除方向に影響を受けてしまう」と言う「光学ガラスを使った光線の記録という宿命」に則るしか手がないことを理解できます。すると自分が設計する光学システムの中で、複数の光学ガラスレンズを群として構成させる時、その都度短波長側だけが影響を集中的に受けながら排除方向に仕向けられていくとすれば、光学設計者にとって「時には、それらカットされている短波長側の光成分を欲するシ~ンにも遭遇する」ことを指して「フレア制御」と呼んでいるのですッ。

その意味で、皆さんが一般的に認識しているコントラスト低下などを招く「フレア」ではありますが、光学設計者にとり必ずしもその現象だけを指しておらず、光学系内で内面反射で発生した光線の短波長側は、必ずしも排除すべき光成分とは・・限らない話であることを「光学設計者目線」で、今説明させて頂きましたッ。

するとここで2つのことが視えてきます(笑) 1つはそもそも戦前~戦後すぐの時期に光学ガラスレンズに未だ蒸着コーティング層が蒸着されていなかった頃、ノンコートレンズの時代にはそれら短波長側だけが集中的に光学システム全体の光学ガラスレンズの面数分、排除方向に物理的に向いてしまう結果、曲率と厚みと硝材の特徴に頼ってのみ結像面の解像度や収差補正を仕上げていくしかなかったが為、結果的に「例えば戦前のノンコートモデルの解像度が意外にも優れていた」理由が、説明できたりするのですッ(笑)

そしてもう1つは、皆さんが悪者扱いする「迷光」は、確かに鏡筒内や各光学ガラスレンズの格納筒内壁などからの反射によって、最終的な結像時のコントラスト低下や解像度不足、発色性の喪失など悪影響しか残さないが如く認知されていますが、実は前述の光の短波長側だけが常に排除方向に仕向けられていく原理を知れば、むしろ光学設計者にとり「ケースによってはその排除方向に仕向けられてしまう短波長側の光成分が必要な場合も発現する」が故に、敢えてそのような成分を確保する目的から、光学システム内を光線が透過していく際に敢えて光路内に「仕掛け」を用意していたとすれば、それはあながち悪者とも言い切れないのではないかと言う疑念に辿り着かざるを得ませんッ。

・・要は、光学設計者により恣意的に、光学システム内にトラップが仕掛けられていたのですッ。

その『証拠』こそが、まさに鏡筒や格納筒に付随して製品設計時点に用意される「バッフル」であり、研削時に段々状に遮光環の要素を与えられつつも金属メッキ加工が施されて仕上げられていく時、実は「必ずしも微細な凹凸を伴うマットな黒色梨地メッキ加工だけが求められていない」ことを、皆さんは気づかれていないと・・思うのです(涙)

少しでもオールドレンズを分解した人なら知っていますが、鏡筒や格納筒の内部に備わる段々状に研削されている円形の環/リング/輪っか部分ですね。或いはまさに光学ガラスレンズの締付環自体に段々状に研削が施されている場合も多々あります。

これらは単純に段々状に研削しているのではなく、100%計算づくでフレネルの方程式に則り、その段々状の幅や深さに高低差など全てがシミュレーションされて研削されているのですッ。

従って段々状に研削されているのか、純粋なアール (曲がり) だけで良いのかなどは、おそらく光学設計者からの指示により製品設計者が設計していたのではないでしょうか・・。

詰まる処、その部位に内面反射なども含め、光線が当たり反射した時に、他の主光束に整合されていく中で単純に「迷光」としてのみ結像面に到達するのでは決してなく、主光束に微々たる影響を及ぼしながらも、光学設計者の狙いによって「むしろ抜擢されて活かされていた迷光の光成分」も顕在していた事実を、特許出願申請書などの記述の中から勉強することができたワケです!(笑)

バッフル
鏡筒や格納筒に付随する、フレネル公式を活用した段々状に研削された遮光要素を含む部位

バッフル効果
バッフル部位によって内面反射に対し、光成分の任意波長成分を排除したり、活用したりする制御の全般を指す

例えばLeitz/Leica製オールドレンズだとしても、一部の締付環にはまさに「微細な凹凸を伴うマットな黒色梨地メッキ加工」が施されているにもかかわらず、同じオールドレンズの個体の内部であるにもかかわらず、一方別の締付環やバッフル部位には「艶消し梨地ではない、鈍い光沢を放つメタリックなメッキ加工が施されている」矛盾が混在しているケースに、何度も遭遇することになります。これこそがまさに「バッフル効果」の証であり、光学設計者による自らの光学設計に於ける狙いの一環として、光成分の中から活かす方向性の波長を欲している『証拠』になるのですッ!

従って、何でもかんでも「反射防止黒色塗料」を塗りまくって、本来製産時点にはメタリックな輝きを放っていたバッフルを着色してしまった時点で「それは光学設計者の企図を無視して台無しにしている所為である」との説明に至らざるを得ませんッ!(涙)

その結果、いったいどのように撮影写真に影響が現れるのかと言えば、誇張的表現として説明するなら「製産時点には表現できていた柔らかなボケ味が、反射防止黒色塗料の着色によって、キツイ滲み方へと変質してしまった」みたいな変化を「フレア制御」の効果として、恣意的表現ですが説明できるのです(笑)・・これが光学設計者が収光制御に於いて執っている「フレア制御」の概念ですから、皆さんが大好きな見てくれを好む嗜好は・・如何なものかと常日頃感じている次第です。

・・だからこそ当方は、メタリックはメタリックとして復活させるのが筋だと考えているのです。

その『根拠』は、ご説明したとおり・・光学設計者ありき・・だからですね(涙) どんなに所有者の勝手だと言われようとも、そもそも写真を記録する道具として日の目を見た工業製品であるハズのオールドレンズであればあるほど、恣意的に処置されて光学ガラスレンズを曇らせていく化学変化しか与えない反射防止黒色塗料」着色は、諸悪の根源としか当方には受け取れませんねッ!

何を隠そう、今回のオーバーホール/修理ご依頼内容の最大のご指摘事項であった「全面に渡るクモリ」は、現状の仕上がり状況に於いては、スカッとクリアに戻っているワケで、その因果は、まさに「反射防止黒色塗料」だったことが確定していますッ!(涙)

皆さんが喜ばれる「見てくれの良さに執拗にこだわる整備」とは、そういう一面を有していることを、そろそろ皆さんも真正面から対峙して光学設計者の企図に沿う思考へと、今一度改める時期に来ているのではないかと・・思いますね(涙)

・・そうしない限り、オールドレンズの宿命は『絶滅危惧種』でしか、アリマセン!(涙)

既にもう皆さんは身を以て体験しており、市場流通する数多のオールドレンズ (個体) は、その多くが薄いクモリを伴った光学系へと変質していることを、知っているハズなのですッ。これから先、さらに50年後には、それら薄いクモリだった変質は、やがて全面に渡る本格的なクモリに到達し、ついに『製品寿命』を迎える運命なのではないのでしょうか・・???(怖)

残念ながら当方は全く以てチカラ及ばず、志半ばで引退の運命に相成りましたが、真に忸怩たる思いで無念でいっはいですッ(涙)

逆に言うなら「フリンジ悪者」ではなく、光学設計者にとっては光学系の各群で不足していく短波長帯域の中から必要とする成分を「再活用」することもあるのです。

例えば先日の「Summicron 5cm f/2」で「空気を写す」カラクリの中に含まれていた重要な要素の一つに、まさにそのフリンジの活用が生かされていたワケで、決して悪者に排除する方向だけが道理ではない・・ことを当方は初めて知ったのですッ!(驚)

そしてさらにオールドレンズを扱う上で皆さんが是非とも知っておいて頂きたい『原理』は、その「短波長側の青色成分をカットすることで、解像度が増していく」原理ですッ。その一躍を担っているのが蒸着コーティング層であり、ひいて言うならパープルの光彩を放ったり、アンバーだったりするのはそういう狙いがあるからですッ。

従って以下を読むと理解できますが(汗)、特にグリーン色の光彩が一時期オールドレンズの蒸着コーティング層として流行った時代があり、その時の狙いが明確に「被写体に忠実な、ナチュラルで自然な発色性の再現」だったことが分かるのですッ。

然し残念ながらその流行りは一時的で終わってしまいましたが、光学史の流れとして捉えた時、必ずこのグリーン色の光彩を放つ蒸着コーティング層を被せてきていた時代を意識した時、初めて理解できる話があり「その概念が廃れてしまった結果、グリーン色の光彩が消えた」のではなくて、光学ガラスレンズ側の技術革新の進歩により「グリーン色の光彩を蒸着せずとも対処できるように変わった」との分岐点であったことが・・ようやく理解できるのです!(汗)

だからこそ今ドギのデジタルなレンズで特段恣意的にグリーン色の光彩を蒸着してくるモデルを別にして、多くのデジタルレンズで自然な発色性の再現性が担保できている道理に至ります。

そして実はその分岐点を影で支えたのが核心的技術「aspherical lens (非球面レンズ)」の登場なのですッ。

・・このように「観る角度をワザと故意に違える」ことで、むしろ視えてくる背景もあるのです。

従ってオールドレンズを見た時に、蒸着コーティング層が放っている光彩だけで捉えようとしてしまうと、間違った方向性に受け取られてしまい、その上で光学設計や光学系構成図を見ても、理解が進まない因果に至ったりします(汗)

一にも二にも三にも全てを決めているのは光学ガラスレンズとその配置であり、その光学ガラスレンズの曲率に厚みと空間距離による絶妙な戦術から、チョイスした硝材によるコントロール (屈折率とアッベ数他) が体現できているのがオールドレンズなのだと・・納得できるのです(涙)

その中で蒸着コーティング層は補助的、二次的要素として機能しており、決してノンコートだからとか、蒸着コーティング層が放つ光彩に偏重して考察するのは、間違いのもとであることを意識するべきではないかと・・思うのですッ。

例えば前述の「多光束干渉」の説明の中で話したノンコートモデルの次に登場したのは、光学史の中ではシングルコーティング層 (単層膜蒸着コーティング層) です (単層膜蒸着コーティング層の開発自体は、戦前の爆撃機による射爆照準機や野砲などの照準精度向上目的の為に、一番先に開発されたのが真の経緯なので、1932年~1935年辺りになります)。

すると多くの場合にその当時の戦後直後~1950年代辺りに開発されたオールドレンズのモデルの多くにプルシアンブル〜ブル~、或いはパープルなどの蒸着コーティング層が一足先に蒸着されていた理由や流れというものにも、理解が進むのではないでしょうか・・(汗)

これらの考察から視えてくるのは「多光束干渉」の原理により、屈折していく光線は、蒸着コーティング層による反射によって一部を喪失させていくものの、実は「180°位相 (位相反転)」により最終的な透過率は、これらオールドレンズ全盛だった時代ですら「97%の透過率」を多くの光学メーカーが達成しており (1950年代)、今ドキのデジタルなレンズであれば「99%以上の透過率」が蒸着コーティング層を蒸着することで実現できています (光学システム全体の透過率とはまた別)。

そしてそのような物理原理を支えている「真の立役者」こそが、被せている蒸着コーティング層の『膜厚』なので(汗)、特にこの当時の単層膜蒸着コーティング層で言うなら「λ4」のMgF2 (フッ化マグネシウム) 単層だけで「光学ガラスレンズが外気に晒される堅牢性の担保と同時に最適化」させていた事実を知ることになりますね(笑)

ちなみに当たり前の話ですが、光/光線は波長、波動、或いは本質的に粒子なので、この2つの局面からその挙動については捉えていく必要がありますョね(笑)

蒸着コーティング層が放つ光彩の狙いと効果
パープルの光彩:短波長帯/高周波数帯 (400~450nm)、フレア・ゴースト抑制、解像力維持の為
アンバーの光彩:中波長帯/中周波数帯 (500~650nm)、中高コントラスト向上、色収差調整
グリーンの光彩:高低波長帯/高周波数帯と低周波数帯の特に (40~480nm)と (600~700nm)、青系の高周波フレア抑制、赤系のハロ低減、広帯域透過率の向上、色収差バランス改善

集光/集束
光を (1点に) 集める物理的現象そのものを指し、虫眼鏡の原理に同じ

収光/収束
光を集める内容の全般を含み、且つ光学設計の中でどのように光を制御していくかに係る作業を指す

屈折率 (n)
光がある物質中を通る時に、速度がどれだけ遅くなるかを示す数値

※空気中の光速 cc に対して、物質中の光速 vv の比で表される:

  ・n=1n = 1 → 光がほぼ空気中と同じ速度で進む
  ・n>1n > 1 → 光がその物質中で遅くなる

※光は屈折率が大きいほど曲がりやすくなり屈折 (偏角) が強くなるが、透過速度は屈折率が大きくなるほど遅くなる。光学設計では同じ曲率でも、屈折率が高い硝材ほど焦点距離を短く設計できる。

アッベ数 (v)
光学ガラスの色収差 (光の波長ごとに屈折率が異なること) を表す指標。数値が大きいほど色収差が少なく、収差が小さいことを意味する。

  ・ = 黄色光(ナトリウムD線、589.3 nm)の屈折率
  ・ = 青色光(フッ素F線、486.1 nm)の屈折率
  ・ = 赤色光(セシウムC線、656.3 nm)の屈折率

が大の時 → 色の分散が小さい → レンズで色ずれが少ない
が小の時 → 色の分散が大 → 色収差が目立つ

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そしてこの光学設計を発明した人物こそ、彼の有名なLeitz在籍Max Berek (マックス・べレク) 氏です (はwiki拝借のベレク氏)。

