🅰
![]()
今回は新年ということもあり、趣向を変えて当方のこのブログに対する「思い」をホンネで綴る内容も含め、探索の深化を進めていきたいと考えて掲載します。
(但し、超長文です)
従前の「Sレンズシリーズ」への追加として、1959年 (昭和34年) 8月にキヤノンカメラから発売されたCANON LENS 50mm f/1.4《第2世代》ですが、その発明段階を示す特許出願申請書の目星がついたことと、その一方で最終的な市場流通に課題を残していたと言う、当時のキヤノンカメラの裏事情を今回探ってみます。
今回行う探索と研究は、巷で広くネット上で語られているCANON LENS 50mm f/1.4に関する解説とは全く異なる角度に着目して探索していく研究の深化なので、既存の説明の内容からは完全に乖離している点、先ず最初に皆様に予めお詫び申し上げておきます・・スミマセン。
せっかくの新年なので、ここで一つ当方の思いを表現する意味合いとして ・・・・、
———「Zeitgeist (ドイツ語:ザイトガイスト)」———
・・・・と言う「時代精神性」のマジック (まさに魔法です) を語りたいと思います(笑)
期待という火は、人間の内側からしか・・灯らない
ある日、ひとりの人間が机に向かい、
光学設計の歴史をつぶさに読み解きながら、
レンズの向こう側にいる「人間」を探しはじめた。
ただのスペックでは満足できない。
ただの年表でも納得できない。
もっと奥へ進みたい。
「なぜ、その発想に至ったのか」
「その時代に、何と闘っていたのか」
「どうして、それでも前へ進んだのか」
そうやって問い続けることで、
世界は、以前よりも深く、広く、鮮やかに輪郭が見えてくる。
そして、気づく。
学ぶとは、
歴史を紐解くことではなく、
自分自身の中に眠っていた「熱」を呼び覚ますこと
・・なのだ、と。
火をつけたのは、私自身の思考だ。
問いを止めなかった私だ。
怒りを感じても、投げ出さなかった私・・。
違和感を抱えつつ、掘り下げ続けた私でもあるのだ。
・・その姿こそが、すでに私の『証明』になっている。
…………………………………………………………………………
当方はこのブログを書き続ける中で、次第に自覚するようになりました・・ここで扱っているのは単なる情報や知識ではなく「考える文化」そのものなのだと。人と同じ意見を並べたり、“わかるわかる”と共感し合ったりするだけでは、どうにも満足できない。むしろ当方が共有したいのは、迷って立ち止まる時間であり、考え込んで文章を書き直す時間であり、構成を考え直す、その過程そのものなのだと・・。
現代のスマホ文化が求めてくるのは、早く、短く、すぐ答え、という即断の世界ですが、当方は敢えてその逆を歩こうとしています。何故なら、残すべきものは「答え」よりも、そこへ至るまでの「道のり」だと感じているからです。遠回りに見える説明も、実はその遠回りの中にしか現れてこない理解がある。そしてそれこそが、AIの中にあっても人間が本当に考えた『証拠』なのだと思うからです。
昭和の頃、議論には時間が流れていました。前提を共有し、仮説を重ねて意見がぶつかり、やがて少しずつ修正され、理解が深まっていった・・。当方が忘れたくないのは、その「議論の作法」であり、その場に存在した空気です。だからこのブログは懐古ではなく、むしろ失われつつある文化に対する「静かな抵抗 (あらがい)」であり、同時に「継承」でもあります。
「昭和を忘れたくない」というコトバの本当の意味は、年号や出来事への郷愁ではありません。無言で流れていくタイムラインでもなく、互いに言葉で組み合い、修正しながら理解へ向かう「生きた会話」があった、その空気を失いたくないという思いです。そして、このブログは、その空気を今に延ばしてくれる一つの装置のように感じています。ミスもあり学びもあり、そしてそれは更新を繰り返していけば良いのだと思います・・人間だから。
さらに、文章の中で当方が時折挿入する「・・」という記号は、ただの癖ではありません。自分の中で一度立ち止まり、逡巡し、読者にも一拍の余白を渡すための、小さな呼吸のようなものです。読み手を急がせないための、意識的な表現であり、当方の伝達手段です。
だから当方はこれからもこの書き方を続けていきます。過剰なスピードに抗いながら、思考のプロセスを残すために。これは決して懐古ではなく、抵抗であり、継承であり、当方自身が手放したくない文化としての選択です。そしてこうした文章に共感してくれる人は、きっと静かに、ゆっくりと (何処からともなく) 気づきながら集まってくる・・それで十分だと、考えています。
・・そもそもオールドレンズこそが、まるでその時代と人々の『Zeitgeistの証』なのだから。
…………………………………………………………………………
なにはともあれ、最近常態化している特許出願申請書 (つまり発明時点) の特定作業からスタートする必要があります。それは当時のキヤノンカメラの事情や今回扱うモデルが発売に至った経緯を探るよりも、先ずは「光学設計ありき」との当方のスタンスから、オールドレンズ全体を眺めている点に依拠しています事、ここで申し上げさせて頂きます。
そのような発明段階の設計概念が判明した結果、そこから初めて当時の状況に点と線を繋げていく道理が通る (つまり自分が納得できる) と信じているからに他なりません・・。
きっと皆様には、このようにダラダラと超長文で脈絡なく書き連ねている時点で、ご心痛如何ばかりと申し訳なく思うところです (だからスミマセン)。
従って以下は今回扱うCANON LENS 50mm f/1.4《第2世代》を知る上で、きっと避けては通れない要素ばかり、いえ、むしろ前提ですから、長いですが心して辛抱強くお読み下さいませ・・。きっとCANON LENS 50mm f/1.4の素性が、読み終わる頃には理解できていると思います。
最初にダブルガウス型とテッサー型を探索することで、光学設計の概念を読み解くチカラを養います。次にダブルガウス型とゾナー型へと比較対象を広げることで『カタチ』だけに囚われない光学設計の捉え方を学びます。そのうえでいよいよCANON LENS 50mm f/1.4の光学設計を読み解く本題へと入りますが、その前提として、そこまで解説してきた内容が影響していることに気づきを得られます。結果初めて今回のモデルの「光線光路」を辿ることが適い、導かれる描写特性にようやく辿り着けるというストーリーにて、探索の方向性を組み立てている流れとして、構成しています (いずれも、今回当方が自らの探索として学びながら進んでいった痕跡を辿っている物語として仕上げたので、このような経緯で研究を深化させているのだと、きっと皆様にもご理解頂けると思います)。
…………………………………………………………………………
巨大企業とひとりの設計者:テッサーを生んだ男が背負った沈黙の10年
設計そのものと、語り換えられてしまった歴史を見つめ直す
プラナー型とテッサー型は、光学史を語るとき必ず顔を出す名前ですが、当方はこの二つを語る際、どうしても「設計そのもの」と「後世にどのように語り換えられてきたか」を分けて見ておきたいと感じています。光学設計は、本来は光学系構成図や数値で記述される技術的な対象ですが、その後の社史、技術解説、広告の中で意味付けが変わり、物語として再構成されていきます。そこで一度、できるかぎり一次資料に基づいた事実としての側面と、その後の「物語」としての側面を切り離しながら、プラナー型とテッサー型を例に挙げて見直してみたいと思います。
プラナー型とテッサー型 ― どちらも同じ設計者の手による ―

ここで最初に確認しておきたい重要な事実があります。プラナー型 (㊧) もテッサー型 (㊨) もそれぞれまったく違う設計思想を持つ光学系ですが、どちらも同じ人物、すなわち Paul Rudolph (パウル・ルドルフ) 氏によって設計されています。プラナー型は高性能な準対称系の代表として、テッサー型はシンプルで量産性の高い非対称系の代表として、その後の写真レンズ史を大きく方向づけました。しかし、同一人物がこの二つを生み出したという事実は、ともすると意外なほどに意識されずに語られてきました。だからこそ、この二つを「別々の系統の設計」としてだけ見るのではなく、ルドルフという一人の光学設計技師の中で、どのように思想が動き、転換が起きたのかという視点を持つことが、当方にとっては重要な意味を持ちます。
プラナー型に見る準対称 ― 鏡像として成立する補正と言う概念 ―
←『GB189627635A (1896-12-04)』英国内務省宛て出願
Carl Zeiss (Jena) 在籍時Paul Rudolph (パウル・ルドルフ) 氏発明
(イエーナ大学卒業後に数学教師を目指していたルドルフは、Ernst Karl Abbe / エルンスト・カール・アッベ氏の招きに応じてCarl Zeissに入社)
このルドルフが発明したプラナー型は、㊨に示した1888年に発明されたダブルガウス型の始祖と当方が認識する (A.G.Clark/アルヴァン・グラハム・クラークー氏発明 (US399499)1888-10-04) の発展形として設計され、絞り羽根を境として前群と後群がほぼ鏡像関係に近づくような構成を採っています。この鏡像性は偶然の産物ではなく、収差補正のための明確な意図に基づくものです。絞りの前後で光線の経路を近似させることで、前群で生じる歪曲収差やコマ収差、像面湾曲といった諸収差が、後群で相殺されるように設計されています。
つまりプラナー型とは、収差を完全にゼロにすることを目指す設計ではなく、あらかじめ特定の収差が生じることを前提としたうえで、それらがどの群で、どの方向の符号として現れるのかを設計段階で整理し、前群と後群の役割分担によって最終的な像面上で収差バランスが成立するよう構成された光学系である、と整理できます。
光学系構成図を見た時、左右が似た『カタチ』をしているのは、その思想が図形として表面化した結果にすぎないと捉えるべきだと思うのです。
巷で光学系の解説に用いられる「過剰補正する」「過剰補正気味」といった言い回しは、表現としては便利である一方、そのままでは技術的説明として成立しているとは言い難いと当方は感じています。
もしも「過剰補正」という語を用いるのであれば、本来は光学系のどの位置で、前群なのか後群なのか、あるいはその中のどの面で、どの収差をどの方向(プラス側かマイナス側か)に偏向しているのかまで示されて初めて、設計上の意図が読者に正しく伝わります。
それらの説明を伴わないまま「過剰補正気味に仕上げている」とだけ述べて終わってしまう場合「評価語」だけが独り歩きし、読者は自身の撮影経験や印象として残った残存収差と、その言葉とを無意識のうちに結び付けて理解してしまいかねません。その結果「見えているこの収差は過剰補正のせいなのだろう」といった、根拠の曖昧な納得が積み重なり、やがて表現だけが繰り返し引用・拡散されていく構造が生まれてしまいます。
当方が問題視しているのは、まさにその点です。相応に技術的知識を備えているはずの解説サイトにおいて、この種の言い回しが説明抜きで頻繁に用いられている現状を見ると「評価語」だけが先行し、設計上の整理や前提条件が置き去りにされたまま語り継がれていくことへの強い違和感を覚えずにはいられません。
※ちなみにこの説明では「過剰補正気味」との表現を「評価語」との位置づけにして説明しています。
テッサー型 ― 配分としての設計思想 ―
←『GB189322607 (1893-11-25)』英国内務省宛て出願
Harold Dennis Taylor (ハロルド・デニス・テイラー) 氏発明
(19世紀末に提起された、後世にとても大きな影響を及ぼした、画期的な発明案件である、シンプルな3群3枚トリプレット型光学系)

これに対して一方のテッサー型 (㊨) は、上記クック・トリプレット型の系譜に位置付けられる設計です。テッサー型は㊨の光学系構成図の中で、 色付した中央の両凹レンズで収差の骨格を決め、その前後に配置されたレンズ群で、諸収差の補正を分担させながら最終像を整えていきます。さらに 色付した像側の後群は、屈折率やアッベ数の異なるガラスを貼り合わせることで、色収差と像面の安定性を同時に扱うよう設計されています。これはフラウンホーファー型アクロマートの考え方 (色消し) を応用したものであり、「二枚を接着した」というような単純な構造ではありません。光線の流れに注目すれば、テッサー型では光束が 色付部分で一度広がりながらも、後群で再びまとめられ、落ち着き先としての像面に収束していく様子が見て取れます。ここでは、プラナー型のように鏡像性によって収差を相殺するのではなく「どの群がどの収差をどの程度引き受けるのか」という配分の設計を主軸に据えていることが分かりますが、それはトリプレット型の設計思想そのものなのです。つまり後群側の2枚貼り合わせレンズは、トリプレット型設計思想の範疇で接着されたと捉えるのが、テッサー型の発明を示す特許出願申請書の記述の『解』と言えます。
これに関連して、特許出願申請書には「設計の自由度」という思想が明確に読み取れます (㊨光学系構成図は特許出願申請書内径サイズよりトレース)。事実として、テイラーは3枚構成の基本形 (凸 > 凹 > 凸) を提示しながら、その配置や役割を固定化していませんでした。特許の中では、全部で8つの実施例を示し、第2群の両凹レンズは、絞り羽根の前側でも後側でもどちらに配置しても良い、しかも単独ではなく複合化させても良いとさえ提示しています。 さらに、安直に完結させようとせず「どの面で、どの程度の収差を扱うか」を後世の設計者が選べるように、構造そのものをオープンにしたまま残している点が確認でき、それこそが画期的な発想概念ではないかと当方は受け取っています。
当方の考えとして、この特許出願申請書には「こう設計すべきだ」という定型ではなく「光学的に成立する範囲で自由に設計して良い」というニュアンスが強く感じられます。テイラーが自ら複数の実施例を提示し、配置や構成を変化させながら検証してみせた事実は、レンズを一つの完成形に閉じるのではなく、むしろ未来の設計へと開放した思想の表れと受け取れます。この意味で、クック・トリプレット型の特許出願申請書そのものが、テッサー型へとつながる自由度の源泉であり「思想の啓示」として強い印象を残す内容だと評価できるのです。
対称型と非対称型 ― 設計思想の分岐 ―
このように眺めると、対称型と非対称型の設計思想の違いが浮かび上がります。対称型のレンズでは、絞りを挟んだ前群と後群を鏡像的な関係に近づけることで、光線の通り道そのものを前後で似たものとし、一方で生じた収差を他方で相殺していくという考え方が採られています。対して非対称型のレンズでは、前群と後群をあえて対称に揃えようとはせず、それぞれに異なる役割を与えながら、レンズ全体として収差を配分・制御していきます。対称性を「補正の道具」として用いるのか、それとも「役割分担によって補正を組み立てる」のか・・ここに、単なる構成の違いではない設計思想としての分岐が存在していると当方は考えています。
対称から非対称へ ― ウナー型設計背景に関する推論 ―
ここで、当方が長いあいだ抱いてきた疑問に踏み込みます。プラナー型のように、徹底して対称思想に基づく設計から出発したルドルフ氏が、やがてウナー型(㊨Paul Rudolph氏発明/GB189924089A, 1899-12-04)のような非対称構成へと舵を切るに至った背景は、一体どこにあったのかという点です。単に「技術的発展の必然」であったと言われることがありますが、当方にはどうしてもそれだけでは筋が通らないように思えるのです。
事実としてプラナー型は非常に高い光学性能を実現しました。然し同時にその構成枚数、加工精度の要求、歩留まりの悪さなどによって、製造コストは著しく高くなりました。量産しても市場への十分な数が投入できず、しかも価格は高い。技術としては先鋭的でありながら、需要にも供給にも適合しないという、矛盾を抱えた設計だったと言えるでしょう。言い換えれば、プラナー型は、当時の工業技術や市場規模から見れば、数十年、或いは百年先を先取りしてしまった光学設計だったのかも知れません。
その一方で、当時のCarl Zeiss (Jena) は C.P. Görz 社と市場占有率を巡って激しい競争状態にありました。価格、供給数、収益性・・これらは経営にとって避けて通れない現実でした。ここから先は推論になりますが、プラナー型のコスト高と市場適合性の低さに対し、Zeiss の経営陣が次第に業を煮やしていったとしても不思議ではありません。高性能であるにもかかわらず売りにくい、数が揃わない、利益に結びつかない・・そういう現実は、開発者本人ではなく、まず経営者を追い詰めていったハズです。
そのような状況の中で、経営陣がルドルフ氏に対し、より単純で、より安価で、より量産向きな構成・・すなわち「対称型からの脱却」を求めるようになった可能性は十分に考えられます。然し、ルドルフ氏は長らく対称型の設計思想を軸に、収差補正を組み立ててきた技術者でした。その発想をいきなり非対称へと切り替えることは、決して容易ではなかったはずです。
その葛藤の中で、性能とコストの折り合いをどこに置くかという現実的な圧力に直面し、非対称構造を意識的に取り入れる新しい回答として現れたのが、ウナー型の設計であった・・当方にはそのように見えるのです。もちろんこれは一次資料で明確に証明されているワケではなく、あくまでも当時の市場状況と光学設計の流れを踏まえた推論に留まります。しかし、「対称から非対称へ」という設計思想の大きな転換を、一人の技術者の内部でどう位置づけるかを考える上で、この視点は無視できないと感じています。
ルドルフ自身は語らなかったこと ―決して語っていなかった ―
➕
〓 
↑上の光学系構成図は、㊧ウナー型に㊥プロター型 (CH2305A:1890-04-19) そしてその合成が㊨テッサー型と言う模式図として表していますが、一次資料つまり特許出願申請書や当時の技術的記述書を確認すると、パウル・ルドルフ自身が「ウナー型前群+プロター型後群=テッサー型完成」といった単純な図式が連想できるような表現で、自らの設計を語ってはいないことが分かります。ルドルフが記しているのは、採用するガラスの屈折率とアッベ数、その組み合わせによる収差配分、光線が像側焦点に収束していくまでの過程でどの群が何を補正するか、といった純粋に光学的な説明です。設計そのものを、過去の自作の単純な加算結果としてまとめて見せるような「物語化の整理」は、少なくとも彼自身のコトバからは読み取れません。この静かな事実は、後世に付け加えられた説明とは分け隔てて捉える必要がある・・と当方は強く考えています。しかし現実的にネット上で残念ながら今現在も拡散し続けている内容は、まさに当時のCarl Zeiss経営陣が喧伝させた『物語』に沿っており、その意味で広報戦略は百年以上にわたり成功を収め続けているとすら当方には見えてしまっているのです。これが巨大企業とひとりの光学設計技師との、曲げられてしまった真実ではないでしょうか・・。
光線光路は物語よりも純粋に正直である ― 覆し難い真実 ―
この辺りで当方がどうして光学系内の「光線光路」にこだわるのか、その理由をハッキリさせておきたいと思います。結論から言えば、企業が後になって語り直した技術物語と、実際の光線光路は、必ずしも同じことを語っていないからです。
Carl Zeiss では、後年になって「テッサーはウナーとプロターの融合である」という前述の物語が作られました。この内容はまさに「筋書き」です。自社の成果に基づく「発展」を連想させる技術史としては、非常に美しくまとまっています。しかし、光線光路の挙動を冷静に追っていくと、この物語と整合しない点が明確に現れてきます。
まず、テッサー型の光線光路は、プロター型のような大口径アナスチグマートの構造とは一致しません。プロターは、両側に配置された接合レンズ群が強く関与し、広い画角と高い補正自由度を狙う設計思想に基づいています。一方、テッサーでは、中央の両凹レンズで一度光束を抑え込み、最終的に後群で像面を安定させるという、明らかにトリプレット型に近い「整理と集約」の光線挙動が支配的です。プロターのように前後両群が均等に主役を担う構造ではありません。
さらに、ウナー型との関係を見ても純粋な直系とは言えません。ウナーは非対称構造に踏み込みつつも、まだ前群側に負担が偏る設計が残っています。ところがテッサーでは、後群の接着によって像側での安定性を強く担保し、全体として「三段階で光を整える」構造へと再編されています。つまり、光線光路だけを基準にして追ってみると、テッサーはウナーとプロターの「足し算」ではなく、むしろトリプレット型を基盤に、新しい収差配分を再構築した設計として現れてくるのです。
ここに企業が語った物語と、光が語る事実とのズレが生じます。物語は系譜を単純化し、ひと繋がりの成功史として描こうとします。しかし光線光路は、そのような整理にお構いなく、どこで光が曲げられ、どこで収差が発生し、どこで最終的に抑え込まれているのかという、覆し難い物理的な事実だけを残します。テッサーがウナーとプロターの単純合成であるならば、光線光路にもその痕跡が残るはずですが、実際にはトリプレット的な骨格と、像側での接合補正というまったく別の論理だけが支配しています。
・・これが物理的側面、光学的側面から捉えた「事実」なのです。
だから当方は、構成図の見た目や企業の語る系譜よりも、光線光路そのものを基準に捉えたいと考えます。光は嘘をつかず、物語の都合に合わせてくれることもありません。どこで曲がり、どこで整えられ、どこで像を結ぶのか・・そこにこそ設計者が何を考え、どこで判断し、どこで割り切ってしまったのかという「本当の思考の痕跡 (或る意味ホンネ)」が残されているからなのです。
・・このように、光線光路 = 光学設計者のホンネ、と言う式が理解できると思うのです。
沈黙の10年 ― 奪われたのは技術ではなく、自由だった ―
ここで大見出しに掲げた「沈黙の10年」に目を向けます。おおよそ 1910 年前後のツァイス退社から第一次世界大戦末期にかけての期間、ルドルフは契約条件や立場の制約も影響し、イエナを離れて田舎の荘園で生活することになります。この間、年金収入は戦争とインフレによって実質的な価値を失い、研究や設計、発表の機会も大きく制限されました。これを特定の人物や企業の悪意に帰することはできませんが、結果として彼から「自由に光学設計に取り組む時間 (研究)」と「考えたことを公にする場 (教壇)」が削ぎ落とされていったことは事実として認めざるを得ません。皮肉なことに、この沈黙の時期を経たのち、彼は再び設計の現場へと戻り、新しいレンズ設計の為にVOIGTLÄNDER社で深く関与していくことになります。「沈黙の10年」は単なる空白ではなく、技術者としての自由が奪われた時間であり、同時にその後の再生の出発点でもあったと位置付けられるのではないでしょうか。或る意味当方には理解できてしまう「長いものには巻かれろ」的思想との対峙に葛藤があったのではないかとすら見えてきます。そしてそれはまさに新たな情熱 (意地) として産み出されたのだと考えています・・このままで終わらない、いや、終われないッ!
