第567話:MIRANDA CAMERA (ミランダカメラ) AUTO MIRANDA 50mm f/1.4《前期型》 (MB)

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ミランダカメラの前身は、1947年12月に東京都世田谷区に新聞社用写真機材の修理・改造を目的に萩原 彰氏により創設されたオリオン精機産業有限会社 (資本金19万5千円) です (写真は当時の本社社屋)。

翌年1948年に麹町に営業所を開設し、1949年には8㎜や16㎜カメラ向けレンズの改造をスタートしています。

1951年にはライカやCONTAXカメラ向け極薄型レフレックスボックス「ミラックスシリーズ」を発売しています (はレフレックスボックスMirax B型を装着したSuprem 10.5cm f/2.8)。

さらに1952年には世田谷区経堂に経堂分室 (工場) を開設し、ミラックス用望遠レンズ「Supreme (スープリーム)」シリーズも発売し、さらに万能ジャバラ式「フォーカベル」やミラックス用プリズムファインダーの発売も続きます。

このプリズム光学系開発により1954年には独自開発の試作品「Phoenix (フェニックス)」カメラが造られ、9月に発表されていますが、国産初の一眼 (レフ) フィルムカメラは、1952年に発売されている旭光学工業製「Asahiflex I型」のほうが一足先になります。

但し、既に前述のMiraxシリーズの時点でマウント規格はミランダマウントとして確立しており「内径:φ44㎜スクリュー+外爪バヨネットマウント」と言う複合マウント規格として成立し、M42マウント規格も含め他社マウント規格向けにアダプタ制作を見越しての採用だったようです。

その意味では国産初の一眼 (レフ) フィルムカメラで先手を打った旭光学工業製「Asahiflex I型」でしたが、実はM37スクリューマウント規格を採用してしまった為に、後に様々な課題を抱えることになります。

従ってその先見性から考えても、確かに複合マウント規格と言う特異性は否めずとも、バヨネットマウントを標準採用していた点で、相当先を視ていたことが覗えるのです(汗)・・実際旭光学工業のPKマウント規格採用は1975年ですから、23年もの時間を要していたことに注目すれば、初期段階で既にバヨネットマウント (スピゴット式ですが) を複合化させていた着想自体に、まさに当方的には異端的発想としか受け入れようがありません(笑)

・・視ている角度が、既に違いますッ。

1955年にオリオンカメラ (資本金300万円) を設立し、8月「MIRANDA T」を発売しています。ミランダ銘は「ミラーを使ったレフレックスカメラであるが故に、ミラーの語尾を変化させて女性的な柔らかい響きをイメージした造語」との話であり、有名ですね (写真はMirnada T)。

1956年には世田谷区祖師谷に本社屋を移転しアメリカへの輸出をスタートしています。1957年ミランダカメラと改称し、1960年にはファインダーでの露出確認が可能な、国産初の位置付けになる外光式セレンメーターCdS内蔵の一眼レフ (フィルム) カメラ「MIRANDA automex」を発売します (写真はautomex III)。

1961年になると2100万円に増資し、萩原 彰氏が会長職に退くとともに松本 勲氏が社長就任しています。そして1962年には和田 真氏と社長職を交代し、1963年に東京都北多摩郡狛江町 (当時) に工場を新設し製産を開始しています。このタイミングで「MIRANDA F」の製産を狛江町でスタートしていますが、発売は翌年1964年10月になっています (はMIRANDA F)。

実はこのF型から標準レンズの自社製産が始まり、国内発売モデルに限定して「AUTO MIRANDA銘」が付与されます。一方従前の輸出モデルに命名されていた「Soligor銘」もやがて「AUTO MIRANDA銘」に統一されます。さらに同年、通産大臣輸出貢献企業に認定され、ミラックス商事の開設に至り、ついに国内販売を実現させています。また東京の六本木にも、この年にサービスセンターを開設していますね。

1966年になるとミラーメーターによるTTL開放測光機能を実現した一眼レフ (フィルム) カメラ「MIRANDA SENSOREX」を発売しますが、このタイミングにセットされていた標準レンズは「AUTO MIRANDA 50mm f/1.9」であり、未だf/1.4モデルが登場していません (取扱説明書にも記載なし)。なおその後絞り込み測光機能を附加した「MIRANDA SENSOMAT RE」が登場しています (写真はSENSOREX)。

1967年には本社屋第一期増築が完成し、アメリカでコンシュマーレポート誌が「MIRANDA SENSOREX」機を最優秀賞に選出し報道しています。1968年10月には新発売の「AUTO MIRANDA 50mm f/1.4」をSRNSOREXのセットレンズ化に対応させています

さらに1969年春に「MIRANDA SENSOMAT」を発売しますが、実はその取扱説明書に初めて「AUTO MIRANDA 50mm f/1.4 アーム付」が印刷されました (写真はSENSOMAT、写真はいずれも市場流通品から転用)。

つまり1968年~1969年の間に「AUTO MIRANDA 50mm f/1.4」モデルが、アームの有無別に2本出揃っていたことになります

1969年2月、アメリカのAllied Impex Corporation (アライド・インペックス・コーポレーション:通称AIC) がミランダカメラの全株式を保有し欧米への輸出販路を確立させています。なお同年8月に祖師谷工場を新たに開設し、ついにレンズの製産を本格的にスタートさせています。

1970年1月狛江町の本社屋第二期増築も完成し4550万円に増資、10月には長野県池田町に総合的なレンズ研磨、組み立ての一貫工場を開設し、ついに国内でのレンズ開発/製産に一歩を踏み出しました。
※参考文献:「戦後日本カメラ発展史」著者 (日本写真機工業会編) 出版者:東興社 (1971年刊)

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従ってここまでの解説から、1963年時点から (狛江工場にて) 最低でも標準レンズ製産がスタートしていたことが判明しました。翻って1966年には今回扱う「AUTO MIRANDA 50mm f/1.4」の製産も始まり、それはおそらく「初期型」が該当するのではないかと考えられますし、1968年~1969年には「前期型」が発売されていると考えられるのです。

そしておそらくこの辺り1968年~1969年が、ミランダカメラの絶頂期だったのではないでしょうか。1970年にAIC PHOTO (販売商社) に全株式を握られ資金調達が楽になり順風満帆になるハズだったのに、リアルな現実は峠を越してしまったようです(涙)

・・ここからは反対に、ミランダカメラ倒産劇の舞台裏を探ってみたいと思います。

1976年12月10日 (金)、380人の全従業員に配達証明郵便により解雇通知書を送達し、自己破産を宣告しました (破産宣告時資本金4550万円)。

その伏線は11月にあり、ニューヨークのAIC PHOTO社にて取引銀行であるチェス・マンハッタン銀行と、日本での取引銀行であるオランダ銀行との3社で決裁したようなのです。

AIC PHOTO社の前期株式報告書では「MIRANDA dx-3の開発には3年を要したが、その製産は順調であり今後の展望が明るい」としながらも、実のところ最終的な株式配当はその前期の5セントから3セントまで下落していたのです(汗)

そしてその株式報告書が公告されてから半年後の年末の最中、ミランダカメラは倒産しました(涙) さらにそこには、その10ヶ月後に始まる円投機 (円高ドル安) の動きをすでに察知していたキライがあり、日本国内での一眼 (レフ) フィルムカメラ製産にコスト高を読み取っていたようです(汗)

AIC PHOTO社は日本での一眼 (レフ) フィルムカメラ製造元であるミランダカメラと共に、その商事会社であるアリマツ株式会社の株も保有していましたが、取引先であったオランダ銀行が1976年12月6日にアリマツ㈱の当座から無断で1億5千万円を吸い上げてしまい倒産に追い込み、連結決算していたミランダカメラが連鎖倒産したのが、真実としての背景 (経緯) だったようです(怖)

ちなみにアリマツ㈱の社長はAIC PHOTO社の社長が兼任しており、オランダ銀行が無断で資金を拠出したと言うのはあくまでも表向きの話であり、実際アリマツ㈱から吸い上げた資金を元手に、1976年12月27日に、アリマツ㈱と同一所在地 (港区六本木) のビルに、ソリゴールジャパンを登記完了し新設しているのです (但し登記簿上は、AIC PHOTO社長夫人の名前)(汗)

ご存知のとおり「ソリゴールジャパン」の性格は、日本国内での光学製品買付と欧米方面への輸出であり、その主体を「製造 → OEM調達」へと大きく舵切りした象徴としても指摘できるのではないかと、当方は受け入れました (つまり直接製産に携わることからの撤退を意味する)。

ミランダカメラ倒産後に2つの会社が買収話を持ちかけており、1社は香港にあるハッキング・インダストリーズ (中国系:宝源蕨有限公司) に、もう1社はイタリアのモンテエディソン社とのことですが、いずれも破断に終わっています。然しそのモンテエディソン社は実はもう一つの倒産企業とも大きく関わりを持っていたのです・・そうですね、10ヶ月後に倒産したペトリカメラです。

これらの経緯から、おそらくはAIC PHOTO社による製造からの撤退を表しており、特に日本に於ける戦後と比較した時の、労務コストも含めた製産コストの増大から見切りをつけたものと考えられるのです。

或る意味、AIC PHOTO社に全株式を売却した時点で、ミランダカメラの命運も尽きていたようにすら感じられ、なかなかに、なかなかにハード極まる世界のように感じてしまいます(涙)

はたして、売却金額を元手に拡大傾向に経営方針転換したものの、僅か6年少々で倒産に至ると言う仕掛けは、まさにアリマツ商事との関係性に於いて、既にイザッと言う時の資金回収が仕込まれていたと言うストーリー性しか見えてこず、いくらビジネスとは言え、そういう仕打ちに、非常に残念に思うばかりですね(涙)

とは言え、ペトリカメラにしても同じですが、そもそも一眼 (レフ) フィルムカメラ側の発展速度に企業体が追従できていなかった点で、もはや運命は既に決していたとも指摘できます。その点を先見的に見切っていたのが、実は創業当時の経営陣だったのではないでしょうか・・(汗)