ベレク氏は光学システム全体として捉えれば3群4枚テッサー型光学系に含まれることを承知の上で、自身はあくまでもトリプレット型原点に立ち返り、むしろテッサー型の欠点を追求し、それを克服した光学系として、このエルマー型を完成させています。

つまりテッサー型もエルマー型も共にトリプレット型からの発展系であることは確実なのです。

その初期段階で、入手できる対応可能な硝材が当時のSCHOTT社にはまだ存在しなかったことが、これにより明らかになりました。その選定は屈折率の高さとアッベ数の問題ですッ。

ちなみにドイツ語なので「C.P.Görz」は「ゴルツ」発音が正しいのですが、日本では一般的に「ゲルツ」と呼ばれています。正しくドイツ語発音するなら、もっと難しくて「グゥォルツ」とすら、聞こえます(笑) さらにそのGörz社の硝材精製工場「Sendlinger」もドイツ語発音では「ゼ」の発音からスタートになる為、日本のネット上で語られている「センドリンガー」ではありませんね。これも正しくは「ゼントリ(ン)ガー」と「ン」の発音はそれほど誇張的に発音しません (当方の捉え方は、あくまでも現在のネイティブ発音としていますから、当時は知りません)。

例えばSummarはドイツ語では「ズマー」ですが、日本ではズマールです(笑) ズマールと実際に発音するのはアイルランド系やスコットランド系、或いはイタリア系も僅かにR誇張発音に近いでしょうか。従ってなるべくそのままにSummar表記が良いのでしょうが、日本の慣習的なズマールはあまり使いたくない為、多くの場合でカタカナ表記は「ズマー」です (基がドイツ語だから)。

・・ドイツ語、なかなかに難しいですッ。それよりももっと厄介なのは、日本の発音慣習ですね。

話を戻すと、上光学系構成図は、さらに前に掲出した青写真から当方がトレースした図です (前出の光学系構成図と同一)。

すると第1群前玉と第2群の2つの群にSendlinger硝材を使い (製品名は結局最後まで発見できず) 第3群の3枚貼り合わせレンズに至りますが、この対称メニスカスレンズの曲率が確定的要素となって硝材が判明しました (だからトレースが非常に重要な要素になっていたのです)(汗)

・・当時のドイツSCHOTT社製「K5+F3+F3」と言う組み合わせです。

するとたったこれだけで掴める光路は、前玉で (当時としては) 強力な屈折率を活用させて取り込んだ入射光を急角度で屈折させ、絞りユニットを通過して第2群に渡した時、一気に光分散させてから第3群の3枚貼り合わせレンズに光線が到達し、K5によって高い屈折率を使い急激に曲げられた光線は、次のF3の2枚の接着面を透過する際に「波長別に光束にまとめられ、結像に向かう」との経路が視えてきたのです・・!(祝)

・・これがこの3枚貼り合わせレンズの目的と役目であり、且つ同心円曲率たる由縁です!(祈)

さらにそこから探索を深めて実際の翌年1925年に登場した「Elmax 5cm f/3.5」の硝材も探索でき、ようやく全体像が判明しました。

・・前玉から順に「K2 > F3 > K5 > F3 > F3」です。

従ってそもそもの「Anastigmat 5cm f/3.5」も当時はGörz社Sendlinger製硝材を使っていますから、必然的にその硝材名が確定できなかった分、当時のSCHOTT製硝材に無理強いで充てていますから、今回の探索で得られた光学系の硝材名は「あくまでも当方認知の中での仮定レベル」に留まりますこと、ご留意下さいませ。

どうしてこんなことを探っているのかと言うと、最終的に光学系内の光路を探って描写性を掴みたいからです。単なるトレース図かも知れませんが(汗)、そこから手繰られるチャンスは決してゼロではないと思うのです (もちろん間違っていると指摘されるのは承知の上です)(汗)

・・どのように指摘されようとも、当方がロマンを辿りたいと思うのは奪えませんョね(笑)

その結果、実際にどのような写りになっていたのか、どのような収差が残ったままだったのか、そういう描写性の細かい要素について適切なコトバを充てがうことが叶いました・・(涙) それら描写性については、後でまた解説します。

逆に言うなら、この「Leitz Anastigmat 5cm f/3.5」の実写が極端に少ない中で、その写りを手繰る要素が「たとえコトバの表現だけで掴めるにしても」それを知らないよりは最低限掴みどころを得られるワケで、決して無意味な作業ではないと信じているのは・・当方だけですッ!(恥)

実際、多くの場合でエルマー型の始祖的発明である、この3群5枚アナスティグマート光学系は、その写りが語られていませんね(泣)

なおこの「アナスティグマート」はanastigmatを指し (日本では一般的にアナスティグマットなどと表記されていることが多いが、例えば「chromat」をドイツ語発音すると、決してクロマットとは聞こえずに「クロマート」に聞こえる)(笑)、光学ガラスレンズの収差補正状況を表す表現として使われるため、決して一意の特定光学系のカタチ (例えばテッサー型のような) を指していません。そしてその状況が何かと言えば「球面収差・コマ収差・像面湾曲・非点収差」の全てを補正できている状態を指すコトバとして使われている結果、このモデル「Leitz Anastigmat 5cm f/3.5」は決して一意のモデル型名を表しておらず、実際当時非常に多くの光学メーカーが、自身のモデル銘の中に「anastigmat」を組み入れて製品化しています。

つまり当時は「補正された高解像度の高級レンズ」的な意味合いとして、この「anastigmat」が使われていた/認識されていた/広く一般に受け止められていた・・と言うスタンスを知ることになりますね(笑)

その上で解釈するなら、登場翌年の1925年に開発者の名前と組み合わせた「Ernst Leitz+Max Berek=Elmax」と言う造語によって改められた経緯が納得できるワケです(笑) これはこの製品を他社製品と差別化する狙いとともに、Leitzの知名度を上げる狙いも含まれていたモデル銘の命名だと当方は受け取っています。後に「Elmar (エルマー) 銘」に至ったのは周知のとおりですね(笑)

オールドレンズのモデル銘を単なるモデル銘として捉えてしまうと、そこから先にロマンは進みません(笑)・・当方はあ~だこ~だ考えすぎるのが悪い癖なので、皆様には長くなってしまい本当に申し訳ございません!(謝)

↑例によって『光学知識皆無』な当方にとっては昨今必需品になりつつある世代別一覧であり、その基準は「光学設計」を据えています(恥)

ちなみに上の一覧で一番左端の下のほう「硝材」の欄で、前述したAnastigmat 5cm f/3.5「0番世代」に記載している「(K2) > (F3) > K5 > F3 > F3」と赤色文字部分は、本来正しいのはここにGörz社Sendlinger製硝材の名前が入るべきなのですが、発見できない為 (一次資料が存在しない) 仕方なく、当時のSCHOTT社で顕在していた硝材の中から、最も近い屈折率とアッベ数の硝材を「ムリヤリ充てがっている」次第です。つまり正確な情報では一切ありませんッ。

純粋に当方がトレースした前出の光学系構成図を基に、光学計算して導き出した近似値を狙った仮説でしかないので、正確性も適合性も何もありませんッ。

何故なら、そうしないと3群5枚アナスティグマート光学系として光学システムが成り立たず、そもそも知りたかった「Anastigmatの描写性とは如何に???」と言う光路を確定できない点を以て考え出された「苦肉の策」でしかないからです(笑)

そして実際にこの光路を光学計算から導き出し結像させた時の「描写性」を掴んだからこそ、後のほうでちゃんとAnastigmat 5cm f/3.5の写りについて評価しています (もちろん何度も言いますが仮説の中での話です)(笑) そして・・なッ何と、その評価がまるッきしそのままにネット上から拾ってきた実写に合致してしまったので、なまじトレースした光学系構成図から光路を探ってみるのも「最後の手段」としては捨てたモノではないと、今回の探索で確信しましたッ!(驚)

とそうは言っても基準として使える光学設計は、あくまでも今回判明した「0番世代」に組み入れている「Anastigmat 5cm f/3.5」と「第5世代」の前回、及び今回の整備での光学系の実測値に基づく光学系構成図だけと言う状況です。

ネット上から取得できる様々な情報を基に、頭の悪い当方が全体を俯瞰できるようにまとめた次第ですが、もちろんこの一覧作成に際してChatGPTを活用したものの、このような目的と役目の為に作成しているだけなので、間違いのご指摘や誹謗中傷などは・・切にご勘弁下さいませ。

また製造番号帯は必ずしも各世代別の区切りに連動していません。あくまでもイメージとして掴み易くなるよう区切りを付しただけです。例えば最後の「第6世代」の製造番号が「114026 ~ 1340000」と記載しているのは、あくまでも現在のネット上で確認できた個体写真を基に組み入れただけで「Leica-puts-pocket-book」を調べた時の最終製造番号帯が「1956年:1455001 ~ 1458000」で終わっていることは承知しています(汗)

つまり第6世代のLMマウント規格品の製造番号帯が、大幅に含まれていないとの案内に至っていますが、実際にいろいろ調べると次のような事実が判明し、間違いなく製造していたことに結論づけられますッ。

←実際に当時1961年時点のLeicaの公式パンフレット (Leica General Price List1961版) の中に、間違いなくLMマウント規格品としての社内コード「ELMAM」が印刷されていることが確認できた為、第6世代として組み入れています。

図はそのプライスリストの中から該当する「Elmar 50mm f/3.5 (collapsible)(LM)」モデルをブルー色の囲みで括って明示させている、一部の抜粋です (列記左横に印刷されている製品写真は別モデルです)。
  

従って、上に挙げた世代別一覧は今後、もしも「Elmar 5cm f/3.5」の扱いが増えて、世代別の更新が必要になった際には随時更新していく性格の一覧ですから、それを追求しないで下さいませ。

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ここからは上に挙げた世代別一覧の、主な項目について順に説明していきます。

🅰 0番世代とは
敢えて「0番世代」との謳い文句で一覧に設定してしまいましたが(汗)、これはErnst Leitz二世による「決断」を表している大きな転機を鑑み、恣意的に組み込んでいますッ。

元を正せば、1849年にCarl Kellner (カール・ケルナー) 氏によってWetzlar (ヴェッツラー) に創設された「Optisches Institut in Wetzlar (光学研究所:登記名称)」に、当時精密機械工だったErnst Leitz一世が1864年に「機械職人」として入社してきたと言う経緯から歴史が始まります。

当時光学研究所では「Orthoskopisches Okular (オールソスコピシャス・オクラー接眼レンズ)」と言う新しいアクロマティック光学設計の接眼レンズを開発しており、顕微鏡や天体望遠鏡などを製造し、非常に高品質な光学機器として評価を得ていたようです。

Ernst Leitz 一世が入社してきた際、Wetzlarの光学工房で求められていたのは「高精度、且つ安定した機械加工・量産の技術習得者」であり、いわゆる当時すでに流行っていたヘッドハンティングの結果であると考えられます。結果、Ernst Leitz一世は程なく研究所の経営に携わります。

1865年に経営陣に加わった後、1869年には単独所有者に至りますが、そのタイミングで導入したのが「serial production」と言う概念であり、これは当時 (ケルナー時代) 機械職人が1台ずつ手作りで光学製品を製産していた結果、個体差の均整に課題を抱え量産化に向いていなかった点を克服させ「光学製品の近代的連続量産手法の確率」に到達でき、実際当時は僅か数年で19世紀末のドイツに於ける最大の顕微鏡光学メーカーに到達しています(驚)・・つまり従前の光学工房のポジショニングから、数年で工業製産が可能な企業体へと変革したワケですッ!(驚)

このような当時の背景を知ったことで「そもそも物事を捉える角度が違っていた」点に当方は気づきましたッ。

後に1911年「Oskar Barnack (オスカー・バルナック)」氏がヘッドハンティングされ、即座に「Werkmeister (ヴァークマイスター)」つまり「工房責任者/熟練工監督者」に昇格しています。

ここから先のストーリーには重度の喘息者である当方には非常に共感を得る背景が加味されていきます(涙)

バルナック氏は喘息患者ではあったことから重いカメラではなく軽い携帯しやすいカメラへの強い志向が以前からあったようです。業務に携わる傍ら、余暇には携帯できる小さなカメラの開発に余念がなかったようです(涙)

まさにこの点に当方的には非常に自らの接点に共通項を見出してしまいましたッ! 確かに喘息持ちに、重い機材の携帯は息が上がり非常に困難を極めます (両腕を心臓位置よりも高く上げるだけで息が上がってしまう)(涙)

当時映画用の35mmフィルムは1コマ:18 × 24 mm の縦長フォーマットとして縦方向に送る仕組みでしたが、それを90°展開させて横方向に送る「36 x 24mmの横長フォーマット」として考案し、それを静止画撮影機構として開発した点がポイントになります。

それは映画フィルムが「16~24コマ単位のプルダウン間欠送り方式 (爪を引っ掛けて上下方向に送るシステム)」であったのに対し「1コマずつ正確に横スライド送り」する「段送り機構」の着想に至ったことこそが画期的であったと指摘できます(汗)

最終的に「Ur-Leica (ウルライカ:1913年 ~ 1914年)」から「Leica I型」登場へと繋がったのは有名な話ですね。Leica I型の登場は小型軽量、且つ横方向フィルム送りと言う革新的新世代カメラの登場として、光学史に記されることになります。

・・ところが皮肉なことにこの時バルナック氏は次なる課題に直面してしまいますッ。

36 x 24mmフォーマットは当時の小型カメラにとり異常に大きい画に仕上がりました(笑)・・結果「結像時の四隅の像質の極端な劣化歪曲周辺光量不足」を招き、特に固定鏡胴による横送りスプロケット・均一送りは、レンズの軸が少しでもズレると画面全域で像質が崩れる問題に直面してしまったのですッ。

まさにそのタイミングでやはりヘッドハンティングされたのが、マックス・べレク氏と言うストーリー (1912年入社、バルナック氏入社後僅か1年) になりますね!(笑)

・・そこでこのタイミングの当時のLeitzに於ける課題を洗い出す作業に移行しましたッ。

何故なら、それこそが「0番世代」発祥の本質だからですッ!