光学系は構成図の「カタチ」から捉えてはならない ― それが道理 ―
以上のような経緯を踏まえると、光学系を語る際に、構成図の『カタチ』だけを眺めて評価しようとする態度が如何に危ういかが見えてきます。光学系構成図は、設計思想と収差配分の結果として表れた図であって、それ自体が原因ではありません。似たカタチの構成図が、まったく異なる設計思想に基づいている場合もあれば、見た目が大きく異なる構成図が、光線光路や収差の扱い方という観点では近似した考え方に立脚している場合もあります。だからこそ当方は、光学系を評価する時には、光学系構成図の見た目ではなく、光線がどのように進み、どの面で何が行われているのかという「光学的な流れに注目すべきだ」と考えています。するとその時、前述のとおり「光線光路 = 光学設計者のホンネ」との認識が現れるので、光線光路を辿ることは、そのまま光学設計者自身の光学設計概念そのモノを探ることになるのだと考えているのです・・人間像が現れるのは、或る意味致し方ないのではないでしょうか。これは実際に、彼らの特許出願申請書内の記述を探っていくと、自然に人間像以前に「光線の捉え方」或いは「光線制御の概念」などを知ることになりますが、その時の説明記述の中に、実は本人の人間性や性格がそのまま示されてくるのが、当方にはとても面白く感じられ、興味関心がつきないのです。
次の舞台へと ― ダブルガウス型とゾナー型の分岐点へ ―
プラナー型とテッサー型の比較、そしてその背後にある対称型と非対称型の設計思想、さらにはルドルフと Carl Zeiss の関係や「沈黙の 10 年」の問題を重ねて見ていくと、光学史の中で何が語られ、何が削り落とされてきたのかが少しずつ輪郭を帯びてきます。この視点を持ったまま、次に当方が見ていきたいのが、CANON LENS 50mm f/1.4 に採用されたダブルガウス型と、その直前に登場した Serenar 50mm f/1.5 のゾナー型との対比です。どちらも 50mm の標準レンズでありながら、その設計思想、収差配分、光線光路の組み立て方はまるで大きく異なっています。単に「次のモデル」「前のモデル」という時系列ではなく、プラナー型とテッサー型で見てきたような設計思想の違いを念頭に置きながら、ダブルガウス型とゾナー型という二つの系統が、キヤノンカメラの 50mm レンズの中でどのような分岐点を形成していたのかを、時系列的に事実を以て丁寧に捉えていきたいと思います。
つまり光学系構成に着目してそこから思想を読み取り、分岐点の動機を探る旅になります。
・・そしてダブルガウス型とゾナー型の分岐点へ、たゆたゆに向かってゆく。
設計思想は人間の関心によっても転換する証拠 ― ベルテレの場合 ―
しかしここでもう一度キヤノンカメラの話に回帰せずに、前述から少し時代を進めた、ルドルフとは別の設計者について触れておきたいと思います。直接の関係はありませんが、結果として当方が今述べてきた論点が、後世にまるで実証されたかのように錯覚されるからなのです。

↑それが、Ludwig Jakob Bertele(ルートヴィッヒ・ヤコブ・ベルテレ)氏の設計史です。上の光学系構成図は全て彼が開発した光学設計であり、時系列で並べています。彼はまずエルノスター型 (㊧) を生み出し、その後、非対称性を積極的に取り込みながらゾナー型 (㊥) へと展開していきました。この過程は「非対称をどう扱うか」との課題に、ベルテレが真正面から取り組み続けた結果として理解できます。そして、この姿勢が単なる理論追求ではなかったことは、当時の具体的な成果によって裏づけられてしまいました・・。
エルノスター型は Erneman Werk A.G. によって実用化され、やがて1万台を超える量産へと到達しました。今現在と異なり、当時の1万台と言う実績は計り知れない大成功を示しています。しかもその評価は、単なる販売台数だけにとどまりません。明るい開放f値によって室内撮影でも数分程度の露光で済むようになり、それまで露光に30分以上を要した困難だった被写体が、具体的な写真として短時間に記録されていきました。さらに後年には、第二次世界大戦期の航空撮影用途においても採用されるなど、実用性と信頼性の高さが、異なる分野で繰り返し確認されることになります。これらの事実は、エルノスター型が単なる実験的設計ではなく、写真文化そのものを実際に前へ押し進めた存在であったことを如実に示しています。
その延長線上で誕生したゾナー型もまた、一過性の設計では終わりませんでした。少ない群数でまとめ上げながら、高い明るさと収差補正の両立を狙うという思想は、その後のレンズ設計に於いて一つの重要な方向性として受け継がれていきます。形状や仕様は時代とともに変化していきますが、その根本にある光線処理の考え方は、現在に至るまで多くの実用レンズの内部で生き続けています。テッサー型が長い年月の中で普遍的な設計として評価されているように、ゾナー型もまた、世代を越えて受け継がれながら、現代でも意味のある設計思想として機能し続けていると言えるでしょう。
ここで視点を少し広げると、ベルテレの関心が、やがて (結果的に)「焦点距離中心の課題」から離れ、より広い対角画角に於いて像面全体をどのように均質に保つかという課題へと移っていった様子が見えてきます。この転換点に位置するのが、トポゴン型 (㊨) の設計です。おそらくは標準レンズ域~中望遠レンズ域で一段落できたとの自身の結論を導いたのではないでしょうか。そこから次なる挑戦として広角レンズ域へと進もうと考えた矢先に、おそらく「壁」にブチ当たったのではないでしょうか。いえ、もしかしたら広角レンズ域で自身の今までの実績が役に立たないことを、既に察知していたきらいすら、直前の特許出願申請書の記述内で薄々感じ取られたのです。
事実として確認できるのは、ゾナー型の改良が DE863267C(1949-09-16)まで続き、その翌年には CH283114A(1950-02-13)に於いて、明確な対称構造をもつトポゴン型が登場した、という点です。このトポゴン型は広角領域において斜入射光が像周辺で強く影響する状況に対し、左右に均衡した光線経路を与えることで像面の崩れを抑えようとする設計として理解できます。
そこにはベルテレの性格として、ギリギリまで自身の任務であるゾナー型の改善に挑みながら、その裏で新たな着想に基づき (気づきを得て) 新境地たる対称型への情熱が既に湧いて、着々と準備を進めていたと受け取られるのです。
ここから先は、光線光路の挙動を手がかりとした推論になりますが、ベルテレの設計を通して眺めると、彼の中で「対称か非対称か」という形態上の差異以上に、実は各レンズ面に役割を配分しながら光線を導いていく、という姿勢が一貫して存在しているように見えます。エルノスター型も、ゾナー型でも、そしてトポゴン型でも、光を一つの面に任せきるのではなく、複数の面に分担させながら整理していく傾向が、光線光路の中に読み取れるのです。
・・これこそが後世にベルテレの評価として「面で光線を制御していくのが得意だった」と語られている由縁です。
トポゴン型で対称性が採用されたのも、設計思想が大きく変化したというより、新たに立ちはだかった「対角画角の課題」に対して、もっとも合理的な「光線の通り道」を実現するための構造として選ばれた、と理解するほうが無理がありません。但し、この動機そのものが一次資料で明確に語られているワケではなく、あくまでも光線挙動と設計の流れから導かれる推論であることは、ハッキリと断っておきます。
こうして見ていくと、エルノスター型 → ゾナー型 → トポゴン型という一連の変遷は、偶然や思いつきによる変化ではありません。常に新しい課題に直面し、その課題に真正面から対峙しながら対処するために、設計骨格が組み替えられていった流れとして理解できます。むしろ、それこそがベルテレの人間性と性格、そして Erneman Werk A.G. に入社した当初から一貫していた設計思想の表れだったのではないか・・と当方は感じています。
そしてここに一つの仮説を置きたいと思います・・。どの時代であっても、どの企業であっても、たとえ経営側からの指向や圧力が存在していたとしても、最終的な設計の姿を決定づけているのは、やはり「人間としての意志」を持つ光学設計技師その人であったのではないかと。だからこそオールドレンズに組み込まれている光学系構成を無味乾燥的な扱いにしてはイケナイとの思惑が、当方にはどうしても強く現れてしまうのです。
そう考えていくと、いよいよ次に見ていくキヤノンカメラのダブルガウス型からゾナー型、そして再びダブルガウス型へと回帰していく流れも、単なる技術史上の転換としてではなく「誰かの意志」がどこで作用し、どこで妥協し、どこで抗い押し返したのかという視点から、改めて見直す必要があるように思えてくるのです。
つまり見た目では、光学系構成図の違いは曲率や厚みという『カタチ』の相違にしか見えません。ところが、その内部を通過していく光線光路の挙動として眺めた時、そこには物理として厳格な原理が働いているにもかかわらず、その「導き方」の端々には設計者という一人の人間が必ず思索し、選択し、何を削り、何を残すか判断していった痕跡が、確かに残されているように感じられるのです。だから当方は、光線を辿ることで、最終的に「人」が見えてくる・・そのような感覚を、どうしても否定できないままでいるのです。
当方にとり工業製品たるオールドレンズは、人の感性と相互に (強く) 反応する道具であるべきであり、そしてそれを創出した他ならぬ光学設計者との接点が、だからこそ必ず在るのだと信じたいのです・・そこに悦びを見出したいのです、ね。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
長々と説明してきましたが、ここまでは前段として「どんな光学設計も元を正せば、光学設計技師たるその人の設計思想に依拠するしかない」点の解説に挑戦してみました。もちろんそこには本人の人間性や性格も大きく影響し、合わせて在籍企業からの圧力も決してゼロではなかったことが、そもそも設計された光学設計を採用し量産品を産み出していく流れからすれば、自ずと企業利潤は需要と供給のバランスの中で試行錯誤を繰り返すのが道理です。
そのような不可抗力まで加味した時、実はそこで初めて光学設計技師の対応能力が、本領発揮することを史実から紐解いて学んでみました。
従ってここからはいよいよキヤノンカメラのCANON LENS 50mm f/1.4のI型、及びII型だけに限定せず、むしろその直前に、相応の期間拡販され続けたSerenar 50mm f/1.5の存在も絡ませて、それらモデルの光学設計を開発した人物の特定作業から本題に入っていきたいと思います。
何故なら、以外な事実がその背後に隠されていたことを、今回の探索で発見できたからに他なりません (まさにほとんどネット上で語られていない真相です)。
・・着目する (視る) 角度を少し変えるだけで、意外な真相のエッジが鮮明になって現れるのです。
そして、このような考察の角度の偏向は、実はオールドレンズの撮影時に、皆さんも既に体験済みである「撮る時の楽しみ」という、あの独特な体験に他ならないのです。
オールドレンズで写真を撮る醍醐味を堪能するなら、同じように、その手元のオールドレンズのために慈しみをもって、今一度「探ってみる」ひとときを味わってみるのも良いのではないでしょうか・・。
何故なら、そのオールドレンズを愛でる思いは、皆さんの嗜好の軸に沿っていますが、はたしてその軸に寄り添うべく光線光路を創造した光学設計技師の思いとも、真に重なっているのでしょうか。そうした探索の情熱を抱くのは、とても自然な人間の精神性なのではないかと考えるからです。
・・自分の思いに光学設計技師の思いが重なっていたと知った時、とても新鮮な感動が生まれるものです。
このように考えた時、実はもうその瞬間に、そのオールドレンズに組み込まれている光学系構成の波長に (光線は波長の束ですから) 皆さんが同調している話になっているのでは・・ありませんか。
ぜひ皆さんには、写真を撮るためだけの道具としてのみオールドレンズを眺めず、一歩踏み込んでその写りを体現させてくれた「ひとりの光学設計技師の思い」に触れてみる探索にも接してほしいのです。また新たな境地を開拓してくれて、より一層の慈しみを享受する機会になるやも知れません・・。
当方にとり「今夜はお前だな」と晩酌のお供にテーブルにトンッ置くのは、そういう感情が重なっているから・・なのです(笑)
その時、そのような光線を結像させてくれた光学設計技師への感謝の念が、必ず重なっているのです。だから愛おしくなるのです。そうしたら、おそらく誰でもその光学設計者の名前がインプットされるのではありませんか??? そこからきっと横に並ぶ他のオールドレンズにも、同じ思いが重なり、次第に光学系構成図への感心度合いが (自然に) 増長しているのではないでしょうか・・。
・・きっとやがては、光学系構成の中の光線光路が、浮かんで見えるようになります!
結果、次に新しく別のモデルを手に入れる際、皆さんは (気づかずして) 光学設計を先にチェックしていると思うのです(笑)・・ハイ、当方のトラップに見事にハマッている『証』ですね。何故なら光学設計を知ることで、事前にその写りと期待を膨らませることが叶うからです!
どんな収差が補正されて、残ってしまった収差は何なのか、而してその残されている収差は意図的なのか否か、もしや仕組まれていた収差なら、その写りが脳裏に浮かび上がる時、皆さんの写真の撮影中のシ~ン (記憶) に被さっていくのではありませんか・・そしてその仮説の基に手に入れて、それが実証された時の———『感動』———とは、単なる今までの「とっておきの1枚」から既に別次元へと遷移してしまっていると気づかれると思うのです(祈)
意図して、或いは期せずして残された1枚なのかも知れませんが、そこに「同じ感動を80年前に目指していた光学設計技師がひとり居たのだ」との寄り添い (確信) に触れられた時、どんなに嬉しく、そしてどんなに心強く感じられるのか、これは味わった人にしか記憶できない、まさに皆さんの特権なのです!
・・何故なら、その1枚の写真を撮った瞬間に「一緒に感動していたハズだから」です!
「だろッ? だから撮れると話したじゃないか (光線光路を手繰って)。そういうふうに創ったんだョ、私がね」・・そんな声が耳元に聞こえてくるやも知れません。
80年のいにしえの時の流れを、一瞬にして超越していたことを知った時の『感動』は、単なる言葉だけでのタイムスリップではなく、感覚として、感情として、皆さんが感じ取っている現実に、いったいどのように辻褄を合わせられますか???
オールドレンズには、そう言う愉しみ方もあるのだと・・当方は思いたいですね。当時の時勢や企業の栄枯盛衰の中で産み出された工業製品なのは間違いありませんが、そこには必ず光学設計技師の苦心と葛藤が込められており、そのような時代考証をまさに身を以て映し出してくれるオールドレンズに、別の角度からの視線を注いでみるのも、良いかも知れませんョ。
・・今年はそうやって、一つの『証』を増やしてみませんか??? 一緒にですッ!