それは主要創設メンバーの身の引き具合をみても一目瞭然で、戦時中に特攻機のエンジン開発に心血注いだかと思えば、戦後の一眼 (レフ) フィルムカメラ開発製造にも、旨味無しと捉えれば、あっという間に身を引いている始末で、その引き際の良さに何処か人間味を感じられないと言う、何か釈然としない思いが残るだけなのが・・何とも哀しい気持ちでいっぱいです(涙)

つまりは創業時主要メンバーが身を引いた後に、まさにAIC PHOTOの術中にハマッたワケで、それこそ1960年辺りからの創業メンバーの動向を追いたくなる気持ちがフツフツと現れるくらい、なかなかにヤリきれませんッ(涙)

年末の最中、突然解雇通知を受けた380人の元従業員は、生活苦に喘ぎアルバイトで日々を繋いでいたようで、ペトリカメラやパラマウントと共に労働争議に団結したものの、ついに日の目を見ることはありませんでした(涙)

巷では創業時メンバーを英雄の如く扱い解説するサイトが跡を絶ちませんが、何だかAIC PHOTO社にしても、どっちもどっちのように当方には思えてなりませんねッ。

こういう部分に、ドイツ人光学設計技師Ludwig Jakob Bertele (ルートヴィッヒ・ヤコブ・ベルテレ) 氏の「ニッポン人嫌い」に、何か同調したくなる要素が垣間見え、落胆してしまいます(汗)
※参考文献:「倒産のなかの労働運動:全金ペトリの闘争他」著者 (剣持一巳) 編著・出版者 (五月社)

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ここからは当時のミランダカメラ製品の中で、特にオールドレンズに関する「開発/製造元の特定」について探索していきたいと思います。巷のネット上解説を探ってみると、ミランダカメラ製品の特にレンズ関係については、現状以下のように分かれています。

1947年のオリオン精機産業有限会社創設時点から倒産時期まで一貫してカメラの開発製造企業であったため、レンズ製品についてはその全てを他社よりのOEM製産による供給に頼っていた (つまり自社製産を一度も行っていない)。

初期の頃は他社からのOEM製産による供給に頼っていたが、終盤期には自社製産をスタートしている。

大きくこの2つに二分されます。今回の探索時に入手した二次資料 (冒頭解説の内容) には、明確に開設された工場とその製産内容の一部が時系列に紹介されており、特に1963年以降については、レンズに関して明確にミランダカメラが自社製産をスタートしたと確定できる記述が残されている点で、十分に二次資料として評価できると当方はみています。

従ってこの二次資料を鵜呑みにすれば、オールドレンズのミランダカメラ内製 (自社製産のこと) は1963年から始まっているように受け取られます。但しそれはもしかしたら、標準レンズのみに限った話であり、他焦点距離モデルについては相変わらずOEM製産に頼っていた可能性は否定できません。特に1972年にペトリカメラから転職してきた島田 邦夫氏が直後に開発していた焦点距離は、広角レンズ系、或いは中望遠レンズ系なので (特許出願申請書が現存) それらの中に標準レンズが含まれていない点で、はたして誰の設計によるものなのかは、結局一次資料が発見できていません。

ちなみに当時の「世田谷光機株式会社」は、戦前の1931年に日本で初めて、釣りのリールを開発した上野芳雄氏によって東京都墨田区に創設された「上野全金属製作所」からの沿革として始まります。後の1948年「上野精工株式会社」と改組し、1961年に「オリンピック釣具株式会社」そして1983年「オリンピック株式会社」或いは1989年に現在の「Mamiya-OP」となっています。

その中で遡ること1940年、東京都本郷市 (現、東京都文京区) 発明家・間宮誠一の技術提供と菅原常次郎の資本を融合しカメラの製造を開始する「間宮工機製作所」を開設しました。1950年には「世田谷光機株式会社」と法人化し、同年12月「マミヤ光機株式会社」を設立。1963年に当時のオリンピック釣具株式会社が吸収合併し、浦和工場に移管した後、1966年に世田谷光機の歴史は「間宮商事株式会社」の設立に伴い終焉しています (単なる一部門に成り下がる)。

すると巷で多く解説される中に、初期のOEM供給元が「世田谷光機」であるとの説明がありますが、実はその『根拠』が示されていません。確かに世田谷光機製を臭わせるプレフィックス「M」の製造番号帯を刻印する個体が顕在するものの、焦点距離は広角レンズ「Soligor Miranda 35mm f/2.8」です。実際間宮商事からの変遷なら「mamiya sekor」銘を名乗るハズなので、その内部構造は異なるものの「Soligorシリーズ」の整備時に一致したことが・・一度もありません。

従って当方としては、初期OEM供給元は世田谷光機ではなく「興和株式会社」からの供給であるとの結論に到達しました。その結果、内部構造を確定させる作業は、興和のオールドレンズを完全解体して共通的に採用されている製品設計を確定させることから『根拠』に据えたいと思います。

・・興和のオリジナルブランドと言えば「Prominarシリーズ」ですね(笑)

↑上に挙げたオールドレンズは、全て当方が以前整備した時に撮影した写真からの転載です。

Soligor Prominar 35mm f/2.8 (exakta):興和製オリジナルブランド「Prominar銘」
Suprem 10.5cm f/2.8 (MB):オリオン精機時代の一番最初の発売モデル「Suprem銘」
Soligor Miranda 50mm f/1.9 (MB):OEM製品時代のシャッターボタン装備
Soligor Miranda 5cm f/1.9 (MB):OEM製品時代のシャッターボタン装備

次にこれらモデルの内部構造から決定的要素である「直進キー構造」の部位のみをピックアップして説明していきます。どうして「直進キー構造」の部位だけのピックアップで済むのかと言えば、それこそが製品設計概念の基礎部分だからです。この概念の相違は、即座に各部位の配置すらヒックリ返しかねないので「基礎」だと明言できるからです。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

直進キーガイド
直進キーが直進動でスライドして移動するガイド/溝であり鏡筒の繰り出し量をカバーする

写真は上に挙げた中の Prominarのオーバーホール工程途中の写真からの転載です。

赤色矢印で指し示している箇所に存在する縦方向の切り欠き/開口部/スリットが「直進キーガイド」であり両サイドに用意されています。

写真も上に挙げた中のSupremのオーバーホール時の工程写真からの転載で、同じように「直進キーガイド」の部位を赤色矢印が指し示しています。実際にその切り欠き/開口部/スリットをシリンダーネジがスライドしている様子が写っており、鏡筒の繰り出し/収納原理が分かる写真です。

Soligor Mirandaからの転載写真で、同様「直進キー環」両サイドに備わる「直進キーガイド」を赤色矢印で指し示しています。

やはりと同じようにシリンダーネジにより上下方向にスライドすることで、鏡筒の繰り出し/収納を制御する駆動原理であることが分かります。

←最後も同じで Soligor Mirandaからの転載写真 () ですが「直進キーガイド」が備わる部位のカタチや仕様が異なるものの、製品設計の概念は同一で切り欠き/開口部/スリットをシリンダーネジが上下動することで鏡筒の繰り出し/収納を制御していることが理解できます。つまりこれらは全て同一製品設計概念で設計されているとの結論に到達します。

シリンダーネジ シリンダーネジ
円柱の反対側にネジ部が備わり、ネジ部が締め付け固定される事で円柱部分が他のパーツと連携させる能力を持ち、互いにチカラの伝達が実現できる役目として使う特殊ネジ (単なる連結のみに限らず多くの場合でチカラの伝達がその役目に含まれる)。

従って当方の現状の受け取りとしては、これらは全て同一製造メーカーによる製品設計で開発されているとの認識になり、Prominar銘を根拠に「興和製」との結論に到達した次第です。つまり初期段階で開発されていた1951年時点の「Supremシリーズ」も自動的に興和製になり、当初時期よりOEMによる委託製産を受託していたとの認識にゴールしました!(祝)

なお興和製を示すとネット上で説明している製造番号のプレフィックス (先頭に付随する英文字) は「」ですが、その両方とも当方にて内部構造の共通性を完全解体によって既に確認済です。

特に「」は上に挙げた中のの個体に刻印されていたワケで、他にの「K48xxxxx」或いは、そもそもの「73xxxx」と「56xxxx」のいずれも、その製造番号先頭2桁にシリアル値としての要素が与えられていないと見受けられます。或いはもしかしたら73番~74番のように製産出荷台数の進捗とともに増加させていく手法を採って対応していたのかも知れません。

←ところが一部の「」刻印モデルに、外見上の特徴として藤田光学工業製のオールドレンズに非常に近似しているモデルが顕在します。モデル銘は確かに「Soligor Miranda 50mm f/1.9」であり「Y11372」と製造番号も興和製のプレフィックスに則っていますが、外見上の相違点があまりにも多すぎます。

この外見上の特徴は、プリセット絞り値機構部の制御手法が藤田光学工業製オールドレンズの製品設計に非常に近似していると指摘でき、特にマウント部直前に距離環を配置している点で、それら内部構造も確定してしまい、合わせてプリセット絞り環が前玉側に配置されている製品設計まで「根本から一気に繰り出し/収納させる製品設計」は、そのまま藤田光学工業製オールドレンズの製品設計思想の特徴に合致します。

距離環がマウント部直前に配置されている」この要素が、特に製品設計面での内部構造の特徴を決定づけてしまい (むしろプリセット絞り値機構部の特徴は二次的な確定要素でしかなくなる)、内部に「鏡筒の直進動に際し、条ネジ山を媒介しない純粋な直進筒だけしか入っていない」との鏡筒駆動構造を決めています・・それがマウント部直前に距離環が来てしまった根本的因果です。