Ur-Leica登場後の課題直面
固定鏡胴の光軸中心という厳密な精度の担保→Ur-Leicaは試作機の為、鏡胴・シャッター・フィルム面の中心精度が個体ごとに異なってしまいました。

ところがそれはまさにレンジファインダーカメラ側ホディの精度担保の問題であり、Ur-Leica → Leica I型の登場という「交換式鏡胴モデルの開発マウント規格化」と言う、巷のネット上で語られているストーリー/背景に、当方はどうしても馴染めませんでした。全く馴染めませんッ!

確かにそもそもLeicaのホームページでそのように語られているからこそ、その内容が拡散するのは十分に理解できますが、光軸中心精度の課題は「あくまでもカメラ側の精度の問題」であって、そこからイキナシ交換式マウント規格の着想に話が飛ぶのは・・あまりにも早計すぎるとの思いが強かったのです(涙)

・・そこにこだわって調査した処、ついに核心的な背景を掴みましたッ!

何とのその発祥地点は、そもそもの19世紀終盤1869年 ~ 1870年の僅か1年の間にErnst Leitz一世によって「顕微鏡のモジュール化開発/製産との着想」に全てが一極集中しましたッ!(驚)

顕微鏡の対物レンズの規格化・・つまりこの時初めて光学製品に於ける「マウント規格」との着想が生まれ、後にこれこそが「交換レンズを体現させるマウント規格の発想」に結びついたのです!

さらに何とこの時、このタイミングで「鏡胴長の規格化」つまりこれも光学史に於いて初めて「光路長の規格化」と言う必然的な要素に繋がっています!(驚)

そして「接眼レンズのモジュール化による交換の体現」或いは「コンデンサーの交換化」と言う、要は集光システムの交換化を体現させてしまっています。

これらの事実を掴み、初めて「Ur-Leicaからの固定鏡胴から交換式鏡胴への近い将来的な可能性 (それはもちろん当然ながら当時の市場を指す) に着想した」と初めて納得できましたッ!(涙)

これが真の「交換式鏡胴マウント規格化」の発祥原点であり、実は19世紀末に既にその着想は工業製品として、間違いなく体現できていたのです!(驚) そうであれば「モジュール化=交換式」とのプログラムが既に成功済みであり、まさにErnst Leitz二世にとっては父の遺産継承の最大の「重き」ではないかとすら感じ得ます(涙)

・・どうしてこの点をちゃんと皆さん語らないのでしょうか???

19世紀末~20世紀初頭の段階で、既に工業製産に (大量生産の課題は残るものの) 漕ぎ着けていた際、そのタイミングで「交換式を採ることで市場が大幅に拡大する」先見性に執着できていた点こそが、Leica I型の登場背景に背中合わせだったと・・今、当方は確信しましたッ!(拝)

その結果見出された固定鏡胴 交換鏡胴方式の確立立役者!
ようやくベレク氏の登場と相成ります(笑) 既にバルナック氏の翌年に入社していたベレク氏は、同じようにヘッドハンティングされていた分、顕微鏡の対物レンズのモジュール化に伴い、まさにその光学設計の天才的能力を既に発揮していたのです。

そこに実はバルナック氏の喘息の背景が重なり合い、小型軽量のレンジファインダーカメラの試作品登場に到達し、そこに商機を見出したErnst Leitz二世の「決断」が、いよいよベレク氏の背中を押す運命に結びつき「モジュール化を光学史の中に組み入れたErnst Leitz氏」と「喘息に苛まれながらもそこに発明の着想を得たバルナック氏」そして「それら全てを体現できる本質的な立役者たる光学設計の天才ベレク氏」と言う、この3人の存在によって、光学史上初めての「マウント規格化」こそが真髄であり、その結果ポロポロと産み出された光学製品が「交換式鏡胴モデル」だった流れを・・ようやくこの段階で掴みました!(涙)

・・こういう説明をしてくれていれば『カメラ音痴』な当方でも、もっと早く理解できたのに(涙)

そこで「0番世代」の話に到達しますが(笑)、固定鏡胴だった光学系を取り出し、交換用の鏡胴に転用して組み込み、製品化させるべく試作を試みていた時代を指して「0番世代」と命名しました。従ってこのタイミングでの光学系は「本質的に固定鏡胴時代の光学設計」のままである点こそが「希少性であり価値観であり、そして唯一無二の存在」との一点に於いて、間違っても交換式鏡胴時代に入ってから開発されていった様々な光学設計の賜物たるオールドレンズ達と、そのまま同じ土俵で語るのは間違っていることに留意が必要です!(祈)

逆に指摘するなら、交換式鏡胴時代を迎えて「本質的な光学設計で、何がどう最も影響を及ぼすのか」との範疇は、実は工業製品たる資質とも非常に強く結びつき、例えばマウント規格を決めたものの、その精度が担保できるのかどうかは「あくまでも当時の工業製産技術革新の真っ只中」であった点に鑑みれば、自ずとベレク氏の光学設計にも大きく影響を来していたことは想像に難くありません(汗)

つまりベレク氏がどんなに理論的に結像を期待して光学設計しようとも、肝心な製産時点の精度が未だ担保できない機械設備の課題に直面している時代であった点を汲みすれば、自ずと「ベレク氏は、量産が確立する範囲内に収差を収める以外に光学設計の道が残されていなかった」と言う背景が妄想できるのです!(涙)

・・これは光学設計者にとって、非常に辛く厳しい茨の世界ですッ!(涙)

それはそもそもの光学ガラスレンズにも該当し、硝材からの光学ガラスレンズの研削工程では「µm単位」での精度担保は未だ確立できておらず(汗)、結果「収差含み (詰まる処、誤差の残置) のまま光学設計を仕上げるしかなかった」為、そこから産み出されたのが「少ない枚数と低い曲率の安全設計」であり、その体現が「3群5枚Anastigmat光学」との開発概念だったことが、ようやく掴めたのです!(拝)

光学ガラスレンズの枚数を少なくし、曲率を制御できる範疇に留め、少ないフランジバックで結像させる結果、狙っていた仕様に到達できる・・そこから産み出されたのが後に命名された「Elmax 5cm f/3.5」と言う流れだったのですッ。

まさにそれが「後群3枚貼り合わせレンズでの、同心円状での曲率による、精度を求めない接着面と言う安全策の設計」であり、まるでその通り造られていたことが冒頭の青写真で明らかになってしまったのですッ!(驚)

・・これにオドロキを感じずしてなんとしましょうかッ!

青写真のカット図を見て、まるで同心円のように描かれていたのをトレースして初めて判明した時、即座に「ベレク氏にしては達成感が薄いのでは???」との印象を抱いてしまった為、この点が最後まで頭の中に引っかかっていましたが、当時の背景を探るにつけようやく納得できました。

・・やはり光学設計者も、できることとできないことの狭間で苦しんでいたのですッ!(涙)

その意味で敢えて恣意的に、Ernst Leitz二世もバルナック氏も、そして最も重要なポジショニングに居るベレク氏までまとめて「理想は視えているのに達生できない苦心惨憺していた苦渋の時代」との思いを込めて「0番世代」と命名した・・次第です!(拝)

従って全てはErnst Leitz二世による「モジュール化との決断」から始まっているワケで、そこに前提として佇んでいたのはバルナック氏のUr-Leicaの完成であり、否応なく当時の工業技術面で避けられなかった、精度担保の課題を上手く吸収させてしまったベレク氏こそが・・立役者・・だったのですッ(笑)

Leitz Anastigmat 5cm f/3.5の登場は、そのような非常に重くて濃い苦渋の中で達成されていった課題の結晶として成され、さらにSCHOTT社製硝材による屈折率とアッベ数の管理に体系化が適い、直後編み出されたElmax 5cm f/3.5の命名は、そもそも「anastigmat」がユニークな型名ではない点で、他社との差別化に急を要する点と合わせ、実はここが最大のポイントになりますが、なんだかんだ言っても「売れて企業利潤を潤わさなければ意義がない」点で、光学設計者など固有名をブランド化へのイメージ戦略として逆発想で活用させて挑んだ、Ernst Leitz二世の類まれな商才ではないかと・・当方は今回感じ入りましたねッ!(驚)

0番世代には、そのようなざまざまな思惑が重なり紡ぎあい、まさに黎明期たる時期だったことと、それぞれの鬼才に支えられし良きタイミングだったことに対する栄誉として、当方は今回命名しましたッ。

🅱 焦点距離欄の理論値と実測値、及びロック用ツマミ裏刻印について
これら0番世代 ~ 第6世代までの「Elmar標準レンズシリーズ」には、モデル銘に付随する「5cm / 50mm」とは異なり、実測した際の実焦点距離の相違が研究者の間で語られています。

その一方でネット上で拾える光学系構成図、或いは当方が既にデジタルノギスを使い実測してトレースした光学系構成図などを基に、そこから光学計算式を使って光路計算を行い求めた理論値として、一覧に項目追加しています (焦点距離欄の理論値)。

巷では当時のライカ製オールドレンズの標準レンズ域モデルの実焦点距離は「51.6㎜」との話が定説ですが、それらを明示させる特許出願申請書内の使用諸元値や光学系構成図、或いは研究者による一次資料や二次資料から捉えられる光学系構成図などを基に計算した時の理論値は、それら実焦点距離の値に一致していません(汗)・・つまり「51.6㎜」を担保する一次資料は発見されていないのです(汗)

そもそも実焦点距離を計測した時の環境が同時告知されていないことが多いのと合わせて、知見的な参照/索引データとして拡散していっている背景も無視できず(汗)、この点については明確に光学計算式を使って求める必要を強く勧められた為、ChatGPTに計算させています(汗)

・・残念ながら、この理論値を検算する能力は、当方にはありません(涙)

然し、少なくとも光路長を基に各資料や光学系構成図から求めた理論的な焦点距離の許容値には、これら多くの数値が入りますから、特段執拗に確定させる必要もないと受け取っています。

それよりももっと重要だったのは「距離環のロック用ツマミ裏側に刻印されている1桁の数値」です。特に巷では「鏡胴番号」と言う表現が使われて、特定の希少性を与えている与件として、この刻印数値が大きく影響しています(汗)・・その番号次第では市場価格まで高騰している始末です。

これら「0 ~ 7」の数値は、いったいどのような意味、或いは目的と役目でわざわざロック用ツマミの台座裏面に刻印されたのでしょうか??? ちなみに「8」の数値刻印は、一次資料も二次資料も発見できていませんッ。特に前述した当時Leitzの「修理明細指示書」の中に「8」は一度も登場していないのですッ。

調べると専門研究者の研究結果と巷での捉え方とに齟齬が生まれていたことが分かりました(汗) もちろん公式にはこれら刻印数値の意味は公になっていませんが、当時製産時の指示書などとしてLeitzで明確に管理されていた事実が見えてきました。

実は実焦点距離を示すだけの目的と役目で刻印されていたのではなく「そもそもその実焦点距離を体現させる為の鏡胴パーツ番号と組み立て手順」を明示させている目的と役目だったことが判明しました!(驚)

確かにその結果仕上がった個体の実焦点距離は「50㎜」とは異なる計測値を執るのでしょうが、その一方で「もしもそれが正なら、幾つも光学設計が必要になってくる」話にならざるを得ず、この点を徹底的に追求しました。その結果視えてきたのは「一意の光学設計に限定しながらも、その光学システムを組み込む先の鏡胴を違えてきた」と言う、当時のLietzの部品パーツ管理体系に辿り着いてしまったのです(汗)

これをひと言に簡単に言ってしまえば「残っている光学ガラスレンズと鏡胴を取っ替え引っ替え組み合わせて製品化させていた」との所為が露わになりました(笑)・・要はそもそもの固定鏡胴として造ってしまったため、合わせて個体別の精度のバラツキを含む必要性が生じてしまった点から、否応なく転用してくる鏡胴とその構成パーツ、或いは最も重要な要素たる「組み立て手順とそれらの微調整技術の詳細」を管理し体系化させることで → 実は「個別誤差を許容範囲内に相殺させてきた」と言う、これが鏡胴転用の最終目的ではなかったかと、当方はようやく (今頃になって) 気づいたのですッ!(恥)

それはそうですッ! 交換式モジュール化により規格化されるなら、許容誤差値を均すのは、至極道理に沿った話だからですッ。残存パーツの有効活用は当時の技術的な製産量の障壁から捉えるなら、理に適っていると指摘できます。

その目的と役目の為に刻印されていたのがこれら「0 ~ 7」の数値であり、Leitzにとっては鏡胴パーツの組み合わせの中からチョイスしてくる際の目安であり、それは組み立て手順を示す内容とも一致していたのです。

するとここで一つの結論づけに到達しますが(汗)、鏡胴パーツの組み合わせを適合させる基となる技術資料は、必然的にLeitzにしか蓄えられておらず、しかもその時の「光学設計が反映した適切な光路長」から捉えた適合する鏡胴パーツ番号は、自ずとLeitzでしか分かりません(笑)

ところが後の時代になって修理や整備をしていたのはLeitzだけではないワケで(笑)、その根拠になる概念こそが実はこの刻印数値の最大のポイントになりますッ!(汗)

・・何を隠そう、この点をシッカリ認識しながら語っているサイトが一つもありませんッ!(驚)

つまりこうですッ!