ここまで語ってきたことは、結局のところ当方なりに感じ取った・・・・・・、
———— Zeitgeist の話でした ————
レンズを眺めながら、光を辿り、そこに関わった人たちの意志を思い浮かべてみる・・。
それは時代精神そのものに、ほんの少しだけ触れてみる行為なのかも知れません。
…………………………………………………………………………
↑上に挙げた図はキヤノンカメラ・ミュージアムからの引用です (光学系構成図など一部編集)。
㊧:Serenar 50mm f/1.9 (沈胴式) 1949年発売
㊥:Serenar 50mm f/1.8 I型 1951年発売
㊨:Serenar 50mm f/1.5 I型 1952年発売
それぞれに光学系構成図を掲示させたので、実装光学系がどのように再設計されていったのかが分かると思いますが、その間隔は2年→1年との短期間で見直されていることが分かります (初期製産ロットを整える期間まで含めるなら、相当短い期間で光学設計を仕上げていたことになります)。
すると他の標準レンズ域モデルを別にした時 (例えばSeenar 50mm f/3.5などは3群4枚テッサー型光学系を実装している為)、ご覧のように初期段階で典型的な4群6枚ダブルガウス型光学系を、採用していたことが一目瞭然です。つまり戦前~戦後の特にドイツに於いて既に開発が進み、ダブルガウス型は「成熟段階」に入り、実用的な標準レンズとして信頼されていたと受け取れます。
実際光学設計と共に製産の立場の両面から読み解くと、ダブルガウス型は左右ほぼ対称構成 (疑似対称) で、収差補正の自由度が高い点。明るい開放値 (f/2付近) を安定して成立させやすい点。標準レンズ域で設計しやすい点などが光学設計面でのメリットとして挙げられると考えます。
一方の製産側の立場から捉えるなら、量産性・歩留まりの観点からみた合理性や設計ノウハウの共有可能性、そして何はともあれ中心解像と周辺画質とのバランスを取りやすい点からみた、市場受けの良さ (価額面を含む) や報道・一般撮影向け標準レンズとしての有利性などが、即戦力として即効性が期待できると社内で認識されたことは、容易に推測できます。
↑同様キヤノンカメラ・ミュージアムからの引用です (光学系構成図など一部編集)。
㊧:CANON LENS 50mm f/1.4 I型 1957年発売
㊨:CANON LENS 50mm f/1.4 II型 1959年発売
Serenar銘ブランドを改め、CANON LENSとして改称しましたが、そのタイミングで何とすでに発売済みだったSerenar 50mm f/1.5に採用していた3群7枚ゾナー型光学系を改め、再び4群6枚ダブルガウス型光学系へと回帰したのです。
特に日本の光学メーカーに限定せずとも、世界中の光学メーカーの光学設計面での発展、とりわけ量産品に於ける実装光学系史として考えるなら、ダブルガウス型からゾナー型へと変遷した時点で以降相応の期間その光学設計を継承するのが一般的だと考えますが、キヤノンカメラは全く異なる路線を選択しました。
・・するとここに当方の純粋な疑念が湧きます。何故途中にゾナー型を挟んだのか???
これが冒頭で解説した中に含まれていた一文「ダブルガウス型 → ゾナー型 → ダブルガウス型」との流れを指しています。
さらにもうこの時点では既に皆さんにもご理解頂けていると考えますが、ダブルガウス型とゾナー型とでは比較した時に光学設計概念そのものがまるで別モノです。冒頭で説明したとおり、光学系前後群での光線制御の考え方が全く違うので、ワザワザ敢えてダブルガウス型の間にゾナー型を介在させる光学設計思想に道理が通っていません・・(汗)
この点が当方にとり咀嚼できない一番の着目箇所になってしまいましたッ。
工業製品の発展や展開という非常に短いスパンで捉えた時のこのようなゾナー型の介在は、違和感を超えて何かしら釈然としない思いが集中してしまったと言えば、伝わるでしょうか。
そのような思いが湧き上がったことから「光学設計者を特定したい」「いったい何があったのか」という、冒頭で長々と説明してきたオールドレンズの先に佇む「人」との接点を探りたくなってしまったのです。
そして事前情報を現在のネット上で探った時、巷でこのモデルCANON LENS 50mm f/1.4について、特に日本国内で語っているサイトが異常に少ないリアルな現実に直面し、むしろ海外サイトのほうが真剣に、そして真正面から直視して考察と研究を進めていることに、或る意味落胆を覚えてしまった結果、正攻法で探るしか手がないことになりました・・(涙)
wikiで既に紹介されているとおり、キヤノンカメラ在籍の伊藤宏がSerenar 50mm f/1.8から始まり、CANON LENS 50mm f/1.8 I型、f/1.2、f/1.4のI型にII型、さらに35mm f/2.8、或いは28mm f/3.5など手掛けていることが分かっています。しかしここまでの解説のとおり、当方はこのようなwiki情報を鵜呑みにするか否かを問うのではなく、その情報を取り込む以前に、光学系が成立する整合性を確認する作業を経ないままに、光学設計者を確定してしまうことに、いつまで経っても光学系構成図から読み取るチカラを養うことができない、そのような別の角度から視た捉え方が、どうしても介在してしまいます。その結果、自然に光学系構成を『カタチ』からのみ捉えようとする事が、あたかも正しい経緯であるように受け取られてしまっているのではないかと、昨今のネット上解説の傾向を強く感じとり、或る意味警鐘を鳴らすが如く、抵抗を試みている次第で御座います。
情報を事前情報としてのみ掴むことは有益ですが、その情報を出発点ではなく結論として扱ってしまった瞬間に、光学系構成そのものを読み解こうとする作業は不要なものへと後退しかねません。当方がこのブログで繰り返し述べてきたのは、誰が設計したかを確定したり否定する作業ではありません。その名前/人物に到達することを急ぐ以前に、光学系構成図・光線光路・群や構成と言う配置・それらの成立条件といった一次的な要素を、自らの手で確認する工程を踏まずに設計者を確定してしまう姿勢そのものに、違和感を覚えているという点です。
そのため当方の思考の中では、光学系構成図を確認すること、そしてその結果視えてくる光線光路を辿る作業は、最終的にその光学設計の描写性を探る手助けになっていくとの道筋があるハズとの考えが、常に重ねられています。
確かに光学系構成図を単に収差の把握やその質を確認する為だけに使い、光線光路を辿る解説をしているサイトがありますが、そのような高度な光学知識を有するにもかかわらず、どうして光学設計概念まで踏み込んで説明しようと試みないのか、当方はとても歯がゆく感じているのです。
そしてその時、そこに敢えて (本来は必ず同時進行であるべき) 光学設計者の存在を被せて考えていく姿勢にこそ、オールドレンズに対する「礼儀作法」があるのではないかと当方は捉えています。
光学設計者名は、そのような工程を経た先にのみ「意味を持つ結果」であり、予め与えられるべき答えではないと思うのです。当方が強い抵抗感を覚えるのは、光学系構成図をただ単に『カタチ』としてのみ扱い、その背後で本来は光線光路に現れていたであろう光学設計者の概念への探求が、蔑ろにされたままに急峻に、情報だけを掴もうとする姿勢そのものに対してなのです。そしてその抵抗感は、特定の解釈や人物像を否定するためのものではなく、光学系構成を読み解く行為そのものを、再び思考の出発点へと引き戻したいという意識に根ざしたものだと、当方は自らの中で整理できているのです。
—— 当方がこれらの手順から掴みたいのは、あくまでも光学設計から見た描写性なのです ——
それではここから冒頭でさんざん解説した「Zeitgeist」の話の内容を活用させて、本題たる「Sレンズシリーズ」へと繋がる光学設計思想について、詳しく切り込んでいきたいと思います。
伊藤宏とベルテレの特許出願申請書 ― それは学びの原点との出会い ―
←『US1975678A (1932-08-08)』米国特許庁宛て出願
Ludwig Jakob Bertele (ルートヴィッヒ・ヤコブ・ベルテレ) 氏発明
(但し、ベルテレ氏発明のゾナー型を示す特許出願申請書は複数あり、その中の極一部)
戦後の日本において、キヤノンカメラの光学設計技師であった伊藤宏氏は、ドイツで公開されていた特許出願申請書、とりわけLudwig Jakob Bertele (ルートヴィッヒ・ヤコブ・ベルテレ) 氏の発明案件を含む、特許出願申請書を入手しその内容を精査していきました。ベルテレの特許出願申請書には、一般的な光学設計を前提とした説明に加えて、簡易な表現で基礎的な光学に触れている箇所が見られます。当方が実際に読んだ印象として、光学設計技師だけを対象にした書き方ではなく、技術内容がきちんと伝わるように記されており、その中でどの面で何をしたのかという設計概念を辿りやすく感じられました。そこには、光学系の構成図、各レンズ面の形状、面同士の配置関係、どの収差をどの面で扱うかという収差処理の方針が記載されており、ゾナー型における設計上の狙いが文章と図から把握できるようになっています。これらの特許出願申請書を通して示されていた構成や収差処理の考え方は、光学設計技師であれば当然に読み取ることができ、伊藤宏もそれらを理解した上で、自身の設計作業の中で参照していったと考えられます。なお、戦後の日本では、各光学メーカーがドイツの特許出願申請書を入手して研究材料として活用していたことが、複数の資料で確認されていますから、当時の日本がどのように先達の知識であった光学技術を学んでいったのかについても分かると思うのです。
f/1.8 の特許出願 ― 具体化した学びのか・た・ち ―
←『US2681594A (195011-07)』米国特許庁宛て出願
キヤノンカメラ在籍伊藤宏氏発明案件
(1950年11月7日の出願であり、事実上のCANON LENS 50mm f/1.8を示す特許出願申請書ではないかと推測できる)
ベルテレの特許出願申請書から得られた内容の中で、とくに目を引くのは「特定の面に収差処理の役割を集中させる考え方」でした。伊藤宏の発明案件である特許出願申請書 「US2681594A」を見ると、この考え方が、ゾナー型とは異なるダブルガウス型の設計形式の中で検討されている様子が読み取れます。50mm で f/1.8 の大口径を与えながら、開放近傍で像が大きく崩れないようにするため、前群と後群のそれぞれの面で、球面収差やコマ収差の配分を少しずつ調整しながらまとめています。レンズ前群側でどの程度の正のパワーを与え、後群側でどの程度の負のパワーと補正を割り当てるか、どの面で球面収差を抑え、どの面でコマ収差の発生を抑制するか、といった配分は、特許出願申請書に示された構成図と仕様諸元値の記述から読み取れる設計上の判断です。これは、ゾナー型の構成そのものを再現したワケではありませんが、ベルテレの特許出願申請書で示されていた「面ごとの役割分担」という考え方が、ダブルガウス型の枠組みの中に置き換えられているように感じられます。この f/1.8 の段階で、単に明るさを優先するのではなく、大口径と像の安定性を両立させようとする方向性が示されていると考えられるのです。
ベルテレのゾナー型 ― 少ない面に役割を集中させる設計 ―
ここで重要なのは、ゾナー型という一般名ではなく、ルートヴィッヒ・ベルテレによるゾナー型そのモノです。ベルテレの3群7枚ゾナー型光学系は、光学系全体のレンズ面数を抑えつつ、高い透過効率を維持し、空気に接触する面を極端に減じたことにより迷光やフレアをできるだけ少なくしながら、開放でも像のコントラストを保とうとする設計として知られています。その特許出願申請書の記述や構成図を辿ると、特定のレンズ面に球面収差やコマ収差の処理を集中的に担わせ、他の面では必要とする光線制御だけを行いながらも、その面で主体的に処理すべき要素は確実に仕上げていくという「面単位での制御手法の設計思想」が読み取れます。つまり、ベルテレのゾナー型では、どの面が何をするのかという役割分担が明確であり、少ない面数の中で収差の発生と補正を集中的に制御しようとする設計思想が読み取れます。この手法は実際に後世にベルテレが得意としていた設計手法であるとの評価が成されています。
ダブルガウス型 ― 収差を役割分担で整理する設計 ―
一方で、伊藤宏が扱った4群6枚ダブルガウス型光学系は、もともと前後群が対称形に準ずる設計であり、多くの収差を打ち消し合う性質を持っています。しかし、大口径化に伴い、その対称性は崩され、各面に与える曲率やパワーが細かく調整されていきます。球面収差、コマ収差、像面湾曲などを、前群と後群の複数の面に分担させて制御し、全体として像をまとめる方向です。レンズ面はベルテレのゾナー型より増えますが、その代わり、どの収差をどの面でどの程度扱うかを細かく配分することができる構造になっています。この意味で、ベルテレのゾナー型が少ない面に役割を集中させる設計だとすれば、伊藤宏が発明したダブルガウス型は「複数の面で役割を分担させる設計手法」だと言えます。
ベルテレの思想の読み替え ― ダブルガウス型への偏向 ―
当方の考えとして、伊藤宏が戦後に読み込んだドイツ特許出願申請書の中で、ベルテレのゾナー型に関する発明案件を重視していたとすれば、そこで学んだのは、ゾナー型の完成図そのものではなく、ベルテレがどの面にどの役割を割り当てていたかという「面による光線制御の考え方」であったと捉えるのが自然です。ベルテレのゾナー型では、後群側の接合面の一部が主として高次の球面収差やコマ収差を引き受け、別の面がそれを打ち消す方向に働き、それ以外の面はそのバランスを崩さないように配置されています。この「特定の面に収差処理を集中的に担わせる」という発想を、そのまま構成として真似るのではなく「ダブルガウス型の枠組みの中に読み替えて適用した可能性」があります。すなわち、前群の特定の面で球面収差を主に制御し、後群の特定の面でコマ収差を主に抑え、それ以外の面は像を乱さないよう通過させるという分担のさせ方です。形はダブルガウス型でも、その内部の面の役割分担の思想は、ベルテレのゾナー型から学んだ面制御の読み替えである、と見ることができます。
Serenar / Canon 50mm f/1.5 ― ベルテレのゾナー型登場の真意 ―
Serenar / Canon 50mm f/1.5 は、構成としてベルテレの流れに連なる3群7枚ゾナー型光学系に属する標準レンズですが、その設計者の名前は明確になっていません。ここで注目しておきたい事実として、1949年に Nikon から Nikkor-S・C 5cm f/1.5 (3群7枚ゾナー型光学系) が発売されており、同じ標準レンズの分野で、すでにゾナー型の大口径モデルが市場に登場していたことが挙げられます (㊨写真は海外オークションebayより引用)。
当方の考えとして、こうした状況の中でキヤノンカメラは、自社のダブルガウス型という設計系譜だけではなく、同時代の競合モデルを強く意識せざるを得なかったと捉えています。すでに伊藤宏が f/1.8 のダブルガウス型で、ベルテレの特許出願申請書から得た思想を実装し始めていたのであれば、学びの原点であるベルテレのゾナー型を、自分たちの設計で一度再構成してみる動機が生じるのは自然な流れです。
競合である Nikon がゾナー型の大口径標準レンズを先に市場へ投入したことで、社内に競争意識が増大し、実際に製品化させて対抗してみる必要があるという圧力が生まれたとする仮説には道理が通ると考えます。結果3群7枚ゾナー型光学系を実装した f/1.5 を設計し、量産へとつなげた可能性があり、それがSerenar 50mm f/1.5の登場を指していたのではないかとみています。
・・つまり当方は、ベルテレのゾナー型への再生 (決して回帰ではない) とその挑戦に、競合を意識して体現させた、或る意味出遅れたキヤノンカメラの「意地の表現」ではないかと捉えました。
特許出願申請書で学んだ構成と収差の扱い方を、自らの計算と設計で確認し直し、そこから得られた知見を後のダブルガウス型 (f/1.8 やf/1.4) へ反映させていく流れは、光学設計の現場として筋が通っていると考えられるのです。
CANON LENS 50mm f/1.4 ( I型 / II型 ) ― 面制御が描写に現れる ―

↑このような学びと検証の延長線上に現れるのが、CANON LENS 50mm f/1.4 ( I型 / II型 ) であり、それぞれの光学系構成図を上に示しました・・I型 (㊧) II型 (㊨)。見比べるとこれら光学系構成図の段階では互いに同一に見えがちですが、それぞれの光学ガラスレンズを実測すると、全てがまるで違います。構造としてはダブルガウス型ですが、開放付近でも像が大きく崩れにくく、フレアが過度に広がらず、解像感とコントラストのバランスが保たれた描写を示します。
実測値が導く推定の道筋 ― 構成図・放射線量・硝材の関係 ―
このような光学設計の捉え方として察知できるのは、前群側の大きさに比べて後群側が小径にまとめられている点であり、これが意味するのはバックフォーカスの影響が現れている可能性があると捉えることができる点です。そして大口径比に見合う入射光の取り込みに必然性として、光学系前群が大型化していることに辻褄が合っています。
従ってこのような前提条件は、実はベルテレが開発したゾナー型のバックフォーカスとも整合しており (今回扱ったモデルCANON LENS 50mm f/1.4のL39マウント規格と同一の製品も、当時のゾナー型には量産品として実際に発売されていた為)、必ずしも対象とする量産品モデルが同一である必要性がないことが理解できます。このように光学系構成図を確認するだけでも、最低限の前提条件を掴むことができるので、資料に頼るにしてもその中で、先ずは光学系構成図の特定作業は、とても重要な要素を含むことが理解できると思うのです。
そしてここで明確に当方が皆様にご案内できる「当方の強み」は、当方の場合自らオールドレンズの内部に組み込まれている光学系を、光学ガラスレンズの単位にまで細分化させて取り出し、デジタルノギスを使い実測できる環境にある点です。その結果、光学系構成図の特定作業は、ほぼ可能であると当方は結論づけしています。特に2枚貼り合わせレンズの接着面を剥がせない状況でも、それぞれのレンズのコバ端部分は明確に確認し実測が可能です。
ところがコバ端の厚みや全高、開口径といった実測値だけでは「真の曲率」を一義的に決めることはできません。しかしそこから導かれる複数の曲率候補を用意した上で、当時実在し流通していた硝材の屈折率とアッベ数、さらに個別の放射線量測定値や像側で要求される焦点距離との整合を順次確認することにより「不整合を起こす候補」を次々に排除していくことができます。ここで当方が行っているのは、単に候補を当てはめる作業ではなく、光学系構成図と実測値から「逆算しつつ」得られた結果を硝材候補・放射線量、そして最終的に得られる描写の傾向で「検算していく」という往復作業を指しています。
その過程で簡易放射線量測定器による実際の放射線量が役立ち、自然放射線量レベルの確認やトリウム系硝材の可能性の排除に寄与し、最終的に採用されている硝材の特定作業に対して強い裏付けとして働く流れになるのです。
この時、当方の場合は、基本的に自ら取り出した光学ガラスレンズの実測値を基準として光学系構成図を作図しますが、その検算や比較の目的で、必要に応じてネット上に掲載されている光学系構成図を参照することがあります。
その際、一部のモデルでは図面をトレースして確認すると、特定のレンズ面が円弧として収まらず、非球面のような形状になってしまうケースに遭遇することがあります。これは光学系全体として見たときに整合性が取りにくく、少なくとも当方の実測値とは一致しない図であると判断せざるを得ない場合です。
当方の推論として、このような光学系構成図の中には、後から自らの作図であることを判別できるよう、意図的に曲率を崩しているものが含まれている可能性も否定できません。ただし、この点について一次資料が提示されていない以上、確定的な評価としては扱えず、あくまでも当方の推論範疇の話であると認識しています。