・・つまり鏡筒は、純粋に直進動としてスライドして繰り出し/収納しているだけの立場が確定。

逆に言うなら、このオールドレンズを逆さまに下向きにした時、鏡筒がスルッと抜けてしまわないように確保している部位が内部に必ず存在しないと、鏡筒丸ごと鏡胴「前部」がスッポ抜けて落下することを意味しています。それが「鏡筒が純粋にスライドしているだけ」と言う表現の意味合いであり、一般的な条ネジ山での繰り出し/収納と言う駆動制御とはまるで別次元の製品設計が、基礎になっていると明言できてしまうのです (つまり鏡筒は距離環だけにより支えられて繰り出し/収納している構造)。

・・このように製品設計の基礎概念の相違は、根本的にオールドレンズ内部の全てを覆します。

これは決して外見上からの見た目だけでの判定ではなく、内部の構造面を知っているが故に道理が通る各部位の配置として、藤田光学工業と同一の設計思想がみてとれるとの当方判定です。但しもちろん未だ扱いがないモデルなので、当方にとり憶測の範疇を超えません。

ちなみにこの他の「シャッターボタン機構部を装備したタイプ」の個体に刻印されている製造番号のプレフィックスは「」なので、機構別に割り当てられているとの憶測は瓦解しています (つまり供給元を示す暗号との意味合いが大きいとしか断定できない)(汗)

↑上の一覧表は、当時年代別に発売された一眼 (レフ) フィルムカメラの取扱説明書に一緒に掲載されていたセット用標準レンズを時系列に、昇順別に挙げています。また右端はネット上から89本ピックアップしてきたサンプルからまとめた製造番号帯別のまとまりを明示しています。

このようにランダムにピックアップしてきた個体に刻印されている製造番号帯が集約されていた結果から捉えて「製造番号の符番を管理していた (おそらくは先頭の2~3桁で管理)」とみるのが、自然な考察のように感じます。

一覧では1966年~1975年としてミランダカメラでの製産として記述していますが、その『根拠』をここから解説していきたいと思います。

1963年に発売された一眼 (レフ) フィルムカメラ「AUTOMEX II」のセットレンズである標準レンズを基に探索をスタートさせますが、セットレンズとしての『根拠』に据えているのは当時の取扱説明書に掲載されている、オプション交換レンズ群の中に含まれていない点を以て、セット販売していたと受け取りました・・つまりオプション交換レンズ群の中には標準レンズが、ありません (写真装着レンズは別モデルです/カメラ側はAUTOMEX II)。

さらにこの一眼 (レフ) フィルムカメラとセット用標準レンズを探索のスタートに据えたもう一つの理由は、当方が以前にオーバーホール/修理を承り完全解体していたからです。

・・つまり内部構造を『根拠』に据えて、製造メーカーの特定に結びつけています。

↑上の一覧は、今現在確認できた海外オークションebayに掲載されていた69本に及ぶ「Soligor Miranda 5cm f/1.9 (MB)」についてサンプルとしてピックアップしその仕様をまとめています。

然し上の一覧の基準に据えているのは「内部構造の基礎的概念」なので、決して外見上の判定だけでまとめたのでは・・アリマセン。それは例えばの3つのモデルについて、既に過去にオーバーホール実積がある為、内部構造の相違、ひいては「基礎的概念の相違」を把握しているからです。

アームが付随しないモデルの多くが「製造番号先頭に英文字が付随しない」タイプと言えますが、極少数アーム付が紛れています。またシャッターボタン装備モデルのプレフィックスは「」に集中しています。

:MIRANDA automex (1960年発売)、:MIRANDA SENSOREX (1966年発売)

ご覧のようにいずれもカメラボディ向かって右側横に「設定絞り値連動機構」に連携するアームの突出 (オールドレンズ側) と受け部 (カメラ側) が互いに噛み合っているのが写っています。

つまり上の一覧の「アーム」の欄がこの右方向に突出するアームの有無を表していますから、要は「アームの有無別に2種類の鏡胴で出荷していた」ことになりますね。

次にここからは、今度は「ミランダ自社内製モデル」の特徴に一貫性が担保されているのかどうかについて、実際のオーバーホール工程写真転載から探っていきたいと思います。上の一覧で言う処のに限定した『根拠』の探索です。

↑上に挙げた3本も、当方が今までに扱ってたきた個体のオーバーホール時からの転載写真です。

AUTO MIRANDA 50mm f/1.4 (初期型)
AUTO MIRANDA 50mm f/1.4 (前期型)
AUTO MIRANDA 50mm f/1.4 (中期型−I)

この他に実際のモデルバリエーション上は「中期型−II~後期型」が顕在し、それぞれのモデル銘には途中に「」或いは「EC」の文字が含まれます。未だ扱いがない為、内部構造を知らず、今回の上の列挙には一緒に含められません(汗)

いずれもミランダカメラ自社内製による製品設計ではないかとみていますが、必ずしもこの内部構造こそがミランダカメラの設計を指すと言う一次資料は発見できていないので、あくまでも当方の憶測の範疇を超えません。

写真はの「初期型」をオーバーホールしている最中の転載写真で、鏡筒両サイドに締め付け固定されている「直進キー」の解説用写真です。

距離環を回すとその「回転するチカラ」が即座にこの「直進キー」によって「直進動するチカラ」に変換されるので、鏡筒が繰り出し/収納動作を行う原理です。

写真もオーバーホール工程途中での撮影写真ですが、今回扱った個体の写真を転用しています。

同様鏡筒両サイドに「直進キー」が締め付け固定されて、距離環の回転に伴い鏡筒が直進動する原理そのままに製品設計されていることが確実です。上に挙げた3本の中のに該当し、モデルバリエーションでは「前期型」です。

写真もオーバーホール工程からの転載写真です。

上に挙げた3本の中のに該当し、モデルバリエーションでは「中期型−I」に該当します。ご覧のように「直進キー」の向きが逆転しているのが分かりますが、これは光学系が5群7枚に減じられた結果の設計変更を意味します。

ちなみにどうして光学系の光学ガラスレンズが1枚減ったのに (5群7枚) 筐体の全高はむしろ増しているのかと言えば、マウント面に開放f値の伝達ピンを用意した点に合わせて「EE機能 (自動露出)」の追加が最も製品設計変更の理由になり、モデル銘に「 / EC」が付随していない時代には制御アームが1本のみでしたが「 / EC」以降は2本に増えています。

実はここに当方は注目しています。巷での「 / EC」タイプ登場の評価は「コスト削減策」との受け取りが圧倒的多数ですが、当方の受け取りは全くの別角度から切り込んでおり「コスト集約」とみています・・その集約先はカメラボディ側への集中です。

その1本増えてしまった制御アームの機構部を実装させる意味合いから、マウント部内部の高さを確保する必要が発生し、写真のように「直進キー」の向きを反転させ、鏡筒を光学ガラスレンズが1枚減った分薄く (短く) 仕上げて、マウント部内のスペース確保に充てています。

従ってこの上記の説明は、そもそもどちらが製品設計の見直しの根拠に該当するのかについては不明なままであるものの、実のところ光学ガラスレンズが1枚減った結果「EE」機能が考え出されたとの説明には説得力が弱く、当方が考えるにむしろ「EE」機能をボディ側に装備させるほうが先に決定していて、その結果「光学系を5群7枚に減じざるを得なかった (マウント部内部の空間スペース確保の為)」と捉えるほうが、より自然な流れのように考えているのです(汗)

このようにオールドレンズの内部に必ず用意されている「直進キー」の機構部に関わる製品設計の概念を探ることで、光学系 (特に鏡筒の仕様) と共にマウント部内部の絞り羽根制御機構との関連性にまで考察を広げられるのです。

それが実は「AUTO MIRANDA 50mm f/1.4 」あるいはその後の筐体サイズコンパクト化での「EC」銘モデル登場に際し、フレアの対処能力がむしろ低下している点に説明がつくのではないかと考えましたが、皆さんのご意見は如何でしょうか・・。

おそらく社としてのホンネでは4群6枚まで減じたかったのだと思いますが、既にそこまで硝材にお金をかけられる余力は残っておらず (屈折率とアッベ数の選択肢が求められる結果、硝材価額が割高になる為)、カメラボディ側の需要予測の決定と、その開発に全ての資源を投入するしか残っていなかったようにも思うのです。そのような裏の事情が「dx-3」の開発に3年を費やしてしまったとの、親会社の苦言だったのではないかと思います(涙) それほど1960年以降のカメラボディ側の新機能装備の速さは尋常ではなかったと受け取られるのです・・(汗)

AIC PHOTO社を取り巻くバックボーン (銀行) の日本の労働コストの旨味が低下したとの評価は、或る意味社内的に捉えようとすれば創業メンバーの撤退との関係性もあながち捨てきれず、相当にハードな状況に突き進んでいたように思います(涙)

・・つまり当方の見立てとしては、ムリに光学設計を5群7枚化させたとみていますッ。

従って巷での「合理化/コスト削減」を狙って光学ガラスレンズを1枚減らしてきたとの説明には、当方は残念ながら賛同していません。もしも真剣にコスト削減を狙うなら、むしろ典型的な4群6枚ダブルガウス型光学系に再設計するべきではないかと考えるからです。

時代としては十分にダブルガウス型を狙える土壌が整っていたハズなので、その中で単に1枚だけ減じてきた理由は、純粋に4群6枚に再設計する時間と余裕すら無かったのではないか・・と考えました。それほどボディ側の新規開発に時間を要していた、つまりは限界 (の壁) を既に感じていた時期だったのではないでしょうか・・要は当時使われている頻度が高い低コストの硝材を使わざるを得ないコスト管理状況の中で、精一杯短時間で用意できるスペース確保として1枚だけ減じた「5群7枚」だったのではないか・・これが当方の「」タイプに対する戦術の結論です!