光学設計時の許容誤差は光路長の中で「±0.02」であり、僅か2%の許容値しか認められていません。すると計算上「49㎜51㎜」と言う焦点距離の許容値が今回のモデルでは答えとして厳然と示されてしまいます(汗)

結果、巷で語られている「この当時のライカ製標準レンズの、真の実焦点距離は51.6㎜だ」との拡散は、実は許容値を逸脱した数値が語られていたことを意味しています(汗)・・0.6㎜分の超過です。正直、自ら整備している身の上の当方としては、この「0.6㎜分の超過」はとても許容できる範囲の逸脱では・・アリマセン(汗) ハッキリ言って0.2㎜、超過しただけでも当方的には大騒ぎだからですッ!(怖)

それは実際に毎回の如くオーバーホール/修理作業のたびに、当方は光学系に纏わる「反射防止黒色塗料」の着色を剥がして薄膜で再着色している始末であり(涙)、とても他人事として受け取るワケにはいかないのですッ!(涙)

実際に仕上がって実写確認した時、明らかに/明白に当初バラす前時点の実写確認よりも「カメラ側ピーキング領域が増大している (解像感が向上している)」或いは「ピント面のピーク/山の際立ちが速くなった (収差補正効果が分かる)」などのように、具体的、且つ明確に相違点を捉えているからに他なりません(汗)

つまり決してピント面の解像度だけを問題視しているのではないのですッ! むしろそのピント面のピーク/山の前後動の時に、どれだけ際立ち感が増して「ピント合わせがし易く感じるのか」ではないかと認識しているのです・・間違っているでしょうか???(泣)

いえ、間違っていても構いません(涙) 当方は間違いなく自分の眼で見て捉えて、ピーキング領域の目安もちゃんと確認して、当初バラす前時点よりも「何が変わったのか」を把握できているので、それで十分です。第三者に何を言われようとも、自分の眼で捉えて脳が反応した感性の結果は、自分的には絶対ですから・・(涙) 皆様に信用されていないのは百も承知なので良いのです!(笑)

従ってこの「距離環のロック用ツマミ裏の刻印数値」の捉えようがここに来て変わってしまい、問題はむしろLeitz/Leica社外に於ける今までに施されてきた整備の結果ではないのか・・と言う少なからずの疑念が湧いてしまったのです(汗)

・・何を言いたいのか???

つまりこうですッ! 当時のLeitzで実施されていた別鏡胴との組み合わせによる残像光学系パーツの有効活用は、間違いなく当時の世界一般的常識からすれば (機械製産の工業技術革新が未だ課題を抱えていた時代) 適正であり、正しい処置だったワケですが、その後の時代にそれに気づいてしまった整備会社や整備者の手によって「刻印数値に沿わない鏡胴を転用されて組み上げられてしまった結果の、実焦点距離:51.6㎜ではないか???」・・との疑念なのです(汗)

そのような当方の考えに至った根拠が、まさに「鏡胴番号」との巷でのネット上に於ける捉え方であり「基準を仕上がった鏡胴に置き換えてしまった捉え方」と言う考え方の危うさなのです(汗)

当時のLeitzの基準は、決して組み上がり後の鏡胴を整合させる目的の為に付した刻印数値ではなかったハズで、それはあくまでも転用すべき鏡胴とそのパーツ、及び最も重要な組み上げ手順と「微調整のコツを指示した」全体的な指示書 (管理体系)・・だったハズなのですッ!(祈)

それを世間が組み上がり後の鏡胴の「転用された組み合わせパーツによる仕上がり品の別を示す固有番号」との捉え方に均してしまったが故に、実の処、いわゆる「ニコイチ/サンコイチ」の正当性を与える一つの材料に使われているのが・・真の (現在の) 実情ではないか・・との穿った妄想に、至ってしまった根拠なのです(汗)

何故なら、当時のLeitzが仕上げたのであれば、許容理論値を逸脱する「51.6㎜」は、どのように考えても適切ではないからですッ!(汗) 実際今回の理論値計算でも、その導かれた答えは、いずれも全て許容範囲内に含まれています。外れているのは「51.6㎜」だけですッ(汗)

皆さんからすれば「何をたかが1㎜にも満たない0.6㎜の差だけで、揚げ足を取って大騒ぎするのかッ!」との不快感にしかならないのでしょうが(謝)、リアルな現実に整備している身の上の当方にすれば、例え僅か0.2㎜の差が生じてしまっただけでも、結像面の写り具合は大きく変化してしまうことを、自身を切り刻む辛い体験として身を以て心得ているからに他なりません(涙)

・・光学設計時点の±0.02という数値の重みとは、そういうことなんだと自覚しているのです。

↑この時、それはそもそもの光学設計時の光路長の話なので、その2%分の許容値内に実焦点距離が含まれるのならそれで良いと捉えるのが「正」・・ならば、特段問題視する話ではアリマセン

問題なのは、その結果現れる「結像時の収差補正の変化」ではないかと当方は今回意識しました!

・・それで調べたところ上の表のような答えになりました(汗)

もちろんこの基準は「50㎜」であり、まさに第6世代の実焦点距離と合致していますが、その許容値を認めた時に、どのように収差としての影響が現れるのかを「明文化」した次第です(汗)

然しこの目安は、あくまでも実焦点距離を実測した時の環境によっても変わる為、一概に当てにはできませんが、少なくとも「光学設計者が狙っていた収差補正が達成できていない」点は含みを持つべき内容なのではないかと・・当方は思うのです(汗)

詰まる処、この残像収差の特性を知った上で、手に入れるのが最も自分的には得策だったりしそうな内容として・・印象を持ちましたから、最低限巷のネット上で「鏡胴番号」だけの認識で拡散してしまう行為には、なおさらに注意が必要だと肝に銘じましたッ!(祈)

それを別の例を使って言い換えるなら、数多のオールドレンズの描写性を「これこそがオールドレンズの写りだッ!」的に、ハイキ〜に仕向けて、恣意的に低コントラスト化させた実写ばかりを自身のブログに掲載しまくっているプロの写真家や、インスタ映えヨロシク光輪」ばかり載せて、この表現性こそがオールドレンズの証の如く語りまくって拡散させている視聴数稼ぎの輩など(笑)、遍く収差の偏向を誇張的に語っている時点で、それに同調している人達/勢力が少なからず居て、しかも年々増加傾向にある点で、まさに拡散が拡散を呼んでいる始末と言え、今回この「鏡胴番号」を拡散する行為は、それら同族の所業と受け取られても・・文句言えないのではと思います(笑)

そういう「〇番を手に入れた」「番号違いで比較してみた!」的な捉え方を誇張的に謳う連中を、当方は一切認めませんねぇ~(笑) そう言う意味では、当方はまさに今ドキのYouTube派では・・アリマセンッ!(笑)

従って当方にとり、この距離環のロック用ツマミ裏刻印数値は・・なかなかにホラ〜的要素だったりしますね(怖) 少なくとも「51.6㎜」の話はあり得ず、まさに『都市伝説』的な趣向に向かっているようにすら受け取れてしまいます(汗)

但し一つだけ注意書きが加わります・・それは「収差を楽しむ人達/勢力にとっては、ありがたき幸せ」とも逆に受け取られる要素であり、要は受け取り方次第なのでしょうが「光学設計ありき」とした時の矛盾に、どう決着をつけるのかで方向性は二者択一とも考えられます(笑)

その意味で言うなら、もしも仮に解像度絶対主義に徹するなら、それは「だったら今ドキのデジタルなレンズを使えばいいんじゃない???」と言う話にしか到達せず(笑)、実際当方のオーバーホール/修理での関わりでも、過去に様々なオールドレンズを整備してきた結果、最終的にデジタルなレンズに移行してしまった方もいらっしゃいました・・。

そこで非常に重要なポイントは、決してそれがオールドレンズ沼への裏切り行為ではなく(笑)、逆にデジタルなレンズからむしろ収差を求めてオールドレンズ沼に足を踏み入れてしまった人達だってたくさん居るワケで・・要は個人の嗜好次第であり、そこに優劣を付したり「正」とか『是』を語るべき話ではないと、当方は認識しています。

それを前述の人達/勢力に充てがって指摘するなら「ちゃんと理解して説明付きで拡散させろョ!」と言うのが、当方の言い分で・・アリマッス!(笑)

そんなワケで話が逸れてしまいましたが(汗)、要は当時のLeitzでの修理/改造工程では、明確に光学設計時点の光路に収めるべく転用鏡胴との整合性を追求したのでしょうが、どうあがいても物理的に転用鏡胴との整合性の中で「鏡胴長の相違」が工業技術的に発生するのは、避けようがありません (それは既に完成している別の製品設計である鏡胴構成パーツを転用するから)。そこで執られたのが「一意の光学設計の中で、どの収差レベルまで適正範疇に留められるのか」との第2基準だったのではないかと考えましたッ!

それを追求し満たした管理体系 (つまり転用管理の詳細) だったとの認識に、ようやくゴールできたワケですッ!(祝)

・・お粗末な内容で、申し訳ございません!(謝)

🅲 鏡胴長の相違
これは前述🅱の内容に含まれている内容です。それは最終的にはどの鏡胴にどのように組み込んでいったのかで変わるので、まさに実焦点距離の話に最後は到達するからですッ。そしてそれは前述したように「固定鏡胴時代の均し行為」ひいてはLeitz/Leicaによる「光学設計ありきの転用技術管理体系」なのであって、決して巷で言う処の「ニコイチ/サンコイチ」『是』と捉えている話と同義ではないことを肝に命ずるべきですねッ!(祈)

但し要注意なのは、互いの世代別で0.3㎜ ~ 0.6㎜の幅で許容値が計算できますが、巷のネット上では実測しているサイトがあります(汗) コレ、齟齬を生みやすいので要注意ですッ。

何故なら、世代の範疇なら「光学系格納筒の格納位置は決まっている」からですッ! その上で理論値や実測値として焦点距離を語っていますが、それを実測した鏡胴長で語ってしまうと、さらに測定時の環境の影響が現れるからです。例えばマウント面の裏面からの長さでちゃんと測っているのか、無限遠ロック時の製品全高として測ってしまったのか、など齟齬を生みかねませんし、もっと言えば何で測っているのかの懸念すら俎上に上がってきます(汗)

🅳 光学系構成図
これは冒頭で語ったように、当方で既に把握できているのが2つ「0番世代」と「第5世代」だけなので、今後どんどん更新されていく懸念が高い点を留意する必要があります(汗)

🅴 蒸着コーティング層と硝材について
蒸着コーティング層は大きくノンコーティングの時期と蒸着コーティング層を被せている時期の2つに大別されますが、それを思い込みで語ってしまうと、やはり齟齬が生まれます(汗)

・・ノンコートモデルの上に蒸着したモデルが蒸着コーティング層、ではアリマッセン

これ意外に多くの人が受け取り間違いしていると考えられます(汗) ノンコートモデルはノンコートとしての専用の仕上げ研磨が施されており、石英ガラスが直接外気に触れる露出面の堅牢性まで勘案して処置が施されています。それは光学系内に配置されていても、2枚貼り合わせレンズなどの接着面に被せられている蒸着コーティング層とは、まるで異なります。

一方、蒸着コーティング層が被せられている光学ガラスレンズの場合、蒸着面の光学ガラスレンズ表層面は「蒸着コーティング層の定着性を勘案して仕上げられている」ハズなので、直接外気に晒されることをあくまでも製産時点は想定していません。

また被せる蒸着コーティング層はMgF2ならMgF2で何でも良いのではなく、必ず適切な膜厚で被せるのが光学設計を維持できる話になるのは・・当然な話ですッ。

実際当方のこのブログ内に掲載している『第60話:オールドレンズの光学系に対する、まるでピュアな疑問ばかり、ばかり・・』でも探索した結果のとおり、膜厚の多少によって反射する波長帯域に変化が現れる結果、光学設計者の企図に反した結像結果を招くことは、容易に妄想できます。

その意味で『〇〇磨き』してから蒸着コーティング層まで被せてくれる・・と両手上げて褒め称えているプロの写真家が居ますが(笑)、当方的には笑ってしまいますッ。何故なら、いったいどうしてその改めて被せられた蒸着コーティング層が「製産時点を担保できている」と捉えているのか、低能な当方にはまるで理解できていません(笑)・・しかも、それッ、語っているのがプロの写真家ですからねぇ~(笑)

なお具体的な硝材を明示している欄は、光学計算式を基に屈折率とアッベ数から硝材をチョイスしていますが、元来光学設計者はもっと深く広い仕様諸元値を基に選んでいるハズなので、必ずしも特定できているワケではありません (ご留意下さいませ)。

ちなみに「0番世代」は冒頭解説のとおりC.P.Görz社のSendlinger (ゼンドリンガー) 製硝材が使われていますが、ついに探索で製品名を発見できませんでした。結果、その後すぐに採用されていたSCHOTT製硝材を充てがって赤色文字表記しています。

一方「第1世代」以降はこれら硝材が適合していますが「第3世代」の途中から光学系が再設計されSCHOTT社の最新硝材である「Lak9」と言うランタン材含有光学ガラスレンズが使われています。これは高屈折率でありながら高アッベ数を維持している為、グィッと光線を曲げながらも「光分散させない」特徴を活かして採用されている硝材です。従って当時の多くのオールドレンズのモデルで、その光学設計の最終群、特に後玉直前~後玉に採用されているパターンが多いです。