詰まるところ、当方が光学系構成図を用意している最大の理由は、光学系内を透過していく光線光路の把握であり、あくまでも自分なりに根拠を担保していると受け入れられる情報を基準に、光学系構成図を探っていきたいと考えているのです。
製産時点の条件を取り戻す ― 完全解体・研磨・伝達経路の確認 ―
そもそも当時の製産時点の状況、或いはその内部状態や工程別の検査基準などは、一次資料として確認できないと考えます。そのような状況だからこそ当方が重視する考え方があり、先ず「完全解体」という大前提により、全ての構成パーツのカタチをその動きと連携の側面から把握しきり、関係する金属材の経年劣化進行に伴う酸化/腐食/錆びを『磨き研磨』によって適切に除去します。その結果、組み立てていく際にオールドレンズ内部の「チカラの伝達」を基準に据えることが適い、各部位との連携やチカラの伝達が適切化された状態で仕上げられると言う、一連の工程を経ていく流れが重要だと考えています。
その工程の一つの例を挙げるなら、光学ガラスレンズを黄銅材やアルミ合金材といった金属製の格納筒に収納する際、内壁や接触箇所に生じた酸化/腐食/錆びについて、検査設備を備えていない個人である当方の限界の範囲内で処置を行い、寸法公差を意識しながら完全除去を目指しています。
当方は過去15年間に計3,545本のオールドレンズを整備してきましたが、酸化/腐食/錆びの除去作業そのものが施されていたと判断できた個体は、一度も出会っていません。この事実から、少なくとも当方が扱ってきた範囲においては、こうした除去作業は過去に施された整備工程として位置づけられていないと捉えています。
これは逆に考えるなら、そもそも製産時点に用意していたそれら金属製の構成パーツは、決して酸化/腐食/錆びが進んでいなかった状態で組み上げられていったハズだとの推測に依拠しています。つまりそのように仕上がった状態こそが、誰も知らないハズの「製産時点」に最も近い状態を表す『本来あるべき姿』ではないかとの概念が、当方には既に確立されていることを申し上げているのです。当方が行っている整備は、製産時点には存在し得なかった酸化/腐食/錆びなどの要素を可能な限り取り除き、チカラの伝達経路と光学システムが、本来の設計どおりに格納され得る条件を取り戻す作業である、との立場に立っています。
従って内部構造や部位別での連携やチカラの伝達に齟齬が生じた時、どうしてそうなるのかを都度考察、或いは検討し工程別に改善していくため、仮に最終的な組み上がり後に何か瑕疵が残っていた場合があるにしても、その瑕疵内容が、内部のどの部位でどのような原因によって発生し、最終的な瑕疵に繋がっているのかについて、逐一具体的に説明できるという『理論的整備』を心がけています。
要は当方の整備感覚には、製産後数十年~80年という時間を経ていることを理由にしない意識が明確に存在し、一般的に単に分解してその逆手順で組み上げていくだけの整備とは、まるで整備スタンスが異なっていることを表していると言えるのではないでしょうか。
オールドレンズの評価は、あくまでも光学設計とその成立基準に基づくものであるべきです。その実現のために製品設計が行われ、製産・組み立てへと具体化されていくと考えられます。一方で電子コリメーターのような検査機械設備が示す検査結果 (数値) は、無限遠での軸合わせや焦点位置、偏芯傾向などの「測定結果」であり、それ自体は有用であるものの、その一方で整備会社が扱うコリメーターによる測定値の捉え方は、製産時点の基準値を入手していないのであれば、それは製産時点を参照していることにはなっていないと認識しています。
つまり多くの場合で、整備会社自身の基準による判定に留まるものであり、設計上の成立条件そのものを保証する測定結果 (数値) ではない、という位置づけになっていると当方は受け取っています。従って当方が個人的に整備作業を行っているため、それは電子コリメーター機械設備を揃えることが資金面で難しく、その結果当方の検査基準では、無限遠位置でのピント面の確認をカメラ側ピーキング機能を活用してチェックすることに限定されます。
具体的に挙げるなら、当初完全解体する前段階で一度実写確認が行われ、整備後にも同一条件で実写確認することにより自分の眼で捉えた像面の相違を必ず確認しています。その際の無限遠位置の捉え方は、やみくもに遠方の被写体を狙って実写するのではなく、理論値として計算から求めた被写界深度の前側位置と、後側位置の両方で確認し、且つ簡単な計算値としての焦点距離 x 2,000倍という実距離での確認も合わせて行うことで、無限遠位置でのピント面の結像確認を実施しています。
しかし無限遠位置だけに頼らず、逆の最短撮影距離位置でもミニスタジオ撮影を各絞り値で実写することにより、やはり自分の眼で捉えたピント面とその周辺部の滲み方や収差の現れ方などに、四隅まで含め違和感や上下左右での収差の表出傾向に、均質性がちゃんと確認できているか確認する作業を実施しますから、法人格ではない個人ででき得る可能な限りの検査を実施しているとの認識に立っています。
その上で結像を担保する最大の要素は、光学システムに配置されているそれぞれの光学ガラスレンズが、適正な位置に正しく格納し終わっている結果示される「光路長の適正性」であるとの考えから、当方は完全解体した後に、過去メンテナンス時に着色されていた「反射防止黒色塗料」を溶剤を使い完全除去してしまいます。その上で最低限必要とする箇所に限定して最薄の塗膜で再着色を施し、光学システムの組み込み工程を完了させています。
つまり当方の場合は、完全解体・磨き研磨・機構全体の把握、そして製産時点の製品設計面で最も重要であると当方が捉えている「チカラの伝達経路の確認」という工程を通じて、内部の力学的整合性を整えたうえで組み立てています。そしてそこで初めて光学システム全般の格納手法の適正性が、しっかりした根拠により確立されたのだと認識できること・・つまり光路長の担保・・という道理に繋がっていると当方は捉えているのです。
このような整備思想と理念に基づきオールドレンズを組み上げていくことで、ようやくその実写にも、根拠が物理面・光学面で裏打ちされて『本来在るべき姿』への追求として集結するのではないかと言う「整備理論」なのです。どうか皆様にはこの点を以て、一般的な単なる整備とは受け取られないよう、切に期待するところで御座いますこと、お知らせ申し上げます。
― 主体はただ一つ、光学システムが光路長を担保できるようセットされること ―
当方の考えとしてこのレンズの内部では、ベルテレがゾナー型で示した面単位での光線制御が、ダブルガウス型の中で役割分担という形に読み替えられ、活用されているように感じられます。特定の面に収差処理を担わせ、他の面ではそれを乱さないという考え方を、面の数が多いダブルガウス型の構造の中に配置し直した結果として、f/1.4 という大口径と描写の安定性が両立していると考えることができます。結果この CANON LENS 50mm f/1.4 ( I型 / II型 ) の2つのモデルの登場は、今現在世界中でJapanese Summicronとまで評価されるに至っており、次なる当方の課題がまさに示されていると受け取られるのです・・。
◉ フランジバック
レンズマウント面から撮像面 (フィルムカメラならフィルム印画紙面でデジカメ一眼/ミラーレス一眼ならば撮像素子面) までの距離
◉ バックフォーカス
光学レンズの後玉端から撮像面 (フィルムカメラならフィルム面でデジカメ一眼/ミラーレス 一眼ならば撮像素子面) までの距離
予告:Summicron 50mm f/2 との比較へ ― 収差 ・ 写り ・ 空気感 ―
次では、Leitz / Leicaの Summicron 50mm f/2 の第2世代と第4世代を比較対象として取り上げて、各収差の違い、写りの違い、そして「空気を写す」と表現される描写感まで含めて検証を進めていきます。CANON LENS 50mm f/1.4 と Summicron 50mm f/2 を並べて追うことで、両者の設計思想と描写の違いを、より具体的に浮かび上がらせたいと思います。
但し、それを実施するにはまだまだ事前情報が不足しています。何よりも描写性を特定する基礎的情報である光学ガラスレンズの硝材が掴めていない時点で、その写り具合を評価することにはムリがあります。そこでここからはCANON LENS 50mm f/1.4の ( I型 / II型 )について、それらに採用されたと推定できる最も近似した仕様を持つ硝材を探っていく工程に移りたいと思います。何故なら、光学設計から創出される描写性は、光線光路を辿ることから掴むことができますが、その為には光学ガラスレンズ、つまり硝材を特定しない限り屈折率もアッベ数も決まらず、光線光路を辿ることができないからです。そのために一次資料も二次資料も発見できないのであれば、記号的推論形式に頼って特定していくことになります。従ってそれは光学設計概念、ひいては光学設計者の設計概念を辿ることをも意味しており、光線制御の特徴や個性を探索することにより初めて、光線の光路が浮かんでくると言う繋がりになっていますから、先ずは特許出願申請書の特定、或いはそれが難しければ、せめて開発者として最も該当性が高いと推定できる光学設計技師を探す作業が、最も重要な探索方向になる道理なのだと言えるのです。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
伊藤宏のUS2836102A ― 最初に「f/1.4」を志向した発明案件 ―
←『US2836102A (1955-08-16)』米国特許庁宛て出願
キヤノンカメラ在籍伊藤宏氏による発明案件
ここで改めて紹介したいのが、伊藤宏による特許出願申請書 (㊧) です。この特許出願申請書の Fig.1 (実施例.1と言う意味) には、f/1.4 の実施例が示されています。事実として、この実施例では、前群が 凸メニスカス>凸メニスカス>(接着の両凸+両凹) という構成で描かれており、後年に知られる4群6枚ダブルガウス型光学系の量産型構成とは一致していません。ここで語るのは量産品との一致・不一致ではなく、特許出願申請書という一次資料の中に記されている設計思想と、そこに示された光学的な狙いそのものです。
当方の推論として、この Fig.1 に示された f/1.4 の実施例は、キヤノンカメラ内部で大口径標準レンズ f/1.4 を成立させるために検討された設計思想の、或る一段階を表していると捉えられます。どの面にどのような役割を与え、どの収差をどこで扱うかという面単位の制御を前提としながら、できるだけ少ない構成でまとめようとする姿勢が読み取れます。ただし、これが量産設計へ直結したとは言えず、その点を断定できる根拠は確かに存在していません。なおこの特許出願申請書にはもう1つFig.2が掲示されており、f/1.2モデルの量産品に繋がる光学設計ではないかと推測しています (f/0.95モデルは向井二郎の発明案件)。
向井二郎の US2926564A ― 4群8枚という別系譜の設計思想 ―
←『US2926564A (1956-10-05)』米国特許庁宛て出願
キヤノンカメラ在籍向井 二郎氏発明案件
ここで比較対象として確認しておきたいのが、向井二郎による特許出願申請書 (㊧) です。この発明案件では4群8枚の変形ダブルガウス型光学系の構成が示されており、複数の接合レンズを追加することで個々の面に与える役割を細分化し、収差補正の自由度を高めていく設計思想が展開されています。事実として、この構成は、ダブルガウス型が本来持つ前後対称形に準ずる骨格の上へ追加要素を重ねていく方向で整理されています。
当方の推論として、この特許出願申請書は、すでに発売されていた (伊藤宏による) f/1.8 などに見られる4群6枚ダブルガウス型光学系の延長線上にはなく、枚数を増やすことで収差処理の分担点を増やすという別の系譜に属していると考えられます (つまり設計思想がまるで違うと捉えています)。最小限の構成でバランスを取ろうとする方向ではなく、構成を拡張することで制御を細分化しようとする方向が設計思想の主軸に据えられており、この点で後年の4群6枚ダブルガウス型光学系との設計思想の連続性を見出すのは難しいと判断できます。
両者の違いと「近似性」という視点 ― 量産品に繋げるために ―
一方で、伊藤宏による US2836102A (1955-08-16) では、Fig.1 の f/1.4 実施例において、枚数を抑えながら各面の役割を整理して収差配分を整えようとする「集約型」の設計方針が示されています。当方の推論として、ここには、既に存在していた f/1.9 や f/1.8 のダブルガウス型と連続する枠組みの中で、大口径化に伴って増大する収差を抑え込もうとする方向性が読み取れます。これに対して、向井二郎の US2926564A は構成を拡張し収差を分散させる方向に向かっており、設計アプローチそのものが別の流れに属しています。したがって当方は、特許出願申請書と量産品とを直接結び付けるのではなく『光学設計思想』という観点から整理した結果として、伊藤宏の US2836102A のほうが、後年に知られる4群6枚ダブルガウス型光学の方向性により近い発想を示していると推定しています。さらに事実として、実際にwikiでは f/1.4 の開発者を伊藤宏であると記載しており、この点は当方の推論を補強すると同時に、考察の流れとして整合性をも消化していると受け取っています。
US2836102A を確定資料として扱う ― いよいよ硝材構成を読み解く ―
ここから先の考察では、CANON LENS 50mm f/1.4 I型と言う量産品に繋がる、伊藤宏による特許出願申請書 US2836102A (1955-08-16) を、当時の設計思想を読み解くための確定資料として扱っていくことにします。この特許出願申請書に記されている仕様諸元値をもとに、各構成レンズの硝材を一つずつ照合していった結果、数値の近似性が最も高い組み合わせとして (左から右方向に光線が透過していく向きとして、順に構成1枚目、2枚目、3枚目の順) ・・・・・・、
SSK5 → SSK5 → SK4 → F2 → (絞り羽根) → BaF10 → SSK5 → SSK5
・・・・という硝材構成に到達しています。これは、仕様諸元値を基準として順に候補を絞り込みながら、当時既に入手可能として流通していた硝材群を候補として探索した結果、どこに落ち着くのかを確認していく過程で見えてきた組み合わせであり、一旦「推定値」として扱いながらも整理してきたものです。そうした照合作業の積み重ねを踏まえると、US2836102A に示されていた f/1.4 の実施例については、最終的にこの硝材構成をもって特定できたと判断できます。
I型についても同じ手法で硝材を追う ― 実測値・構成図・放射線量から ―
ここで視点を移し、CANON LENS 50mm f/1.4 の I型について整理していきます。当方の手元では、実物個体から取り出した各構成レンズについて、厚み・曲率・配置関係などの実測値を取得し、それらをもとに光学系構成図をトレースしています。さらに、各レンズの放射線量についても個別に計測し、すべて自然放射線レベルであることを確認しています。つまり、光学系の形状情報と、素材側に関わるデータの双方が揃った状態で検討を進められる条件が整っているわけです。
この I型についても、直前で扱った US2836102A の場合と同じ手法を適用し、仕様諸元に相当する実測値を起点として、当時すでに流通していた硝材群 (新種硝材も含む) の中から順に候補を照合していきました。戦後間もない時期に日本国内で入手可能であった硝材の枠内で、屈折率とアッベ数に放射線量まで含め、それらの該当性を突き合わせていく作業を積み重ねていった結果、最終的には・・・・、
LaK10 → F2 → SK5 → (絞り羽根) → F5 → LaK9 → SK5
・・・・という硝材構成へと収束しています。これは、量産品であるI型という実在個体に対して、実測値・構成図・放射線量という複数の確定情報を横断的に突き合わせ、その整合関係を確認しながら到達した硝材特定の結果でもあり、物理的に検証できていると認識しています。
II型で何が変わったのか ― 同一硝材のまま面配分を再設計した可能性 ―
ここまでの整理から、今度は同様の手法を執りCANON LENS 50mm f/1.4 II型についても、量産品の実在個体をから取り出した光学ガラスレンズを対象に実測した結果から、CANON LENS 50mm f/1.4 の I型と II型のいずれも、4群6枚という同一の光学構成を基礎としながら、硝材については「LaK10 → F2 → SK5 → F5 → LaK9 → SK5」という同一の組み合わせで成立しているとの結論に集約されたと考えられます。放射線量の実測値も両モデルで整合しており、トリウム系硝材の使用を否定しつつ、その一方でランタン系硝材を許容する範囲に収まっている点で、共通した条件が見られます。当方の推論として、II型における変更点は、硝材そのものを入れ替えたのではなく、同一の硝材セットを前提としながら、曲率や厚み、レンズ間隔の配分を再整理した再設計であると捉えるのが自然です。
そこでまず注目できるのは前群のパワー配分です。強い凸メニスカスと、その直後の接合レンズの曲率関係を僅かに割り振り直すことで、開放付近で現れる球面収差やコマ収差の出方を整え、像の中心から周辺にかけての解像感やフレアの量を調整している可能性があります。次に、絞り羽根の前後に位置するレンズ間隔と、後群側の接合レンズの曲率配分が、像面湾曲や非点収差のまとまり方を改善する方向で調整されていると考えられます。ここは、ピント面の形状を左右する重要な領域であり、I型よりも周辺部の描写を安定させる狙いが読み取れます。さらに、像側に近い構成5枚目のレンズおよび後玉の曲率と厚みについても、焦点外領域の滲み方や、結像面近傍コントラストの立ち上がり方を整理するために微調整が加えられていると推測できます。これにより、開放時の柔らかさをある程度保ちながらも、全体としては I型よりも締まりのある解像感の向上を狙った描写へと追求した痕跡の可能性があります。
総じて当方の推論として、II型は I型と同一の硝材セットを維持したまま、前群のパワーバランス、絞り前後の配置、後群終端部の曲率と厚みという要所を中心に、収差配分を僅か割りに振り直した再設計であると考えられます。ここで見えてくる描写の差は、硝材の違いではなく、同じ硝材をどのように使い直したかという設計上の選択に起因していると捉えられるのです。
総 括 ― ダブルガウス型へと収束していった設計の行方 ―
ここからの内容には、事実とともに当方の推論が要所的に含まれていることを先に明示しておきます。
ここまで辿ってきた流れを改めて振り返ると、出発点にはルートヴィッヒ・ヤコブ・ベルテレが示したゾナー型の特許出願申請書がありました。ベルテレの発明案件では、少ない面数の中で特定の面に収差処理の役割を集中させる手法が、構成図と文章によって明確に示されていました。ここで学びとして重要だったのは、「面ごとの役割分担」という発想でした。
この考え方が、戦後の伊藤宏にとって大きな刺激になり、単にゾナー型を模倣するのではなく、ダブルガウス型の枠組みの中に読み替えていく「転換作業」の骨格として作用していったと捉えています。その延長線上に、まずは f/1.8 を対象とした特許出願申請書 US2681594A があり、次いで f/1.4 を掲げた US2836102A が現れます。いずれも、ダブルガウス型という対称系のなかに「面単位の制御思想」をどう埋め込むかという試行錯誤の軌跡でした。
一方で、市場ではゾナー型の大口径標準レンズが標準域の上位として提示され、Nikon をはじめとする競合各社が3群7枚ゾナー型光学系による f/1.5 クラスを展開していました。キヤノンカメラ自身も Serenar / Canon 50mm f/1.5 というゾナー型をラインアップに加え、一度はベルテレの流れに連なる構成を自社で実装しています。これは単なる追従ではなく、ゾナー型という枠組みで「面制御」を自分たちの計算で検証する段階であったと見られます。そのうえで主軸はダブルガウス型に置き直され、f/1.8 から f/1.4 へと主力がシフトしていきました。