それ故に前のほうで述べましたが、当時のカメラメーカー中小企業にとっては、既に1960年時点で凡そ生き残りが難しい状況が薄々見え始めてきていたのではないかと感じました。それほど企業規模が生命線として問われ始めていた時期に日本の光学メーカーは突入しており、僅か1年で開発した技術が陳腐化方向に向いていた時代に、差し掛かっていたのではないかと・・思います。

その意味で言うならミランダカメラの倒産劇は、自ら招くべくして招いてしまった運命でもあったように思います。もっと言うなら1972年時点でペトリカメラから光学設計技師を雇い入れている時点で (他の大手光学メーカーの光学設計技師ではなく) 企業体としての先見性を残す余裕は、既に無かったようにも思いますね(涙)

なお「EE」はErectric Eye (自動露出) の略を表し、モデル銘に付随する「」を用意し意味しますが、その一方で「後期型」モデル銘に付随した「EC」銘の意味は「E Compact」と筐体サイズのコンパクト化を指していたとのミランダカメラでの解説です。

従って「後期型」たる「EC」タイプでは、逆に筐体サイズのコンパクト化が主体でしたから、再び内部構造面で設計変更しているようです (未扱いなので不明なままです)。

このように「AUTO MIRANDAシリーズ」では全てのモデルに於いて「直進キー」と言う構成パーツを介在させることで、距離環から伝わるチカラの伝達を直進動方向に変換する原理として製品設計していることが分かり、これらの事実こそが「同一の製造メーカーによる製品設計」であることを確定させ、且つ前のほうに掲出した興和製モデルの基礎的概念とは、まるで別モノであることも自動的に確定してしまいますね(笑)

それは興和製モデルでは「直進キー」の目的と役目を担っていたのが全て「シリンダーネジ」だからです。一方ミランダカメラ自社内製品では明確な構成パーツの一つとして「直進キー」が別途用意されていたことが確実です。同一製造メーカー内で、このようにシリンダーネジを使ったり、専用構成パーツを用意したりなどの変更は、前述の説明のとおり内部構造の全てをゼロから再設計し直す必要に迫られる為、合理的でも効率的でもなく、そのような設計変更を採る意義もメリットも存在しません。

・・長々と解説してきましたが、これが『根拠』になります!

↑上の写真も過去に扱った個体の記録写真からの転載ですが (AUTO MIRANDA 35mm f/2.8)、設定絞り値伝達アームが「絞り環」にネジ止めされていることが分かります。

↑ところがこちらの個体に横に突出する設定絞り値連動アームは「先付けで用意されている」ことが分かります。これらの違いは外見上判断できる要素であるものの、内部構造面から調査していくと内部は同一の設計概念で造られていることが分かります。

つまりこれらアームの取り付け方法の相違は、決して内部構造に大きな変更を及ぼす要素に当たらないことになり、このような外見上の相違は、製造メーカーを探る構造上の相違点に対する判定材料には成り得ないのです。

←ちなみに、ネット上で実物の個体写真を拾えないので、仕方なくミランダカメラ製「MIRANDA automex」の取扱説明書から該当する標準レンズの部分だけをピックアップしました。赤色矢印で指し示している箇所に突出するボタンは「A/M切り替えスイッチのツマミ」ですが、外見上から特定できる要素は2つあり、その1つがこのツマミの存在、さらに実は前玉周囲のバッフル (遮光環) の深さも『根拠』になり、4群6枚ダブルガウス型光学系を実装していることを表します。これが興和光学製モデルの最初期モデルと推測でき、実際プレフィックスも同じ判定です。

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ここまでの解説から先に掲示した一覧表のと、は製造番号の符番ルールの相違点を別にしても、同一の製造メーカーとの判定にはなりません!

従って興和 → 自社製産への切り替えとの信憑性がだいぶ高くなってきたように思いますが、如何せん当方はトキナー製やサン光機などによるOEM製品の「MIRANDAモデル」を今までに扱った経験がない為、必ずしも100%確実な判定とはまだ断定できていません(汗)

《モデルバリエーション》
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元値の要素を示しています。

初期型:1966年発売
光学系:6群8枚拡張ダブルガウス型構成
絞り環:クリック式1段絞り
絞り環操作:アーム付随混在 / 四角窓有り
最短撮影距離:43cm
距離環ローレット (滑り止め):平目模様

前期型:1968年発売
光学系:6群8枚拡張ダブルガウス型構成
絞り環:クリック式1段絞り
絞り環操作:アーム付随混在 / 四角窓無し
最短撮影距離:43cm
距離環ローレット (滑り止め):平目模様

中期型-I:1971年発売 (?)
光学系:5群7枚拡張ダブルガウス型構成
絞り環:クリック式1段絞り
絞り環操作:アーム付随混在 / 四角窓無し
最短撮影距離:43cm
距離環ローレット (滑り止め):平目模様

中期型-II:1972年発売
光学系:5群7枚拡張ダブルガウス型構成
絞り環:クリック式1段絞り
絞り環操作:アームなし / 四角窓無し / EE表記
最短撮影距離:43cm
距離環ローレット (滑り止め):平目模様

後期型:1975年発売
光学系:5群7枚拡張ダブルガウス型構成
絞り環:クリック式1段絞り
絞り環操作:アームなし / 四角窓無し
最短撮影距離:45cm組み込みフード内蔵
距離環ローレット (滑り止め):ラバー製

  ●               





↑↑上の写真はFlickriverで、このオールドレンズの特徴的な実写をピックアップしてみました。
ピックアップした理由は撮影者/投稿者の撮影スキルの高さをリスペクトしているからです
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています/上記掲載写真はその引用で
転載ではありません。

一段目
左端から順にシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変わっていく様子をピックアップしています。一番左端を見ると分かりますが、シャボン玉ボケのエッジが非常に細く明確に残る点で、それこそ旧東ドイツのMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズ、中望遠レンズ「Trioplan 100mm f/2.8 」のような真円のシャボン玉ボケ表出すら期待してしまうほどの描写性です。

それでいて、エッジ部分の輪郭の維持は或る特定のタイミングから突然滲み始めるようでトロットロボケ傾向に消えて滑らかに溶けていきます。

二段目
そのトロットロボケの様子をこの段では集めています。当方では左端のような背景ボケを指して「火焔ボケ」と呼んでいますが、円形ボケのエッジが破綻してしまい同時に溶けていった時、微かにその輪郭の残骸の「雰囲気」を残しているタイミングの時に表出する、このようなメラメラとした印象の背景ボケです。これは特に枚数が多い光学設計のモデルに観られる背景ボケの一種で、この時のエッジ感の印象の相違によっては、例えばエッジが相応にまだ残っている場合には「絵画ボケ」と呼ぶ、油絵的な印象を受けるボケ具合に変わります。

これらは特定の光学設計に顕著に現れる背景ボケの一つなので、必ずしも多くのオールドレンズで写せるボケ味ではなく、このような背景ボケのファンに堕ちてしまうとモデル選びもより真剣になってきたりします(笑)

従ってピント面の解像感も重要な要素なのは間違いありませんが、同時にオールドレンズファンの虜に堕ちていく人達と言うのは、或る意味ピント面外の特徴に興味を抱いている「bokehファン」のようなイメージとも言えそうなので(笑)、そうなると既にオールドレンズ沼にはどっぷり浸かっている状況になるものの(汗)、それでまた癒やされていると言う性質だったりします(笑)

三段目
この段ではお花の色合いの再現性をチェックする意味合いでピックアップしていますが、当方はお花に興味関心がないので(汗)、色収差の再現性についてコメントすることができません。その一方でピント面の解像感は十分確認でき、相応に高解像度で描写しているのが分かりますが、外周部分の収差はだいぶ酷く残ります。

四段目
最初の左側2枚は被写体の素材感や材質感を写し込む、質感表現能力の高さについて調べる意味でピックアップしています。また右側2枚は人物撮影での人肌感の写し込みレベルをチェックしています。特に人肌感の表現性は、例えば専門焦点距離たるポートレートレンズですら上手く表現しきれていないモデルさえ顕在するので(汗)、人肌感をチェックすると微妙な残存収差のコントロールに課題が残るモデルなのかどうかをチェックできます。

それは簡素なコトバで表現すれば、滑らかだけが必要な前提ではなく、滑らかすぎればそれだけ人肌感のリアル感を喪失します。かと言って解像感ばかりでは今度は人肌感としての軟らかさが表現できなくなり、むしろ汚い写りに堕ちてしまいます(涙) 例えば動物毛は犬でも猫でも本当にリアに写せるのに、どういうワケか人肌感だけはノッペリしている・・などと言うオールドレンズも多いワケで(笑)、単純に解像感やグラデーションレベルの話だけで終わりません。

その意味ではLeitz/Leicaの「空気を写すカラクリとして説明したように・・・『第83話:Leitz/Leicaの真髄「Luftbildlichkeit」とは・・』・・・まさにSummicron 5cm f/2「第4世代」の如く、極々僅かな残存収差を恣意的にトラップ的に仕込むことで体現できていると言う光学技術面でのスキルは、そう簡単に日本の (当時の) 光学メーカーですら真似できなかったことが理解できます。

・・人肌感のチェックは、そういう微妙な表現性の確認作業であること、ご説明申し上げました。

五段目
左端の風景写真では、湖の湖面の表現性をチェックしたくてピックアップしています。また意外と難しい紅葉シーズンの撮影レベルも良い例になります。

これは当方だけの感覚齟齬なのかも知れませんが(恥)、紅葉シーズンで本当にキレイで感激して撮影したのに、写真に撮るとそれほど美しい印象を抱けない結果、自分の撮影スキルの問題なのだとガックリすることが多いです(笑)

然し現実的にはそのような撮影スキル面だけの話ではなく (もちろん当方の撮影スキルは皆無に等しいのですが)(恥)、実は軸上色収差に横 (倍率) 色収差、さらに中~高周波数帯での微妙なコントラスト低下、球面収差の残存による影響などから影響を受けた結果としての、複合要因でリアルな現実にキレイに写っていなかったりします(笑)・・今回調べてみて、ちっとばかし安心したり(汗)

つまりは人の眼と感覚が反応して心が動いているのに反して(笑)「人の視覚が感じた色の立体感が再構成されない」現象を指して、美しいと感激した紅葉がキレイに写せていない話になります。