その一方で第6世代では前玉にもランタン材含有硝材「Lak7」を採用しており、前玉の入射光時点から強力に光分散させていることが分かりました(汗)・・いわゆる積極的な攻め方の光学設計と指摘できる手法です。これは特にMax Berek (マックス・べレク) 氏が得意とする「面で収光制御する概念」の一つの特徴的な要素ですが、もしかしたら別の光学設計者がベレク氏の設計概念に倣って仕上げている結果なのかも知れません・・まだ未扱いなのでよく掴めていませんッ。

この第6世代を例に挙げれば、前玉のLak7で光分散させて特に寄りの軸上収差を先に制御してしまい、後玉のLak9で、寄り波長で軸上収差補正と周辺域の収差補正を同時に執っています。結果、光学システム全体として捉えた時に、軸上収差のみならず周辺域まで色収差補正が完了し、ほぼ無収差に到達できています。

このように「それぞれの面単位で、一部の波長に対する収差補正を完了させていく概念」が得意なのがベレク氏なのだと理解が進みますッ。

つまり一般的な光学設計者は「最終結像時に収差補正が完了していれば良い」との概念が多い中で、ベレク氏は各面で (各群よりもさらに緻密に、各面に透過光が入射するタイミングでの制御を重要視している) 特定波長に対する制御を行う結果、特に光学系後群側でのアプローチに余裕が生まれるよう、自ら仕向けている光学設計概念なのです(汗)

要は決して硝材の特徴や曲率に厚みだけに頼らず、蒸着コーティング層の有無や特性にも気配りしながら、包括的、且つマクロ的なコントロールにこだわりを持っていた光学設計者だと言うことが指摘できそうです。

・・要は「急がば回れ」を地でヤッていた、稀有な光学設計者だと思いますッ。

その結果が、当時オスカー・バルナック氏が望んだ「空気の撮影」だったのではないでしょうかッ。何故なら、各面で制御を完結させていく手法により、どの群のどの面で光線の波長の何をどう処置すれば、球面収差やコマ収差に像面湾曲などの補正に「極々僅かなマジックを仕込めるのか」について体現できるよう、特に後群側での収光制御に余裕が欲しかったハズだと分かるからですッ。

↑例によって今回も冒頭の世代別一覧に掲載した光学系構成図を基に、各世代別に光学計算を行いシミュレーション的に空間周波数帯別のMTF曲線グラフを作図しました。

空間周波数」とは単位:lp/mmであり「1mmあたりの黒線と白線の対の数」を表す数値を使う為、数値が高いほど細かい表現が写し出されていることを示しいます。

この数値を上のMTF曲線グラフでは横軸 (0 → 50) に連続的にとっていますが、実際は以下のように分類できます。

・低空間周波数帯:0 ~ 10 (lp/mm)
・中空間周波数帯:10 ~ 30 (lp/mm)
・高空間周波数帯:40 ~ 50 (lp/mm)

また縦軸はコントラストを「1」とした範囲を示し「0 ~ 1」つまり「0% ~ 100%」になりますから、上のMTF曲線グラフの一番上に横方向に破線が1本示されている位置が「1」であり、完全にコントラストを維持できている写りであることを明示する理論値の場所です。

従って空間周波数帯の数値が高くなるにつれて、非常に細かい微細なディテールまで正確に写し込めている (解像している/表現できている) ことを表す為、次第に下降していく曲線グラフになります。

つまり一言で言ってしまえば「どれだけ正確にコントラストを再現させて (保って) 解像できるのかを確認する」のがMTF曲線グラフの狙いですッ。

・・要は決して解像感だけを表しておらず、この曲線グラフにはボケ味まで含まれています。

すると━━ 第6世代のMTF曲線の最大値が「1」に交差していますが、実測値ではあり得ないシミュレーションながら、光学計算式の理論値なので導き出されているとのChatGPTの弁明です(汗)

コントラストの実測値で「1」を達成できることは考えられないと自ら言いながら、光学計算式にミスもなく、理論値に間違いはないと、頑として正当性を語り訂正を試みません(汗)

但しそうは言っても、各世代別の理論値は全く参照に値しないレベルの話ではなく、いくらシミュレーションとは言え基の光学系構成図、或いは原本たる特許出願申請書内の仕様諸元値を基に計算しているとなれば、なまじ嘘偽りを責め立てても頑なに拒否するのは筋がとおります(笑)

もちろん特許出願申請書の記述内容は発明に対する内容なので、あくまでも量産品とは別次元の話になりますが、そうは言っても全く当てにならない別モノを語っているとも言い切れませんッ。

この辺りの捉え方がなかなか難しく、いわゆる実証事実を以て成される論文派の人達からは、特許出願申請書を基に語っている時点で反論を喰らいますし(涙)、かと言ってどれだけ現ブツの光学系を取り出して実測しようが、肝心な「どうしてそのカタチになったのか」まるで掴めない暗中模索の中では、決して話を進めることができません・・(涙)

・・いったいどうすれば良いと言うのでしょうか???

少なくとも特許出願申請書内記述で語られていた発明時の主張とその仕様諸元値を基にした光学系構成図 (或いは具体的な光学ガラスレンズの空間距離) の存在は、その光路計算に於いて間違いなくそれなりのシミュレーションが可能であり、決して参照できない結果とは言い切れません。

そこに実測できた光学系構成図の情報や巷のネット上で探索できる一次資料、或いは二次資料から得られた情報を加味して光学計算することは、相応に有意義ではないかとも考えています。

実際今現在ですら、光学設計者自身が、特許出願申請書内の光学系構成図をトレースして、それを基に光学計算を行い光路検証しているサイトもありますから、なまじ「光学系構成図などは意味がない」とか「特許出願申請書に頼りすぎだ」などの批判は、プロの方がそのように対処している以上、例えChatGPTの活用だとしても (当方自身が低能なのでスミマセン) それなりにちゃんと光学計算してくれる為、積極的に活用している次第です(恥)

その意味で「あくまでも何一つ知らない当方自身が (決して納得できずとも) 最低限参照に値する、参考的情報」程度に捉えているのだと・・穿った、ひねくれた捉え方ではありますが、どうかお許し頂ければと切に願うところで御座います(涙)

↑と言うことで、前出MTF曲線グラフから捉えた時の、各世代別の描写性について、一般的なMTF曲線グラフ評価時の描写表現や参考資料などの説明などを参考に各項目別の解説を試みています。

もぉ~これは単に読んで参考にする程度の内容の為、特にどうと言うべき一覧ではアリマッセン

その上で次にお示しする実写をチェックすると、特に「0番世代」の描写性についてのこれら項目別の解説に納得感が得られた点で、当方的には参考に値すると捉えられたので、それだけでヨシとしています・・そう言うレベルの話です(恥)

  ●               



↑上の写真はFlickriverで、このオールドレンズの特徴的な実写をピックアップしてみました。
ピックアップした理由は撮影者/投稿者の撮影スキルの高さをリスペクトしているからです
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています/上記掲載写真はその引用で
転載ではありません。

1924年製 ~ 1925年製「0番世代」
Leitz Anastigmat 5cm f/3.5による実写で、非常に希少な写真ですッ。撮影者の情報に製造年が記されている為ピックアップしました。もしもElmax銘にチェンジしていたタイミングのモデルであれば「Anastigmat」と撮影情報に記さないハズなので、そう考えるとやはりまさにこのモデルなのだと考えられます (つまりは1924年製の可能性が非常に高い)。

先に掲示した当方の一覧で、世代別に各項目別で写り具合を語った中の「0番世代」についての内容が、まさにドンピシャで的中しています・・(驚) どうせAIによる収集レベルでしかないと高を括っていましたが(汗)、いやいやどうしてChatGPT、なかなかに好印象ですッ!(笑)

1930年製「第1世代」
こちらはElmar銘になってからの第1世代にあたりますが、撮影者がちゃんと1930年製の個体であることを情報に明記してくれた、とてもありがたい実写ですッ。

こちらもディストーションの状況を探れる大変ありがたい実写です。そして非常に素晴らしい均質性を魅せているディストーションレベルで、描写性一覧で「自然」と語られていた点に納得です。

光加減の表現がとても上手く残せる点で、意外にも開放f値f/3.5でも十分な実力を知ることになります(汗) 特に描写性一覧の説明の中でフレア制御部分で語られていた内容がやはり的中しており、アンダーに対する耐性を相応に有しているのではないかと見えます。

1948年製「第3世代 ~ 第4世代」
この世代辺りの個体による実写と推定できます。1948年製なので、世代は2つに跨ってしまいますが、一方で実装されている光学設計として捉えると二分される為、どちらの世代に入るのかで本来は写りに変化が現れますから、その点少々不明瞭な年数でもあります(汗)

意外だったのは、このような開放f値f/3.5の標準レンズで、ここまでポートレート撮影に対応できるとはまるで予想できていませんでした(汗)・・さすがですッ!(驚) また海の波の印象がとても鋭く残せていて (少々不自然感も伴いますが) それはそれでちゃんと解像しているのだと感心ですッ。

前出描写性一覧で「極めて優秀」とした解像感の説明が、ここもドンピシャでしたッ!(驚)

1951年製「第4世代」
おそらく第4世代の個体による実写ではないかとみています。描写性一覧の解説でほぼ各項目別に高性能なレベルであることが語られているのが、やはりそのまま実写でも確認できるレベルではないかと評価できますッ!(驚) 特に車のボディ感の写し込みがちゃんとできている点で、とてもf/3.5の写りにはバット味で即座に返答できませんョね???・・まさにオドロキの描写性能です!

おそらくElmar 5cm f/3.5としては、この世代で十分完成の域に到達しているのではないでしょうか。僅かに残す残存収差が、むしろ味付けとしてバランスを執っている感を感じます。

1952年製「第5世代」
撮影者による情報記載に「Red Scale」とちゃんと明記してくれたおかげで、今回扱ったモデルの実写を探ることができましたッ!(祝) タイヤの質感や樹脂材にペンキの塗膜の印象など、とても素晴らしい表現性で写し込んでくれています(驚) またピ〜カン撮影時のサボテン裏への照り返しがちゃんと写せている要素に、ちょっとしたオドロキを隠せません!(驚) 建物の外壁にしても、レンジファインダーカメラでこれだけ写し込めると言うのが凄いですねッ!

正直、ここまで被写体の素材感や材質感を写し込む質感表現能力が高いとは全く予測しておらず、さらに光線の強弱に非常に敏感な光学設計であることが、ここまでの世代別実写で把握できたワケで、これこそが「エルマー型は実はマクロレンズに数多く採用されている光学設計」である点に、とても納得ですッ!

そんな中、想定外レベルのオドロキとでも言いましょうかッ。「第5世代」恐るべしッ!(驚)

1952年製、1954年製「第5世代」
ワザと故意に左端の1枚目だけ一つ前のの続きで付け加えてありますが、その結果、次の2枚目が1954年製「第5世代」の個体による同じような情景での白黒撮影になり、比較できます。

特に中間調のト〜ン表現が素晴らしく、暗部の耐性も向上しているのではないでしょうか。さらに新鮮なオドロキだったのが、カラーフィルムによる実写で違和感なく自然なカラーリングで残せている点です。これらの写真を見せられただけでは、Elmarでしかもf/3.5モデルとは当てられないのではないでしょうか???(汗) ハッキリ言って実写については相応に侮っていたのですが、反省しきりですッ!(驚) エルマー、もの凄いですッ!(汗)

1950年代の個体「第5世代」
この段の実写では撮影写真情報に年式を記載してくれていないので1950年代の個体と言うことしか分かっていませんが、敢えて「空」の写りをチェックするべくピックアップしてみました。最後の右端の写真だけは明暗差をチェックするつもりで一緒に掲載しています。

これらの実写を確認してみて改めて強く感じましたが、例えば同じ標準レンズ域の「f/1.5」などよりも「f/2」のほうが余裕を以て写し込めている点を鑑みれば、むしろ様々なシ~ンでスナップ的な撮影に使い易さの印象がだいぶ高くなるのが、この「f/3.5」ではないかとすら感じてしまうほどに、なかなかの写り具合に感心しましたね・・皆様は如何でしたでしょうか。

なおLMマウント規格品のほうの「第6世代」は、今回パスです(笑) これだけ調査して、ピックアップしてきて、画像処理して、それぞれの評価を行う作業だけで・・4時間費やしていますから、もぉ~疲れましたッ(涙)、go・men・na・sai!