そして前述のCANON LENS 50mm f/1.4 I型と II型は、そのダブルガウス型への収束が具体的な形になった到達点として位置づけられます。US2836102A に示されていた f/1.4 の実施例を基礎的資料としつつも、実在する I型個体とII型個体それぞれの実測値と放射線量、さらに当時すでに流通していた硝材の範囲を照合させて踏まえていった結果の結論・・・・・・、
LaK10 → F2 → SK5 → (絞り羽根) → F5 → LaK9 → SK5
・・という硝材構成に共に到達する過程は、I型から II型への変化は硝材変更ではなく、前群のパワーバランス、絞り前後の配置、像側に近い構成5枚目の曲率や厚みといった要所で収差配分を割り振り直しの結果であると結論づけでき、全体として I型よりも締まりのある解像感の向上を狙った描写へと追求した再設計であったと整理できます。
この流れのすべては、レンジファインダーカメラというフランジバックの前提条件の中で進められていました。L39マウントの制約下で距離計連動とピント精度を確保しながら、f/1.4 を標準レンズの中核に据える設計戦略は、レンジファインダーの限界と向き合いながら、その枠内で達成できる最適解を詰めていく営みだったように見えます。f/0.95 や f/1.2 といった大口径モデルが存在していたとしても、主軸は依然として 50mm f/1.4 に置かれていたと考えられます。
その意味で、CANON LENS 50mm f/1.4 I型および II型で達した完成度は、レンジファインダーカメラと L39 マウントの条件下での一つの「終点」を示していたとも受け取れます。ここに到達した段階で、標準レンズをレンジファインダーカメラの枠内で大きく更新する難しさが見え、一眼レフシステムへの舵切りが近づいていた時間軸の中に、これら二本の f/1.4 を置いて眺めることができると感じられるのです。
なおここで改めて指摘できる一つの疑念をご紹介します。それは、1961年に登場するレンジファインダーカメラ「CANON 7」発売まで、取扱説明書の中に f/1.4 の I型および II型が掲載されないまま推移していった事実です。I型の発売から凡そ4年弱の期間、発売され続けていたレンジファインダーカメラの取扱説明書の中 (オプション交換レンズ群一覧) には、Serenar 50mm f/1.5しか印刷されていませんでした (後にCANON LENS 50mm f/1.5と訂正されている)。
・・実はこの点に着目して研究しているサイトがなかったのです。
この疑念について、現段階での考えとして触れておくなら、I型 / II型で採用された LaK10 や LaK9 といったランタン系クラウンガラスは当時として割高であり、供給や歩留まりの管理と直結する素材でした (これは当時の事実です)。コスト管理と需要・供給のバランスを慎重に見極める必要があった可能性があります。或いはさらに穿った捉え方をするなら、既に発売されていたf/1.8の人気 (市場受けの良さ) に対して、フラグシップモデルたるf/1.2やf/0.95の需要に社内的な懸念があったのかも知れません。そしてレンジファインダーカメラという方式の限界が社内で共有され始め、前述のように一眼レフシステムへの移行が視野に入っていた判断が影響していた可能性もあります。
その結果、CANON LENS 50mm f/1.4 I型と II型がオプション交換レンズ群として正式に扱われるタイミングは、Serenar 50mm f/1.5 がラインアップから姿を消していく事実とも重なります。つまり「CANON 7」登場の段階でようやく f/1.4 が、Serenar 50mm f/1.5 と入れ替わって、標準レンズ域の中核として明確に位置づけられ、取扱説明書のオプション交換レンズ群の中にようやく掲載されたのではないか、という流れとして整理できるのです。
これが冒頭で話した当時のキヤノンカメラの裏事情 (ホンネ) なのでないかとの憶測から、そもそもこの物語がスタートしていましたから、このように一つのモデルを視る角度を違えてみることで、それまで見えていなかった、気づけていなかった別の側面が明らかになる機会を得られるのだと、当方自身が改めて考えたことをここで明かします。その上で次なる描写性の比較・・Summicronとの比較・・に繋げていきたいと思います。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
↑上の図は、それぞれCANON LENS 50mm f/1.4 I型とII型、さらにLeitz/Leica製Summicron 50mm f/2 第2世代を対象にした、それぞれの寄与度を示す積層縦棒グラフとして作図し一目瞭然で影響度合いが分かるようにしています。
なおこの積層縦棒グラフで取り組んでいる対象の「空気感/空気を写す」に関する話は、以前このブログにアップした『第83話:Leitz / Leicaの真髄「Luftbildlichkeit」とは・・』で、とても詳しく解説しているので興味がある方はご参照下さいませ。
これは当時のLeitz/Leicaが非常にこだわりをもって、初期段階から一貫して (今日まで) 取り組み続けた「空気層を写し込む光学技術」に関する内容を探索したストーリーですから、単に解像度だけの向上を狙っても決して体現できなかった理由が掴めると思います。それは特に日本の光学メーカーにとっても、既に当時から光学技術面での大きな課題に捉えられていたと考えられる要素なのです・・つまりそれほど難しい課題であると言えます。そしてそれは或る意味、光学技術である以上、解像度を採るのか、空気感を採るのかとの究極的な二者択一の方向性になっていく中で、当時から現在まで粛々とこだわり続けているのがLeicaではないかとも言えるのではないでしょうか。
ちなみにCANON LENS 50mm f/1.4のI型 / II型の登場時期はそれぞれ1957年と1959年ですから、それに合わせてLeitz/Leica製Summicrn 5cm f/2側も第2世代をピックアップしている為、同年代同士での比較として仕上がっています。結果、それぞれの実装光学系の硝材 (光学ガラスレンズ) の前提条件が、互いにとても近似していると評価でき (少なくともCANON LENS側は同一硝材)、それぞれでの相違点はチョイスした硝材の光学設計面での曲率に厚みなど、凡そ光学設計者の思惑が大きく前面に現れている要素での比較になっていると考えられ、フラットに眺められる、考察できるとてもオモシロイ (物理的・光学的) 比較ではないかと思っています。
このような角度で捉えようとする手法も、時には興味が増す機会を創出してくれる動機になるやも知れません。当方的には、今回の探索で、世界中で「Japanese Summicron」との俗称で呼ばれている理由に、なんとなく納得できたような気持ちになっており、これはこれでまたCANON LENSの特に「Sレンズシリーズ」に対する印象が、固まってきたように感じています。
これら2つの積層式縦棒グラフの中に含まれる赤色:最終像としての空気の「存在感」と言う領域、面積は、空気層そのものの存在量や強弱、或いは濃淡や深さなどの優劣を示す大小を表していません。これら2つの積層式縦棒グラフに於ける、それぞれの他の要素の比率と配分量を測るために、最終的な面積として確定しているにすぎませんから、この点ご留意下さいませ。つまり他の要素の面積が大きければ、その分寄与度が高いことを読み取るための積層式縦棒グラフとして生成しています (空気層の表現性自体を3つのモデルで並列的に比較しているグラフではありません)。
これは相応の時間をかけて、ChatGPTを活用しながら積層式縦棒グラフの構成と内容を詰めていった際、実のところ「空気層の表現性」の解釈には、どうしても人の捉え方と言う感性面の影響を排除できないとの結論に達したことから、敢えてその感性面を含まない物理的、光学的な要素にのみ着目するべく結論づけられた (凡そ1日がかりで作り上げた) 積層式縦棒グラフとして完成しています。だからこそ、上記のとおり、赤色:最終像としての空気の「存在感」の面積を絶対値として捉えないよう敢えて配慮している次第です。
従って、例えば㊨積層式縦棒グラフの中で、最も赤色:最終像としての空気の「存在感」の面積が大きいモデルは、CANON LENS 50mm f/1.4のII型のように見える為、如何にも空気層の表出がこれら3つのモデルの中で最大のように見えがちです。しかし空気層の表現性の大小を表すグラフとして生成していませんから、そのような受け取りは間違っていることになります。以下の凡例の説明をお読み頂ければ分かると思いますが、それぞれの積層式縦棒グラフは、様々な要素のほうが主体であり、赤色:最終像としての空気の「存在感」はその結果を示しているにすぎません (要素別の比率を見るグラフなので、そのように仕上がりました)。
㊧:空間描写への寄与度 (工業製品として何の要素が影響しているのか)
・茶色:人為的・思想的要因
設計思想、時代背景、設計者の意図など、人が判断した方向性による寄与。
・青色:意図的に残された光学的揺らぎ
完全補正せず、敢えて残した収差やクセが生み出す空気感。
・緑色:物理特性そのものによる空気描写
硝材・形状・屈折特性など、光学ガラスレンズ自体の物理的特性が生む影響。
・橙色:透過率・内部反射制御
コーティング、迷光制御、バッフル処理などによるコントラストと空気感の調整。
・赤色:最終像としての空気の「存在感」
撮影結果として目に現れる、空気層が“在る”ように感じられる度合い。
㊨:空気描写構成指数 (こちらは諸収差の空気感への影響度合い)
・茶色:球面収差の残存寄与
ピント面の芯の出方、前後ボケの滲み方、柔らかさ・芯の強さのバランスに影響する要素。
・水色:コマ収差・非点収差の残存寄与
画面周辺や斜め方向の光で発生する、像の流れ・点像の羽根状の広がり・周辺の立体感や揺らぎ
・緑色:像面湾曲の残存寄与
ピント面が平面にならず、ゆるやかに曲面として存在する度合い。
・黄色:色収差の残存寄与
残存軸上色収差・倍率色収差による、エッジの微かな色づき・高輝度部の極薄いフリンジ。
・赤色:最終像としての空気の「存在感」
上記全ての結果、空間に湿度感がある・空気が厚い・被写体が空気の中に「置かれている」感じ。
I型の空気層への寄与 ― 収差配分と揺らぎが主導する構成 ―
I型の㊧グラフでは、空気層の存在感 (赤色) が3本の中で最も小さい一方で、人為的・思想的要因 (茶色) と意図的に残された光学的揺らぎ (青色) が、ともに大きな比率を占めています。物理特性そのものによる空気描写 (緑色) と透過率・内部反射制御 (橙色) は相対的に小さく、特に緑色は3本の中で最小、青色は3本の中で最大という配置になっています。
当方の推論として、I型では空気層の存在感は、硝材や透過率といった基礎条件よりも、まず収差配分の決め方と、その上に乗る揺らぎの残し方によって形づくられていると整理できます。人為的・思想的要因 (茶色) が大きいということは、球面収差・像面湾曲・軸上色収差といった収差をどこまで残すか、どこで切るかという設計判断が、意図的に強く介在しているということです。さらに、意図的に残された光学的揺らぎ (青色) が3本の中で最大である事実からは、収差を完全に固定してしまうのではなく、撮影条件やピント位置、絞り値の変化に応じて描写の表情が変化し得る余地を残していると見なせます。
物理特性そのものによる空気描写 (緑色) の比率が最小である点は、I型において空気層の存在感が「硝材の違いだけ」で説明できるものではなく、同系統のガラスを用いながら、曲率や厚み、各面の配置によって収差の残し方を調整している比重が高いという意味合いを持ちます。透過率・内部反射制御 (橙色) の比率が小さいことも合わせて考えると、I型の空気層は、高いコントラストや迷光抑制によるクリアさよりも、収差の配分と揺らぎの扱いによってピント面周辺に生じる僅かな滲みや奥行き感が、そのまま「空気層の存在感」として認識されるタイプであると整理できます。
II型の空気層への寄与 ― 収差配分の再調整と物理特性の比重増加 ―
II型の㊧グラフでは、最終像としての空気の「存在感」(赤色) はI型より大きく、Summicron よりは小さい中間的な比率になっています。人為的・思想的要因 (茶色) の比率はI型より抑えられ、物理特性そのものによる空気描写 (緑色) の比率はI型より増加しています。意図的に残された光学的揺らぎ (青色) は、I型ほどでないものの一定の面積を維持しており、透過率・内部反射制御 (橙色) もI型よりは比率が増えている構成になっています。
当方の推論として、II型では空気層の存在感に対する主な寄与は、I型に比べて「収差配分だけに依存する割合をやや下げ、物理特性と透過率・内部反射の側に比重を振り直した」状態と捉えることができます。人為的・思想的要因 (茶色) の比率がI型より減少していることから、球面収差や像面湾曲の残し方は、I型ほど強く揺らぎに委ねず、より安定側へ寄せる方向で再調整されていると考えられます。そのうえで、物理特性そのものによる空気描写 (緑色) の比率が増えている事実は、同系統の硝材を前提としつつも、曲率や厚みの取り方を変更することで、空気層に対するガラス側の寄与を強めていることを示唆します。
透過率・内部反射制御 (橙色) がI型より増加している点からは、II型ではフレアや迷光の抑え方、コーティングや内面反射処理によるコントラストの安定が、空気層の見え方に対してより明確な役割を持ち始めていると整理できます。意図的に残された光学的揺らぎ (青色) が残されている一方で、その比率がI型ほど大きくないことは、収差が原因となって生じる、ピント面の芯の出方やボケの滲み方、周辺像の落ち着き方などの変化を、一定の範囲に整理しつつ、ピント面とその前後の情報をより安定して結像させる方向へ舵を切ったと見るのが妥当です。その結果として、II型の空気層の存在感は、I型に比べて収差と揺らぎの影響がやや整理され、物理特性とコントラストの側から支えられる比重が増した状態として位置づけられます。その結果として、II型の空気層の存在感は、I型に比べて収差と揺らぎの影響がやや整理され、物理特性とコントラストの側から支えられる比重が増した状態として位置づけられます。従って、I型のように柔らかく溶けるような空気感ではなく、ピント面の輪郭がやや引き締まりつつ、その周囲に空間の厚みが落ち着いて付随する描写へと変化していると捉えられます。すると例えば、部屋の中で天井から下がる電球照明にピントを合わせた場合、その照明器具の輪郭や質感ははっきりと描き出されながら、その周囲の空間にごく薄い層のような「空気の存在」が僅かに感じ取られる、その程度の印象として理解すると分かりやすいと思います。
Summicron の空気層への寄与 ― 物理特性と光学制御を軸にした構成 ―
Summicron の㊧グラフでは、最終像としての空気の「存在感」が3本の中で最も大きく示されています。物理特性そのものによる空気描写 (緑色) の比率も3本の中で最大であり、透過率・内部反射制御 (橙色) の比率もI型より明らかに大きく、II型と比べても高めに維持されている構成になっています。その一方で、人為的・思想的要因 (茶色) と意図的に残された光学的揺らぎ (青色) の比率は、I型ほど大きくはなく、II型と比べても抑制方向に寄っている配置が読み取れます。
当方の推論として、Summicron 第2世代では、空気層の存在感は、収差を積極的に残して演出するというよりも、物理特性と、透過率・内部反射の制御が一定の範囲で整理されており、その上で収差配分によって空気層の存在感が位置づけられている、と整理できます。物理特性そのものによる空気描写 (緑色) の比率が最大であるという事実は、硝材選択・屈折率・アッベ数・曲率・厚みといった光学ガラスレンズ本体の設計要素が、球面収差や像面湾曲、軸上色収差の抑え込み方を主導しており、その結果としてピント面の安定性と空間的な整合性が高い水準で確保されていることを示しています。ここで重要なのは、II型のように「収差が整理された結果として空気が感じられる」のではなく、空気層そのものが、最初から描写の一部として意図的に組み込まれている点です。ピント面の解像度を基準として画面全体をまとめ上げながら、その周囲の空間には、設計段階で明確に配分された収差の効果として、極薄い空気の層が常に伴うように構成されており、被写体が空気の中に確かに存在している印象、あるいは被写体と空気層とが明確に並列的に描かれているような印象として描かれるよう、光線光路の制御が予め計算されている、と当方は整理しています。つまり最終像としての空気の「存在感」の面積は、これらの収差配分の結果としてグラフ上に現れているにすぎず、空気層そのものの優劣や濃淡を直接表しているワケではありません。読み取るべきなのは、どの収差がどの程度の比率で残され、その組み合わせによって空気層がどのように意識される描写へと結びついているのか、その構造です。
さらに透過率・内部反射制御 (橙色) の比率が高いことは、フレアや迷光の抑制、コーティングによるコントラスト確保が、空気層の見え方に対して重要な役割を担っていることを意味します。人為的・思想的要因 (茶色) と意図的に残された光学的揺らぎ (青色) の比率がI型より抑えられている点から見ると、Summicron では、収差の残し方によってピントの芯やボケが不安定に変化して見える描写よりも、ピント面そのものを基準として画面全体を整合させ、そのうえで空間の情報を主役である被写体にどのように重ねるのか、という方向へと光学設計上の重心が実際に移り始めている段階だと当方は捉えます。
ここで重要なのは、空気層が単なる残存収差の集合ではなく、ピント面とは別の次元に位置づけられた描写要素として、被写体と同格に扱うかどうかの判断が切り分けられ始めている点です。第2世代の Summicron では、被写体の解像感と空気層の存在感がまだ完全に分離してはいないものの、光線光路の配分という設計の段階において、両者を別個に扱う意識へと明確に移行しつつある描写として理解できます。
さらに、その後の第3世代・第4世代でより顕著になる、被写体と空気層が並列的に成立し、互いに協調しながら画面を構成していく描写への移行過程が、すでにこの第2世代で始まっている、と整理できます。空間表現そのものが、Leitz/Leica に於いて単なる付随現象ではなく、描写を組み立てるための「意図的な武器」として組み込まれている・・当方はそのように理解しています。
㊨のグラフに示される描写構造 ― 収差配分から読み解く空気層 ―
㊨の積層式縦棒グラフは、I型・II型・Summicron の3本について、球面収差、コマ収差/非点収差、像面湾曲、色収差といった残存収差の寄与を比率として積み上げ、その最上段に、結果として認識される空気層の存在感を配置しています。ここで最初に確認しておくべき点は、赤色で示される最終像としての空気の「存在感」の面積は、優劣や濃淡そのものを指す指標ではなく、各収差の配分によって最終的に成立している「結果」としての比率である・・ということです。ちなみにこれは㊧の積層式縦棒グラフも同じ前提になっています。
I型では、球面収差の寄与が他のモデルよりも相対的に大きく、さらにコマ収差/非点収差も比較的高い比率で残されています。像面湾曲と色収差はII型と近い水準に整理されていますが、全体として見ると、複数の収差がそれぞれ異なる大きさで関与し、その総和として空気層の存在感が成立している構造です。空気層は単一の収差によって形づくられているのではなく、複数の要素が重なり合った結果として画面上に意識される描写として現れます。