これは人の眼と脳との反応に於いて、常に「視線移動・脳内補完・局所的コントラスト強調」と言う作業を常時並行的に処理している結果、その一方でオールドレンズは「空間周波数応答をそのまま固定的に写す」ために再現能力に差が生じてしまいます(汗)

・・これを更に咀嚼すべく深化させて探りを入れるとオドロキの結果に到達します!(驚)

つまり人の眼は、被写体全体を一度に高解像で見ていないのです!(驚) 視線を高速に細かく移動 (サッカード運動と呼ぶ) させながら、局所ごとに高解像情報を取得して把握しているのです(汗)

もっと簡単に言い換えるなら、目は写真のように一枚で見ているのではなく、細部を順番に舐めるように見ている・・と指摘できます。

脳内では最も鮮やかだった部分や最もコントラストが高かった部分だけを抽出して、一枚の印象像として再構成している結果、固定した空間周波数帯域として個体させて記録している写真には、そのような要素が残せないのです(汗)

しかもそこに感情や体験値との照合が脳内で瞬時に行われているため、その比較結果として「キレイ」と感じ入っている次第で、それに対して写真が対峙して同次元に記録できるハズがないのです(笑) だからこそLeitz/Leicaの「空気を写すカラクリは、恣意的に敢えて残存収差をコントロールして残してしまうことで「視えていないモノを見せていた」との言い分で、或る意味詐欺的行為に及んでいたような話になり (ジョーク表現ですが)(笑)、そういうトラップを光学設計の中に仕込んでいたことが分かったのです・・(驚)

その本質が前述した脳内反応による瞬時の演算であり、既知の体験値に照らし合わせて瞬時に比較照合している、キレイなのかキレイではないのかの優劣差を即座に導き出して感動へと結びつけている心理的構成に、Leitz/LeicaMax Berek (マックス・べレク) 氏が果敢に挑み体現させてしまった偉業ではないかと・・思うのです(涙)

つまり存在しないモノを生成させて「そこに在るがままに認知させてしまうトラップ (技術)」を仕込んでいることを知ったのが先日の当方ブログに掲載した記事であり、まさに工業製品たるオールドレンズとカメラが「人の感受性や受容性に直結的に結びついた」結果としてその『証拠』こそが『空気を写す』なのではないかと・・思ったのです(汗)

視えていないモノを観させていながら、その一方で視えているモノを在るがままの姿として残せない理由には、実はやはり人の感性が、心が、大きく影響していると理解できた瞬間であり、工業技術の革新的発展だけが総てではないことを・・本当に痛いほどよ~く反省させられた瞬間でもありました(涙) 当方の光学知識は、まさにそういう低能レベルなのです(恥)

・・今、まさに猛省している最中で御座います! ひたすらに勉強あるのみです(恥)

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↑なお今回扱ったモデルは前出モデルバリエーションで言う処の「前期型」に入る為、上に挙げた光学系構成図での6群8枚の拡張ダブルガウス型構成に該当します。またモデルバリエーションで言う処の「中期型−I」は実際に前のほうに挙げた AUTO MIRANDA 50mm f/1.4 (中期型−I)であり、以前オーバーホールしている為、その実装光学系が上の光学系構成図の、5群7枚拡張ダブルガウス型構成に変更されていたことを確認済です。

・・今回扱う「前期型」は俗に言う「8枚玉」なので「前期型」ですね。

つまり巷のネット上で語られている内容「AUTO MIRANDA 50mm f/1.4 から5群7枚構成に変わった」との解説は、少々違うように当方は受け取っています。先に光学設計が変更され、その次に内部の製品設計を「」のEE仕様に変更しています。

これは実際に内部で使う制御アームがもう1本必要になる為、必然的に絞り羽根の開閉制御に起因する根本的な製品設計変更が求められることが確実だからです。同時にできなかった理由は、それだけの余裕が会社になかったことを薄々感じ取れ(汗)、おそらくは工場の新設まで実際は求められていたのではないでしょうか・・。

それは1970年に入ってからようやく長野県池田町にガラス研磨工場を整備できたとの二次資料の説明からも察することができ、実際1972年にペトリカメラから光学設計技師の島田 邦夫氏が転職してきたことからも分かるとおり、何もかもAIC PHOTO社からの投資に頼りすぎていたことが、結果的にAIC PHOTO社からの資金が引き上げられる理由に直結してしまったのではないかと当方は捉えています(涙)

少なくとも創業者メンバーが挙って引き上げてしまったタイミングの直後、1964年時点で発売した一眼 (レフ) フィルムカメラ「MIRANDA F」と1966年の「MIRANDA SENSOREX」の発売が成功裏に終わったことに安堵したのでしょうが、実のところ創業者メンバーの引き上げに懐疑的になり身を引き締めるべきタイミングだったのではないかと、今考えると悔やまれます・・。

然しそうは言ってもペトリカメラとも全く同じで、中小企業がカメラ側の自主開発に頼るにはあまりにも技術革新に課題が多すぎて、或る意味既に1960年代後半時点で、これら日本国内のフィルムカメラ開発/製造は行き詰まりが十分予見されていたのではないかと思います。

ちなみに上に挙げた光学系構成図は、いずれも過去のオーバーホール工程の際に取り出して、光学系清掃時に当方の手によりデジタルノギスを使い、逐一全ての光学硝子レンズを計測したトレース図ですから、巷のネット上に掲載されている光学系構成図とはまるで乖離していますこと、ご留意下さいませ。曲率も厚みも何もかも違っています・・(汗)

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは完全解体した後に、当方の手により『磨き研磨』・・つまり『DOH』・・を施した各構成パーツを使い、オーバーホールの組立工程を進めていきます。当方での15年間での累計扱い本数は今回の個体が4本目です。指標値環に四角い窓が備わる「初期型」が3本ですが、その中でアーム装備していた個体が2本、アーム無しが1本なので、四角い窓もアームも無い「前期型」は今回が初めてです。

然し内部構造面では、実は100%「初期型」と同一であり、しかも光学系の格納筒や締付環に、スリーブ環 (光学ガラスレンズと光学ガラスレンズとの間に、スペーサー的に空間を埋めるバッフル環) 含め全てがまるで同一です。

もちろん今回取り出した光学ガラスレンズを再びデジタルノギスを使い実測しましたが、誤差値を別にしてやはり100%同一の光学設計だったことを確認していますから、ご依頼者様・・どうぞ「初期型」と同じ描写性である点、ご安心の上、ご活用下さいませ。

《オーバーホール/修理ご依頼内容》
距離環の操作性が重く、グリース抜けが起きておりカクンと微動してしまう箇所がある。
絞り環操作性も重め。
絞り羽根に油染みが生じており、粘着性を伴う為、絞り羽根開閉異常が発生している。
光学系内に全面に渡るクモリ発生 (但し一部の群)。
前玉表面の蒸着コーティング層に化学変化が生じてしまい、斑模様に変質。
ご依頼者様からのご指摘にて「ジャンク品に限りなく相当」とのご申告。

《当方が確認した瑕疵内容 (一部は解体後)
当初バラす前時点の実写確認で、極僅かなアンダーインフ状態を確認。
鏡胴の前玉と後玉方向を表す「前後方向」に、僅かなガタつきが発生している。
さらに距離環の左右方向でも以外にガタつきを確認。
内部の引張式スプリングをムリヤリ曲げて処置している。
必要外のグリースや潤滑油を注入し、メッキ加工を悪化させてしまっている。

・・とのことです。これら与件について一つずつ丁寧に改善を狙いつつ、今回のこの個体がいにしえに辿ってきた経緯を尊重しながらも、可能な限り『本来在るべき姿』として復活させて頂きましたので・・ここに以下オーバーホール/修理の各工程にて、逐一ご報告申し上げます。

当方のスタンスは「いにしえに辿ってきた経緯を尊重」する意味合いから、できる限り構成パーツをそのまま使いながら (つまりできるだけ代替転用せず、オリジナルのままに使い続けることこそに価値を見出し) その一方で改善を狙うことを使命と捉えつつも、その狭間で操作性や光学系の状態に最善を求めていく手法・・を執ります。

従って、最終的に残念ながら残ってしまう瑕疵もあることを、そのリスクとしてご留意頂く前提で、皆様からのオーバーホール/修理ご依頼を受け付けています。

↑当初バラした直後に取り出した光学系の中から、前群 () と後群 () の両方に配置されている2枚貼り合わせレンズをそれぞれ並べて撮っています。

既に1回目の溶剤による「反射防止黒色塗料」剥がし作業を実施した後での撮影ですが、ご覧のように非常に頑固、且つ厚みを盛って着色されていた古い時代の「反射防止黒色塗料」が、ヒビ割れしたままにその上から直近のメンテナンス時に、再び「反射防止黒色塗料」が着色されていた経緯が・・判明しました(涙)

これら2枚貼り合わせレンズの一部分は、このようなヒビ割れを伴う肉厚で着色されていた場合、必然的に光路長を逸脱する方向性にしか組み上がらない為、実は当初バラす前時点の実写確認時に、僅かにアンダーインフ状態に陥っていたことを確認しています。

そのアンダーインフ状態に陥っていた与件は、最終的に無限遠位置のみならず「合焦ピント面の、ピーク/山の際立ちの速さに影響を与え、合焦時のピント面の明確さを喪失させる方向に働いていた」ことを確認しました。

従って、今回のオーバーホール/修理ではこれら「反射防止黒色塗料」の全てを完全除去し、最も薄い膜厚で再着色を施した結果、現状のピーク/山の際立ち感が増している印象に仕上がっています。

このような与件に気づいて整備するかどうかの話が問題なのではなく「バラす前にちゃんと実写を確認して、ピント面のピーク/山の際立ち感を確認したのかどうか」が問題なのであり、その印象が緩い/遅く感じられたのであれば、その因果が光学系内の何処かに顕在すると疑って係るかどうかが問題なのであり、瑕疵を改善する以前の「本質的な整備スタンスの資質」ではないかと、当方は捉えています。

従って当初バラす前時点の実写確認は当然ながら、各部位の操作性の判定基準は「決してオールドレンズだからでなく、あくまでも製産時点を基準として比較する」ことが大前提ではないかと思うのですッ。