…………………………………………………………………………

ここからはオーバーホール/修理作業が終わった後のご報告の後に、ご依頼者様よりご指摘のメールを頂いたことにより、追加、及び訂正の探索を再び行い解説を試みていきます。

・・その内容と目的は「今回扱った個体の出自推定」になります(汗)

正直、冒頭でもホンネのままにお伝えしたとおり、当方はLeitz/Leica製品について何一つ知りませんッ。従って今回のようにオーバーホール/修理ご依頼を賜り、初めていろいろ探求し研究を進めている始末ですッ。そのような恥ずかしい様態である点、皆様にはまず先にお許し下さいませ(恥)

なお、今回のオーバーホール/修理ご依頼に於けるご依頼者様は、このブログへの掲載、或いはもっと言うなら承った個体の素性を特定する作業まで含め、それを前提にご依頼されたのかも知れませんが、当方のこのブログはLeitz/Leicaマニア向けのアーカイブ的なサイトとしての性格を一切持っていません。

このブログに掲載するかどうかの判定は当方個人の自由であり、それを強制される筋合いは御座いません。またその掲載内容についてご指摘を賜る言われも、基本的にはないとの認識です。

もしもそのような前提やご期待が当初のご依頼時点で既にあるのであれば、そのような内容を予め当方宛てご申告頂き、且つ個体の素性を特定できる事前情報などがお手元にあるのであれば、せめてそれを事前に当方に情報提供頂くのが「礼儀」ではないか・・と思います(涙)

今まで当方は千人に近づく方々のご依頼を賜わって来ましたが、ご依頼メールが着信してしまった以上、蔑ろにぞんざいに扱わず「できないものはできない」と進言しつつも、できるだけご意思に沿うよう努力してきたつもりで御座いますッ。

ハッキリ言って今皆様がご覧なられているこのブログページ作成には4日を費やしている上に、今再びの探索モードに入りプラス1日の時間を費やしました(涙)・・深夜2時半まで作業していた次第です(涙)

当方のこのような整備作業とブログ掲載の趣旨は「オーバーホール/修理作業」が主体であり『絶滅危惧種』たるオールドレンズ達の延命処置だけが当方の使命との意識の元、15年間努力してきたつもりですッ。次にそれら整備してきたオールドレンズ達に瑕疵が生じた時、せめて10年くらいは時間が経過しているように願いつつ、真正面から挑みながらプロの整備者やプロの整備会社が即座に代替パーツと取っ替え引っ替えして「ニコイチ/サンコイチ」してしまい、あたかも臓器移植の如くオリジナル性を喪失させていく方向性に「それッ。違ってません???」との一心から、先ずは何はともあれ「オリジナルの構成パーツだけで、現状の瑕疵を改善させる」ことで、その個体の『価値』に、いにしえの経年の中で既に含まれていたハズの『オリジナル性』に、今一度立ち戻るべく意識的に作業している次第ですッ。

何故なら、製産時点から長い歳月を、一緒に身も心も共にしてきた一心同体の各構成パーツのハズなのです・・違うでしょうかッ(涙) きっと長い年月の中で、いろいろなことを体験しながら生き永らえてきたオールドレンズ達なのだと思います。中にはまさに激動の戦火をくぐり抜けて生き残った個体達だって、居るのだと思うのですッ。

・・その根底に流れている意識は、きっと誰だって製産時点が大好きなんだ、との想いだけです。

この整備概念が間違っていると皆様が仰るなら、たしかに代替運用による「ニコイチ/サンコイチ」も正しく適正なのでしょうが、いえ、もっと言えば製造メーカーすらまさに代替運用するのが常ですから(涙)、そのような重箱の隅を突くような当方の性分こそが疎まれる本質なのかも・・知れません(涙)

・・然し、もぅ、そういうことに仁王立ちする気力も心根も消えてしまったのです(涙)

申し訳ございません。それが引退する理由ですッ(涙) 晩年は心穏やかに過ごしたいのですッ。

次は今富に興味関心が高くなっているエジプト考古学について探究心を滾らせたいと思っています。それは「答えが存在しない」からであり、きっと誰からも追求されることがないと予想できるからですッ。今までオールドレンズで「結果ありき」として続けてきましたが、これからは何一つ結果がない、残せない、別次元に移りたいと思いますね(涙) もう攻撃されるのは、嫌ですッ!

そんなワケでこのブログは、オールドレンズの素性を特定したり、正確な情報を開示すべく、マニアの方々が集うアーカイブ的サイトに仕上げるのが狙いでは・・ありません!(涙)

そのようなご期待を抱かれるような環境を用意してしまった当方が悪いのかも知れませんが、そもそも引退を決めた根底にあるのは、そのような強要を仕向けるような流れに、もう耐えられなくなってきているので、どうかこの点、最低限お汲み取りおき頂ければ・・と思います(涙)

当方の自由に進めさせて頂けない場合は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様宛てにオーバーホール/修理をご依頼頂きたく、切に、本当に切にお願い申し上げます!(祈)

・・もぅ、辛くてやってられませんッ。気力が相当失せてしまいましたッ(涙)

先ずは今回扱った個体の状況説明・・
筐体としては上の世代別一覧で言う処の「第5世代」に入る個体であり、いわゆる「Red Scale (レッドエルマー/赤エルマー)」ですが、さらにその中の基準指標値♢型のタイプです・・他には、△刻印のタイプが顕在します。

さらに最小絞り値が「F16」停止のタイプで (他にF22顕在)、一番問題として今回ご指摘を受けたのは「黄銅材モールド一体成型の前玉枠に、ネジ切りが施されている点」でした・・(汗)

・・しかも通常製産ロット品に刻印している製造番号位置は「無刻印」の個体なのですッ!(驚)

これ、正直、今回初めてLeitz/Leicaについて深く取り組んでいるレベルの当方にとっては、全く気づけていない死角の要素でした(汗)

ハッキリ言って、事後にお送り頂いたアクセサリブックのページお写真を拝見しても「???」でしかなかった為、先ずそこから「何でこのページ写真が送られてきのか」を探る段階からスタートしている始末で・・アンタどんだけ知らないんだョ・・と言うレベルなのです、go・men・na・sai!(恥)

さらにご紹介するならば、この黄銅材モールド一体成型の前玉を取り外した後、その下から現れた絞りユニットの機構部は「開閉環の両サイドにキー (シリンダーネジ) が刺さり、両サイドで回転する仕組み」を採っていた製品設計である点です。

つまり前玉外周に備わる「爪」形状の絞り環操作時に、爪の操作で回転している内部の開閉環は、両サイドで保持されている製品設計であることが確定します

・・実は、これ、Red Scaleモデルを特定できる製品設計の一つなのですッ!

逆に言うなら、未だ扱ったかッたことが (当然ながら) ありませんが、もしもElmax 5cm f/3.5であれば、その絞りユニットの構造は「お皿のような円形枠の中に絞り羽根が重なって仕込まれて、鋼線で脱落防止処置が施された製品設計」などと、実はムダに15年間作業してきた中でも妄想できるのです (15年もかけて、そんなことくらいしか蓄積できていないヤツです)(笑)

するとこの状況説明から視えてきたのは、間違いなく「第5世代」たるRed Scale鏡胴であることが100%確定してしまいますッ。

・・ところがここでご依頼者様からのご指摘が大きな課題として命題が被さりますッ(涙)

第5世代のRed Scaleに実装している光学系第1群前玉には「ネジ切りが施されていない」のが、通常製産ロット品である中で「どうしてこの個体だけ前玉にネジ切りがあるのか???」との一点について・・おそらくご依頼者様はご指摘下さったのだと、ようやく今頃理解している次第です。

・・正直、さんざんアクセサリについて勉強しまくりましたッ(涙)

そうなのですッ。第5世代の通常製産ロット品であるなら、フィルターの装着は「A36スリップオンタイプ」(つまりいわゆる被せ式) アクセサリを想定しており、黄銅材モールド一体成型の前枠には、ネジ切りが「無い」のですッ!(汗)

結果視えてきた、この個体の特殊性 (素性) とは・・
と言うお話になるワケで、この個体が通常製産ロット品から外れている個体であることが確定してしまいました(汗)

すると2つの探索方向に分岐しましたッ。1つは「ネジ切りが在る前玉枠の特定」と、もう1つは「どうして通常製産ロットから逸脱した個体なのか」の2点ですッ。

↑ご依頼者様からご指摘頂いた内容を基に、再び探索して調べ上げた0番世代の当初登場時期から始まる「レンジファインダーカメラを基準に据えた標準レンズ側仕様の変遷」を辿った一覧です。

参照した情報はwikiの「ライカのレンジファインダーカメラ製品一覧」です。さらにご依頼者様からご送信頂いた「Leica Accessory Guide 2nd EDITION」や「ライカの歴史 (中川一夫著:写真工業別冊)」などの当該情報写真、及び「LEICA FORUM」のフォーラム会話ページです。

まずは先にこの一覧を作成した後、ご依頼者様に「適正かどうか、正しいかどうか」をお覗いしましたが、すぐにご返事頂けず、半日以上待っても埒が明かないので、今ここに掲載しています (その間、ブログの作成が停止したままになり時間がムダだから)(涙)

・・もしも間違っている要素が御座いましたら、是非皆様からご教授下さいませ!(拝)

前玉枠にフィルター用のネジ切りが在る時期の特定:
この一覧に拠れば (今回の当方探索に拠れば)、基本的にElmar 5cm f/3.5はスリップオン式で装着するフィルター着脱方式なのですが、一部にご覧のように「ネジ切りが研削されていた時期」があります(汗)

・・初期の時期を 色付で明示し、後の時期を 色付で着色しています。

当時の状況を時系列で追ってみると、1925年に黄銅材のモールド一体成型で前玉枠を製品設計していた時期に「ネジ切り」しているものの、その後スリップオン式に変更されています。

然し不思議なことに、1930年~1931年に混在する状態で1925年時点の前玉枠が再び登場しています ( 色付着色箇所)。

通常、当時も今も工業製産の進め方の概念として、一度ネジ切りからスリップオン式に変更して様々なアクセサリを用意したにもかかわらず、旧態依然のネジ切りタイプに再び戻す概念は考えにくいですッ。これは過去に取材させて頂いた金属加工会社の社長さんから明確にご教授頂いた内容の一つですッ。

そこに何か理由や根拠があるのか手繰りましたが、ついに具体的な情報は掴めませんでした。

唯一判明したのは、1930年~1931年辺りに、余剰製産分として「製造番号未刻印」のままに管理されていた事実です。それが1925年時点 ( 色付着色箇所) に於ける余剰製産分を管理していた話なのか、或いは1930年~1931年のタイミングで再び余剰製産していたのかを示す一次資料の発見には、ついに至りませんでした(涙)

つまりモデル銘を敢えて挙げるなら「Elmax 5cm f/3.5」の光学系 (3群5枚) が余剰製産分として残されていたのか「(旧) Elmar 5cm f/3.5」光学系 (3群4枚) だったのかが確定できていないのですッ。

然し結果的に史実として残る一次資料では、それら2つの光学系が余剰製産分として在庫管理されていたことだけは判明しましたから、すると次なる課題は「ではいったいどっちの光学系が、今回扱ったこの個体には組み込まれているのか???」・・になります(汗)

・・そこで再びいろいろ調べまくりましたッ(涙)

当方は、一度に全体を見通してスケジュール化する能力が異常に低いので(涙)、一つ一つ終わらせていかないと前に進めませんッ。それゆえ皆様にも、このような超長文でダラダラと書き連ねている不配慮なブログ体系を続けてしまっているワケで、本当に申し訳ございません!(謝)

↑上の写真は前述「LEICA FORUM」掲載写真からの抜粋です。ここにまさに今回扱った個体のパターンに非常に近似した「Red Scale」Elmar 5cm f/3.5が居ましたッ!(驚)※4

契機の課題に至っているのは赤色矢印で指し示している箇所の黄銅材モールド一体成型で造られている前玉 (正確には前玉) ですッ。 

するとその赤色矢印で指し示している箇所の前玉枠すぐに「フィルター用のネジ切りが研削されている」事実こそが、前に掲示した一覧の根拠に至っています。

このネジ切りこそが「Gタイプのフィルター装着用ネジ切り」であることが判明しました。それは1925年時点 ( 色付着色箇所) であれば、そのネジ切りが「細かいネジ山ピッチ」であると、既に一次資料で確定している事実だからです・・但し、そのタイミングで用意されていたのは固定鏡胴向けの話なので「Leica I型 (A) 用」と言うことにしかなりません(汗)

ところが上の写真、そして今回賜った手元の個体のネジ切りは「ピッチ0.5㎜」のネジ切りであることが分かりましたつまり1925年時点 ( 色付着色箇所) は、おそらく「ピッチ0.75㎜」のネジ切りではないかと推測できるのですッ

この点について後日、ご依頼者様から「粗い」ネジ切りの「Gタイプ」たる「ELPIK2」が再び届き、今回の個体にネジ込めないことが分かりました。結果最終的に 色付箇所のネジ切りピッチは0.75mmでもなく、不明なままです (さらにもっと細かい特殊ピッチ)。

それはこのネジ切りの「内径φ18.36㎜」と言う当方の手によるデジタルノギスを使った実測結果から、間違いなく確定してしまいましたッ!(驚)

※2つまりこうですッ! もしもElmax 5cm f/3.5の前玉であれば、そもそも光学ガラスレンズの厚みが薄いからです。

これは冒頭に掲載した青写真※☝から当方がトレースした光学系構成図をチェックすれば分かりますが、光学系第1群前玉の厚み自体が異常に薄いのです。冒頭掲出の青写真は Summar 64番の鏡胴セットを使う旨の指示書なので、当然ながらその前枠以外の鏡胴部分は全く別モノですが、最低限光学系の各群の黄銅材モールド一体成型、特に枠材は確定するのですッ。

そこで手元の個体の前玉枠をよ~く観察すると、Elmax時代の前玉枠との根本的な相違点を発見してしまったのです!(驚) つまりElmax 5cm f/3.5の前玉枠は「前玉の光学ガラスレンズ自体が水平に黄銅材前玉枠にモールド一体成型されていた」ことが青写真から判定できるのですが、今手元にあるRed ScaleのElmar 5cm f/3.5の前玉枠は「前玉の光学ガラスレンズが浮き上がる位置に黄銅材の前玉枠にモールド一体成型」されているとの相違点が100%明確になってしまいました!