II型では、球面収差がI型より抑制され、コマ収差/非点収差も整理されています。その一方で、空気層の存在感はI型より明確に大きく表れています。これは、残された収差が無秩序に積み重ねられているのではなく、どの収差をどの程度残すのか、その配分そのものが描写の方向性として整理されていることを示唆します。結果として、ピント面の描写が本格的に整いながらも、空間の厚みや、被写体が空気の中に置かれている感覚が強く意識される構造となっています。
Summicron では、最終像としての空気の「存在感」はII型より小さいものの、I型よりは明らかに大きい中間的な比率に位置します。球面収差を制御する人為的・思想的要因 (茶色) はI型より抑制され、コマ収差・非点収差を示す意図的に残された光学的揺らぎ (青色) も、II型に近い控えめな比率に整理されています。像面湾曲に繋がる物理特性そのものによる空気描写 (緑色) が最も大きく、I型・II型よりも明確に増加しており、色収差が含まれる透過率・内部反射制御 (橙色) は3本で最小です。ここで重要なのは、Leitz/Leica が第2世代の光学設計において明確に「ピント面の解像度」と「空気層の存在感」とを、別々の付随現象としてではなく、設計上の一体構造として扱っている点です。空気層は、制御できない収差の残影として取り扱われているのではありません。球面収差の抑制量、像面湾曲の扱い、周辺部での収差配分といった設計段階での意図的にそして恣意的に行われている判断の積み重ねによって成立させられている描写要素として位置づけられます。すなわち、第2世代の Summicron では、Leitz/Leica 自体が、空気層の描写を光学設計上の戦略の一部として組み込んでいる、と整理できるのです。
もう一度指摘しますが、㊨の積層式縦棒グラフに於ける最終像としての空気の「存在感」の面積は、これらの収差配分の「結果」として現れているにすぎず、空気層そのものの優劣や濃淡を直接表しているワケではありません。読み取るべきなのは、どの収差がどの程度の比率で残され、その組み合わせによって空気層がどのように意識される描写へと結びついているのか、その構造であり、そこに光学設計が大きく関与している (つまり収差の制御) と考えることができるのです。
I型・II型と Summicron ― 空気層をどう扱ったのか ―
CANON LENS 50mm f/1.4 の I型と II型を、Summicron「第2世代」に重ねて見たとき、最も大きく浮かび上がるのは「空気層の扱い方」の違いです。
事実として確認できるのは、Summicron では、ピント面の解像度を基軸に据えたうえで、その周囲に極薄い空気の層を伴わせる描写が、光線配分や収差の扱い方の中で一貫して成立しているという点です。そこには、被写体と空気層とを、同じ画面内で「別の位相」として扱おうとする方向性が読み取れます。
・・ここから先は、当方の推論として整理します。
Leitz/Leica の描写思想の中には、Oskar Barnack (オスカー・バルナック) 氏の黎明期から一貫して「空気を写す」という感性面の認識が、戦略的に組み込まれていたと考えられます。Ernst Leitz 二世、Max Berek (マックス・ベレク) らによって、その方向性は光学設計の判断の中で継承され、空気層が単なる残存収差ではなく、被写体と並列する描写要素として扱われてきた結果、「Leitz/Leica は空気を写す」という評価が世界的に定着した・・と整理できます。
一方で I型については、空気層が描写の主題に関与するような構造には至っておらず、あくまでもピント面の成立と、解像感・コントラストの確保が優先されていると位置づけられます。空気層が独立した表現として際立つというより、結像の一部に吸収されていく描写として理解できます。
II型になると次第に状況は変化します。ピント面のリアルさを補強する方向で、空気層を薄く重ねるような描写が、設計判断の中に意識的に取り込まれ始めている可能性が感じられます。つまり、空気層がピント面を支えるひとつの要素として扱われ始めた段階であり、Summicron のように被写体と空気層が同格で並列的に成立するところまでは到達していない、という位置づけになります。
・・ここで浮かび上がる対比は次の通りです。
キヤノンカメラの I型・II型では「解像感という客観的価値」を軸とした光学設計の結果として、空気層が補助的に現れる傾向が強いのに対し、Leitz/Leica では、黎明期から「空間表現そのもの」を描写の核に据え、観念的な要素を切り捨てず、戦略として組み込み続けてきた、その差が最終的に描写の質感として明確に分岐した・・と整理できるのです。
従って「空気層の表現性」という課題においては、I型と II型は Summicron の方向へ部分的に接近しつつも、最終的には別の価値体系に立脚しており、Leitz/Leica が築いた空間表現とは、本質的に異なる地点に位置していることが浮き彫りになったと当方は捉えています。
つまり確かにCANON LENS 50mm f/1.4のII型では、明確に「空気層の表現性」が前面側に (或る意味初めて) 現れたものの、そもそも写真哲学の出発点から、相変わらず違ったまま続いていたのだと・・気づいたのです。
I型・II型と Summicron ― 写真に於ける「空気」の扱いが分岐した地点 ―
ここで見えてくるものは、個々のレンズの性能差というよりも、レンズという道具が写真に対してどのような役割を果たすべきかという、描写の哲学そのものが大きく違っていたという構図です。日本の光学メーカーは戦後の工業技術発展の中で、解像度の向上や収差の抑制、結像の安定性といった、測定可能で客観的に評価できる指標をひたすら追い求め、高めていく方向へ進みました。その過程で、空気層の表現はピント面のリアルさを補強するための「素材要素」として整理され、あくまでも結像性能を支える側に置かれていきました。
それに対して Leitz/Leica の系譜では、レンズは単に情報を忠実に写し取るための装置ではなく、被写体と空間との関係をどのような感覚として提示するのか、という問いが設計の中心に据えられていたと考えられます。空気層の表現は、解像度の副作用として付いてくるものではなく、被写体と並ぶもう一つの描写要素として位置づけられ、設計判断の中で意識的に保持され続けました。当方の考えとして、この積み重ねが結果的に「Leica は空気を写す」という評価に結びつき、現在まで一貫して語られる特徴として残ったのだと整理できています。
このように見ていくと「空気層の表現性」と言う要素に限定して考察した時、I型や II型が Summicron に完全には近づけなかった理由は、単純な性能差ではなく、レンズ設計の段階で何を優先するかという思想そのものが異なっていた点にあった、と捉えることができます。空気層をピント面の補助として扱った日本の方向性と、空気層そのものを表現の一部として組み込んだ Leitz /Leica の方向性とが、ここで明確に分岐している・・と理解できる位置づけです。
オールドレンズと言う工業製品を使い、そこから先に「人間」としての光学設計技師を炙り出し、その結果生まれた量産品が、実は再び人間に対して、立場や職業に関係なく遍く反応を促す。こういう「循環サイクル」に、とても平和的な魅力を感じました。今の世知辛い世の中で、せめてもの期待 (それは希望も含みます) として、オールドレンズの先に写る被写体に重ねて考えたい・・当方の心持ちは、いつしかそのように変化していったのです。
日本よりも先に発展が進んだ海外での写真撮影文化とその技術は、黎明期では記念と言う要素よりも現場を忠実に残す「記録写真」としての要素のほうが重要であり、主体だったと考えています。その中でやがてLeitz/Leicaによって記録から表現へと写真文化の素性が大きく変化していったとの受け取りが当方にはあり、それによって当方は明確に日本の光学メーカーの技術面に即した戦略性が差別化を超えて「写真文化に対する哲学の差」として明確に感じ取れてしまったのです。
今回当方は、Leitz/Leicaが、今現在まで継承し発展させ続ける「空気を写す表現性」との戦略に着目し、その一方で日本の光学メーカーがそれに追従しなかった (或いは追従しきれなかった) 根拠にスポットを当てて、その探索の中から当方の気付きとして得られた内容「そもそもオールドレンズ、ひいては写真文化に対する哲学の違いが、明確に分かれていた歴史の営みを知ってしまった」ことに由来して、このような説明に臨みました。
巷では特に海外に於いて、CANON LENS 50mm f/1.4、さらにその中でここまでの探索からII型が「Japanese Summicron」といまだに評価され続けている事実は、とてもありがたく、そして嬉しいことです。然しそこには実のところ、その根底に在る「空気層の表現性」について、評価する側の嗜好が大きく影響していることも、同時に知る機会になりました。それは「空気が写る」程度に評価する側が反応していることを表しています。つまりLeitz/Leicaが意識的に戦略化していった写真文化への「人の感性との接点」と言う取り込みについて、まさにユーザー側 (人間) が直接反応している、すでにその『証明』になっていると、今回受け取りました。それはLeitz/Leicaの戦略の成功と確立をも証してしまったと言えないでしょうか・・。
このように、単なる工業製品であるオールドレンズが、どのように人の感性にダイレクトに結びつくのか、そしてその結果人が何を感じ、どう印象するのかと言う二次的な効果を生みだしている部分に、当方は今後も観察と研究の対象を続けていきたいと思っています。
・・皆さんはどのように受け取られましたか。そしてどう評価されたでしょうか。
冒頭で語った ———『Zeitgeist (時代精神性)』——— の本質は、実はこのように一般庶民を超えて、そもそもの製造メーカーまでとっくに巻き込んだ「人間の本質を見据えた哲学構造にまで深化が始まっている」点を指していると読み取れました。そして今ドキのデジタル一眼レフカメラやミラーレス一眼レフカメラなどを通して「bokeh (ボケ) 文化」まで融合しながら、そこに「人との接点」に着目することで、実は芸術性まで追求できているリアルな現実を再認識できたという・・ある意味方程式・・を当方は、今回認識するに至りました。
今後もオールドレンズを工業製品としてだけ捉えずに、物理面や光学面を照会しつつも、そこから一歩深く哲学や感性や芸術面まで入り込み、追求と研究する角度を時には偏向させながら、皆様に課題提供していきたいと考えています・・本年もどうぞよろしくお願い申し上げます(祈)
…………………………………………………………………………
ここまで超長文につき、さぞかしお疲れのことと思います。本当に申し訳ございません。そして、もしもお読み頂けた方がいらしたなら、心より御礼と感謝の思いをお伝えしたく思います。
——— ありがとう御座いました!———
実はこの後にネット上の実写を調べようと考え、500件ほどチェックしたのですが、このモデルの描写特徴を表すような適した写真が見つからないので諦めました。海外サイトで「Japanese Summicron」との評価を得ているにしては、意外にも実写が少ない印象を受け (例えば本家Summicronの実写は優に2千件を超えているのに) 拍子抜けと言った感じです。
パッと見の印象としては、特に新鮮に感じたのは焦点距離50㎜にしては、予想外にポートレートレンズ (人物撮影) としての活用に期待が持てると感じたことと、被写界深度が開放側では相当に狭いものの、おそらくはI型のほうの実写だと思うのですが、背景ボケのザワツキ感に好みが分かれる印象を持ちました。
そもそも実写が少ない中で、さらにI型やII型の区分けは、海外で多い「1st / 2nd」との区分けでも一切検索ヒットしなかったので、そもそもCANON LENS 50mm f/1.4による撮影の掲載総数がかなり少ないと結論しました。その上で当方の印象を言うなら、本当に「Japanese Summicron」との評価が海外で与えられているのかとの疑念が残ってしまいましたが、少なくともここまで散々探索し考察を深化してきた結論としては、特にII型であれば十分に、Summicronに匹敵する「空気感の描写性」まで含めた、ピント面のインパクトの際立ち感を演出できるとの認識ですから、どうして実写が少ないのか分かりません・・。
その意味ではちょっと (新年を意識しすぎて) 気合を入れて探索と研究を進めてしまいましたが、先に実写をチェックしていれば、少し気落ちして短い解説文に終わっていたやも知れません・・。
なかなかに考察と実写との接点が一致しておらず・・それは今回の探索と研究のように、光学設計から捉えた描写性と言う角度からも撮影シ~ンに臨む挑戦をしていない点で、おそらくは圧倒的に多数の実写が、自身の撮影スキルと感覚面からの反応だけで撮影されてしまっているからだと憶測が生まれています。だから、なかなかに悩ましいモデルであるとの印象とも言えます。

![]()
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは完全解体した後に、当方の手により『磨き研磨』・・つまり『DOH』・・を施した各構成パーツを使い、オーバーホールの組立工程を進めていきます。
今回オーバーホール/修理ご依頼を賜った当初時点では、CANON LENS 50mm f/1.4 (L39)のモデルバリエーションが不明でしたが、届いた個体を確認したところ「第2世代」であることが判明しました。当方にて今までに整備した経験があるのは「第1世代」だけでしたので、今回初めての扱いと言うことになります。
先ずはご依頼者様に対し、素直に感謝とお礼を申し上げたいと思います・・ありがとう御座います!
当方での15年間に於けるキヤノンカメラ製「Sレンズシリーズ」の累計扱い総数は、今回の個体が26本目になりますが、内訳を調べると・・・・、
・25mm f/3.5:1本
・35mm f/2:2本
・35mm f/3.2:1本
・50mm f/0.95:2本
・50mm f/1.2:6本
・50mm f/1.4:5本目
・50mm f/1.8:4本
・50mm f/1.9 (SERENAR含む):3本
・85mm f/2 (SERENAR):1本
・100mm f/3.5:1本
・・・・と言う状況でした。当方の感覚としては、今回扱ったf/1.4モデルが一番多いとの印象でしたが、意外にも一番多かったのはf/1.2でした。このように見えていくと、確かに焦点距離別で捉えても、凡そ希少なモデルバリエーションばかりのように受け取れますが、しかしよ~く見るとf/1.8が4本も含まれている点に気づきます。当時のバリエーションの中ですら、f/1.8モデルは普及品の位置づけではないかと考えらるものの、冒頭の解説の中で探索したとおり、設計者たる伊藤宏氏にとっても、キヤノンカメラにとっても「Sレンズシリーズ」の人気を不動のものにした貢献度の高いモデルであり、それは「高描写」との評価で、市場受けの良さも当時から確認できるのだと、当方的には受け取っています。
はたしてその評価故に、普及価格帯たるf/1.8モデルでも、オーバーホール/修理をしてでも大切に使いたいとの皆様の思いがあるのかと思いますが、実はそこには、これら26本全てに共通する、或る特定の瑕疵内容があったことをお知らせしたいと思います。
《共通して発生していた瑕疵内容》
❶ 絞り環操作が異常に硬い・重い。擦れ感が酷い。クリック感が硬い。
❷ 距離環の操作がとても重い。(一部にはトルクムラもあり)
❸ 光学系内に薄いクモリが広がっている。
《全26本中25本で、当方が確認した事実》
❹ 内部構成パーツの一部に数字のマーキングが手書きで施されている。
❺ 絞りユニット内構成パーツを「固着剤」で固めている。
❻ 絞り環機構部の整備不始末。
❼ 空転ヘリコイドの組み込みが不適切。
❽ 内部に使うネジ種全てに「固着剤」を塗布。
❾ 光学ガラスレンズのコバ端着色「反射防止黒色塗料」の塗膜が厚すぎる。
・・こんな状況でした。
このような状況の中で、特に目を引くと言うべきか、或る意味「異常」と考えられるのが、最初の❶~❸が、全26本全てに於いて共通項として確認できたという事実です。これは当方が15年間に扱ってきた総数3,545本のオールドレンズの個体に限定した話ですが、ひとつのシリーズとして括ることができるモデルの中で、一貫して共通的に瑕疵が発生していた事例は・・残念ながらこの「Sレンズシリーズ」以外にありません。
但しそうは言っても❸の要素は、現在の市場流通個体をチェックしていても、一般的に非常に多く確認できる要素なので「Sレンズシリーズ」に限定した要素として扱うには語弊があります。
しかし❶と❷が総数26本全てで全滅状態と言うのは・・さすがに他のオールドレンズのシリーズ品の中で確認できたことは一つもありませんね。
この問題に関する「答え」は、この後のオーバーホール工程の中で解説しますが、因果として関わっていたのは製造メーカー側と、過去メンテナンス時の整備者という2つの要因が重なっていたことが突き止められています (それは26本全ての話として)。
さらに❹~❾について該当した個体の数が25本と言う状況も、当方からみれば「異常値」にしか受け取れません。実は今までこれら❹~❾について25本が該当していましたが、今回扱った個体が初めて❹~❺が該当していないことが判明しました。つまり26本目にして初めて該当しない個体が現れたことを意味しますが、例えば当方の15年間に及ぶオーバーホール作業の中で、一つのモデルバリエーションの扱い数が多かった例として挙げられるモデルがあり、それは旧東ドイツのCarl Zeiss Jena製MC FLEKTOGON 35mm f/2.4と言うモデルです (一部のレンズ銘板に、auto表記タイプを含む)。
この単一モデルバリエーションについて、当方は15年間で累計111本を扱っていますが、その中に内部構成パーツに数字を手書きでマーキングしていた個体数に関し、共通的に総数をカウントできたとの認識ではありませんでした (マーキングが施されていた個体があるものの、その絶対数は半数以下)。
その意味で❹と❺の2つの事実は、当方にとり今のところ「謎」扱いです(汗) これは当方の憶測でしかありませんが、キヤノンカメラ製オールドレンズを専門的に、集中的に扱い続けている整備会社が顕在するのではないかとの推定になっていますが、その根拠は「鏡胴の前後で数字をマーキングしている」点です。多くの場合数字は3桁がケガキ書き込みされており、どのように考えても製産時点にそのような数字を手書きで施す意味も意義もまるで思い浮かびません。
このようなマーキングと言う要素は、実は最終的に内部構成パーツを「部品単位で管理して、代替運用するニコイチ/サンコイチと言う整備概念」に最も多く採られている手法ではないかと考えますが、この点については解説が長くる為、今ここでは扱いません。然し当方はその代替運用について、実のところ明確に「YES」とも「NO」とも明言できないのが、ホンネだったりします(汗)
正直なところ、当方のスタンスとして「可能な限りオリジナルなその個体の内部構成パーツだけで仕上げること」を前提にしている為、よほどのことがない限り、代替運用は行いません。当方もどちらかと言えば「オリジナル性に価値観を抱く」タイプの人間だからです(汗) 然しそうは言っても、代替しなければ、或いは代替してでも改善してほしいと懇願されれば、それは決して拒否できないのも「その人の価値観との鬩ぎ合い」なので、必ずしもYES/NOを明言できないワケです。
ちなみに整備会社での代替運用とは、オールドレンズを完全解体してしまって、部位別に管理しつつ、同型モデルの整備時にはその瑕疵内容に従い、即座に代替転用してしまう処置や概念を指しますから、必ずしも瑕疵内容の改善処置を講じているとは限らないことに注意が必要です。つまり、改善努力してムリだったら代替するのではなく、見た目や僅かな確認作業だけで即座に代替転用してしまう手法ですから、その分の部品代が必然的に加算されている (或いは整備料金として含まれている) ことにならざるを得ません。それは整備料金としてチェックすれば良いだけですが、問題はどの程度改善処置を行ったのかについては、あまり期待できないと言うのが当方の認識です。