すると確かに、製産後既に半世紀を超えて100年に近づく勢いに経過していることを指摘される場合がありますが、だからと言ってそれを前提に据えてしまえば、その結果仕上がる個体は『本来在るべき姿』には決して近づけないのではないかと・・考えるのです。

・・間違っているのでしょうか???(涙)

理念は、あくまでも理念であり、それを高く抱く想いがあっても、決して非難に値する話ではないと思うのですが・・世の中世知辛いもので、なかなかに、本当になかなかですッ(涙)

↑例として、光学系前群側の2枚貼り合わせレンズを使い解説します。赤色矢印で指し示している箇所が既にヒビ割れが生じている「反射防止黒色塗料」の着色箇所ですが、これらは相当古い時代のメンテナンス時に発生していたハズで、その上からこれらヒビ割れをモノともせずに、新たに「反射防止黒色塗料」をその次のメンテナンス時に上塗りで被せて着色しています。

つまり直近のメンテナンス時には、既にこれらヒビ割れの塗膜片が光学系内に散らばっていたハズで、その2回目のメンテナンス時に気づけていたハズなのに、対処していないのです。

グリーン色の矢印で指し示している箇所の「反射防止黒色塗料」はその2回目のメンテナンス時に着色されていることが判明しており、ヒビ割れしている箇所の「反射防止黒色塗料」とは塗料の成分が異なっていました。

またブルー色の矢印で指し示している箇所は、1回目のメンテナンス時に着色されていた「反射防止黒色塗料」を2回目のメンテナンス時に溶剤を使い溶かして半分程度落としているのが一目瞭然です(汗)

それにもかかわらず、ちゃんと最後まで落としきらずにこのまま格納させていたワケですから、どうしてそういういい加減な整備ができるのでしょうか・・。

このブルー色の矢印で指し示している箇所の「反射防止黒色塗料」を溶剤で溶かして剥がした理由まで分かっており(笑)、要は格納筒に塗膜が厚すぎて入らなかったのです・・。

つまり1回目も2回目も、メンテナンス時の整備者がヤッている事柄は、全ていい加減な知識に基づくデタラメな整備だったことが・・分かります。

どうしてそのような事柄が分かるのかと言えば、例えばこの光学系前群の話で解説するなら、その光学系前群用の格納筒の内径をちゃんとデジタルノギスを使って実測すれば一目瞭然なのです。

上の写真の2枚貼り合わせレンズは、光学系前群の構成3枚目と4枚目の2つの光学ガラスレンズが接着されているダブレット化 (接着することを指すコトバ) です。

つまり最初にこの2枚貼り合わせレンズのブルー色の矢印グリーン色の矢印で指し示している箇所の直径を実測し、次にこの2枚貼り合わせレンズが格納される先の「光学系前群格納筒」の該当箇所の内径を実測すれば「自ずと着色可能な塗料の膜厚が事前に調べられる」など、当たり前の話なのです(笑)

その実測の結果導かれた膜厚は、片面に対して「0.3㎜」だった為、一番薄い膜厚で着色する必要があることが判明します (つまり格納時の許容空間/隙間は、直径全体で0.6㎜しかなかった)。

・・ただ単に「反射防止黒色塗料」を塗れば良いのでは、ないのです(笑)

ところがブルー色の矢印で指し示している箇所の格納筒内径は、実測すると光学ガラスレンズの外径サイズに対して「僅か0.2㎜程度」しか猶予が残されていない実測地を弾きだした為、そこから導かれる結論は「ブルー色の矢印の箇所は着色してはイケナイ」話にならざるを得ず、だからこそ過去の2回目のメンテナンス時に溶剤で半分ほど剥がしていたのだと・・理解できるのです(汗)

今回のオーバーホール/修理の工程では、そのような「0.2㎜」程度の許容誤差値は「季節によるアルミ合金材の熱膨張係数への対処」と捉えれば、まさしくブルー色の矢印で指し示している箇所に「反射防止黒色塗料」を着色するのは、製産時点を逸脱している結末にしか到達しないと判定できるのです。

このような「観察と考察」及び「原理原則」に則り判定していくことを『理論的整備手法』と当方では呼称し、ず〜ッと採用し続けています。その結果、決してサービスマニュアルなど手元に無くても、それぞれの部位別で微調整の範囲や方法は、必ず掴むことができるのです (当たり前の話です)(笑)

↑今回の個体から取り出した光学系前群を構成する要素の光学ガラスレンズです。光学系前群なので赤色文字表記し、前玉の露出面側方向を意味する狙いでグリーン色の矢印を付しています。

↑同様ヒックリ返して裏面側を写真上方向に向けて撮影しています。従ってグリーン色の矢印の向きが反転しています。

↑今度は光学系後群側なので、ブルー色文字表記に変わっています。当然ながら絞り羽根を境にして光学系後群は格納時の向きが反転する為、グリーン色の矢印の向きも最初から反転です。

ご覧のように構成8枚目の (第6群) 後玉だけが黄銅材にモールド一体成型です。つまり上の写真で並べている第4群第5群をストンと後群格納筒に落とし込んでから、最後にこの後玉だけで締め付け固定する手法を採っていることが分かります。

と言うことは、光学系後群格納筒の内壁の『平滑研磨』が必須作業と言う話に自動的になります。

・・だからの「観察と考察」なのですッ。

ここまでの各群の光学ガラスレンズは既に当方の手により溶剤を使い「反射防止黒色塗料」の完全除去が終わっていますが、組み上げる際には最低限必要箇所のみ再着色します。

しかし再着色して「反射防止黒色塗料」を着色したにもかかわらず、組み上がってから光学系内を覗き込むと「コバ端は真っ黒ではなく、薄いグレー色に見えている」のがリアルな現実であり、実は光学設計者もそれは既に想定済みで、そもそも光学ガラスレンズのコバ端に透過光の一部が照射したとしても、それはコバ端の硝子材自体の研削や仕上げ研磨レベルが決まっている為、例え格納筒内壁がアルミ合金材の地のままに剥き出しになっていても「光学設計者は基礎光学設計段階で既に計算済」であることを、特許出願申請書内記述で、当方は学びました!(祝)

つまり光学ガラスレンズのコバ端は、コバ端の着色の程度にかかわらず「錯乱反射」するしかなく「決して結像面まで到達しない」とまで、Leitz/Leicaの光学設計技師、Max Berek (マックス・べレク) 氏は明言しているのです。さらにそれらコバ端からの反射光は、決して主光束への影響を及ぼさないとまで語っており、このような原理こそが鏡筒や格納筒内壁の金属材無地のままに仕上がっている製品設計の『根拠』なのだと・・ようやく理解できたのです!

結果、製産時点にもしもコバ端着していた場合、それは何と製造メーカーが「顧客が気にする見てくれ」に配慮して着色しているにすぎない事実を・・当方は探索で突き止めました!(拝)

従って、あくまでも「光学設計ありき」なので、当然ながら製造メーカーが光路長を逸脱する方向性に仕向けることは100%考えられず、全ては過去メンテナンス時の整備者の「仕業」であると確定する以外に無いのです。

・・要は売る時に「見てくれの良さに執拗にこだわる整備」として仕上げているにすぎません。

↑オーバーホール工程を進めます。絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒ですが、このモデルはご覧のように光学系後群側が別の格納筒で分離しています。

一般的なオールドレンズの製品設計に多いのは、このような分離型ではなく一体型なので、鏡筒には多くの場合で最初から光学系後群格納筒が裏側に用意されています。

然しこのモデルは、前玉側方向から絞り羽根を組み込む手法を採っている為、どうしてこのように後群格納筒側を分離させる必要があったのか・・疑問が現れます。

一つだけ考えられる理由は、当時のミランダカメラの狛江工場の機械設備で、このような両方向から研削する設備に課題があったのかも知れません(汗)・・それ故、分離させて個別に研削する製品設計として仕上げたのかも知れません。

↑このように光学系後群格納筒が分離している製品設計であり、とても珍しいのです。

↑前玉側方向から見ると、こういう感じです。要はミランダカメラの研削設備に限界があったことを窺わせる製品設計の要素なのです(汗)

↑ようやく絞りユニットの構成パーツの解説に入れます。

位置決め環 (アルミ合金材:微細な凹凸を伴うマットな黒色梨地メッキ加工)
開閉環 (アルミ合金材:微細な凹凸を伴うマットな黒色梨地メッキ加工)
絞り羽根開閉幅微調整環、兼絞りユニット固定環 (アルミ合金材:微細な凹凸を伴うマットな黒色梨地メッキ加工)

要はちゃんと必要箇所には、微細な凹凸を伴うマットな黒色梨地メッキ加工が施されていることが、これらの構成パーツの存在から判明します。

それなのに、過去メンテナンス時の整備者が余計な (不要な) 処置を講じてしまいます(涙)

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある)、その「キー」に役目が備わっており (必ず2種類の役目がある)、製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環/リング/輪っか

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

絞り羽根開閉幅
絞り羽根が閉じていく時の開口部の大きさ/広さ/面積を指し、光学系後群側への入射光量を決定づけている

開閉環は、光学系後群格納筒にセットされますが、その時脱落しないよう保持させる封入の役目を持つ固定環 (グリーン色の矢印) を締め付け固定して、開閉環のセットが終わったところを撮っています。この固定環を最後まで締め付けて硬締めしても、開閉環はちゃんと回転駆動します。

然し真横からこれらをチェックすると「この固定環の黄金色の面が、極僅かに開閉環よりも上に飛び出ているような印象」に見えます。実測していないので分かりませんが、絞り羽根とダイレクトに接触しているのは、この固定環であって「開閉環」は純粋に絞り羽根の開閉角度をコントロールしているだけの立場のように感じました。

と言うのも、当初バラした直後にはこの黄金色の部分 (ちょうどグリーン色の矢印で指し示している箇所) は「反射防止黒色塗料」で着色されていたのです(汗)

微細な凹凸を伴うマットな黒色梨地メッキ加工が被せられているなら、決して溶剤で溶けて剥がれませんから試しに溶剤で拭ったところ、何と溶けて剥がれたのです・・!(驚)

それで過去メンテナンス時の整備者が着色した事実が判明しました。つまり長年、この個体の6枚の絞り羽根は不必要な「反射防止黒色塗料」の着色により、抵抗/負荷/摩擦を受けながらひたすらに駆動していたことになります(怖)

そこにさらに追い打ちをかけるが如く油染みが生じていたのですから、よくもまぁ~位置決めキーが脱落せずに耐えられたものだと、感心しましたね・・良かったですッ。

位置決め環は、その後ろに控える 微調整環によって締め付け固定されますが、実はこの位置決め環に「イモネジの締め付け痕が複数確認できた」点で、過去メンテナンス時の回数がこれによって確定しています(汗)

グリーン色の矢印が指し示している箇所に用意されている小さな穴と、赤色矢印が指し示している箇所に複数残るイモネジの締め付け痕・・これのどちらが製産時点を表すのでしょうか???