いったいこの前玉たる光学ガラスレンズが前玉枠のどの位置にモールド一体成型されているのか、どうしてそれが重要なのかと言えば、まさにその直下に来る絞りユニットの構造こそが大きく影響してくる話であり、前述のとおりElmaxの絞りユニットが「鋼線を使って脱落防止されていた」との話は、あながち妄想限りでもなく(笑)、実は二次資料としてはちゃんと残っているのですッ。

この鋼線による絞り羽根の脱落防止設計とは、もっと正しく説明するなら「開閉環と呼ぶ絞り羽根の上に被さる環/リング/輪っかが、外れないようにC型留め具としてハメ込む鋼線」と言うのが、この当時の工業製品たるオールドレンズの絞りユニット製品設計で一般的だった構造なのですッ。

するとお皿の上に絞り羽根が重なっているような形状になる為、前玉たる光学ガラスレンズは水平状態のままに黄銅材の前玉枠にモールド一体成型されていても、絞りユニットに干渉しない話になります。

もっと言うなら、Elmaxの第2群は、絞り羽根が組み込まれている位置から「だいぶ遠い」のです。一方今回扱った個体の第2群は「ほぼ絞り羽根の直下ギリギリ」まで迫っている為、この点だけをとっても十分Elmaxの可能性は低くなりますッ。

光学系構成図は、今回の個体の光学系をデジタルノギスを使い実測して当方が作図したトレース図ですが、後で掲載するオーバーホール/修理工程時の説明のとおり、完全解体できず取り出せなかった為、一部の前玉と第2群、及び第3群の露出面側だけを実測しています。結果、後群側内部を実測できていない為、冒頭の世代別一覧には反映していませんッ。

然しそれでもこの光学系構成図を観ただけで、絞り羽根の直下ギリギリの位置まで第2群のコバ端が迫っていることは明白であり、明らかに冒頭Anastigmat 5cm f/3.5、或いはElmax 5cm f/3.5の光学系構成図とは異にしていることが確実ですッ。

ところが1930年代以降の絞りユニットの構造は (おそらく)「開閉環に厚みを持たせて、絞り環と連結できるように改善された」結果、その開閉環を大型に設計すれば、前玉たる光学ガラスレンズはストンとその内側に落ち込めるので、同じ水平位置でモールド一体成型されていても良いのですが、もしも筐体サイズを大きくしたくなかったのであれば、開閉環の直上に前玉が配置される製品設計として完結するハズなのです・・(汗)

もっと言うなら、そもそもそのネジ切りのピッチ幅が大きなヒントになっています!(汗)

アクセサリカタログなどで確認できた1925年時点のネジピッチが「細かい」と印刷されていたのは、おそらくは標準化の流れに沿うなら「ピッチ0.75㎜」になり、実はそれが意味するのは「何回もぐるぐる回しながらゆっくり、次第にネジ込まれて装着完了するよう仕向けられていた」製品設計が想定されるからですッ!(汗)

ところが後の時代の「ピッチ0.5㎜」への変更は「サクッと早回りで装着完了する手際良さ」故に、ピッチ幅を広げてきて「粗い」ネジ切りとの二次資料での評価に到達した背景が、このような工業製産としての角度から眺めた探索効果で掴めるのです(恥)

つまり前玉枠は1930年~1931年時点で「黄銅材の枠の厚みを厚くしてきた」可能性が高くなったのですッ。

結果、残念ながらそれに関する一次資料が発見で来ていない限り「妄想」の範忠を超えられませんが、ここまでの金属材に対する考察から「1930年~1931年に再び製産された (再生産ではない) 新規製品設計」との推定に、非常に高い確率が向いてきますッ(汗)

だとすればその時にモールド一体成型された光学ガラスレンズは「SCHOTT製」との結論づけに到達してしまい、やはりここでもElmax論は、その根拠が薄氷に至ってしまうワケです(涙)

・・こんなことしか15年間で学んでいないッ(恥)

この違いにこそ、実は前玉枠の「強度」と言う製品設計上、どうにも避けて通れない要素が隠されており、金属加工を生業とするなら、そういう方面からチェックする必要性が高くなるのですッ。

早回しでサクッとフィルターを装着するなら「ピッチ0.5㎜」は必然の製品設計であり、合わせてその分の応力に耐える必要性から「前玉枠は1930年1931年のタイミングに、もう一度製品設計され直して製造された」と捉えるのが・・自然なのではないでしょうかッ。

※4鋼線を使った脱落防止処置や、黄銅材の「応力反応に弱い特徴」など鑑みれば、それらネジ切りのピッチ幅の相違は、このようなストーリーとしてある程度は語れる (妄想できる) 話になるのです (但し何度も言いますが、余剰製産時期については一次資料も二次資料も確認できていません)。

なお、前出フォーラムの掲載写真で、赤色矢印が指し示している箇所が前玉枠ですが※☝、その中でグリーン色の矢印で指し示している箇所がこれらヒントを与えてくれた立役者でした!(拝)

このグリーン色の矢印が指し示している箇所は「バッフル部分」であり、前玉の直前に位置する反射対策としての役目を持ちますッ。

バッフル
鏡筒や格納筒に付随する、フレネル公式を活用した段々状に研削された遮光要素を含む部位

バッフル効果
バッフル部位によって内面反射に対し、光成分の任意波長成分を排除したり、活用したりする制御の全般を指す

すると上の写真ではそこにまさに「段々状の遮光環要素を与えて研削している」一方、今回扱った個体のバッフル部分は「段々状が無くストンとすぼまった形状で研削されているだけ」との観察の結果から (まさに事実そのものですが) 前玉、つまり光学ガラスレンズの硝材は「SCHOTT製のSK58硝材」との推定確立がだいぶ高くなりますッ!(驚)

逆に言うなら上の写真の前玉は、同じSCHOTT製ながらも当時新種ガラスであった「K7」の可能性は捨てきれません。

このような推定はハッキリ言って当方のまるで妄想範疇を超えませんが、実はこの推定からバッフルの研削に、ワザワザ敢えて相違を与えて同一硝材で2種類の研削を施す道理と意義が見つからない為、必然的にこの2種類のバッフルの相違点は「光学ガラスレンズの硝材の違い」として充てがう資格が (突如) 現れることになるのですが、その結果視えてきたのが今回の推論の最終結論を導き出した「1930年製の余剰製産品」に繋がっています(汗)

↑上の写真は組み上がった今回扱った個体の前玉近辺を拡大撮影した写真ですッ。

先ず赤色矢印が指し示している箇所に位置するのが前玉枠ですが、赤色矢印が厳密に指している箇所こそが契機の課題になってい張本人たる「フィルター用ネジ切り」のネジ山ですッ。詳しい人が見れば「ピッチ0.5㎜」なのがすぐにバレると思います(笑)

・・と推測しましたが、ご依頼者様から0.5mmピッチのフィルターが送られてきて、それもやはりネジ込めないことが判明しました。0.75mmピッチもダメな為、仕方ないのでネジ山4列とリード幅1.51mmを以て計算してみると、そのピッチは0.38mmとの計算値になりましたが、良く分かりませんッ。然し少なくとも0.75mm以下なのは確定なようにも見えます。

さらに今語っている主役が、グリーン色の矢印で指し示している箇所のバッフル面です。ご覧のようにストンと落ち込んで段々状を研削していない製品設計である点で、発展以前の形態、詰まる処
前玉の硝材が違う」との当方憶測を招いてしまった『根拠』ですッ!(驚)

さらによ~く観察すると「前玉が谷底よりも僅かに高い位置にモールド一体成型されている」事実まで確認できてしまいます!(笑) これこそが前述した直下の絞りユニットに干渉しない (開閉環のこと) を狙った安全設計を指しており、その上で光路長担保の光学設計が施されている・・つまりは「新規に製産された」故の硝材確定「SK58」であることが妄想できるのですッ。

何故なら、最小絞り値まで絞り羽根が閉じた時、金属の「界面応力」原理に則り、リアルな現実に絞り羽根が上方向に膨れ上がる → 開閉環がそれにつられて同様上方向に持ち上がることを想定して、その干渉回避策として前玉を極々僅かに高い位置でモールド一体成型しているのですッ。

もちろんそうは言っても、きっと信用/信頼が皆無な当方の言い分など誰も信じませんから(笑)、実際に手持ちの「φ19mmフィルター (ピッチ0.75㎜)」の装着を試してみましたッ!(笑)

すると妄想どおり、ネジ込みができませんッ。つまり今回扱った個体のネジピッチは0.75mmではないことが確定してしまいますッ(汗) もちろん当時のフィルターでチェックするのが筋ですが、そんなのは手に入らないので現在のフィルターでチェックしている次第です (だから妄想範疇)。

・・話を戻してッ。

このような前玉直下の絞りユニットの構造の違いから「Elmax時代の前玉との仮定は排除される」ことに相成りました・・(涙) きっとご依頼者様におかれては、非常なご期待と共に今回ご依頼に臨まれたのだと思いますが、残念ながらこの個体の光学系仕様は「(旧) エルマー型」の光学系仕様に準拠している、との最終判定に到達しましたッ。申し訳ございません!

従って前玉枠の出自はこれで明白になったのですが、まだまだ疑念が残ったままですッ。

・・それが「製造番号の未刻印」です!

そこでさらに深化させ調べていくと、当時Leitzの製産ライン上での「製造番号刻印工程」のタイミングが判明しました・・最後に刻印していたのですッ。

この時、実は「未刻印前玉」或いは「後群のセット (第2群と第3群)」が余剰製産されていた事実を掴みました。

特にヨーロッパ圏内での輸出用として、光学ガラスレンズをモールド一体成型したまま、且つ未刻印のままに余剰生産し「在庫管理していた」事実が判明しました。

但し前述のとおり、ははたしてその余剰製産が1925年時点を指すのか、1930年~1931年に再び実施されたことを指すのかまでは、残されている一次資料からは特定できませんでした(涙)

さらにここで言う「在庫管理」とは、世間一般で言う処の定義とは全く異なり「光学設計の許容値を勘案した上での厳格な光路長の担保」として、厳格に管理されていたことまで判明しました。

そこでようやく判明した事実がありますッ。つまり在庫管理しつつも転用管理に付していたのは、「前玉だけ」か「後群だけ」か「その両方」と言うチョイスになります。従ってこれが意味するのは、転用先の鏡胴に合わせてこれら3つの手法からチョイスして組み上げていた背景が掴めてきたことになりります。

何故なら、光学設計時の光路長に於ける許容誤差値は「±0.02」との厳格値です。従って光学系の前群と、後群との2つの塊として、厳格に許容値精度を担保させつつ管理していたことになりますから、前群だけ、或いは後群だけなど、転用先の鏡胴構造に合わせてチョイスすることができていたことになります。

もちろんその際の大前提は「光学設計ありき」なので光路長の担保は外せませんから、そこで転用管理の話に行き着き、前玉だけでもOKなのかどうかを、細かく鏡胴別に体系化させていたようであり、まさに冒頭の「Summar鏡胴64番を使う」の話の如く、同じように手順や組み上げ時の微調整のコツなど含め、やはり体系的な管理手法を継承していたことが・・これも判明したことになりますね(汗)

結果今回の個体に充てがうなら、転用されたのは「前玉と後群の一式」と推定するのが最も合理的であり、実際そのほかの部位の整合性は道理に沿っていると結論づけるしか・・ありません。

どうして通常製産ロットから逸脱した個体なのか:
さんざん調べまくりましたが、この命題を確定させる一次資料は発見できていません(涙) 但し、当時1930年~1931年時点で製産されていた「余剰在庫管理向けパーツ」は、戦中戦後もLeitz/Leicaで厳格に在庫管理が継承されていたようですし、もっと言うなら凡そ1930年代~1950年代までも厳格に前述のとおり、在庫管理体系は転用管理とともに崩されずに継承し続けていたようですッ。

しかもそれら余剰製産品は、戦前期に於いては最終的に組み上げられてヨーロッパ圏内での輸出品に仕向けられていたとも考えられる為 (具体的な一次資料は未発見)、あながち妄想とも指摘できないと考えられます。

従ってその根拠に据えるべきは「単なる在庫管理ではない、光学設計ありきの許容値を基準にした在庫管理体系」であり、信憑性に担保するものであると結論づけできるのです。

結果、特に戦後賠償の一貫として占領国/連合国による市場放出が実施されたのは、特にオールドレンズに限らず様々な敗戦国ドイツの企業体が従わざるを得なかった背景が残されている為、その中に今回の個体の「前玉と後群側一式」が含まれていた可能性は・・ゼロとは言い切れませんッ。

それはそれとして、そういう一面がドイツである以上必ず排除できない史実として残っている点も考慮に入れるのは・・毎度のことです。

然し、今回の個体に関しては間違いなく第5世代のタイミングで、Leitz/Leicaによって恣意的に余剰在庫管理品の中からピックアップされ光学系が転用され、結果的に当時既に量産化されていたRed Scale鏡胴に組み込まれた個体であったことが・・最終結論ですッ!(拝)

その『根拠』の最大要素が「ネジ切りの存在つまり1930年 (頃) の製産品 (前玉)」と「製造番号未刻印」の2つですッ。これが通常製産ロット品から逸脱してしまった背景であり、転用して有効活用したのは当時のLeitz/Leicaであることも、同時に掴めますが、残念ながら今回の個体は完全解体できていない為、その信憑性は確認できていません(汗)

ちなみに、この『根拠』に到達できた背景には、実はそのネジ切り部分の内径をデジタルノギスを使い計測したところ「18.36㎜」との実測値になり、調べると18.3㎜~18.6㎜の範囲内で確かに1930年時点に余剰製産された「ネジ切りフィルターGタイプ」の装着専用処置として研削されていたとの一次資料にまるで合致したからです。