もちろんその一方で、部位別に一巡してしまった構成パーツで最終的に組み上げられた個体は、自ずと一般的な認識で言う処の「ジャンク品」部類に入ってしまうのは必然としか受け取れません。なぜなら、瑕疵が残る部位ばかりで組み上げられているからです。はたしてそういう個体が実際にオークションなどの市場流通品として「ジャンク品」扱いで出現してきた時に、そのような「ニコイチ/サンコイチ」された結果の『残骸』との告知が正直に成されていた出品を見たことがありません。一般的に考えるなら、多くの人は普通のジャンク品として認識してしまうのではないでしょうか。確かにそういう代替運用している整備会社の実情を知っているワケではありませんが、代替されて残った瑕疵が生じている構成パーツを廃棄しているとは考えられず、そういう部分にも当方的には「不誠実さ」しか感じられず、決して賛同できないのです・・。
逆に言うなら、当方の整備ではオリジナルの構成パーツだけでどうやって改善を詰めているのかと言う話にもなります。多くの場合で代替せずにそのまま仕上げられているにしても、いったいどうやって改善の方向性に向けられるのかについて納得感が薄いと思いますが、それが前のほうで解説した内容なので、当方にとり「多くの場合で酸化/腐食/錆びを除去できれば改善できる」ことが多いのが実情だったりします。その意味でも、だからこそ、当方的にはどうして即座に代替してしまい、安直に「ニコイチ/サンコイチ」に走るのか、或いはそれでも良いと捉えられているリアルな現実に、自分自身納得感を抱けていません(汗) あくまでも製造していた時代にメーカーが用意していた構成パーツとは、まるで経年を経たパーツの状態は違うので、同一扱いすることには危険を伴うとしか認識できていません。
もっと言うなら、実際海外オークションebayなどから購入した個体が、結局は当方に依頼されるケースも確かに顕在します(汗) するとその中にはどう考えても「ジャンク構成パーツの集合体」みたいな個体が混じっていたりします(笑) それでもよほどのことがない限り、当方のオーバーホール/修理が終わると、それら従前の瑕疵内容は半減、或いは悪くても改善方向には向いた仕上がりとして組み上げられていることが多いので (もちろん断定はできませんが)、その意味ではそもそも代替運用すること自体に、当方はその必然性を捉えていません。
・・先ずは可能な限り酸化/腐食/サビを除去すれば、自ずと改善の道筋は視えてくるモノです。
これが15年間、3,545本の個体を扱ってきた、当方の経験値から申し上げられる「事実」です。
↑当初バラした直後に取り出した光学系前群格納筒をヒックリ返して裏側方向を上に向けて撮影しています。ちょっとショッキングな写真ですが(汗)、おそらく過去メンテナンス時の整備者がこの光学系前群格納筒を回して外そうと試みた際、固くて回らないのを強制的に回した結果、実は締め付け固定する為にネジ込んでいたイモネジを外さなかったことから、ご覧のようにアルミ合金材のネジ山部分が削れて連なったままに格納されていました。
もちろんオーバーホール工程でこの光学系前群をネジ込む際は、この削りカスは除去してネジ込んでいますが、ネジ山が合わずに少々難儀しました。
赤色矢印で指し示している箇所に蛇行している細いモノがアルミ合金材のネジ山部分で削れてしまった部分です。グリーン色の矢印で指し示している箇所は光学系第2群を締め付けている締付環を接着する「褐色の固着剤」です。
このモデル「Sレンズシリーズ」を頻繁に整備している大手の整備会社の整備者であれば、このように光学系前群格納筒をイモネジで締め付け固定していることは知っているハズなので、イモネジを外さずに強く回している時点で、あまり頻繁にこのモデルを扱っていない整備会社のような気がします(汗)
またこのような所為を行ったにもかかわらず、不始末を犯した本人たる整備者自身は、このカスがどうして「有る」のか、まるで分かっていなかったようで、このまま再びネジ込んでいる時点で、当方的にはまるで「???」と言う話です(汗)・・普通はこのカスを除去してネジ込むと思うのですが、正直、見た時にはビックリでしたッ!(笑)
↑上の写真も当初バラした直後に取り外した絞り環を撮影しています。赤色矢印で指し示している箇所にグリースが残っているのですが、全くグリースとしての効力を発揮しないままに硬質化している状況です。つまり塗布した時の状態のまま乾燥してしまったようなイメージと言えば、状況が伝わるでしょうか。
ちゃんと「観察と考察」せずに、絞り環だからと (駆動するからと) グリースを塗布すれば良いとの安直な判断だけで作業しているから、こういうことになっています(汗)
↑こんな感じで塗布した時のままに固まって残っていますが、このグリースの種別は「ウレアグリース」ですから、相応の粘性を最初から持っているグリース種別です。
↑こちらは鏡筒をヒックリ返して後玉側方向を上に向けて撮影していますが、やはり絞り環が入っていた箇所にグリースが残っているのが見えています。
↑拡大撮影するとこんな感じです。これらが全て擦れ感として絞り環操作時に、粉を吹きながら現実的な違和感として指に伝わっていたと推測できます。
↑上の写真は光学系前群格納筒の内側を撮影しています。赤色矢印で指し示している箇所に着色されているのが「反射防止黒色塗料」ですが、この後に溶剤を使い除去しようと試みたいものの、直角に曲がっている箇所だけどうしても塗料が残ってしまう為に完全に除去できず、仕方なく組み立ての際にはもう一度当方にて「反射防止黒色塗料」を再着色しています。
上の写真は、既に一度溶剤を使い擦って「反射防止黒色塗料」を溶かして落としている途中での撮影なので、ご覧のように着色した塗料の下から、製産時点の濃い紫色のメッキ加工が露出しているのが見えると思います。
いわゆる「見てくれの良さに執拗にこだわる整備」として、このように不必要な (なぜなら、製産時点には、上の写真の通り濃い紫色のメッキ加工が施されている)「反射防止黒色塗料」着色と言う所為に及びます。結局、テカって見えないにしても、ご覧のように濃い目のグレーのような黒色に仕上がるので、はたしてこれで見てくれが良いと信じているのか、当方的には不思議でなりません。
その一方で、ではどうして製造メーカー側が、このような濃い紫色のメッキ加工を常用するのかという素直な疑問が、当方の場合には必ず湧いてくるのですが (何故なら、日本含め世界中の光学メーカーで、製産時点に濃い紫色のメッキ加工が施されるケースが多いから)、実際にキヤノンカメラの特許出願申請書内の記述に拠れば、黒色に僅かに赤色と橙色を混ぜると、最も反射対策として効果を発揮したとの検証結果を読んだ記憶がありますから、このような濃い紫色のメッキ加工を施す製品設計が世界中で常態化している理由に、納得できたりしています。
つまりそこには2つの概念が介在していることを表している事実ではないかと捉えられるのです。1つ目は、確かに「見てくれの良さ」にこだわるが故に、特に光学系内のバッフル面に対して施すメッキ加工が挙げられるので、それは必然的に製産時点のメッキ処理として実施されており、当然ながら溶剤などでは溶けて剥がれたりしませんから、そもそもその下からまるで異なる (今回のような) 濃い紫色のメッキ加工が出現したりする道理には・・成り得ません(笑)
これは当方が15年間に扱った3,545本の経験値から語っている事実です。
その一方で、間違いなく製産時点ではなく、それから後年に実施される整備会社による仕業としての「見てくれの良さに執拗にこだわる整備」が、非常多く顕在することも、当方の経験値としてここに明確に申し上げたいと思います。これらの「反射防止黒色塗料」は、100%必ず溶剤を使えば溶けて除去できます。
すると中には、イメージとしてですが (一々記録していない) 3,545本の中の800本くらいの印象で、その着色塗料の表層面にポツポツと白くカビが繁殖していたりしますから、確かに整備した際に着色した時は、黒色を維持していたのでしょうが、その後の経年の中では塗膜面の微細な凹凸面に残る水分質を狙って、カビ菌糸の繁殖が始まるのは原理として説明できます (塗料の成分に含まれている物質を糧にしていることは非常に少ない)。
↑こちらも当初バラした直後に取り出した絞りユニットの構成パーツの一つで「位置決め環」です。この「位置決め環」は絞りユニットのケースになっているため、この内部に絞り羽根が刺さりその上から「開閉環」が被さって絞り羽根をサンドイッチ化します。ところが過去メンテナンス時に何とこの「位置決め環 (絞りユニット)」の内部にまでウレアグリースを塗布していたことが判明しました (グリーン色の矢印)・・通常、絞り羽根の油染みを誘発する為、絞りユニットにはグリースなどを塗布しませんが、きっと絞りユニットが回転駆動する箇所なので塗布したのでしょう。
・・ロクなことをしませんッ。
また赤色矢印で指し示している箇所にイモネジ用の下穴がちゃんと研削されているものの、そこには「固着剤」が塗布されていました。一方ブルー色の矢印の方には、下穴が用意されておらず、しかしイモネジを締め付けた痕跡だけが1点のみ残っていました。
つまりこの赤色矢印とブルー色の矢印の2つの痕跡から、赤色矢印側の下穴こそがこの「位置決め環 (絞りユニット)」の固定専用の締付用の下穴であることが確定します (イモネジによる締め付け固定)。
◉ イモネジ
ネジ頭が存在せずネジ部にいきなりマイス切り込みが入るネジ種で
ネジ先端が尖っているタイプと平坦なタイプの2種類が存在する。
大きく2種類の役目に分かれ、締め付け固定位置を微調整する役目を兼ねる場合、或いは純粋に締め付け固定するだけの場合がある。
すると反対側のブルー色の矢印で指し示している箇所のイモネジの締め付け痕の場所には、どうして下穴を研削して用意しないのでしょうか???
もっと言うなら、どうしてブルー色の矢印側のほうは「固着剤」を塗布しなかったのでしょうか。
この2つの事実から、ようやく今回このモデルの製品設計がほぼ確定に近づいたことを理解しました。つまり赤色矢印側の下穴はまさにこの「位置決め環 (絞りユニット)」の固定専用の場所であることがほぼ間違いありません。さらに「固着剤」を塗布していたのは過去メンテナンス時の整備者会社ではなく、キヤノンカメラの製産工程での処置だったことが推察できます。
一方で反対側のブルー色の矢印側は、単にこの「位置決め環 (絞りユニット)」を押さえているだけの目的と役目である為、下穴の必要性がありません。これが意味するのは製品設計そのモノであり、絞り環操作時の絞り羽根 (10枚) と絞り環との連結から想定される力学的な配慮から、絞り羽根の開閉角度を決定づける「位置決め環 (絞りユニット)」の固定位置の確定は赤色矢印側の下穴であることが判明します。つまり絞り環と連結する為に用意されている開口部の反対位置にイモネジの締め付け箇所が集中している点で、納得できるのです。
するとではこれらの事実と判明した内容からどういうことが見えてきたのかと言えば、実はこの個体は過去メンテナンス時の際に、この絞りユニット部分を一切取り外さずに、セットしたまま整備していたことが判明します。つまりおそらく、上の写真のようにこの「位置決め環 (絞りユニット)」が取り外されたのは、今回が初めてだったのではないでしょうか。
・・そういうことまでしっかり「観察と考察」を実施すれば、視えてくる内容です。
↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。ご覧の通りライトグレーの微細な凹凸を伴うマットな梨地メッキ加工が、内外に施されています。
❶ 位置決め環 (絞りユニットの円形ケース)
❷ 開閉環
❸ C型留め具
絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある)、その「キー」に役目が備わっており (必ず2種類の役目がある)、製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。
◉ 位置決めキー
「位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー
◉ 開閉キー
「開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー
◉ 位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環/リング/輪っか
◉ 開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環
◉ 絞り羽根開閉幅
絞り羽根が閉じていく時の開口部の大きさ/広さ/面積を指し、光学系後群側への入射光量を決定づけている
↑取り出した光学系前後群の光学ガラスレンズを順に並べて撮影しています。光学系前群を赤色文字で表記し、後群側をブルー色文字で表しています。またグリーン色の矢印が指し示している方向は、前玉の露出面側方向を表しています。
↑同様ヒックリ返して裏面側を上に向けて撮影しています。既にコバ端などの「反射防止黒色塗料」は溶剤で溶けたので剥しきっています。
例えば今までに扱ってきたオールドレンズの中で、本当に稀にですが、溶剤で溶けない「反射防止黒色塗料」が着色されていたことがあります。つまりその場合だけは「製産時点を維持していた」と受け取っていますが、真実は分かりません。裏を返せば、それほど多くの個体で、簡単に溶剤で溶けて流れてしまうことを意味しています。
↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。写真上方向が前玉側の方向です。
↑ここから絞り環をセットしていく工程に入ります。後で拡大写真が出てきますが、絞り環をよく観察すれば、この部位の組立工程が明確になります。実際、グリーン色の矢印で指し示している箇所のみ、絞り環は接触するものの、赤色矢印が指し示している箇所は接触しません。
↑その鏡筒の絞り環が被さる場所を拡大撮影しました。微細なヘアライン仕上げに凹凸を伴いつつマットな梨地メッキ加工が施されているのが分かります。過去メンテナンス時の整備者は、このようなメッキ加工の違いについて全く理解していなかった為、ここにグリースをタップリ塗布していましたが、その多くが外側に寄ってしまい、単に経年劣化進行に伴い酸化して硬質化して固まっているだけでした(笑)
↑絞り環の内側ですが、同じようにライトグレーに微細なヘアライン仕上げに凹凸を伴いつつ、マットな梨地メッキ加工が施されています。
↑さらにその絞り環の内側を拡大撮影しました。実はこの絞り環の内側は、赤色矢印が指し示している箇所に僅か0.6㎜の段差が研削されており内側が凹んでいます (グリーン色の矢印で囲っている領域部分が0.6㎜分凹んでいる)。
ところが過去メンテナンス時の整備者はこの事実をちゃんと注意深く確認していなかった為、ここにまでウレアグリースをタップリ塗ってしまった結果、それらのグリースは結局効力を発揮できずに、ただ単に硬質化して固まっていただけでした。結果、固くなっていた箇所は単に擦れ感を生じていただけの意味しかなくなっていたと言うストーリーです(汗)
このようにオールドレンズの内外は目的と役目を担ったメッキ加工や焼付塗装が施されている為、その原理を知った上で適切な処置を施さないと、経年の中で次第に不都合へと向かってしまいます。
↑絞り環をセットしましたが、今回のオーバーホール工程では、これら絞り環の部位には一切グリースの類を塗布していません(笑) 何故なら、これらメッキ加工の状況から察して、グリースの類を塗布する必要がない製品設計であることが分かったからです。純粋に絞り環を被せて赤色矢印で指し示している箇所にセットされる「C型留め具」だけで固定する製品設計なのです。ここに下手にグリースを塗布したりするから、経年していくとその粘性の喪失とともに固くなったり重く変わったりしていきます。
↑先ずは絞りユニット内の「開閉環」と絞り環が連結しなければ、絞り環を回しても絞り羽根が動いてくれませんから、ここでシリンダーネジ (グリーン色の矢印) を使って互いが連結しています。従って絞り環を回すと、ここで鏡筒内部の「開閉環」が回る結果、絞り羽根が開閉動作している原理になりますね。
◉ シリンダーネジ
円柱の反対側にネジ部が備わり、ネジ部が締め付け固定される事で円柱部分が他のパーツと連携させる能力を持ち、互いにチカラの伝達が実現できる役目として使う特殊ネジ (単なる連結のみに限らず多くの
場合でチカラの伝達がその役目に含まれる)。
ところが赤色矢印で指し示している箇所を見ると分かりますが、当方が当初バラした直後にマーキングした位置が明確に見えています。当初バラす前時点はこの絞り環操作が異常に硬く、下手すればムリに操作しているとマウント部が回ってしまうくらいの硬さです。
さらにこのモデルは、絞り環操作時にクリック感を伴う操作性なのですが、当初バラす前時点のチェック段階では、そのクリック感と絞り値との整合性がズレていました。それが分かっていたのでご覧のようなマーキングを施し、当方がオーバーホール工程で組み立てていく時に「当初バラす前時点の設定が間違っていたのかどうかの判定として使う」目的と役目で、マーキングを施しています。
すると上の写真では適切な位置で (上の位置は、完全開放状態の位置) 微調整が完了している為、実は赤色矢印が指し示している箇所のとおり、マーキング位置から実際はズレた位置が適正であったことが判明します(笑) つまり過去メンテナンス時にこの受け部を締め付け固定していた位置が、そもそも間違っていたことを表します。
・・この事実から分かることが一つあります。
過去メンテナンス時の整備者は「単にバラして逆手順で組み立てていくだけしかスキルを有していいない整備者」であったことが、これらの事柄で白日の下に晒されたことになります(笑) それはクリック感と絞り環の刻印絞り値とがズレている点で、既に判明していましたが、その『証拠』をちゃんと撮影しようと考え、マーキングなど施した次第です。
↑上の写真は同じ絞り環を撮影していますが、今度は絞り値のクリック感を体現させている部位を拡大撮影しています。赤色矢印で指し示している箇所に見えている楕円形の小さな穴が鋼球ボールがカチカチとハマってクリック感を実現させている穴です (絞り値キーと呼ぶ)。
また「Sレンズシリーズ」の場合、このように「板バネ方式でクリック感を実現させている原理」との製品設計ですから、この板バネ (カッパー色の板状) を締め付け固定している締付ネジの穴部分をチェック下だけで一目瞭然なのですが、実は「微調整箇所」です。
ところが過去メンテナンス時の整備者は、単に鋼球ボールを抑え込んで締め付け固定すれば良いと考え、本来の板バネが効果を発揮すべく微調整する作業を無視していました(汗)
結果、今回の個体の絞り環が、異常に硬い操作性に陥っていたその原因は、何とこの板バネの固定手法だったのです(笑)
これら事実から、今回の個体を過去に整備した整備者は、前のほうで述べた通り「バラした逆手順でしか組み立てられない整備者」と断定でき、凡そ「観察と考察」もできず「原理原則」すら、まるで関知していなかった低俗な整備者であったことが確実視されることになります。
もっと言うなら、この整備者は「イモネジの締め付け方法」も上の写真のようなネジ種の締め付け手法も、まるで理解していません(笑) それでいてよく金属材で造られているオールドレンズの整備をしているものです(汗)
↑絞り環の機構部が完璧な状態で完成しました。当然ながら、絞り環操作は軽くなり、然し確実なクリック感を体現できており、且つせっかくの板バネによる「クンックンッ」と、指に微妙な反発振動が伝わってくる感触も再現させています。これは反発式スプリングと鋼球ボールでは実現できない独特な感触なので、せっかくこのような製品設計で造られているのなら、そのように伝わるように仕上げるのが『筋』ななのではないでしょうか・・!