↑その位置決め環の締め付け痕の箇所を拡大撮影しました。するとご覧のように小さな穴のほうは削れや摩耗痕が確認できません。一方銀色に削れている箇所は、よ~く観察すると「全部で3回イモネジの締め付け箇所を変更してきた経緯が痕跡として残っていた」ことが判明しました。

つまり製産時点の他に2回、ここのイモネジを締め付けし直していることになります、この痕跡が意味する作業は「絞り羽根が閉じる時の角度微調整作業」と言う話になり、過去メンテナンス時の回数がここで判明したのです。

するとこの小さな穴はいったい何の為に用意されていたのかと言う話になりますが、この位置決め環の位置を微調整する際に、カニ目レンチを使い微妙にズラす際使っていた穴だと分かります。

↑ようやく絞りユニットの組み込み作業が終わりました。前玉側方向から覗き込むと、こんな感じになります。

↑完成した鏡筒ですが、寝かせると鏡筒裏側に1本だけ「開閉アーム」突出しています。

開閉アーム
マウント面絞り連動ピン (レバー) が押し込まれると連動して動き勢いよく絞り羽根を開閉する

↑ここからはヘリコイド群の組み立てに移ります。このモデルの製品設計は、ヘリコイドオスメスとそれらを収納する「ベース環 ()」とで、1つの塊として設計されています。

↑ベース環に黄銅材のヘリコイドメス側を、無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑さらにヘリコイドオス側 (つまり鏡筒) も無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で16箇所のネジ込み位置がある為、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

もう既にヘリコイドグリースまで塗布済みなので(笑)、どんだけ微量なのかがご理解頂けるのではないでしょうか・・それでも9年前に整備した個体ですら、それら塗布したグリースの効果が維持できていましたから、やはりグリースに頼る整備ではなく『DOH』こそが全てなのだと確信できた瞬間でもありましたね!(祝)

もちろん今回の個体も、当初バラした直後は上の写真ヘリコイドメス側は、黄銅材特有に経年劣化進行に伴う酸化/腐食/錆びにより「焦げ茶色」に変質していましたから、上の写真のようなピッカピカではありません(笑)

さらに当方は、巷で流行っている「ラッピング研磨」も施さないので、ヘリコイドのオスメスの条ネジ山は、ひたすらに経年の中で互いに摺合せ運動してきた馴染みのままを維持しており、ムリに金属研磨したりしていませんから(笑)、決してグリースの性能に頼らずともちゃんと9年間を頑張って効果を発揮し続けると予測できるのです (既に実地検証済みだから)。

このようにグリースの本質を見誤って頼っている整備が今だに横行している始末で、はたしてそれらオールドレンズが当方が整備した個体以上に対応できるのか、なかなかです・・(汗)

↑一つ前までの工程がヘリコイド群の組み込み作業なので、ここから本番の工程に入ります。距離環や絞り環にマウント部を組み付ける、ベースとなる「基台」です。

↑一方、鏡筒の裏側をヒックリ返して撮影するとこんな感じです。ちゃんと絞りユニットから飛び出てきている「開閉アーム」が切り立ち、両サイドには「直進キー」と言うパーツが締め付け固定されています。また引張式スプリングも見えていますね。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

↑一方基台の内部には絞り羽根の制御系パーツが組み込まれますが、ここで過去メンテナンス時の整備者は大きなミスを犯していました(汗)

基台内部に「制御環」と呼ぶ、絞り環と連結する環/リング/輪っかが入りますが、実はその環/リング/輪っかの表層面は「全ての面で微細な凹凸を伴うマットな梨地メッキ加工」が施されています。

それにもかかわらず製産時点のメッキが剥がれてしまい、アルミ合金材の地が一部では大幅に露出してしまっています(涙)

一方で基台の内壁でグリーン色の矢印が指し示している箇所は、実は「平滑メッキ加工」が施されている為「グリースを塗らずとも、滑らかにスムーズに回転駆動できるよう配慮してある」ことになりますが、過去メンテナンス時の整備者は2回ともここにグリースを塗ってしまいました。

結果、そのグリース成分が適切ではなかったのか、互いに擦り合い摩耗したことが分かります。

従って今回のオーバーホール整備では、ここにグリースなど一切塗布せずにこのまま組み込んで仕上げます・・それが製産時点だからです!

↑全ての制御系パーツの組み込み作業が終わったところを撮影しています。前述の「制御環」を固定する役目なのが「C型留め具」ですが、このパーツにもグリースが塗られていた為、既に酸化/腐食/錆びが進んでいました。ちゃんと研磨して平滑性を取り戻し、グリースなど塗布せずにセットしています。

組み込まれている「制御アーム」が、ブルー色の矢印の引張式スプリングのチカラによって引っ張られている時、絞り羽根には「常に開くチカラ」が働いています。

一方フィルムカメラ側から操作されたり、プレビューボタンを押し込んだりすると設定絞り値まで瞬時に絞り羽根が勢いよく閉じるのは、その時グリーン色の矢印の方向にチカラが働いていることを意味します。

制御アーム
絞り環と連係して設定絞り値 (絞り羽根の開閉角度) を絞りユニットに伝達する役目のアーム

このように「制御アーム」は鏡筒から飛び出ている「開閉アーム」を押し込んだり、或いは先端のコの字型の窪みでガシッと保持しているものの、引張式スプリングのチカラを利用したり、或いはそもそもの「開閉アーム」に付随する同じく引張式スプリングのチカラで「常時閉じるチカラ」との、それぞれの互いのチカラバランスによって絞り羽根が適切な正しく開閉動作するよう製品設計されているのが、オールドレンズなのです。

それなのに、例えば今回の個体は上の写真引張式スプリングがペンチで強制的に曲げられていたり (つまり引っ張るチカラを強く仕向けていた) しました。このような所為を指して当方では「ごまかしの整備」と呼んでいます。

↑マウント部の内側です。

↑取り外した構成パーツも組み付けて動作を確認します。

↑いよいよ基台を組み上げていきますが、ここもやはり過去メンテナンス時の整備者の不始末で、不用意に酸化/腐食/錆びが促されていました(涙)

絞り環の表層面は、内外ともに「サテン仕上げ」と言う微細な凹凸を伴う平滑メッキ加工が施されています (グリーン色の矢印)。一方ブルー色の矢印が指し示している箇所の基台側壁は「平滑メッキ加工」が被せられている為、これらは互いに「潤滑油やグリースを塗布せずともいつまでも平滑に駆動する」ことを見越して、ちゃんと製品設計されていることになります。

然しここにも潤滑油やグリースが塗られてしまい、酸化/腐食/錆びの進行を招いていました。

全ての酸化/腐食/錆びを完全除去し終わり、今回のオーバーホール/修理作業では、ここも潤滑油やグリースなど一切塗布せずに、そのまま組み込んで完了します(笑)

ちなみに赤色矢印が指し示している箇所の窪みは、絞り値がカチカチとクリック感を実現させる目的で用意されている穴であり「絞り値キー」と呼びます。

↑基台をヘリコイド群のベース環にセットしたところを撮影しました。すると一目瞭然なのですが、赤色矢印が指し示している箇所のメッキ加工と、ブルー色の矢印が指し示している箇所のメッキ加工に違いが確認できます。

ブルー色の矢印で指し示している箇所が「平滑メッキ加工」なので、確かにミニスタジオの背景紙の柄が映り込んで光っていますね!(笑)・・これが真実です!

それなのにグリースを塗ったくるから経年劣化進行に伴い酸化/腐食/錆びが進み、効果を喪失したグリース成分が、今度は悪影響を及ぼし始めるのです・・ロクなことをしません!