実際の当時Leitzでの公称値は「内径⌀18.4mm」であることが確認できた結果、まさに今回の個体のネジ切り径が該当していたワケで、1930年製の余剰製産分の一つであったことが確定しました。

・・と言うことは、ノンコートモデルと言う話になりますッ。

前玉がノンコートと言うことは、必然的に光学系後群側もノンコートになる為、なんともタイムスリップした感が非常に強いのですが(汗)、今回の個体は「Red Scale鏡胴に組み込まれた1930年時点のElmar 5cm f/3.5の写りを体現させている個体」との最終結論にゴールしましたッ!(祝)

外面は1950年代の様相を呈していますが、写される写真は・・ひたすらに20年前なのです

・・これをロマンと言わずしてなんとしましょうかッ!(驚)

まさかElmarでタイムスリップを味わえるとは、夢にも思っていませんでしたね・・(汗)

改めて、このような探索の機会を賜ったご依頼者様に感謝とお礼の想いをお伝え申し上げますが、できれば事前にその背景をご申告頂き、合わせてお手元の大変貴重な情報もお知らせ頂けていればもっと早くに、楽に、このブログの作成も進んだのではないかと思います (スミマセン)。

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みたび許してもらえず、ご依頼者様から今度は「別のElmar 5cm f/3.5 (l39)」に装着された状態の専用フィルター「Ernst Leitz Wetzlar ELPIK2」が届き、検証してほしいとのご指示です。

↑上の写真がその専用フィルターが届き撮影した拡大写真ですが、当方の手持ち「marumi製 φ19mm UVフィルター」と裏面側を背中合わせで貼り付けて、ネジ山が見えるように仕向けて、拡大撮影しています。グリーン色ラインの場所が互いの境界 (背中合わせ位置) です。

marumi φ19mm UVフィルター (現在の流通品)
Ernst Leitz Wetzlar製ELPIK2

前のほうのご説明で述べたとおり、こののmarumi製フィルターは「ピッチ:0.75mm」であることが視認できると思うのです(涙) 今回扱った個体の前玉枠ネジ切りに噛み合わせて回し始めると「僅か半周にも満たない位置で詰まってネジ込みが停止」しました。

そのように掲載し、且つご依頼者様にもメールでご案内したのですが・・信用されていないみたいです(涙)

仕方ないので、上のように拡大撮影して、当方の言い分が決してウソではないことの『証拠写真』として掲載致します(涙)

確かにご依頼者様は、ご自分が所有する「ELPIK2」が「粗いネジ切りのGタイプ」であると (確かにアクセサリカタログでもそのように紹介されている) ご認識頂いているのでしょうが、だからと言って、アクセサリカタログに印刷されていた「細かいネジピッチ」との記載が、現代の市場流通品たるフィルターのネジピッチと同じ「0.75mm」とは・・限りません。

そのような「いわゆる真贋処理」のような作業を・・お願いできますか???・・の一言も無しに、イキナリクロネコヤマト宅急便で送付されて届き、作業を強いる態度が「そもそも失礼なのではありませんか???」と、当方は申し上げているのです!(怒)

無礼もここまでくると、まるで頭にきてしまい、次のオーバーホール/修理ご依頼作業の順番に入っていた「Summicron 5cm f/2」の作業を辞退しました。

世の中にはこういう人が居るので、当方はもぅ引退したいと感じるようになったのですッ!(涙)

そのようにご本人にもお伝えしているのですが、それでもこうやってフィルター装着状態のElmarを有無言わせず送り付けてきて「検証してほしい」とのメモまで入れてきます・・(涙)

・・どうして当方がこのような仕打ちを受けなければイケナイのでしょうか???

ここでハッキリ言いますッ! 引退は必ずしますッ! もぅこういう思いをするのが嫌なのです!このようにムリヤリ作業させられるよう仕向けてくる人達/勢力があるから・・嫌なのです!!!

・・今、本人に言いますッ!
・・あなたは文句を言っているつもりはないと言いますが、文句云々が問題なのではなく、失礼にもほどがあると言っているのですッ!

自分がこのような事前情報を既に握っていながら「質問があれば連絡が来ると思った」などと弁明している時点で、当方のことなどコレッポッチも気にかけていないことが歴然ですッ!

御本人は、今回扱ったElmar 5cm f/3.5について、20年前に入手してから調べ続けてきたと仰いますが、それならそのように既に知っていることがあるなら、どうして一番最初のご依頼時点で、その内容やご依頼の背景をちゃんと当方に案内してもらえなかったのでしょうか???

実際当方が質問のメールを送信しても、その返事が届くのに半日待たされることになります。当方がブログの掲載を途中でやめて待っていることなど、一切考慮しませんッ! あまりにも自分勝手では・・ありませんか???

ただでさえ体調の関係で作業する時間に追われているのに、体調を崩すことがあることまで正直に告知しているのに、自分の都合だけでこうやって要求してくる人達が実際に居るのです!

20年間調べても分からなかった素性なんて、当方には関係ありません!!!(怒) もしも万が一それを調べてほしいなら、どうしてそのように最初に言わないのか??? マジッで頭にくる!

そういう人達と関わるのが・・もぅ嫌なんですョッ!!!

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑残念ながら、今回の個体は (前回も同様ですが) 前枠のイモネジが舐めていて外せず、ご覧のように一部解体しかできていません(涙)

ドリル研削を試みましたが、どうにも外れず諦めています・・申し訳ございませんッ。

結果、処置した整備内容は、以下になりますッ。

光学系第1群前玉のみ取り外し。
前玉と第2群の露出面に、第3群後玉の露出面のみ光学清掃実施。
ヘリコイドグリース塗布。
絞り環の操作性改善処置。

以上4点のみです・・申し訳ございません!

↑唯一取り外せた光学系第1群前玉です。まだ当方の手による『磨き研磨』を処置する前の撮影になります。

一部に「反射防止黒色塗料」着色されている結果、特に絞り環操作が異常に硬くなっていました。溶剤を使い剥がしている為、絞り環操作は軽くなりましたが、そもそも絞り環の機構部を解体できていない為、仕方なく「潤滑油」を爪の周囲に注入しています (絞りユニット内部には、もちろん注入していません)。

↑裏面側です。『磨き研磨』前なので、経年劣化進行に伴う酸化/腐食/サビや汚れが散見します。

これを除去することで光路長がより適正化されるので、この後に『磨き研磨』しますッ。

↑上の写真は、過去に当方が扱った同じ「Red Scale」たる第5世代の個体から取り出した時の光学系各群を順に並べた写真です。光学系前群を赤色文字で表記し、後群をブルー色文字にしています。またグリーン色の矢印が指し示している方向は、前玉の露出面側方向をいらわしています。

するとご覧のように第1群前玉が「単独の光学ガラスレンズに変わっている」点が大きな要素になります。

↑同様ヒックリ返して裏面側を撮影した写真です。

 

DOHヘッダー

ここからは完璧なオーバーホール/修理が完了したオールドレンズの写真になります。

↑一部解体しかできませんでしたが、一応当初バラす前時点に現れていた瑕疵はほぼ改善が終わっています。

《残ってしまった瑕疵内容》
完全解体してオーバーホール/修理を実施していない点、及びその結果、絞り羽根の清掃や各部位の『磨き研磨』などが実施されていません・・申し訳ございません!

一方で改善できた内容は、第一に光学系がスカッとクリアに戻った点と、絞り環操作が異常に硬かったのが軽い操作性に戻った点です (但し、それは前玉の黄銅材を『磨き研磨』して着色を剥せた結果、潤滑油を注入したことに由来する)。

・・ご期待に沿うことができず、大変申し訳ございません。

↑「気泡」が複数残っています。また汚れや繊維状のキズなのか不明確な要素は、取り外せなかった後群側なので未確認のままです。

その一方で前述の通り、光学系内の全てのクモリは、薄いのも本格的なのも全て完全除去が終わっています (つまり取り外せなかった後群側内部には、クモリが発生していなかった)。

逆に言えば、だからこそ「反射防止黒色塗料」のせいとも指摘できますッ。

↑各部位をバラせていないので、この後群側から覗き込んだ時の「反射防止黒色塗料」なども剥がしていません。全てはバラさない限り処置できません。申し訳ございません。

↑絞り羽根も取り外しできていない為、清掃そのものが実施できていません。そのままです。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」を使い、当方独自のヌメヌメッとしたシットリ感漂う軽めのトルク感で、掴んでいる指の腹に極僅かにチカラを伝えるだけでピント面の前後微動が適うトルクに仕上げられており、抜群の操作性を実現しています(笑)

但し、前述のとおりヘリコイドしか外せていない為、当方のいつものレベルで仕上げられているのとは少々異なります・・申し訳ございません。

↑従って操作面ではだいぶ改善できていると考えられ、もちろん光学系のスカッとクリアに戻っていることも有意義だと考えられますが、ご判断頂くのはご依頼者様だけです。

↑まさに被写界深度インジケーターが赤色刻印されている「Red Scale」モデルですッ。その中の基準刻印が♢のタイプであり、f16ストップモデルです。

その他今回のこの個体に纏わる「特殊性」については前述をご参照下さいませ。

↑collapsible (沈胴式) の仕組みや構造にも総意は見られる、あくまでも量産品に則った造りである個体の一つです。

↑当方所有RICOHGXRにLMマウント規格のA12レンズユニットを装着し、ライブビューで無限遠位置の確認など行い、微調整して仕上げています。その際使っているのは「Rayqual製変換リング (赤色矢印)」です。無限遠位置は「∞」刻印ピタリの位置でセットしています。
(あくまでも当方での確認環境を明示しているに過ぎません)

無限遠位置でのピント確認では、当初バラす前時点の実写に比べて、当然ながらクモリの影響が無くなった分、大幅に明確化しています。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に同じ/ピタリの位置)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

被写界深度から捉えた時のこのモデルの無限遠位置を計算すると「焦点距離50㎜開放F値f2.0被写体までの距離28m許容錯乱円径0.026㎜」とした時、その計算結果は「前方被写界深度14m後方被写界深度∞m被写界深度∞m」の為、20m辺りのピント面を確認しつつ、以降後方の∞の状況 (特に計算値想定被写体の30m付近) をチェックしながら微調整し仕上げています。

何故なら、相当な遠方だけで無限遠位置を確定させても、肝心な理論値としての被写界深度の前後がズレていれば、それは「光学系の格納位置のズレが残ったまま」だからです(笑)・・その意味で理論値たる被写界深度の前後値を基に実写確認の上、無限遠位置の適正化を判定しています (遠方だけではない)。

逆に言うなら、それは「適正な光路長を確保できたのか」との問いに対する答えでもあるので「理論値を基にした前後被写界深度判定無限遠の三つ巴」でちゃんと実写確認していれば (ピント面の解像度をチェックしていれば) 無限遠合焦していると申し上げても、きっと信じてもらえるのではないかとの企みも含んでいたりします(汗)

・・一言に無限遠位置と述べてもいったいどの距離で検査したのかが不明瞭ですね(笑)

ちなみに被写界深度を基準に捉えて検査するのではなく、純粋に無限遠と呼べる距離から検査するなら「焦点距離 x 2000」なので「100m」になる為、その位置 (判定無限遠位置) でも当然ながら確認済です(笑)

被写界深度
ピントを合わせた部分の前後で、ピントが合っているように見える・・・特定の範囲を指す

従ってピント面の鋭さ感だけを追っても必ずしも光路長が適正とは言い切れず、それはピーク/山の前後動に付随してフリンジ (パープルフリンジブルーフリンジなどの色ズレ) 或いは偏芯が現れていても、それで本当に適正と言えるのかとの言い換えにもなります(汗)

・・だから被写界深度を基準にしつつ、無限遠位置を微調整しながら仕上げているのです(汗)

なおこれら計算値に基づく無限遠位置の確認については、その適正をChatGPTでも確認できています。特に流行りの「人口星に頼った自作コリメーター」で、纏わり付くフリンジの類までキチッと確かめられるのか、光学系の格納位置やバルサム剤の接着量までちゃんと微調整できているのか、そういう疑念が残りますし、最低限人工星コリメーターによる検査は「10m以上」の実効距離が必要になります。

なお撮影時の対角画角としては、計算すると35㎜判フルサイズ36㎜ x 24㎜にて「対角画角46.793°」になります。

  

↑当レンズによる最短1m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

各絞り値での「被写界深度の変化」をご確認頂く為に、ワザと故意にピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に電球部分に合わせています。決して「前ピン」で撮っているワケではありませんし、光学系光学ガラスレンズの格納位置や向きを間違えたりしている結果の描写でもありません (そんな事は組み立て工程の中で当然ながら判明します/簡易検査具で確認もして います)。またフード未装着なので場合によってはフレア気味だったりします。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f5.6」での撮影です。

↑f値は「f8」に上がりましたが、おそらくこのモデルでの限界値でしょうかッ。

↑f値「f11」ですが「回折現象」の影響と「焦点移動」が現れ始めています。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので、光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られると、その背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

被写界深度
被写体にピントを合わせた部分の前後 (奥行き/手前方向) でギリギリ合焦しているように見える範囲 (ピントが鋭く感じる範囲) を指し、レンズの焦点距離と被写体との実距離、及び設定絞り値との関係で変化する。設定絞り値が小さい (少ない) ほど被写界深度は浅い (狭い) 範囲になり、大きくなるほど被写界深度は深く (広く) なる。

焦点移動
光学ガラスレンズの設計や硝子材に於ける収差、特に球面収差の影響によりピント面の合焦位置から絞り値の変動 (絞り値の増大) に従い位置がズレていく事を指す。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、真にありがとう御座いました。引き続き次のモデルの整備に入ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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