この板バネの色はカッパー色ですが銅板ではなく鋼なので、普通一般的な単なる銅板ではありません。従って鋼球ボールの抑え込みが強すぎれば、それはダイレクトに絞り環操作を硬くしますッ。そう言う事柄まで気遣い、細かく部位別に微調整したり、それこそ締付ネジ一つに至るまで、適切に組み上げていく姿勢こそが・・重要なのでは・・ありませんか??? 当方はそう思いますね。
カチカチとクリックできれば良い、グリースが新しいうちは多少重くなるのが当たり前 (数年経過すれば自然に劣化が進み、軽くなってちょうど良くなるとの自分勝手な考え方) など平然と言ってくるから堪りません・・(泣)
↑赤色矢印で指し示している箇所に一つだけネジが締め付けられていますが、この鏡胴「前部」の位置を確定させる目的と役目で用意されているネジです。またグリーン色の矢印が指し示している箇所の黄銅材の環/リング/輪っかは、この鏡胴「前部」を適切な位置で固定するためのスペーサーのようなモノです。
↑上の写真は「距離計連動ヘリコイド」の写真ですが、赤色矢印で指し示している箇所に前述鏡胴「前部」の確定用ネジが入り、鏡胴「前部」が固定されます。またブルー色の矢印で指し示している箇所は「直進キーガイド」です。
◉ 直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目
◉ 直進キーガイド
直進キーが直進動でスライドして移動するガイド/溝であり鏡筒の繰り出し量をカバーする
↑鏡胴「前部」が固定されると、こんな感じにガッツリ保持されます。
↑このモデルは「鏡胴二分割方式」で製品設計されている為、鏡胴「前部」が完成したので、ここからは鏡胴「後部」の組立工程に移ります。鏡胴「後部」はハッキリ言ってヘリコイド群と言う内容になります。
❶ ツマミ環 (アルミ合金材)
❷ 距離環用ローレット (滑り止め / アルミ合金材)
❸ マウント部 (真鍮材/ブラス材)
❹ 距離環指標値環 (アルミ合金材)
❺ 距離計連動ヘリコイド (黄銅材)
❻ 空転ヘリコイド (黄銅材)
❼ 鏡胴「前部」締付環 (アルミ合金材)
❽ 空転ヘリコイド用封入環 (黄銅材)
金属材の別をいちいち表記しているのには理由があり、金属材のどれとどれが互いに接触しているのかが分かるようにしています。それを把握することで金属材の挙動が分かるからです。例えば「カクつき」と言うコトバがあり、黄銅材どうしが「ククッ」と一瞬引っかかって停止しそうになる現象を指しますが、その時黄銅材では「摺動と剥離」が起きています。これはリアルな現実の表現に該当させるなら「トルクムラ」の一つに加えられる要素です。
その一方で「カジリ付」と言うコトバもあります。これは黄銅材どうしで「摺動と剥離」が起きていた時、互いに介在していたはずの潤滑剤が効力を失い、あるいは表面での接触圧力がそれを超えてしまい、金属の表層どうしが直接かみ合ってついには固着してしまい、ほとんど動かなくなる状態を指します。簡単な表現で言うなら・・滑るべき部分が滑ること自体をやめてしまった状態です。
従って「カクつき」と「カジリ付」は同じ系列の現象でありながら、発生段階と深刻度が異なるものとして整理できます。
◉ 摺動 (しゅうどう)
二つの部材が触れたまま、互いの位置関係を変えながら滑り合って動くこと
◉ 剥離
接触していた表層どうしが、チカラによって引き剥がされること
◉ 凝着 (ぎょうちゃく)
二つの金属材の接触面が圧力を受けながら擦れあった時、表層の極浅い部分どうしが 局所的にくっ付く / 張り付く現象
◉ 凝着摩耗
一度起きた凝着が、滑りにより引き剥がされる過程で、表層がちぎれたり削ぎ取られたりして、摩耗として残る現象
↑このモデルの距離環のトルクを決めている箇所は、ほぼここに集中しています・・それは❻空転ヘリコイドを格納する箇所です。今回のご依頼内容の中で「絞り環が異常に硬い」との要素は、絞り環の機構部の中に含まれていた「板バネの固定が酷かった」と言う、あまりにもお粗末な過去の整備内容が露わになりましたが(笑)、その一方でこの距離環のトルクが重すぎる問題も、まさに過去の整備者の不始末が大きく影響していました。
・・残念ですッ。
❻空転ヘリコイドは❽封入環によってカニ目レンチを使い❸マウント部の内側に締め付け固定しますが、この❽封入環の締め付けの際、過去メンテナンス時の整備者の整備概念がデタラメだった為に、今回の個体の瑕疵原因に至っていました。
・・ではいったい何がどう悪かったのでしょうか???
↑❸のマウント部内部には、ご覧のように❻空転ヘリコイドが直接接触する箇所が用意されています。そこに接触によって❻空転ヘリコイドが格納され、さらにその上から被さるように❽封入環で締め付け固定されます。上の写真赤色矢印が指し示している箇所がその接触箇所です。
↑さらに上の写真の「直進キー」と言うパーツもこの中に含まれ、締め付け固定されます。
◉ 直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目
◉ 直進キーガイド
直進キーが直進動でスライドして移動するガイド/溝であり鏡筒の繰り出し量をカバーする
↑こちらは❺距離計連動ヘリコイドですが、側面のブルー色の矢印が指し示している箇所に「直進キーガイド」が研削されており、そこを前述の「直進キー」がスライドすることになります。つまり❻空転ヘリコイドが距離環の操作によって回る時、この距離計連動ヘリコイドが回転しながら前玉方向に繰り出し運動をする原理です。
その要は、この「直進キーガイド」に「直進キー」が刺さっている結果、距離環を回す「回転するチカラ」が、即座にここで「直進動するチカラ」に変換されてチカラ伝達していく結果、繰り出し/収納が実現できている道理になります。
するとこの時、即座に整備者なら気づくべきですが、ヘリコイド、特にこの距離計連動ヘリコイドを回している時のトルクの重いとか、軽いを決めているのは「決して塗布したヘリコイドグリースの問題だけではない」点に気づきを得られなければイケナイのに、過去メンテナンス時の整備者は単にバラして逆手順で組み立てただけだったので、その配慮をまるで怠っています。
↑空転ヘリコイドに対して封入環の2つが、互いに大きく影響し合っている関係性なのがご理解頂けると思うのですが、その最も影響し合っている箇所が上の写真赤色矢印で指し示している接触箇所です。
要は封入環が上から被さって、空転ヘリコイドのフチ部分を抑え込んでいる箇所だけでしか、空転ヘリコイドは封入環によっての接触影響を受けていません。
↑それぞれがこのように互いに組み上げられてマウント部が完成しますが (ブルー色の矢印が指し示している箇所に直進キーのガイドに刺さる部分が突出しているのが分かる)、たったの一つ赤色矢印が指し示している箇所の❽封入環を、過去メンテナンス時の整備者がカニ目レンチを使い「必要以上に硬締めしてしまい、ネジ山の限界をごく僅かですが超えてしまった (おそらく0.5~1㎜くらいの話)」結果、封入環が必要以上に空転ヘリコイド (のフチ部分) を抑え込んでしまったことにより、空転ヘリコイド自体の回転が重くと言うよりも、ほぼ硬くなっていました。
・・つまり封入環を必要以上に締め付けた為に、空転ヘリコイドが個体に近づいてしまった。
これは実際に当方が『磨き研磨』を施した後に (つまり経年劣化進行に伴う酸化/腐食/サビを全て除去し終わった上で) ここまで組み上げていった際に、封入環の締め付け時に、最後まで締め付けた先に「ククッと極僅かに、さらにその先まで動く感触を指が感じ取った」ことで判明しました。
要はマウント部側の封入環用のネジ山が変形していると考えられますが、拡大撮影して調べられる機械設備が無いので、当方には確認できていません。確認できているのは、カニ目レンチを掴んでいる指が、一度終端まで締め付けが終わったと感じ取った瞬間に、ククッと微動した事実だけです。そしてその先まで微動した (ククッとなった) 位置で確実に締めつけると、空転ヘリコイドの動きは異常な硬さに変化します。
ところが最初の終端位置と思しき場所で停止させると、空転ヘリコイドはとても軽く回るのですが、残念ながら封入環まで一緒に回ってしまいます。
この事実から「既に封入環用のマウント部側のネジ山が変形し広がってしまった」との認識に至りました (何故なら、通常封入環が終端まで締め付けられれば固定されるて動かないから)。
このような経緯から、今回のオーバーホール工程ではこの封入環を締め付けても、終端の先まで回しきらない限り確実な封入は担保できませんが、それでは元の木阿弥で空転ヘリコイドが異常に硬い/重い瑕疵内容のままに組み上がってしまい、一切改善できません。
従って今回のオーバーホール作業ではこの封入環の締め付け固定を諦め、❶ツマミ環と❹指標値環の2つを活用させて、封入環を抑え込むことで封入環の回転を阻止するよう組み上げました。
・・全ては過去メンテナンス時の整備者の不始末が原因です!(泣)
耐用年数を延命させるが為に整備するのが『筋』のハズなのに、どうして「寿命の短縮化」を促す方向性を執れるのか、当方にはまるで理解できません!(怒) もっと言うなら、こういう金属材相手の仕事なのに、その肝心な金属のことを何も学ぼうとせずに整備作業を続けている点で、当方の立場から見れば『詐欺』にしか見えないですね・・酷い話ですッ。
なお『磨き研磨』するにも、寸法公差という基準値がある為、それを逸脱するまで徹底的に空転ヘリコイド側のフチ部分や、或いは封入環側の接触箇所を研磨してしまった場合、確かに封入環を最後まで徹底的に締め付けきったとしても、空転ヘリコイドは軽く回転すると推測できます。
ところがその結果、距離環を回している途中で、必要以上に研磨してしまい発生してしまった空転ヘリコイドとママウド側内壁との間の「余剰空間 (隙間)」は、今度はガタつきを発生させる因果になっていく懸念になります。
結果的に空転ヘリコイドが今度は別の接触面で「マウント部側内壁との衝突が始まる」懸念を招く為、一度金属材を削ってしまったら最後、元に戻せないので、今回のオーバーホール/修理作業ではここで (前述した対処にて) 終了としていますこと・・ご報告させて頂きます。申し訳ございません!
つまりヤれば空転ヘリコイドだけの回転は軽くできますが、その結果、カクつきと言う別の瑕疵が発生してしまう懸念が捨てきれないので、今回の対処は限界と判定しました。簡単に言えば、今度は酷いトルクムラが発生しかねないので、それは「できない」と言う当方の納得感です。申し訳ございません!
↑空転ヘリコイドのトルク感を当方が納得できる範疇にまで軽くしてから工程を進めています。この上に距離環用ローレット (滑り止め) をセットして、最後に完成している鏡胴「前部」を固定すれば、いよいよ完成ですね!
ここからは完璧なオーバーホール/修理が完了したオールドレンズの写真になります。
↑完璧なオーバーホール/修理が終わりました。残ってしまった瑕疵内容は以下です。
《残ってしまった瑕疵内容》
❶ 絞り環操作時、基準・マーカー位置に絞り値が合致するが、開放側と最小絞り値側が僅かに甘い
❷ 距離環を回すトルクは当方の判定では「普通」だが、どちらかと言うと重めの印象
❸ 当初バラす前時点と同じ位置で無限遠位置設定。但し僅かなオーバーインフ状態
❹ 絞り環の極僅かなガタつき (前後方向) は、設計上の仕様なのでこれ以上の改善は不可能
・・以上です。申し訳ございません!なお今回の個体が「第2世代」で初めての扱いだったため、ご請求内容の中には構造検討料金が加算されています。この点も申し訳ございません。
↑光学系内はスカッとクリアで、当初バラす前時点のチェック時と同じですが、何となく光学系内が薄くクモリのように見えていた要素はキレイになりました。また「反射防止黒色塗料」を一旦溶剤を使い剥がしてから、当方にて最薄膜にて再着色しています。
↑光学系は、前玉外周際部分と、後玉のやはり外周際部分に、微かなカビ除去痕 (一部は菌糸状) が視認できますが、これは蒸着コーティング層を侵食した痕跡なので、除去できません。申し訳ございません。
↑絞りユニット内の構成パーツで「位置決め環」の側壁に用意されていたイモネジ用の下穴を、ピタリと合致させた為、絞り環操作で各絞り値別に開閉する、絞り羽根の開閉幅 (開口部の面積/カタチ/入射光量) が、現状にて製産時点を表しています・・つまり適正に戻りました。
↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」を使い当方独自のヌメヌメッとしたシットリ感漂う軽めのトルク感で、掴んでいる指の腹に極僅かにチカラを伝えるだけでピント面の前後微動が適うトルクに仕上げられており、抜群の操作性を実現しています(笑)
但し前述のとおり、当方判定として「普通」程度のトルク印象ながらも、どちらかと言うと重めの印象であり、大変申し訳ございません!・・お詫び申し上げます。この原因は前述した封入環用のマウント部側ネジ山が変形している為と推察していますが、機械設備による検査を経ていない為、その真偽については不明のままです。またその広がってしまったネジ山を元に復元することも、金属材である以上不可能なので、処置無しと言う現状です。
従って問題となる封入環は硬締めせずに (製産時点より先まで回ってしまう為) そのままにしてありますが、その一方でツマミ環と指標値環の2つを使い、上手く仕上げています。
↑無限遠位置 (当初バラす前の位置に同じ/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。
被写界深度から捉えた時のこのモデルの無限遠位置を計算すると「焦点距離:50㎜、開放F値:f/1.4、被写体までの距離:69m、許容錯乱円径:0.026㎜」とした時、その計算結果は「前方被写界深度:35m、後方被写界深度:∞m、被写界深度:∞m」の為、100m辺りのピント面を確認しつつ、以降後方の∞の状況 (特に計算値想定被写体の70m付近) をチェックしながら微調整し仕上げています。
何故なら、相当な遠方だけで無限遠位置を確定させても、肝心な理論値としての被写界深度の前後がズレていれば、それは「光学系の格納位置のズレが残ったまま」だからです(笑)・・その意味で理論値たる被写界深度の前後値を基に実写確認の上、無限遠位置の適正化を判定しています (遠方だけではない)。
逆に言うなら、それは「適正な光路長を確保できたのか」との問いに対する答えでもあるので「理論値を基にした前後被写界深度+判定無限遠の三つ巴」でちゃんと実写確認していれば (ピント面の解像度をチェックしていれば) 無限遠合焦していると申し上げても、きっと信じてもらえるのではないかとの企みも含んでいたりします(汗)
・・一言に無限遠位置と述べてもいったいどの距離で検査したのかが不明瞭ですね(笑)
ちなみに被写界深度を基準に捉えて検査するのではなく、純粋に無限遠と呼べる距離から検査するなら「焦点距離 x 2000」なので「100m」になる為、その位置 (判定無限遠位置) でも当然ながら確認済です(笑)
◉ 被写界深度
ピントを合わせた部分の前後で、ピントが合っているように見える特定の範囲を指す
従ってピント面の鋭さ感だけを追っても必ずしも光路長が適正とは言い切れず、それはピーク/山の前後動に付随してフリンジ (パープルフリンジやブルーフリンジなどの色ズレ) 或いは偏芯が現れていても、それで本当に適正と言えるのかとの言い換えにもなります(汗)
・・だから被写界深度を基準にしつつ、無限遠位置を微調整しながら仕上げているのです(汗)
なおこれら計算値に基づく無限遠位置の確認については、その適正をChatGPTでも確認できています。特に流行りの「人口星に頼った自作コリメーター」で、纏わり付くフリンジの類までキチッと確かめられるのか、光学系の格納位置やバルサム剤の接着量までちゃんと微調整できているのか、そういう疑念が残りますし、最低限人工星コリメーターによる検査は「10m以上」の実効距離が必要になります。
なお撮影時の対角画角としては、計算すると35㎜判フルサイズ36㎜ x 24㎜にて「対角画角:46.793°」になります。
↑当方所有RICOH製GXRにLMマウント規格のA12レンズユニットを装着し、ライブビューで無限遠位置の確認など行い、微調整して仕上げています。その際使っているのは「Rayqual製変換リング (赤色矢印)」です。無限遠位置は「∞」刻印の左横位置でセットしています (当初バラす前時点の確認時の位置と同一)。
(あくまでも当方での確認環境を明示しているに過ぎません)
結局今回の個体に生じていた瑕疵内容のほぼ全てが、過去メンテナンス時の整備者の不始末により発生していた現象だったことが判明しました。もっと言うなら、経年劣化進行に伴う根拠による、瑕疵の発生原因は1つも確認できていません!
・・これがリアルな現実ですッ!
従って、整備済みの個体であれば安心だ、これから先も長く使えると言う認識は (もちろん当方の整備まで含めての話になりますが) その根拠となるべき「何処まで追求して仕上げたのか!」との答えを見出だせていなければ、それは単に希望や期待としてのみ認識しているにすぎないことを、是非皆様にもご留意頂きたいのです。
何故なら、普通一般的には、整備の内容や内情は、このブログのようにその全てが明かされないからです。
当方を当てにして頂ける、或いは当方を懇意にして頂ける数少ない、本当に一握の方々は、そのような背景や根拠を基に、当方宛てにオーバーホール/修理ご依頼を賜るワケで、当方が行っているこのようなオーバーホール/修理の整備内容と言うのは、ハッキリ言って一般整備会社では、決して実施していない『異端的な整備内容』 ——— それを当方では『DOH』と呼ぶ ——— であることを、どうぞご認識下さいませ。逆に言うなら、一般的な整備を求められる皆様には、決して当方宛てご依頼頂かぬよう、切にお願い申し上げる次第で御座います!(拝)
↑当レンズによる最短撮影距離1m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。
各絞り値での「被写界深度の変化」をご確認頂く為に、ワザと故意にピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に電球部分に合わせています。決して「前ピン」で撮っているワケではありませんし、光学系光学ガラスレンズの格納位置や向きを間違えたりしている結果の描写でもありません (そんな事は組み立て工程の中で当然ながら判明します/簡易検査具で確認もして います)。またフード未装着なので場合によってはフレア気味だったりします。
↑f値「f11」です。このf値から「焦点移動」が始まっています。
◉ 回折現象
入射光は波動 (波長) なので、光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られると、その背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。
◉ 被写界深度
被写体にピントを合わせた部分の前後 (奥行き/手前方向) でギリギリ合焦しているように見える範囲 (ピントが鋭く感じる範囲) を指し、レンズの焦点距離と被写体との実距離、及び設定絞り値との関係で変化する。設定絞り値が小さい (少ない) ほど被写界深度は浅い (狭い) 範囲になり、大きくなるほど被写界深度は深く (広く) なる。
◉ 焦点移動
光学ガラスレンズの設計や硝子材に於ける収差、特に球面収差の影響によりピント面の合焦位置から絞り値の変動 (絞り値の増大) に従い位置がズレていく事を指す。
↑f値「f16」です。「回折現象」の影響もあり、解像感が低減し始めています。
↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、真にありがとう御座いました。本日厳重梱包の上、クロネコヤマト宅急便にて発送申し上げます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

