今回のご依頼内容の中に含まれていた絞り環操作の瑕疵内容は、その因果の多くがこのような過去メンテナンス時の整備者の所為による不始末であり・・当方は単にそれら不始末を適正に、正しい組立て手順と微調整に仕向けて直しているだけ・・なのです!(恥)

・・要は過去メンテナンス時の整備者の不始末を正しているだけ・・、です!(恥)

↑グリースなど塗らずに絞り環をセットしました。クリック感も実現できています。

↑マウント部をセットしました。既に制御アームなどが噛み合っています (もちろん2本内部に存在する引張式スプリングも、互いに反対方向へのチカラをバランスの中で及ぼしています)。

↑ハッキリ言って絞り羽根開閉以上の一部の瑕疵を起こしているのは、この部位になります。

鋼球ボール封入環 (真鍮製/ブラス製、平滑メッキ加工)
マウント部メクラ、兼鋼球ボール受け部 (アルミ合金材、梨地メッキ加工)
絞り羽根開閉操作伝達環 (アルミ合金材、平滑メッキ加工)

つまりフィルムカメラ側から絞り羽根の操作が伝わってくる部位なので、ここに仕込まれている「78個の鋼球ボール」に酸化/腐食/錆びなどが生じていると、途端にこれら環/リング/輪っかの駆動がぎこちなくなります。

今回バラして78個全ての鋼球ボールをチェックした処、確かに12個の鋼球ボールに赤サビがポツポツと出ていた為、平滑研磨して復元しています。

結果、それら鋼球ボールが組み込まれる場所がブルー色の矢印で指し示している箇所のくの字型部分ですから、もちろん上の写真を見ただけでも光沢感が違いますね (平滑性が求められる)(笑)

↑こんな感じで組み立てられていき、ブルー色の矢印の場所に78個の鋼球ボールが格納されます。

DOHヘッダー

ここからは完璧なオーバーホール/修理が完了したオールドレンズの写真になります。

↑完璧なオーバーホール/修理が終わりました。

《オーバーホール/修理ご依頼内容》
距離環の操作性が重く、グリース抜けが起きておりカクンと微動してしまう箇所がある。
  → 改善済。現状普通程度のトルク感で全域に渡りスムーズ、且つ微動まで実現。
絞り環操作性も重め。
  → 改善済。現状普通程度のトルク感で全域に渡りスムーズ。僅かにシッカリしたクリック感。
絞り羽根に油染みが生じており、粘着性を伴う為、絞り羽根開閉異常が発生している。
  → 油染み解消済。但し、油染み痕のみ各絞り羽根に残っている。
光学系内に全面に渡るクモリ発生 (但し一部の群)。
  → 全て完全除去済。原因は「反射防止黒色塗料」のインク成分と揮発油成分。
前玉表面の蒸着コーティング層に化学変化が生じてしまい、斑模様化に変質。
  → ガラセリウム研磨しほぼ除去完了。一部外周付近に頑固に残る部分あり。
ご依頼者様からのご指摘にて「ジャンク品に限りなく相当」とのご申告。
  → 当方認定ではジャンク品に非ず。十分製産時点を狙えると判断し整備に臨みました。

《当方が確認した瑕疵内容 (一部は解体後)
当初バラす前時点の実写確認で、極僅かなアンダーインフ状態を確認。
  → ピタリの位置で仕上がり済。ピント面ピーク/山の際立ち感が増しています。
鏡胴の前玉と後玉方向を表す「前後方向」に、僅かなガタつきが発生している。
  → 完全解消済。過去メンテナンス時の直進キー固定位置ミスが原因。
さらに距離環の左右方向でも以外にガタつきを確認。
  → 完全改善済。グリース抜け、及び直進キーの固定位置ミスが原因。
内部の引張式スプリングをムリヤリ曲げて処置している。
  → 本来の形状に修復済み。現状問題なし。
必要外のグリースや潤滑油を注入し、メッキ加工を悪化させてしまっている。
  → 全て完全除去し、最低限のグリース塗布に限定。『本来在るべき姿』として仕上がり済。

《残ってしまった瑕疵内容》
距離環を回すトルク感は当方の判定では普通程度ですが、僅かに重めです。
絞り環操作時のクリック感が少々シッカリした印象。
絞り羽根開閉動作正常。然し油染み痕は残ったままです。
マウント部開閉制御機構の動作も正常確認済。但しフィルムカメラ装着での検証は未実施です。
前玉の汚れは一部外周に斑模様が残ったままです。
後玉の露出面側に点キズなどの経年劣化進行に伴う酸化/腐食/サビが僅かに残っています。

・・以上、大変申し訳ございませんでした。お詫び申し上げます。

↑光学系内はスカッとクリアに戻り、クモリは当初のクモリはもちろん、極々薄い僅かなクモリも一切残っていません。

反射防止黒色塗料」の膜厚を最薄にした為、光路長も適正化されピント面のピーク/山際立ち感が全域で増しています。もちろん無限遠位置はピタリの位置でセット済みです。

↑後玉露出面側にポツポツと微細な点キズ (酸化/腐食/サビの劣化要素) が複数残っています。申し訳ございません (物理的、化学的現象の為、光学清掃では除去できません)。

↑絞り羽根の開閉動作は確実、且つ適正に戻っています。絞り羽根が閉じる際は「ほぼ正六角形を維持」しながら閉じていきます (途中カタチが変わります)。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」を使い、当方独自のヌメヌメッとしたシットリ感漂う軽めのトルク感で、掴んでいる指の腹に極僅かにチカラを伝えるだけでピント面の前後微動が適うトルクに仕上げられており、抜群の操作性を実現しています(笑)

但し当方判定では普通程度ですが、その中でも少々重めの印象です。これはグリースの粘性を変更して試してみても変わらず、且つ距離環をセットする前段階では (つまりヘリコイドオスメスだけの状態) 全域で大変スムーズ、且つ軽めだった為、もしかしたら距離環が真円を維持していないのかも知れませんが、トルクムラが生じていないので原因の詳細は不明なままです。

当方には真円度を確認する電子機械設備が無い為、チェックできていません。申し訳ございません。

↑残ってしまった6点の瑕疵内容について、お詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。

無限遠位置 (当初バラす前の位置から変更/ピタリの位置)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

被写界深度から捉えた時のこのモデルの無限遠位置を計算すると「焦点距離50㎜開放F値f1.4被写体までの距離69m許容錯乱円径0.026㎜」とした時、その計算結果は「前方被写界深度34m後方被写界深度∞m被写界深度∞m」の為、40m辺りのピント面を確認しつつ、以降後方の∞の状況 (特に計算値想定被写体の80m付近) をチェックしながら微調整し仕上げています。

何故なら、相当な遠方だけで無限遠位置を確定させても、肝心な理論値としての被写界深度の前後がズレていれば、それは「光学系の格納位置のズレが残ったまま」だからです(笑)・・その意味で理論値たる被写界深度の前後値を基に実写確認の上、無限遠位置の適正化を判定しています (遠方だけではない)。

逆に言うなら、それは「適正な光路長を確保できたのか」との問いに対する答えでもあるので「理論値を基にした前後被写界深度判定無限遠の三つ巴」でちゃんと実写確認していれば (ピント面の解像度をチェックしていれば) 無限遠合焦していると申し上げても、きっと信じてもらえるのではないかとの企みも含んでいたりします(汗)

・・一言に無限遠位置と述べてもいったいどの距離で検査したのかが不明瞭ですね(笑)

ちなみに被写界深度を基準に捉えて検査するのではなく、純粋に無限遠と呼べる距離から検査するなら「焦点距離 x 2000」なので「100m」になる為、その位置 (判定無限遠位置) でも当然ながら確認済です(笑)

被写界深度
ピントを合わせた部分の前後で、ピントが合っているように見える・・・特定の範囲を指す

従ってピント面の鋭さ感だけを追っても必ずしも光路長が適正とは言い切れず、それはピーク/山の前後動に付随してフリンジ (パープルフリンジブルーフリンジなどの色ズレ) 或いは偏芯が現れていても、それで本当に適正と言えるのかとの言い換えにもなります(汗)

・・だから被写界深度を基準にしつつ、無限遠位置を微調整しながら仕上げているのです(汗)

なおこれら計算値に基づく無限遠位置の確認については、その適正をChatGPTでも確認できています。特に流行りの「人口星に頼った自作コリメーター」で、纏わり付くフリンジの類までキチッと確かめられるのか、光学系の格納位置やバルサム剤の接着量までちゃんと微調整できているのか、そういう疑念が残りますし、最低限人工星コリメーターによる検査は「10m以上」の実効距離が必要になります。

なお撮影時の対角画角としては、計算すると35㎜判フルサイズ36㎜ x 24㎜にて「対角画角46.793°」になります。

↑当方所有RICOHGXRにLMマウント規格のA12レンズユニットを装着し、ライブビューで無限遠位置の確認など行い、微調整して仕上げています。その際使っているのは「Rayqual製変換リング (赤色矢印)」です。無限遠位置は「∞」刻印ピタリの位置でセットしています。
(あくまでも当方での確認環境を明示しているに過ぎません)

↑当レンズによる最短撮影距離43cmでの開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

各絞り値での「被写界深度の変化」をご確認頂く為に、ワザと故意にピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に電球部分に合わせています。決して「前ピン」で撮っているワケではありませんし、光学系光学ガラスレンズの格納位置や向きを間違えたりしている結果の描写でもありません (そんな事は組み立て工程の中で当然ながら判明します/簡易検査具で確認もして います)。またフード未装着なので場合によってはフレア気味だったりします。

なお、付属のマウントアダプタは「MB → L39 マウントアダプタ」でしたが、それにマクロヘリコイド付マウントアダプタ (当方所有) をプラスで装着させて、近接撮影を短縮化した撮影も実施してみました。

・・その時、最短撮影距離は31cmまで縮まった時の写り具合になります。

アマゾンなどで入手可能です (こちらを参照)。

↑開放f値での撮影で、31cmの距離でした (実測値)。

↑1枚目がオリジナルの仕様のままでの撮影で、絞り環を回してf値「f2」での撮影です。2枚目はマクロヘリコイドを最大5㎜まで繰り出しての同じf値での撮影です。

↑更に回してf値「f2.8」での撮影です。2枚目はマクロヘリコイド付マウントアダプタ装着時。

↑f値は「f4」に上がっています。

↑f値「f5.6」での撮影です。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。もう絞り羽根が閉じきっているのに「回折現象」の影響は微々たるレベルでオドロキです!(驚)

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので、光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られると、その背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

被写界深度
被写体にピントを合わせた部分の前後 (奥行き/手前方向) でギリギリ合焦しているように見える範囲 (ピントが鋭く感じる範囲) を指し、レンズの焦点距離と被写体との実距離、及び設定絞り値との関係で変化する。設定絞り値が小さい (少ない) ほど被写界深度は浅い (狭い) 範囲になり、大きくなるほど被写界深度は深く (広く) なる。

焦点移動
光学ガラスレンズの設計や硝子材に於ける収差、特に球面収差の影響によりピント面の合焦位置から絞り値の変動 (絞り値の増大) に従い位置がズレていく事を指す。

今回のオーバーホール/修理ご依頼、真にありがとう御座いました。既に厳重梱包の上、クロネコヤマト宅急便にて発送済みです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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